「健康経営」取り組む現場は混乱中!2017年企業からのSOSを振り返る

働き方改革だ、健康経営だ、長時間残業は減らせ――2017年は企業人事を混乱の渦に巻き込む潮流が多くあった。

ただでさえ忙しい人事労務担当者。「そんなキレイごと言われてもどうすれば・・・」とボヤいたことも一度や二度ではないだろう。そんなときにSOSが寄せられるのが、株式会社エムステージの産業医サポートサービスだ。産業医の選任や選任後の業務全般のサポート、休職復職対応サポートなどを手がけている。

この事業を手がけるエムステージ執行役員鈴木友紀夫氏に、ここ1年ほどの企業現場から寄せられたSOS産業医選任についての取り組み例などを聞いた。産業医が必要だと認識はしているが、現状どこから手をつけていいかわからない、という企業担当者にとって、また、産業医と企業のあり方に悩む企業にとって大きなヒントになるはずだ。


企業現場から寄せられたビックリSOS

――産業医の選任義務があっても、まだまだ選任していない事業所もあるとか?


我々もえ、この規模でまだ選任してないんですか?」とか「え、選任しているけど先生に会ったこともないんですか?という驚きをグッと飲み込むこともあります。

弊社では、昨年1年間で300社あまりから産業保健に関する様々な問い合わせがあり、200社を訪問し、様々なお話を聞くことが出来ました。

すると、嘱託の産業医の選任が必要な企業のうち6割は選任しているが医師が毎月企業を訪問している企業はそのうちの1割にすぎなかったんです多くが、選任していても実態のない、いわゆる「名義貸し」状態ですね。これには我々も驚きました。

(産業医の選任義務について詳しく知りたい方はこちら→「産業医の選任が義務になるのは、どのタイミングから?」


――とはいえ、産業医選任についてはここへ来て急に話題になることが増えた印象があります。ストレスチェックの導入初年度は大混乱もあったとか。


2016年から政府で「働き方改革」が動き出し、加速しましたが、2015年12月から義務化されたストレスチェック導入が大きなきっかけだったと思います。

初年度は大混乱でしたよ。何せ2016年11月末までにストレスチェックを実施完了しなければならないのに、当社へのご依頼が増えたのは10月ごろからでした。各社さんギリギリで対応されていたのがうかがえます。

とはいえ、それまで、メンタルヘルスは個人の問題として処理されてきたのが職場全体の問題として考えるという意識が高まってきたのはよい傾向だったと思います2016年末、電通社員の過労自殺の報道で、さらに長時間労働の是正の議論が活発になったことも大きな転換期でした。


――なかなかギリギリなご相談も多く、御社も混乱されたでしょうね。他にも混乱する企業からの相談で戸惑うようなものなどありましたか。


中小企業は必要性を認識してはいても、なかなか対応に手がまわらないというところも多いですね。

たとえば、休職者が出てしまっても復職プログラムなどは一切なく、「普通は他社さんはどうされているのですか?」といった相談もありましたね。今までどうしていたか聞いてみれば、休職になったら辞めてもらうのが普通なので復職面談も必要なかったとのこと。「えっ!」ですよね。

ここまでではなくても、就業規則で休職期間“だけ“が半年間と決まっていて、どうなったら休職なのか、どうなったら復職できるのかなどの定義がなく実効性のない企業や、人事が従業員ひとりひとりからメンタルヘルス不調についてメールで相談を受けているものの、「気をつけて」とか、「大変ですね」とか、とりあえず返しているという企業もありました。当然のことながら人事の方は医師ではないので、医学的根拠に基づいたアドバイスのしようがないですよね。そんなケースだと、相談を受けている人事担当者もメンタル不調寸前に陥るでしょう。


これまでは「やれない、できない」で通してきた、もしくは「できる範囲でごまかしながら」対応していた企業が、いよいよ現場がまわらなくなったことで専門家が必要だと気づき、当社に相談してきたケースが多かったです。今までは、できていなかったのが当たり前だっただけど今変わっていくタイミングなのだと感じます

我々も産業保健の実態にいちいち驚いたり、「こうあるべき」を振りかざすのでなく、企業の実態に沿ったサポートをひとつひとつ積み重ねていかなければならないと思っているところです。


――産業医をすでに選任されている企業からの問い合わせでも驚くようなこともあるとか。


産業医を選任しているにもかかわらず、産業医が高ストレス者面談を拒んでいるというケースなどでしょうか。

ストレスチェック後の面談は、本来は、その職場を良く知る産業医が実施する事が望ましいという国の指針があるにもかかわらず、メンタルヘルス関連の仕事は「精神科でないからできません。ストレスチェック後の面談はやりませんという産業医が数多くいらっしゃるのを聞いています


――どうして、そのような事態になってしまうのでしょうか?


