【産業医が解説】働き盛り社員の「がん」、企業はどうサポートすべきか?

近年、現役世代の「がん」が話題になっている。実はがん患者の約3割は、60歳未満の働き盛りの年代が占めているのだ。

30代、40代、50代のがん闘病は、仕事、育児、場合によっては親の介護などとも重なってくるという難しさが伴うが、残念ながらそれをサポートする制度は国側にも企業側にもまだまだ十分とはいえない。

もしもある日、従業員が「がん」と診断されたら、企業の人事・労務はどのようにサポートしていけばよいのだろうか? 産業医として16社の企業で活躍する穂積桜医師(関連記事)に現状を尋ねた。


がんと闘う社員をどうサポートする? 企業側の手探りが続く


———社員が「がん」にかかったとき、企業はどのようにフォローするのがよいのでしょうか?


がんと闘病中の従業員を人事や上司はどのようにサポートすべきなのか、まさに喫緊の課題だと感じています。

現にわたしが産業医として勤務している企業の中で、女性で乳がんのステージ4の方がいま2名いらっしゃるんです。こうお伝えすると随分多いように感じられるかもしれませんが、働く世代で考えると、乳がんの罹患率というのは実は非常に高いんですよ。


働く世代で見てみると、仕事を持ちながら、がんで通院している患者さんは32.5万人いるといわれています(平成22年・厚生労働省)。内訳は男性で14.4万人、女性で18.1万人、女性が多いのは、乳がんや子宮頸がんなどの婦人科系のがんにかかる方がこの世代では多いからですね。

この数字を見て頂くと、随分多くの方ががんにかかりながらも仕事を続けていると意外に思われる人もいるかもしれませんね。

治療技術の進歩によりがんは不治の病ではなくなり「長くつきあう病気」に変化してきたのです。つまり、がんになったあとでも働くことは可能だということです。

仕事をしながらがん治療で通院している者



———女性の就労率は今後も増えていくでしょうし、企業にとって「社員ががんになる」ということが珍しくはなくなっていくのですね。


はい。例えば女性であれば、やはり最も多いのは乳がんになるケースでしょう。乳がんの罹患率のピークは40代後半、60代前半と2度あります。

また子宮頸がんもよく見聞きする病気ですが、こちらは30代後半から40代後半がピークです。まさに仕事や育児に追われる年代に罹患が重なってくるんです。


しかし社会としても企業としても「現役世代の働き手ががんになる」ということに対してまだまだ制度が整っていない状況ですよね。社員ががんにかかると、かかったご本人だけじゃなくて企業も対応におっかなびっくりになるというのが現状だと思います。


がんと闘病している社員さん、または治療を終えた社員さんへのキャリアのフォローはまだまだこれから。今後、事例が積み上がっていく中で制度も変わっていくのでしょう。

わたしも現在、がんになった社員さん、そしてその方の所属する企業に対して産業医として関わっていますが、だからこそできるだけよいかたちで先進的な事例をつくっていければと考えています。


「がん」にかかったからといって、業務量を減らすことが最善とは限らない


———実際に社員ががんにかかると、その上司や人事部としてはどう対応してよいのか戸惑うことが多いと思います。何かアドバイスはありますか?


そうですね。人事の方というのは、「仕事=ストレス」であると考えがちなようです。だから「仕事をすることでもっと具合が悪くなるんじゃないか」と心配して、業務量を減らす、仕事の内容を見直すといった配慮をまずしてしまうようです。


例えばステージ4の患者さんですと、場合によっては今日まで通常勤務ができていても、明日からは出社できなくなる、そしてそのまま仕事に戻ってこられなくなるという可能性もあるでしょう。

「そういう人に仕事させてよいのか?」

「そもそも、治療が終わったからといって職場に戻ってきてもらうべきなのかどうか?」

といった不安の声を人事の方からは耳にします。前例も少ないので、どう考えたらよいのか方針がわからないんですね。

ところが、よかれと思ってそのように配慮することが、ご本人にとっては不本意に感じられることも多いんですよ。


———「配慮が本人のためにならない」とは、どういうことでしょうか?


がんにかかると「では仕事を減らしましょう」という流れになりやすいのですが、実際にお話をよく聞いてみるとご本人はそういった特別扱いをあまり望んではいないケースが多いんです。

がんというのは非常に個別性の高い病気なんです。がんの部位、種類、進行度によって、その後の経過や治療法は異なります。治療による副作用や後遺症も全く違うんですね。ですから就労支援の方法も患者さんそれぞれによって違ってきます。


日常生活を営める方の場合には、面談をしてみますと「できるだけみんなと同じように仕事をしたい」と考えていることが多い。職業を持っているということはご自身のアイデンティティにもつながります。

仕事を離れると「自分はこのまま忘れられてしまうんじゃないか」といった不安を抱くことにもなりかねません。


また、がんの患者さんは痛みや先行きの不透明さともつき合っていかなくてはいけません。

「会社を休んで家にいると一日中がんのことばっかり考えちゃうんです」

「仕事に没頭して、その間だけはがんのことを忘れたいんです」

とおっしゃいますね。


産業医として主治医と連携し、抗がん剤の副作用についても人事と共有


———仕事を続けられる環境を整えることこそが、ご本人のためになる場合があるのですね。産業医として、がんにかかった従業員そして人事とどのように関わっているのですか?


