職場でメンタル不調者を出さない、できる上司のコミュニケーション術とは?
産業医や保健師、企業の人事労務担当者など、現場の健康管理に携わる人は、多くが対人関係に関する問題に直面している。
コミュニケーションはなぜかくも難しいのか――
産業保健の現場の健康管理担当者や学生などの勉強や意見交換の場である「さんぽ会(産業保健研究会)」。月例会のテーマは健康管理や健康教育、メンタルヘルス、過重労働、口腔保健、疾病管理など多岐にわたっている。
10月のテーマは「よりよい対人関係構築のために~ポジティブな関係性を仕事に役立てる」。
一般社団法人ストレスチェック協会代表理事の武神健之氏、ヒューマンハピネス株式会社代表取締役の上谷実礼氏を講師に、対人関係に悩む対象者に接することの多い参加者が、グループワークを交えつつ課題解決のヒントをさぐった。
メンタル不調者を出さない上司は、何が違うのか?
(一般社団法人ストレスチェック協会代表理事の武神健之氏)
武神氏は、「みる・きく・はなす技術~メンタルヘルス不調者を出さない上長ができていること」をテーマに講演した。
武神氏は産業医としてこれまでおよそ1万人の面談を行ってきた。その中で、メンタルヘルス不調者が出ない部署があることに気付いたという。そこでの上司は「『みる・きく・はなす』技術のうち、どれかを持っています」と明言する。
「きく」
まず「きく」。「きく」には5つの意味がある。
①音を感じ取る(聞く)
②注意して耳に入れる(聴く)
③尋ねて、答えを求める(訊く)
④鑑賞し、調べ判定する(利く)
⑤効果が現れる(効く)
「きく」技術を持っている人は、この5つが臨機応変にできているという。
きく技術を持っている上司は、相手を『認める』ことと『気付きを促す』というマインドを持っている人です」。
きくコツは6つ。
「姿勢を向ける」
「呼吸を合わせる」
「順番にきく」
「言うを忍ぶ」
「話すよりもきく」
「存在を認める」
これらを意識すると相手から「きいている」と感じてもらえるという。
武神氏は、面談で「黙ってきいているだけで、相談者はある程度スッキリする」という経験を多くしている。「部下はただきいてほしいのです。きくことで相手は自分の存在を認められていると思えます」。
そして、きくのが上手な人は相手に気付きを促すことができる。
「アドバイスはしないこと。上手な質問をすると、相手は、1.自分の中に持っていた答えに気付いたり、2.直面する課題や問題を俯瞰的に見ることができるようになったり、3.自分の思い込みと事実とは違うことに気付くのです」。
そうすると、面談の翌日「あの人と話せてよかった」と思えるという。これを武神氏は「感情の残り香」と表現する。
できない上司ほど、部下に「期待する」。できる上司は、部下に「期待を示す」。
「みる」
「みる」にも5つの意味がある。
「視界に入れる(見る)」
「注意してみる(視る)」
「時間的変化もみる(観る)」
「症状・状態をみる(診る)」
「不調者をケアする(看る)」
「みる」技術を持っている人はこの5つができている。
「みる」技術を持っている上司とは、「知る」と「説明できる」というマインドを持って「みる」ことができている人だと武神氏はまとめる。
知るとは、ゼロベースで相手をみること。特に、上司は部下のことを決めつけてしまいがちだが、それはNG。「相手のことを知らない」ということを知っていることが大事なのだという。すると、たとえば部下が遅刻したときに、「ダメな部下だ」と決めつけることなく、「調子が悪いのかもしれない」という発想ができることになる。
説明できるとは、「知る」で得た内容を他人に伝えられるということ。逆にいうと、説明できないのであれば、“知ったつもり”であり、理解はできていない。「部下の様子をみていれば、上手に説明できるはず」だと武神氏。
「はなす」
「はなす」には
「言葉で相手に伝える(話す)」
「手を放す(放す)」
「距離や空間を分離する(離す)」
「華をもたせる・咲かせる(華す※)」 ※ 武神氏の造語です
の4つの意味がある。
「だから『はなす』技術を持っている人は、『期待を示す』と『任せる』というマインドを持っています」。
「期待を示す」ことと「期待する」とは違う。期待するのは一方的な感情だと武神氏。「期待を示せば、信頼している上司になら部下は期待に応えようと思うでしょう。良好な人間関係が構築できていれば、期待を示すだけで、部下は自主的に動いてくれるのです。