嘱託産業医の主な役割が健康診断結果のチェックであった時代においては、事業所に訪問する事は殆どなくてもある意味役割を果たしていたのかもしれませんし、コンプライアンス上問題だったとしても、忙しい医師側、コストを抑えたい企業側の思惑として、それで良いでしょうという共有意識が双方にあったのではないかと思います。

それが時代の変化とともに、健康診断のチェックだけでなく、メンタルヘルスであり、高ストレス者対応であり、休職・復職面談であり、従業員が心身ともに健康に働くための本来の役割が求められる時代においては、実像が合わなくなってきたのは間違いありません。


そういった中で、企業担当者が産業医の先生に依頼すべきことについて誤解しているケースもありますメンタル休職が多いある企業の総務の担当者が、産業医が来ているにもかかわらず、産業医には相談できず、精神科クリニックに従業員の病状の相談に駆けずり回っていたという例もありました。メンタルヘルス面談や高ストレス者の面接指導は、本来は産業医が実施すべきなのですが、産業医は精神科ではないから頼めないと思い込んでいたりする例はかなり散見されます。

また、休職した従業員に「復職しなければ、経済的に困るので、復職して大丈夫ですと書いてください」と言われれば、その通りに診断書を書いてしまう主治医もいます。そんな中、社内の産業医が復職可否を判断するというプロセスがなく、いきなり通常業務に戻して何度も復職、休職を繰り返してしまうという悪循環に陥っているケースもありました。


産業医は決して高いコストではない


――産業医がきちんと機能していないと、今うかがっただけでも、さまざまなリスクをはらんでいそうですね。


休職、復職の規定を適切にできていないことは企業のリスクでもあり、働く人のリスクでもあります。結局きちんと復職できる状態まで治してから復帰してもらわないことには、何度も休職して、自分も困るし、企業もその分の人手が足りなくなるのです。

企業自体の生産性を考えても大きなロスになります。かたや、月1 回訪問する嘱託産業医だと、会社が負担する費用は月に5万円程度。従業員の健康やこれから述べる企業の生産性の向上、社会全体の福祉という観点からも決して高いコストではないはずです


もう一点私が憂慮しているのは、今後はメンタルだけでなく働く人の高齢化も大きなリスクになりうるということです。再雇用などで、60歳、65歳を過ぎても働くのはめずらしくありません。そうしたときに、心疾患、脳疾患などのリスクはおのずと高まるので、きちんとした客観的な指標で休む時間や長時間労働にならない工夫をしていくべきです。


――長時間労働は、高齢者でなくとも人の心身を蝕みますよね。


若い人だと、まだパワーでカバーできるので、長時間労働をあまり苦に思わない人もいるかもしれませんが、長時間労働による疾患は、本人の自覚がなくて突然発症するので恐ろしいのです。本人がいくら大丈夫だと思っていても客観的な指標を適用して休ませなければなりません。これは、人手不足が深刻な昨今、採用のためにも重要ですし、もちろん離職を防ぐためにも必須です。

たとえば、ある大手メーカー会社の工場では、本人の申告ではなく健康診断の数値を見て判定して、夜勤シフトから外すということを義務づけているようです。その数値が正常に戻るまでは、いくら本人が希望しても夜勤シフトには戻れません。こうした指標や数値づくりや判定も人事ではできないので産業医が必要になる局面です。


長時間労働の医師面談は自分で手を挙げなければ、実施させる義務や強制力はありません。その意味では、企業の客観的な指標の設置の取り組みと並んで、従業員の自己管理の心構えも必要です。

たとえば、もうひとつ自己管理の例でいうと、せっかく健診を受けても、再検査などを楽観視して平気で無視してしまうと、健診の意味がありません。そして、再検査をしていないことをチェック出来ない企業の仕組みが課題になります。

