「企業にはびこる、名ばかり産業医」 挑発的な書籍タイトルの真意は ?


2018年5月29日、株式会社エムステージから書籍が出版された。同社で、産業医選任サービスや、産業医になりたい医師向けのサポートを長年手がけてきた 鈴木友紀夫氏による『企業にはびこる名ばかり産業医』だ。

いっけん挑発的なタイトルだが、その中身は、産業医をうまく活用できていない、あるいはどのように健康経営に取り組んでいいかわからないという企業の人事担当者に向けて書かれた本だ。

本書の概要に触れつつ、一番訴えたかったこと、こぼれ話などを語ってもらった。


なぜこのタイトルになったのか


――『企業にはびこる名ばかり産業医』とは刺激的なタイトルですね。このタイトルに決まったいきさつを、まずは教えて下さい。


鈴木 業界の闇を暴くかのような、ジャーナリスティックなタイトルに見えますが、この本の中身のテーマは、実は「人事労務担当者が今、絶対にすべき産業医の活用」なんですよ。

ただ、産業医の古い形態として、企業に選任されても、企業を訪問したり、実務をしない、という、いわゆる名義貸しと言われる状態が常習的になっていた時代もありましたいまはそういう時代ではないということを言いたかった。それがこのタイトルになった理由のひとつです。


鈴木 友紀夫(すずき ゆきお)/株式会社エムステージ執行取締役

1966年生まれ、福島県出身。東京理科大学にて応用微生物学を専攻。医師の人材サービス大手に所属後、エムステージの立ち上げに参画して今に至る。現在は産業医事業部にて、労働者の健康を守るため、そして医師の新たな働き方を提案するために奔走している。


鈴木 それから、挑戦的なタイトルにして、できるだけ多くの読者に手にとってもらいたいという狙いもありました。名義貸しではわかりにくいので「名ばかり産業医」という言い方にしたのですが、当初のタイトル案はもっと過激で『企業をむしばむ名ばかり産業医』だったんです。さすがにそれでは本の内容と違ってしまうので、現在のタイトルに落ち着きました。

ただ、誤解のないように強調しておきたいのは、産業医に本物と偽物がいると言いたいわけではないということです。産業医を選任しただけで、企業側として活用できていない、「名ばかり産業医」という ” 状態 ” への問題提起というのがこのタイトルの本当の意味です


「名ばかり産業医」が生まれる理由


――なぜ「名ばかり産業医」が生まれてしまうのでしょうか。


鈴木 現状で、産業医を選任しない、あるいは選任しても「名ばかり」状態になっている第一の理由は産業医を積極活用するメリットが見えづらいせいです

社内には本来、産業医を機能させることで、解決の糸口が見える問題がたくさんあるはずです。


しかし、職場で問題が顕在化せず、なんとかやりすごせている、現状では生産性が落ちていないように見える、産業医を置かなくても、業務が問題なくまわっているという企業も多いでしょう。もちろんそれは奇跡的に顕在化していないだけなのですが。

(書籍より:平成28年 厚生労働省 労働安全衛生調査の結果)


そうであれば、一見、産業医を置かないほうが無駄なコストを払わず済む、あるいは置いても積極活用するのが面倒だというのが企業の事情です。そして医師も忙しくて訪問するのが困難である場合、企業と産業医双方が互いに積極的にかかわらない状態、つまり、「名ばかり産業医状態のままのほうが双方にメリットがあるという事態に陥ってしまうのです

しかし、「名ばかり産業医」として、法令で産業医選任が定められているから、仕方なく選任しておくというのは、いわば掛け捨ての発想です。産業医の選任がコストでしかなくなっています。こんな掛け捨てのつもりなら置かないほうがましなくらいです



――「名ばかり産業医」状態になる第一の理由はメリットが見えにくいということですね。ほかにも理由はありますか。


鈴木 産業医に対する誤解があります

たとえば、従業員は、なにか産業医に相談すべき問題を抱えていても、産業医のことは会社側の人間、すなわち敵だとみなしていることが多い。相談に値する人だと思わないし、信頼していない。産業医の方にお聞きすると、たとえば、非常勤で月1回の訪問の場合は、信頼を得るのに2年はかかるといいます。