ご本人が勤務を継続するために何をフォローしたらよいのかということを、人事の方と一緒に考えるようにしています。

産業医のわたしの役割としては、患者さんの主治医の先生に対して情報提供依頼書を出して連携をとり、いま飲んでいる薬は何で、副作用はどんなものか、痛みの程度はどれくらいか、痛みの出やすい特定の作業はないか、今後はどのように治療が進んでいくかなどを確認しています。


それを一度わたしのところで受けてから人事の方にお伝えし、勤務日数や時間、そして業務内容や、避けるべき作業などを定めるようにしています。

例えば薬の副作用でいえば、場合によっては気分がひどく落ち込んだり、反対に軽躁状態になってしまうといったこともあります。どちらも仕事に差し支えが出ますから、病状がよくなってきているとしてもはたして職場復帰させてよいのかどうか、人事の方と一緒に悩むところではありますね。


———抗がん剤の副作用についても産業医の先生が気を配っているのですね。


はい。がんの治療法や薬の種類、副作用についても、引き続きもっと勉強していきたいと思っています。

抗がん剤の作用・副作用が出るタイミングで、同時に免疫が落ちてしまうことがあるんですよ。そんなときに社内で風邪やインフルエンザなどにかかっては大変ですから、「じゃあ、業務量や勤務時間を減らしましょうか」と提案するのですが、ご本人からは「マスク・うがい・手洗いを励行しますから大丈夫です。このまま仕事を続けさせて下さい」といわれてしまったり。


そんなふうにご本人は職場に戻ってきたくてしょうがないものの、そうはいっても病状があるわけで「いまは、以前のように100%の力では働けませんよ」と話し、わたしが重しの役割を果たせるようにと面談しています。

もちろん「薬の副作用がきつくなったり、体調が悪化したりした場合には就業の計画を見直しましょう」ということも、復職の時点で確認するようにしています。


なお、わたしがこれまで産業医として出会ったがん患者さんはみな内勤の方です。

ですからワークスタイル自体は大きくは変えずにやれていますが、もし営業や販売といった外に出る職種やシフト勤務の職種の場合には、配置や仕事内容を変える必要も出てくるだろうと思います。


———がんにかかっていることは、職場のメンバーにも伝えるのでしょうか。


それは部署や職務など、場合によりけりです。

職場の周囲の人達に共有することもあれば、そうしないこともある。全員に伝えるということはありません。ただ、その方の直接の上司には確実知らせておく必要があると思います。

あとは知らせる範囲についてご本人と相談になりますね。


———がんにかかった社員さんとは、どの時点で面談していますか。


がんにかかっているご本人とは、退院して職場に戻ろうというタイミングで面談をしています。メンタル不調からの復職でもそうだと思うのですが、少しずつ慎重に進める必要があるでしょう。


がんのステージが浅くて手術で完全切除できたという場合には、最初から通常業務に復帰することもできますし、配慮が必要そうならばお会いして判断します。がんのステージが進んでいる場合には、毎月かならず面談を入れます。そのあいだにも刻々と体調が変わっていくということもありえます。


今いちばん手厚く関わっている方には「体温とサチュレーション(編集部註:血中酸素濃度。手の指をモニターにあてて測る)は毎日かならず測って下さいね」とお伝えしていて、その数字をベースに管理させて頂いています。その変化を見ながら「まず週3日から始めましょう」などと決めて、勤務日数を都度調整し、少しずつ就労時間を増やしてきました。


———難しい判断を迫られることも多いのではないですか。


そうですね。決まった手順があるわけではないので、前例に基づいて判断するということができません。

以前ならステージ4の方が復職するということはまずなかったと思うんですよ。がんにかかったというだけで退職してしまう方も多かったですし。

ただ、今は時代が変わってきて「がんになっても簡単に辞めてしまわないほうがよい」という認識が少しずつですが広まってきているのではないかなと思います。


わたしが携わっているケースでは、主治医の先生も「こんなに病状の重い人が職場復帰した例を見たことがないから、前例に基づく就業制限は決めかねる」とおっしゃっていて、確かにそうだろうなとは思うんですね。

それで、職場のことについては産業医のわたしのほうが情報にアクセスしやすい立場ですから、数値を見て、それで通常4週間単位で勤務スケジュールを立てて、それを主治医の先生に確認して頂いて……、というサイクルでなんとかやってみているところです。


がんの判明した従業員には、健保の補助金や休職期間に関する情報提供を


———実際に従業員が「がん」にかかったとき、まず最初に提供すべき情報は何でしょうか?


