企業のメンタルヘルス対応、休職前・休職中・復帰までの「最善」の対応とは
今や、人事・労務担当者にとって「メンタルヘルスにおける休職・復職対応」は避けて通れない課題となっている。トラブルとなり、待ったなしの対応が求められている担当者も多いのではないだろうか。
産業医サポートサービスを提供している株式会社エムステージでは、企業の人事・労務担当者対象のセミナー「健康経営の柱『メンタルヘルス対策』を実践するために」を開催。
社会保険労務士の舘野氏を講師に迎え、メンタルヘルスの休職・復職対応の際に今からすぐに使えるノウハウを紹介した。
メンタルヘルスの休職・復職対応のポイント
メンタルヘルス対応は、企業によって対策が違うのが現状だ。
舘野氏も「正解はない」というものの、これまで扱ってきた事例や判例を通して最善の対応が見えてきたという。
- 労働者が主治医の診断書を提出しないで休む
- 産業医の面談を拒む
- 休職中の会社からの連絡を無視する
- 休職、復職を繰り返す
- 会社側では、労災リスクを見逃して退職後労災申請、民事裁判になる
- 休職中まったく連絡を取らず状況もわからない
- 復職に際して検討を十分にせず、希望通りに復職させてもまた再休職となる
……等々、メンタルヘルス休職・復職対応において、舘野氏自身も数々の困った状況を経験している。
これらに対して、舘野氏は「ルールを決めて、周知し、徹底すれば問題は起こらない」と断言する。
休業開始から職場復帰までの5つのステップ
休職開始から職場復帰までの流れは、大きく5つのステップに分けられる。各ステップでやるべきことをチェックして、ルール化していこう。
舘野氏は「特に重要なのが、第1ステップから第3ステップまで。ここでどれだけしっかり対応できるかが肝要です。」という。
第1ステップ:病気休業開始及び休業中のケア
休職がスタートする「第1ステップ」でやるべきことは次の5つ。
①診断書・休職願いを確認し、休職事由に該当するかを判断する
②休職者についての情報を上司から収集する
③休職の原因が労災に該当するかどうかをチェックする
④休職者に対して書面を交付し、休職可能期間、職場復帰を考える目安と職場復帰プログラムの概要、職場復帰の際の申し出の順序と必要書類などの内容を伝える
⑤主治医へ休職に関する情報提供をする
近年特に労災申請が増えている。民事裁判になるリスクもあるので、メンタル疾患を発症した場合は第1ステップにおいて、
- 対象疾病を発症しているか
- 対象疾病の発病前概ね6か月の間に業務による心理的負荷が認められるか、
- 業務以外の心理的負荷、労働者側の要因により対象疾病を発症したと認められないか
- 診断書に記載された病名と休職が必要な期間
をチェックしておくことが欠かせない。チェック体制をつくり、ルーティン化しておくと安心だ。
また休職者から「聞いていない」と言われるトラブルを避けるために、就業規則に基づいて休職に関する通知書を作成し、休職者に説明しておくことをすすめる。
▼ 舘野氏が監修した休職復職対応マニュアルはこちら
よくある質問
Q.【よくある質問】
「明らかに体調が悪そうで、遅刻や欠勤を繰り返している社員がいます。仕事にも支障が出ているが、休職させた方がいいのでしょうか?」
A.舘野先生のアドバイス
「休職という判断をする前に、就業規則の規程に沿って受診命令を出しましょう。
規程がない場合でも言動に明らかな異常がみられる場合は受診命令が容認されると考えられます。その上で専門医の診断を基に対応を決めてください」
第2ステップ:主治医による職場復帰可能性の判断
復帰の可能性を判断する「第2ステップ」でやるべきことは次の3つだ。
①休職者が体調の回復を実感した段階で、「生活記録表」の記録を指示。起床や就寝時間が揃ってくると、体調改善の客観的判断材料となる
②復職時期の目安を主治医に相談し、人事に伝える