そして、これは経営者も同じで、経営者は経営者で産業医は会社側の人間で自分の言う通りに動くものだと考えています。

産業医自身の誤解は、自分は名前を貸しているに過ぎない、だから会社の問題にはかかわらない、というものです。もちろん最近ではそうでない産業医の方が増えています


ともかく、産業医が従業員の敵であり、会社側の人間である、あるいは名前を貸しているに過ぎないというのはどれも大きな誤解です。産業医は企業従業員の両者の間に立ってあくまで中立的に健康について医学的な観点から判断する立場です。どちらにつく、というものではありません。


メンタルで休職していた人が復職する際に、主治医は患者の言うことだけ聞き、本人が復職を焦っている場合は、本当はまだ無理であるにもかかわらず、もう大丈夫です、という診断書を書いて、もとの職場に戻すこともよくあります。そのために、せっかく回復していたのに、また症状がぶり返して、結局再度休職してしまうという例も少なくありません。

しかし、産業医がいれば、主治医と職場とを適切に橋渡しできます。産業医は医学的な見地で、主治医のカルテの情報も正しく解釈しつつ、現場の業務を把握しているため、その人がもとの職場で元通りの仕事をしても大丈夫なのか、もっと「慣らし」のための期間が必要なのかというベストな判断ができるのです。


――「名ばかり産業医」ではそういう判断は誰もできませんね。


鈴木 かつて日本社会には、生産性よりもどれだけ長く職場にいるかを評価し、長時間労働を美徳とする風潮がありました。しかし、時代は変わってきています。長時間労働が美徳では、もはや立ち行かない時代だと人々が気づき始めています。それは、高齢化の進行による人手不足などの構造的な問題に加え、昨今の働き方改革も大きな要因です。こういう時代には企業のさまざまな面についての見える化が必要です。

(書籍より:体調と労働生産性のデータ ティーペック株式会社 )


最近の就活生は夜に会社に来て、企業のブラック度を調べると聞きました。何時まで残業しているか、自分の目で確かめるのだそうです。

産業医を置き、きちんと機能させながら、長時間労働の解消や、メンタル休職・復職への適切な対応につとめ、従業員が健康で働けるように配慮する会社に優秀な人材が集まるのは時代の自然な流れでもあります


ぴかぴかの健康経営を目指さなくていい


――産業医を置かなくてはいけない、産業保健は大切だとわかってはいても中小企業では、うちにはそんな余裕はないというところも多いのではないでしょうか。


鈴木 ぴかぴかの大企業が実施している制度などに目を奪われがちかもしれません。しかし、産業保健、産業医の活用は大企業にしかできないことではないんですよ。企業にはそれぞれ個性がありますそしてその個性に応じた産業保健活動が必ずあるのです。最低限のことは決まっていますが、それさえ押さえれば、横並びの必要はありません。

自社の強み、弱みを知ってそれを活かしたり、カバーするのが産業保健です。そして、会社の個性に合った産業医を選ぶことが何よりも大事です。


実は、産業医を選任してから、それを社内に広報、周知するしかたも会社の性質に拠るところが大きいんです。ちらしを配る、社内LAN に情報を載せる、社内報のメールで知らせる、実際に紹介の場を設けるなどさまざまです。

そうしたときに、産業医を選任して、こういうことをしてもらいますよ、みなさんもこういうときには相談して下さいね、というような情報が伝わりにくいなら、それはすなわち、社内の伝達経路に問題があるということです。とすれば、社内の伝達経路の改革から始める、これがすでに産業保健の始まりです。


――そういうことも含めて産業保健だと考えると、特別なことをしなくてはと身構えず、会社がよりよくなったり、従業員がより働きやすくなるための、当たり前の工夫として、自分たちにもできそうだと思えてきますね。ただ、人事担当者にしてみれば、取り組んでいる成果が出ているのか、なかなか実感を得にくいかもしれません。


