がん経験者に聞いた「治療と仕事の両立」のリアル~企業に求められる支援のあり方とは?
1億総活躍社会の時代の中「治療と仕事の両立支援」にも注目が集まっています。
しかし実際に、従業員が病気にり患してしまった時に企業はどのようにその従業員と向き合えばいいのでしょうか。
ステージ4の咽頭がん治療を経験し、現在も通院しながら仕事を続けている一般社団法人がんチャレンジャー代表理事の花木裕介さんから「がんと仕事のリアル」についてお話を伺いました。
38歳の時、突然「がん」と出会った
まずはご経歴について教えてください
花木裕介と申します。現在は医療関連の事業を展開する会社に勤め、今年で40歳。妻と2人の子供(9歳と6歳)がいます。
2017年11月、38歳のときに「中咽頭がん(ステージ4a)」が見つかり、抗がん剤治療と放射線治療をしていましたが、2018年8月に治療が終了。翌月に職場復帰したので、復職してから約1年が経ったことになります。
現在は経過観察のために、働きながら3ヵ月に2回程度通院しています。
今ではがんの体験をもとに「がんり患者にかかわる方専門の産業カウンセラー」や「がん対策推進企業アクション 認定講師」「一般社団法人がんチャレンジャー代表理事」として、本業の傍ら、「がんと仕事」をテーマにした講演や、書籍の執筆などの活動もしています。
「がん」を告知された時のことをお話ししていただけますか?
今から2年前のことです。2017年の11月、私が38歳の時にがんを告知されました。
がんとの出会いは会社で開かれていた勉強会の時でした。
ふと頬杖をつくと、首の付け根にピンポン玉程度の大きさのしこりがあることに気が付いたのです。
その時は「風邪気味で扁桃腺が腫れているのかな?」くらいにしか思わず、近所の耳鼻咽喉科でもらった薬を飲んでいたのですが、1か月経っても腫れが収まらず、不安に思って総合病院を受診したのです。
詳しい検査をして、1週間後に結果が出ました。そのときに「中咽頭がんの疑いが非常に高い。ほぼ間違いないでしょう」と告知されました(その後の確定診断の結果は、中咽頭がんステージ4a)。
子どももまだ小さかったですし「これからこんなキャリアを作りたい」と考えていた矢先の出来事。
その先の人生のことを考えて、目の前が真っ暗になる思いだったのを、今でもよく覚えています。
職場へのカミングアウト。そして、休職と治療が始まった
がんと診断されたことを会社にはどう伝えたのでしょうか?
がんと診断された当初は、やはりメンタルへのダメージが大きかったですね。
しかし、適切な治療を受ければ助かる可能性があることを知り、同時に勇気が湧いてきました。
「まだこんなところで死ねない」「必ず治してまた職場に戻ってくる」と、そう自分を奮い立たせていました。
そこで、まずは自分ががんになったことを会社の上司に相談しました。幸いにも私の勤務している会社は医療関連の事業を展開していることもあり、治療と仕事の両立支援に関する制度がすでに構築されていました。
また、私は全社員向けメルマガの編集も担当していましたので、その編集後記の場を借り、思い切って自分ががんになったことを他の従業員にもカミングアウトしたのです。
もちろんこれはレアなケースでしょうね(笑)。
一般的には上司や人事担当、同部署のメンバーといった限られた人にだけ知らせて、別部署の同僚などには公表しないことが多いと思います。
しかし、私があえて公表することにしたのは、過去の職場で得た経験からでした。
これまで私はライターや編集者として、読者にメッセージを伝える立場で働いてきました。その視点で考えてみると、これから自分の体験することが、同僚をはじめ“困っている誰かの役に立つかもしれない”と思ったのです。
そんな想いから「38歳2児の父、まさかの中咽頭がんステージ4体験記!〜がんチャレンジャーとしての日々〜」というブログも開設し、治療の経過や入院生活を公開していくことにしました。
このブログでは、今でも“がん治療とその後のリアル”を発信し続けています。
「治療と仕事の両立」はどのようにしてスタートしたのでしょうか?
主治医から伝えられた治療のスケジュールを上司に伝え、まずは3か月休職することが決まりました。
休職については、特に「がん治療専用の社内制度」というものではなく、メンタルヘルス疾患や疾病治療の際に使うことができる休職制度を利用しました。どこの企業にもある休職の制度です。
また、休職中にはお金のことが心配になる方も多いと思いますが、給与の補てんとして健康保険組合から傷病手当金が支払われましたし、治療費は医療保険の制度の一つである「高額療養費制度」を使うことで、金銭的な不安も幾分和らぎ、治療に専念することができました。
とはいえ、抗がん剤と放射線治療が身心に与えるダメージは大きかったですし、その時は体力も落ちていて「仕事に戻れるのかな」という不安も、やはりゼロではありませんでしたね。
私生活で言えば、治療のため家族と過ごせる時間も減り、子供が風邪をひいても側にいてあげられなかったですから。
がんになったことで生活は一変しました。
しかし、治療の経過やその日の体調だけでなく、そうした生活の様子もブログには記録していましたので、ブログを見ていた会社の人たちにも自分の変わりゆく状況を伝えられていたのではないかと思っています。
がんからの生還。復職後の治療と仕事の両立
休職中、会社とはどのようなやりとりをされていたのでしょうか?
入院中の様子や治療の経過をブログに綴っていましたので、会社の同僚たちの多くはそこで私の日々の様子を見ていてくれたようです。
また、上司からも定期的に連絡があり、治療の経過や状況などを報告し、復職までのスケジュールなどについても適宜共有していました。
当初、3か月の予定だった休職は、治療の関係で最終的に9か月に延びました。
時間が掛かってしまいましたが、こうしてスムーズに復職ができたのも、会社が病気を理解してくれたことや、コミュニケーションをとってくれたことが大きかったと思います。
復職してからの働き方などについて教えていただけますか?