③回復したら、主治医から「復職可」の診断書を取得する
ここで注意してほしいのは、主治医の診断書の取り扱いだ。
主治医による診断書は、その職場で求められる業務遂行能力まで回復しているか否かを判断しているわけではない。そこで主治医に、職場で必要とされる業務遂行能力の内容や社内勤務制度等に関する情報を提供した上で、就業が可能であるという回復レベルでの診断書作成を依頼しよう。
できれば、その会社オリジナルの診断書フォーマットがあると望ましい。
よくある質問
Q.【よくある質問】
「休職中の社員が休職中に結婚式を挙げて、海外に新婚旅行に行ったことがSNSへの投稿で判明しました。懲戒処分にできますか?」
A.舘野先生のアドバイス
「私傷病休職中は療養に専念する義務はあると考えられますが、懲戒処分まででできるかは状況によります。
私傷病休職は病気にかかった労働者に対して労働義務を免除し、療養の機会を提供して解雇を猶予するもの。療養に専念する義務があると考えられます。
ただ“専念する”とは、医師の指導に基づいて軽いスポーツや気分転換の旅行をすることも考えられるので、『専念しているかどうか』の判断は主治医や産業医の意見も聞いて慎重に。
休職に入る際に、注意事項として療養に専念することと、療養以外の特別の活動をする場合に会社に報告することを義務づけておきましょう。」
第3ステップ:職場復帰の可否及び職場復帰プランの作成
職場復帰プランを作成する「第3ステップ」では次の6点を行う。
①復職願いを提出してもらい、人事から本人へヒアリングを実施。通院のために休業が必要なのか、申し出時点での日常生活の様子などを確認する
②復職先の職場の状況、復帰して担当可能な業務があるのか、担当可能な業務を遂行するときに必要な能力などを確認する
③産業医面談を実施。産業医意見書を作成し復職の可否を判断してもらう
④模擬出勤(通常勤務と同様の時間帯でデイケアに通う)や通勤訓練(自宅から職場近くまで出勤して帰宅する)、試し出勤(本来の職場に継続出勤する)を実施する
これらを復職前に行うことで、回復の判断ができる。復職後に行って、再休職とならないためにも、復職前に実施することをすすめる
⑤職場復帰の可否を決定する。職場ごとに枠組みを決めて個々のケースに応じて総合的に判断する
⑥職場復帰日、管理監督者による就業上の配慮、人事労務管理上の対応などを検討し、職場復帰プランを作成する
よくある質問
Q.【よくある質問】
「休職者から職場復帰の希望が来ました。主治医の診断書には軽易業務であれば就業可能とあります。現職に復帰できないのに復職を受け入れないといけませんか?」
A.舘野先生のアドバイス
「主治医に詳細を確認しましょう。
休職前と同様の業務につくことが不可能なのであれば治癒していないとして復職を拒むことも問題ないという判例が出ています。
しかし、軽易業務につくのが一時的なもので、短期間に前と同様の業務に復帰可能なのであれば配慮する必要があります。
主治医に、軽易業務とはどんなものなのか、いつ頃本来の業務に復帰できるのか、詳細を確認して判断しましょう」
第4ステップ:最終的な職場復帰の決定
いよいよ職場復帰が決定する「第4ステップ」。
ここでは、労働者の就業上の配慮の内容、服薬からくる問題点などを産業医と協議した上で作成し、受け入れ先の管理監督者に、産業医や人事担当者等から事前にしっかり説明をすること、またその際はプライバシーに注意することがポイントとなる。
よくある質問
Q.【よくある質問】
「休職者が復職するにあたり、産業医の面談は受けないと拒んでいます。
主治医は復職可の診断書を出していますが、診断書の不明点について手紙で聞いても返事はありません。
産業医面談をせずに復職させなければなりませんか?」
A.舘野先生のアドバイス
「就業規則上、産業医面談を受けなければ復職と判断できないと伝えましょう。