鈴木 産業医の選任や役割について周知徹底できているか、あるいは活用できているかの判断の目安として、従業員からの健康相談の件数が増えたかどうかというのがあります。産業医や人事担当者に健康に関する相談が入るようになるというのは、企業の産業保健の大きな前進の証です。相談しやすいルートができているということですからね。

ほかには、健康診断で、再検査になったときにそれをきちんと受けに行くかどうか、という再検査の受診率もひとつの目安になります。

健康診断の結果の見方、再検査を受けることの重要性などは、産業医が日常的に啓蒙できるようなしくみがあるといいですね。これも、大掛かりな説明会をするとかではなく、メールやちらしなど、自社でできることからでいいのです。


――本には、健診の受診率やメンタル不調をなくすこともとても重要な産業保健の役割だが、さらに先に目標があると書かれていますね。


鈴木 産業医の活用が進めば社会課題解決の一翼を担えると考えています。高脂血症や心臓病、糖尿病などは、病院ではもうそれ以上悪くならないようにすることしかできません。それらの生活習慣病をなくすには、予防医学で対処するのが最も効率がよいのです。

だとすれば、生活習慣病の予備軍である、働いている人たちの毎日の積み重ねによって、その結果を左右することができるということです。将来のリスクを知って適切な健康管理をすることで、その人は健康なまま働くことができ、会社にとって貴重な働き手としてずっと活躍できます。そして、生活習慣病にかからなければ大幅な医療費の削減にもつながります。

産業保健をきちんと機能させることで高齢化対策人手不足の解消医療費の削減というさまざまな社会課題の解決につながります。そして、それは、個人、企業、社会という、どの単位でみても誰にとっても幸せなことなのです。



「名ばかり産業医」ではなく「機能している産業医」へ


――本書の執筆で苦労されたことはありますか。


鈴木 実はないんですよ(笑)。というのは、もちろん必要なデータなどは調査結果や、公的なものを引用していますが、この本に書いたすべては、私が日々産業保健に関わり、産業医の方、そして企業の人事担当者の方とやりとりする、現場の最前線で実際に見聞きし、経験していることだからです。


――本書を通じて読者に伝えたいことを改めて教えて下さい。


鈴木 「名ばかり産業医」がはびこっている状態とは、名義貸しが普通だった昔の体制のことです。今は状況が変わってそうではないということを言いたかった。


今日お話したように、万一「名ばかり産業医」の状態のままだとしたら、個人も企業も社会も今の時代を生き抜くことはできません。これからは「名ばかり産業医」ではなく「機能している産業医」そして機能する産業保健の時代になるでしょう

企業は法令のまま産業医を選任して放置して、「名ばかり産業医」にするのではなく、産業医のメリットを享受できるよう、しっかり活用してほしいのです。それはCSRとしてやらなければならないからやるという意味ではなく、そのほうが明らかに企業にもメリットがあるから、やらなければ損だという意味です。


そしてその際のキーマンは人事担当者です。産業保健をうまくまわしていく解決策としての決定打はまだありません。個々の企業でそれぞれの実情に合わせて、できることから始めていくしかないのです。本書には産業医や産業保健をとりまく状況そして人事担当者がやるべきことを余すところなく書きました人事担当者の産業保健への足がかりとなればと願っています


――続編を出す予定はありますか?


鈴木 大企業の産業保健のやり方は、ある程度定型のものがありますが、中小企業には前述のように一社一社個性があります。

本を書くかどうかは別として(笑)、その事例を今後は紹介していきたいですね。多くの中小企業の人事担当者の方に、自分たちにもできるという実感を持ってもらえればと考えています。

文/奥田由意  編集/サンポナビ編集部


企業にはびこる名ばかり産業医
著者:鈴木友紀夫
出版社:幻冬舎
価格:864円


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