流行語・死語で読み解くニッポンの働き方 第1回 〜1980年代前半・24時間戦っていた時代〜


1980年代のはじめ、自動車、家電などのハイテク産業を中心に輸出が伸び、ついに日本は世界最大の貿易黒字国となり、著しい経済成長期を迎えました。そして1985年のプラザ合意をきっかけにバブル景気に。

パソコンの登場(1982年)、インターネットの誕生(1983年)など、新しい価値観がどっと押し寄せたこの時代に、日本人はどんな働き方をしていたのでしょうか平成生まれのRちゃんミスターJに聞きました。


この記事は連載の第1回目です。

【第1回】1980年代前半・モーレツ企業戦士が24時間戦っていた時代 

【第2回】1980年代後半・働いたら報われたバブル時代

【第3回】1990年代・バブル崩壊失われた20年

【第4回】2000年代・過労死対策はじめ

【第5回】2010年代:本気で働き方改革時代


<登場人物プロフィール>

ミスターJ:1958年生まれ(60歳)。私立大学を卒業後1980年広告代理店入社。現在個人事務所を経営。結婚3回、趣味はゴルフ。


Rちゃん:1990年生まれ(27歳)。美容系、飲食系など職を転々としつつ将来のために闇雲に資格を集めている。趣味は心霊スポットめぐり。


24時間戦う企業戦士の登場

(我ら、24時間戦うブラック戦隊・企業戦士!)

Rちゃん:

え、24時間誰と戦うの? 戦時中?


ミスターJ:

何とって…自分の限界と…。

今はやりの「ワークライフバランス」なんて考えは1ミリもなくて、「ワークアンドワーク」。

この時代はまさにバブル期突入寸前。自動車生産台数が世界一位になって、製造業を中心に大幅に業績は伸び、製造業だけでなく、どの業種もハードワークが当たり前だった。24時間戦えないヤツは社会に必要ない、そんな風潮だったわけ。

『リゲイン』の“24時間戦えますか?”や『グロンサン』の“5時から男”なんて言葉も流行語入り。この手の栄養ドリンクが次々出てきて、みんな馬車馬のように働いていたなあ…、そして仕事終わりのディスコ…(遠い目)。

ちなみに1980年代前半ってこんな時代

1980年:竹の子族、テクノカットで踊る。
1981年:なめ猫、現る。
1983年:東京ディズニーランド開園。
1984年:エリマキトカゲ、現る。
1985年:ショルダーホンで「しもしも~?」。

Rちゃん:

ちょっと働きすぎじゃない?


ミスターJ:

このあと来る「バブル景気終焉(1992年ごろ)」までは、就業者一人当たりの週間労働時間は平均47時間。今は40時間。年間休日日数も90日程度、今は110日以上。(総務省「労働力調査」より)

データでみても働きすぎだよね。同じころの諸外国のデータをみても、年間実労働時間はアメリカの倍、イギリスの3倍だから…恐ろしいよね。でも当時のオレらは、まわりを見る余裕や習慣なんてなかったんだ。


Rちゃん:

それに、昔は週休一日制だったんでしょ?キツイな〜


ミスターJ:

よく知ってるね。80年代には少しずつだけど、週休二日制が導入されてきた

1965年に松下幸之助が日本で初めて週休二日制を導入して、“仕事量を減らしたのに業績が上がる”を証明したおかげで、一般企業の間では徐々に定着していったわけだれど、それでも国家公務員が完全週休二日制になったのは1992年。一方で企業戦士は休日出勤も珍しくなかったよね。


Rちゃん:

企業戦士って?


ミスターJ:

自分の健康も家庭も顧みず、とにかく会社のために兵士のように働くこと。造れば造るほど、売れば売るほどお金が入ってくる。そのころの日本の経済成長を支えているのはオレたちだと、がむしゃらに働いてきた。健康のことなんて考えなかったよね。「健康診断で半休します」なんて耳を疑うレベル!


Rちゃん:

うわー・・・。


ミスターJ:

同じころアメリカでは「健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくる」という“ヘルシー・カンパニー”(健康経営)の思想が提唱されていた。国民の健康づくりへの投資、施策の整備と従業員の意識改革、大手企業が積極的に健康管理プログラムを導入していった。日本では今でこそ「健康経営」ブームだけど当時はこの意識はまだまだ生まれていなかったんだ


Rちゃん:

経済的には成功してたけど、そういう面ではだいぶ遅れてたんだね。


「過労死」という言葉の登場

(一名欠員…ブラック戦隊・企業戦士!)


Rちゃん:

過労死って言葉が使われ始めたのがこのころ?


ミスターJ:

そう。長時間労働のツケが現れはじめた。「経済大国」の負の部分だね。死因は脳卒中や心筋梗塞が多い。

その他にも、アルコール依存やストレスによる体調不良、不眠、薬物…。社内でも「アイツ危険だな」「顔色悪いな」「最近付き合い悪いな」っていうやつが増えていたと思う。


Rちゃん:

誰かに相談できたらよかったのにね。


ミスターJ:

今みたいに産業医も一般企業には縁遠く、カウンセリングもまず選択肢にない。まさか働きすぎて死ぬなんて、みんなピンとこなかった。過労死が社会問題化したのは80年代の後半のことなんだ。

オレが働いていた会社も、屋上が喫煙コーナーになっていたけれど、あるときを境に立ち入り禁止になった…。つまりはそういうことなんだ。


Rちゃん:

産業医とかカウンセラーみたいな人たちはいなかったの?


ミスターJ:

産業医」という言葉自体はあったよ。「労働安全衛生法」を制定するときに、労働者の安全と健康の確保、快適な職場環境の形成を目的に義務づけられた。

もともとは「軍医」「工場医」の流れからきていて、だから労働環境、作業環境に起因した健康被害を防止するために専門の医師を配置したそうだよ。今のような過重労働とかメンタルヘルスによる脳疾患・心疾患・精神的疾患を診るという感じではなかったんだ


Rちゃん:

世間が「過労死」の問題に取り組み始めたのは、意外と最近なんだね…。


<つづけて読みたい>

▼流行語・死語で読み解くニッポンの働き方、次回は1980年代後半です!


【第2回】1980年代後半・働いたら報われたバブル時代

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イラスト/とりのささみ。 (@torinosashimi)  ・ 文/ふるたゆうこ



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