そして、任せるとは放すことだ。「放すことで相手に主体性を持たせ、成功体験をさせることができます」。
「アドラー心理学」は、職場の対人関係の悩みを解決する?勇気づけコミュニケーションのすすめ
(ヒューマンハピネス株式会社代表取締役の上谷実礼氏)
上谷氏は「アドラー心理学」の考え方をもとに、課題を乗り越えるための「勇気づけコミュニケーション」について講演した。
「アドラー心理学」は生き方に明確な指針を示し、幸せな生き方とは?という明確なイメージを持っている。それが、今これほど注目を浴びている理由だろうと上谷氏は考察する。
「コミュニケーションはなぜむずかしいのか」――上谷氏は問題を提起する。
その理由の1つめは「コミュニケーションについて深く考えていないから」。コミュニケーションとは、お互いの情報や感情、意志などを結び付け合うことだが、送り手のイメージと受け手のイメージにはギャップがあるのだ。
理由の2つめは「変えられない他人を変えようとするから」。我々が起こしがちな誤りでもある。のどの乾いていない牛や馬を水飲み場に連れて行っても、水は飲まない。「ニーズのないところに、サプライはできないのです」。
3つめは「他者とのコミュニケーションの前に自分自身とのコミュニケーションがうまくなっていないから」。対他よりも対自が大事。「まず自分が幸せで健康でいましょう。自分ファーストでいいのです」。上谷氏は、人が幸せを感じるときには、「居場所があること=所属感」と、「役に立っていると感じられること=貢献感」があると分析する。
そこで提唱するのが「勇気づけコミュニケーション」だ。アドラー心理学は、「勇気づけの心理学」とも呼ばれている。「勇気づけ」とは課題を乗り越えるためのエネルギーが出るように応援することだ。
「一番の勇気づけは、感謝を伝えることです。『ありがとう』と言ってもらえば、役に立っていると感じられますね。
『ありがとう』の反対語は何かわかりますか?
答えは、『あたりまえ』。
こう言われると、ありがたい気持ちは湧いてきません。あたりまえのことにも『ありがとう』と伝えましょう。部下に会う前に何か『ありがとう』はないか探すといいですよ」。
どうしても好きになれない上司には、嫌いという気持ちを肯定していい
講演の後は、質疑応答が行われた。
「アドラー好き」だと言う参加者からは、「『他人に期待を示す』ことと、『他人を変えようとしない』ことを両立させるにはどうしたらいいのか」という質問が投げかけられた。
武神氏は「期待を示すことは言葉ではない。相手といい関係を築くことが第一歩。いい関係がないのに期待を示す上長ほど煙たがられる。同様に、部下を変えることも無理。その上司が好きなら、部下は自分から変わろうとするだろう」と答えた。
上谷氏も「あの上司の言うことなら聞いてみようとなる。『他人を変えようとしない』というのは、いい関係をつくるための考え方だ」と同調した。
司会を務めた弁護士の小島健一氏からは「上司やクライアントが、どうしても好きになれない場合はどうしたらいいのか」という質問が出た。
武神氏は、「そういったことはよくある」としたうえで、「相談者には『職場で仲良しグループを求めるな』というメッセージを送っている。嫌な上司に対して、近づきたくないと思うのは正常な反応。仕事をする場では仕事に徹することだとアドバイスし、相談者の期待値を下げる」。
上谷氏は「『嫌い』という感情を意識することが大切。まずは自分ではっきり意識したらいいとアドバイスする。『嫌いと思ってはいけない』と感情を抑え込むと、よけいに複雑化してしまう。不快に感じている、という自分の感情を把握した上で、その先に何ができるかを考える方がシンプルで建設的な対応ができる」。
さらにそれを受けて武神氏は「嫌だと思うと、もう嫌な面しか見えなくなる。しかし上司が昇進したのには何か理由があるはず。周りの人は何と言っているのか? 上司のいいところは? などと問いかけることもする」と別の角度からのアプローチも示した。
武神氏が気づいた、メンタルヘルス不調者が出ない部署の上司が持っている「みる・きく・はなす技術」。上谷氏の提唱する、アドラー心理学を職場で活かすコミュニケーション。
どちらも、職場でのポジティブな関係性の構築のために、すぐに取り組めるヒントが多いのではないだろうか。
文/坂口鈴香
▼関連記事▼