ただ産業医と相性が悪い場合には、リスクを避けるために会社の指定する医師でも良い旨を就業規則に明記しておきましょう。
また主治医が本人の話だけを聞いて会社に悪いイメージを持ってしまっていることもあります。
就業規則に休職・復職のプロセスを明確に定め、休職に入るときに復職の要件をしっかり話し、理解してもらった上で休職に入ることが肝要です。」
第5ステップ:職場復帰後のフォローアップ
復帰後のフォローアップをしていく「第5ステップ」。
ここでは、疾患の再燃・再発、新しい問題の発生などの有無の確認、勤務状況や業務遂行能力の評価、職場復帰支援プラン実施状況の確認、産業医による治療状況の確認、職場復帰支援プランの評価と見直し、労働時間やストレスなどの職場環境等の改善などを行う。
よくある質問
Q.【よくある質問】
「休職期間満了ギリギリで復職した社員が、体調不良で断続的に欠勤しています。有給休暇は使いきって休職したので、有給休暇も残っていません。どう対応したらいいでしょうか?」
A.舘野先生アドバイス
「就業規則に休職期間を通算する規程があるかを確認しましょう。
“休職期間は直前の休職期間の残りの期間とする。その期間が○ヵ月に満たない場合には○ヵ月とする”
などがあればそれが適用されます。そのような取り決めがない場合、原則として再休職をする際の欠勤のカウントとしなければならず、新たな休職期間が発生することになります。
復職にあたり、休職期間の残りも有給休暇もない場合に、欠勤が発生することを見越して制度を設計することが必要です」
今、企業がすべきこととは
ここまでは、休職になってしまった場合の対応だ。
では、次の休職者が出る前の「メンタルヘルスの体制づくり」として、企業として何をすべきなのか――。
就業規則を整備することから始めよう
まずは、就業規則を整備することから始めよう。休職から復職までの各ステップで予測できる事態について、就業規則の中に定めていくことで、いざというときに慌てずに対応できる。
就業規則を改訂する際には、
・休職制度の対象労働者の範囲
・休職期間と勤続年数
・休職命令・受診命令が発令できるか
・休職期間の賃金
・休職期間の勤続年数
・退職金の算定基礎への参入
・休職期間満了時の取り扱い
・復職時の手続き
・復職時の産業医や会社の指定する医師の意見書の必要性
・本人の協力を盛り込むこと
がポイントとなる。
今の就業規則で定めていることで十分か?この機会に見直してみてほしい。
休職・復職のプロセスに対応するマニュアルを整備しよう
次に、休職・復職のプロセスに対応するためのマニュアルを整備し、その研修を管理職に向けて実施することだ。
さらに、メンタル不調が起こったときにまず相談できる産業医との連携が重要だ。
「メンタルヘルス対応におけるリスク低減のためには、就業規則や対応マニュアル、研修などの準備が欠かせません。対応プロセスは軽視せず、ルールをきちんと守ることが大切です。そして、メンタルヘルス対策のキーパーソンになるのは産業医です。産業医の先生とは、日ごろから連携のための協議をしておいてほしいですね。」
と舘野氏は締めくくった。
▼ 舘野氏が監修した休職復職対応マニュアルはこちら
講師プロフィール:舘野 聡子(たての さとこ)
株式会社ISOCIA 代表取締役/特定社会保険労務士/シニア産業カウンセラー/キャリアコンサルタント/メンタルヘルス法務主任者
民間企業に勤務後、社労士事務所に勤務。その後「ハラスメント対策」中心のコンサル会社にて電話相談および問題解決のためのコンサルティング、研修業務に従事。産業医業務を行う企業で、予防のためのメンタルヘルス対策とメンタル疾患の人へのカウンセリングに従事。2015年に社労士として独立開業、株式会社エムステージでは産業医紹介事業の立ち上げにかかわる。
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