企業が仕組みを作り従業員へ再検査の重要性を理解させセルフケアを自主的に行わせるためにも産業医は欠かせないでしょうある企業の役員が言っていました、「いつもは再検診など忙しさを理由に行かない事が多いけど、産業医の先生に『まずいよ、このままでは・・』と言われるとやっぱりちゃんとするんだよね。」と。


――産業医のしくみをうまく利用するためにはどうすればいいのでしょうか。


嘱託産業医は、月1回の訪問活動が殆どです。嘱託産業医に何をお願いしたいのか、自分の企業の健康面に関する一番の課題は何なのかを洗い出して、優先順位をつけることがまず大事です。

産業医はどの企業でも同じことをするのが良いとは限りません現在の職場の問題を把握して、何をどこから改善するかを見極めることが大事ですたとえば、従業員は休んでいないか、病気になりがちではないか、離職率はどうか、生産性はどうか、メンタルヘルスに問題がありそうな部署はないか、などです


そして、産業医を選任したら、「健康問題はすべて産業医に丸投げ!というのでは、うまくいきません。産業医をサポートする立場の人が必要です。

人事部門がサポートする事が多いのですが、採用や人事考課や研修など、多くの業務を抱え忙しいものです。人事部門、産業医以外にやはり、産業医のしくみをうまく機能させるための第三の登場人物が必要だと思います。

従業員が500人以上いるような大きな事業所は、保健師、カウンセラーなどの産業保健に関する専門のスタッフがいるので良く機能するのですが、従業員が100人位までの事業所では、専門のスタッフを常駐させる事はなかなか難しいと思われます。そのような事業所では、ひとつの選択肢として、われわれの産業医サポートサービスなど外部の専門スタッフ・サービスを利用するのも良いのではないでしょうか。

 

――産業医を選任したら、すぐに仕組みがまわる効果が出るものなのでしょうか?


ある嘱託産業医の先生は最低2年いなければ職場は変わらないといいます

嘱託産業医の訪問活動は、月1回1時間程度が多いのですが、時間にすると1年でやっと12回訪問で12時間の活動です。常勤(専属)なら週4回勤務で1回6時間とすると1年で約200回(日)、時間にして1,200時間の活動時間があります。単純に時間で比較すると嘱託産業医活動と専属産業医活動時間では1年間に100倍の差があるのです。

よって、嘱託産業医の活動は、優先事項を決める、第三者の専門的なサポートの存在、そして効果が出るまでに時間がかかる事を考慮する事が必要かと思います。また、職場の人に、この人は信用できると思ってもらえるような信頼関係を築くにも、毎月職場巡視をして1年かかってやっと顔や名前を覚えてもらえるという感じではないでしょうか。


――面談をするにも、信頼できない医師には本当のことは話せませんよね。


信頼関係との関連でもうひとつ重要なことがあります産業医はあくまで中立な立場であるということです。つまり、企業からも従業員からも中立な第三者だからこそ、社員はメンタルの相談もできるし、産業医が職場を巡視していて、どこかの部署にメンタルの原因になりそうな組織の長、システム、業務などが見つかれば、企業に進言することができます。この中立性ということを企業も従業員も産業医自身も意識していないことには、せっかくの役割も果たせません。


悪い例として、企業が辞めさせたいと思っている従業員を産業医に「休んだほうがいい」などと言わせて徐々に休職や辞職に追い込むということも、ありえない話ではないのです

産業医は企業側の人間、という意識の企業の方も、時にはいらっしゃいます。産業医は「中立」である、という認識を経営者、人事に持っていただきたいですね。そうでないと、産業医を選任してもうまくいきませんし、正直そのような形ならば、選任しないほうがいいのでは、と思ってしまいます。 

産業医は企業側についてはならないし、そのように見えてもいけません。また、かといって従業員側に過度に肩入れしたり、共依存のような状態になるのも望ましくないことです。


――企業にとってよい産業医を選ぶための秘訣はなんですか。


今後は、少子超高齢化社会、労働者の急激な減少という、これまで誰もが経験したことのない新たな時代に突入し、産業保健についても、今までの定石どおりでうまくいくということはない時代になったと言えます。