まず、病気のために休職できる期間をお知らせすべきだと思います。

休職期間の定めは企業によっても異なりますが、従業員は通常、細かくは把握していないケースが多いでしょう。がんが判明すると動揺しますから「闘病で長く休むことになる。辞めなくてはいけない」と思い込んでしまうこともあります。そこは休職に関する就業規則についてわかりやすく説明する必要がありますね。


「東京都のがん患者の就労に関する調査」を見てみますと、治療と仕事の両立において困難だったこととして、「治療費の見通し」や「収入の減少」といった経済的なことに続いて「「体調や治療の状況に応じた柔軟な勤務(勤務時間や勤務日数)ができない」「体調や症状・障害に応じた仕事内容の調整ができない」といった項目が挙がっています。

治療と仕事の両立について家族以外の誰に相談すれば良いかわからない、職場の人にいいづらいといった困難を抱えている方が多いようです。一方で「仕事を続けたい」と答えた人は 80.5%、すでに退職した人でも 67.7%が就労継続を実は希望していたという調査結果です。


ですから、がんと診断されたときにまず相談できる社内の相談窓口がどこなのか常日頃から周知しておくことが重要だといえます。また、働き方についても産業医に相談できる仕組みをつくっておくとよいでしょう。


休職して治療が軌道に乗り、復帰が視野に入ってきたタイミングでは、産業医面談などによる復職支援を行い、復帰後にフレキシブルに働くために使えそうな制度(時短勤務、時差出勤、リモートワークなど)をぜひ患者さんにお伝えいただきたいですね。


がん休職にもかかわらず、傷病手当金制度を「知らずに利用せず」が4割も


また健保組合によっては、がんに限らず大きな病気にかかったときのための補助金やお見舞金の制度を持っているところがありますよね。例えばIT健保(関東ITソフトウェア健康保険組合)ですと、月額2万円以上の負担については補助が出ます(付加給付制度)。

そういった、大病に備えて健保が用意しているサービスについてお知らせすると、従業員の安心感につながるでしょう。これはがんだけでなく、休職や手術を伴う病気全般にいえることですね。


もちろん、基本的なこととして傷病手当金(連続した3日間を含み、4日以上仕事に就けない場合が対象)がありますよね。病気で長期休職することになっても最大で1年6ヵ月までは傷病手当金が出ますから、やはりすぐに会社を辞めてしまうのはあまりおすすめできません。やりがいや戻るべき職場がなくなるというだけでなく、収入がなくなる、蓄えが減ってゆくというのはメンタル面で非常につらいことですから。


法律で定められている賃金補償についても、健康で働けているときにはあまり知識がありません。先程挙げた東京都の調査では、傷病手当金制度について「知らなかったので利用しなかった」と答えた患者さんが 39.5%にも上ります。そのようなことがないように、がんがわかった段階で人事の方からご本人にぜひお知らせして下さい。

「がんに限らず数日間続けて休むような病気やケガをした場合には、まずは会社の人事に相談して下さい」と普段からアナウンスしておくことも大事かもしれませんね。


———「がん=退職」という社会のイメージは根強いですが、そうではないのですね。


はい。働き盛りの方ががんになって、すぐに会社を辞めてしまって後悔するというケースはよく耳にします。

現在では長期入院ではなく通院で治療することも多いですし、休職して様子を見るのがまず第一だと思います。ただ、そういった情報が社会に十分には浸透していませんよね。


がんという病気自体も非常につらい出来事ですが、仕事を辞めてお金の心配がさらに加わると、治療をしていく上でもストレスが増えることになるのではないでしょうか。

企業や家族など周囲の人たちは「働かないように、休めるようにしてあげるのが優しさだ」と考えがちですが、ご本人の心情によっては、働いたほうが自尊心や人間関係も保たれ、金銭面での心配も減り、とメリットが多いこともあるようです。

ですから、がんにかかっても辞めずに休職して、手術や薬物療法を経てきちんと復職できている事例があるということをもっと広く知って頂きたいな、と考えています。


そこでこれまでに受け持った何人かのがんの方にはすでにご了承を得ていて、ケーススタディとして社内で発信させていただけないか、可能ならば社外にも伝えていけないかという話をしているところです。

誰でもがかかりうる病気ですから、自分や家族ががんになったときの対応について、もっと考えて頂く機会が増えることを願っています。


医師プロフィール:穂積 桜(ほづみ さくら)

2001年札幌医科大学医学部卒業。札幌医科大学、三笠市立病院で精神科初期研修。
その後東京医療センターにて総合診療科・救命センターにて内科・全身管理について研修。
都立松沢病院、久喜すずのき病院で精神科救命病棟勤務。2012年より北里大学東洋医学総合研究所常勤レジデントとして3年間の東洋医学診療研修を行う。2014 年に日本医師会認定産業医を取得し、現在16社の産業医を務める。(2017年11月現在)

▼穂積先生のキャリアについてのインタビュー記事

大病院勤務の精神科医から国内外を行き来する産業医へ——「人々や企業の健康に根本から関わりたい」穂積桜先生の原動力とは

文/松田ひろみ  編集/サンポナビ編集部


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