2018年8月にがんの治療が終わり、その年の9月から職場に復帰。
私の場合、1日でも早く仕事に慣れたかったこともあり、リハビリ出勤制度などは使わず、最初からフルタイムで働くようにしました。
また、業務についても会社から配慮してもらいました。
休職するまで所属していた部署は日々の確実な業務運営が求められることから「絶対に穴があけられない」というプレッシャーが強いこともあり、復職を機に違う部署で働くことに。
ただ、ブランクが長かったせいで、調子を取り戻すには3か月程の時間が必要でしたね。疲れやすかったり、思うように仕事が進められなかったりしたことが何より悔しかったです。
しかし、上司や同僚から「無理せず、できる範囲でやっていこう」という言葉を掛けてもらえたことで、焦らずに仕事に慣れていくことができました。
今では月に2日間取れる治療休暇をもらって、治療後の経過を検査通院のために休ませてもらうこと以外は、ほとんど休職前と変わらない働き方ができています。
がん経験者の視点から見た、企業に求められる支援の在り方
治療と仕事を両立する上で、企業はどのような支援から始めればいいと思いますか?
治療と仕事の両立支援制度の整備について「何から始めれば良いのか…」と悩みを抱えていらっしゃる企業も多いのではないかと思います。
そんな時は、まず従業員に対して「会社の姿勢」を表明することが大切だと私は経験上感じています。
「もし病気になってしまっても、うちの会社は働き続けることができます」というメッセージを発信する。これが両立支援の第一歩になるのではないでしょうか。
また、病気の種類や進行具合によって治療や通院の内容は変わりますので、一人ひとり異なった支援の形が必要になります。
ですので、社内制度のベースを作った後は、病気にり患した従業員とプランを組み立てていく進め方がいいかもしれません。
私の場合で言えば、ありがたいのは治療休暇があることです。
現在でも3か月に1度は経過検査のために通院、後日出てくる検査結果をもとに、医師と面談する日がもう1日必要、という状態のため、治療休暇で対応できることは精神的に助かっています。
治療休暇の制度がなければ、有給休暇や欠勤という形で通院をすることになりますので、従業員にとってはそれだけ時間とお金の負担が大きくなってしまうでしょう。
業務内容については、復職後も同じ部署に戻るか、あるいは別の部署に変更するのかということも、本人の希望や体調と相談して、最終的に会社として判断していくといいと思います。
そのためにも、従業員・主治医・産業医そして企業が情報を共有し合うことが重要です。
ただし、いくらがんにり患したとはいっても、われわれ経験者も会社に甘えてばかりいてはいけないと思っています。
ハンデを抱えてはいるものの、給料をいただく以上は立派な戦力として成果を求められているはずだからです。
たとえ、治療前のパフォーマンスには戻れなかったとしても、その分は、がんり患経験者ならではの貢献の道を探っていくなど、自分なりにキャリアを構築していく必要があります。
私の場合は、自身の経験を社内外で発信することで、一人でも多くの方に早期発見や早期治療の重要性や、命の有り難みを伝えるなど、自分にしかできない活動を始めています。
このように、病気にり患した社員の経験を「ハンデ」として捉えるのではなく、「ユニークな武器」として活かしていける土壌があるとよりいいですよね。
これから「治療と仕事の両立支援」の制度を整備する企業にメッセージをお願いします。
病気になったことで本人はショックを受け、弱っていることもあります。
無理をして仕事を続けることは身体的にも精神的にも負担が大きくなってしまいますが、本人が就業の継続を希望するのであれば、企業からもできる限り応援してもらえる、そんな社会がいいですよね。
また、治療と仕事の両立支援には、コミュニケーションがとても大切だと思います。
しかし、その一方で「病気を抱えた人に対してどのように接すればいいのかわからない」と戸惑いを感じてしまう方が多いのも事実です。
例えば仕事の場面。り患者した従業員が「これくらいできる」や「この仕事をやってみたい」と思っていても、上司や同僚から「そこまでやらなくて大丈夫」とブレーキがかかる。“過剰な安全運転”をお願いされてしまう場合もあるでしょう。
そうした経験から、私は今、本業の傍ら、産業カウンセラーとしてコミュニケーションの部分に注目した活動をしています。
少しでも患者側の心情を知っていただき、上司や同僚・家族といった方たちの“病気の人にどう寄り添えばいいのか”といった疑問に対するヒントになればと、今年に入って『青臭さのすすめ』(刊行:はるかぜ書房)という本を書きました。
他に講演活動なども行っていて、これが私のライフワークになっています。
最後になりますが、時間をかけて育てた大切な従業員が、病気によって辞めてしまうというのは企業にとっても大きな損失ですし、従業員本人にとっても、仕事をすることは「生きがい」にもつながるため、簡単に「辞める」という判断はしないでほしい、と願っています。
がんは“不治の病”ではなくなりました。
企業も働く人も、決して諦めない気持ちで治療と仕事の両立に取り組んでいただきたいですね。
花木裕介(はなき・ゆうすけ)
医療関連サービス提供会社勤務。一般社団法人がんチャレンジャー代表理事、厚労省委託事業「がん対策推進企業アクション」認定講師。本業の傍ら、がん罹患者に関わる方専門の産業カウンセラーとして、セミナー登壇や執筆、カウンセリングなど幅広く活動中。
関連リンク:一般社団法人がんチャレンジャーホームページ
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