その上で、産業医を選ぶ重要なポイントは、産業医本人の意欲、一緒に働く環境をよりよくしていきたいという気持ちと、パーソナルスキルがあることが一番重要だと思います。そういった意味で、産業医の経験者であるかどうかは重視しなくてよいと思っています。もちろん経験豊かな素晴らしい産業医の先生はたくさんいますが、企業ごとに課題は違うという点を踏まえ、自分たちの課題解決に合う医師、企業カラーに合う医師を選ぶことかと思います


ピカピカの「健康経営」を目指さなくてもいい


――最後に、これからの健康経営にとって重要なことはなんでしょう。


「働き方改革」、「健康経営」は名ばかりという論調も一部にはありますが、まずは制度を作ることで強制力を持たせ意識を改革していく、という順番で取り組むことは有効だと思っています。いきなりピカピカの「健康経営」を目指さなくてもいいんです

どうしても、利益が出ない苦しい状態では、目の前の人手、目の前の利益に走りがちです。しかし、企業の最終的な目標は、すぐれた従業員に長く働いてもらい生産性を上げることによる、企業価値の向上と従業員の生活の向上のはずです。そのためには、やみくもな長時間労働ではなく、休ませたほうが利益につながることは明らかです。

産業保健分野と労働生産性の相関という観点では、最近、アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムがどの位、労働生産性を損失させるか等がはかられています。プレゼンティーイズム、つまり、何らかの疾患や症状を抱えながら出勤し、業務遂行能力や労働生産性が低下している状態のために企業に生じる損失額が40%という結果も出ています。


われわれも、産業医サポートサービスの結果が出て来るのはこれからですので、産業医を活用して、職場のヘルスケアの意識を高めれば、売上げに貢献できる、利益も上がるというエビデンスを示し、企業、従業員、社会全体のメリットを数値化して見せることができれば、もっと産業医の正しい選任のあり方が浸透し、健康経営も定着すると考えています。

ここにひとつ、ある企業の例をご紹介します。

70人と40人の営業所を持つ企業があり、70人の営業所に産業医を選任して、しくみを整えたところ、同じ内容の営業をしていたのに、明らかに生産性が上がったのです。そこで、その企業では、40人の営業所には義務はないけれども、産業医を選任することにしたのです。

こういった事例をもっと増やしていきたいですね


OECDの調査では日本の労働者は生産性が低い(OECD 加盟 35 カ国中 22 位(2015))という結果も出ています。これまでは高度成長や人口の多さでもっていましたが、もうさまざまな点で長時間労働などを従業員に強いることは不可能になりました自分たちが若いころはもっと働いていた。それで会社もうまくいっていたという過去の成功体験は、もう忘れるべきだと思います。

一方で、日本の生産性向上の余地はまだまだあります。従業員の意識改革、女性や高齢者の活用などです。

それには前述のとおり、社員の心構えや意識改革も同時に必要です。健診の二次健診を受けないとか、長時間労働をできるからしてしまうとか、ストレスチェックで、高ストレス者と判定されたにもかかわらず、面接指導に手を挙げないなどは、従業員ひとりひとりの自覚とともに、経営者が従業員に問題意識をどう持たせるかも課題だと思います。そのためにも、必要なルールをきちんと設置して、客観的な指標とある程度の強制力で社としての体制を整えることが急務です。産業医を選任することは、そういった取組の一部です。


問い合わせの件数の増加などからも、確実に産業医選任や当社のサポートサービスへの要望が増えてきたことを肌で感じています。 産業医をまだ選任していない、職場に問題があるのはわかっているが、なにから手をつけてよいかわからないという企業は、まず「自社の問題を把握する」最初のアクションを起こしてほしいと思いますそして、「お困りのことがありましたら、ぜひ、当社までご相談ください!」と宣伝しておきます。(笑)


プロフィール:鈴木 友紀夫(すずき ゆきお)

株式会社エムステージ執行取締役

1966年生まれ、福島県出身。東京理科大学にて応用微生物学を専攻。医師の人材サービス大手に所属後、エムステージの立ち上げに参画して今に至る。現在は産業医事業部にて、労働者の健康を守るため、そして医師の新たな働き方を提案するために奔走している。

文/奥田由意

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