大室正志先生に聞いた「リアルな職場」なき今後、産業保健はどうあるべきか

リモートワークの普及をはじめ、2020年は働き方の大きな変革期になりました。

今後の「職場」はどう変化し、どのような産業保健活動が求められるのか。

産業医として数多くのメディアに登場し、最前線で活躍する大室正志先生にお話を伺いました。


コロナ禍、企業の働き方とともに変化した産業医の業務

大室先生はメディアにもたくさん出てらっしゃるので、ご存知の方も多いと思いますが……まずは、ご経歴を教えていただけますか。

はい。産業医科大学を卒業後、東京での臨床研修を経て、産業医大に戻り産業医要請の専門課程である実務研修センターを修了しました。

その後はジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社の統括産業医や医療法人社団同友会の産業保健部門を経て、現在は独立開業しています。

今は都内を中心に30社以上の企業で産業医をやっています。

最近では「News Picks」や「文藝春秋」「新R25」などを見たスタートアップの企業から産業医のオファーをもらうことも多いですね。


コロナ禍、産業医の活動にも影響や変化はありましたか。

産業医としてリモートで活動する機会が増えましたね。

事業場には行かず、例えば衛生委員会はZOOMやTeamsを使って行うことも多いです。

そもそも顧問先の企業の多くは、ほとんどの従業員がリモートで働いていますので、職場に人がいないことが多いですから。

広いオフィスに数人だけ出社していて、ほかの従業員はみんなリモートワークなんてこともよくありますね。

オフィスがそんな状態なので、この状態が普通になれば解釈次第では産業医の選任さえいらないくらいの人数になっている会社もあります。



リモートワークの急増。「職場」がリアルな場でなくなりつつある

企業によっては、ほとんどの従業員がリモートワークに切り替わっているようですね。

そうですね。

産業医の選任って、「その事業場で常時50人以上が働いているかどうか」が基準になっているじゃないですか。

それで、ご存知の通り今はフルリモートの方も増えていますし、サテライトオフィスの活用なども多い。

これは工場をベースに作られた労働安全衛生法では想定し得なかった「事業場」の在り方です。

そうなると産業医の選任義務をどう解釈すべきか改めて考えてしまいます。

それと同じくして、今後は「職場」という場所への考え方も変わってくるんじゃないかと予想しています。


今後の「職場」がどのようなものになるのか、大室先生はどのようにお考えですか。

通勤して出社する。その「リアルな場所」としての職場に加え、より抽象度を上げた職場という考え方が生まれるのではないでしょうか。

例えば、ある会社では物理的には2割程度の出勤率ですが、様々なツールを使いPC内には明らかに皆が集まる「職場」という感覚がある。

なので今後、職場は物理的な場所だけでなく「仮想空間の中」という、概念に近い場にも拡張されると思います。

そういう感覚が拡がれば、社内イントラネットや各種の業務で使用するツールを「職場」と呼ぶ日がやってくる。それもそう遠くないと思っています。

実際、通勤せずとも従来のオフィスと遜色ないつながりが実感できている「職場」という感覚を持ち仕事をしている人が急増したのですから。

その仮想空間の快適性が生産性に影響し、引いてはメンタル不調の発生率にも影響するのであれば例えば産業医の職場巡視なんかも、これからはその「仮想空間」を巡視することが必要になるかもしれませんよね。ややSFめいてますが(笑)。



数十年後に「こんな働き方してたんだ」と思う日が来る

働き方と「職場」の概念が変わる……想像するのがちょっと難しいですね。

確かに、今すぐに想像するのは難しいかもしれません。

しかし、ちょっと前まで当たり前だった働き方が、今では当たり前ではなかったりすることはよくあります。

例えば、われわれが70年前の鉱山で、満員のトロッコに乗せられ職場へ向かう方たちの写真を見ると「昔はこんな働き方してたんだ……」と思いますよね。

それと同じように、数十年後の人が満員電車で通勤する人たちの写真を見て「昔はこんな働き方してたんだ……」と思うことは不思議なことじゃない。

そんな風にして、働き方が変わる節目が今なんだと考えます。


今の私たちの働き方も普通じゃなくなるということですね。

そうです。僕らの考える「普通」は、すでに大きく変わりつつある。

オフィス内の喫煙も昭和時代は普通でしたが、今では非常識と捉えられます。

ホワイトカラーの仕事は少し前まではスーツで働くことが当たり前でしたが、ここ数年ではカジュアルな服装も認められ、オンとオフの日の境目が見た目からは判断しにくくなっています。

働き方にも同じことが言えて、工場はもとより職場依存の働き方では「場に留まる時間を拘束する」という管理手法だったのが、成果主義に基づくジョブ型雇用とリモートワークが一般化すれば、時間的にも物理的にも「労働=拘束」という考え方が薄れていく。

こうした「仕事と生活」「オンとオフ」の境界線みたいなものは今よりハッキリしたものでなく、グラデーション化していくんだと考えています。

これはある側面から見れば働き方の規制緩和だし自由な未来にも見えます。

一方、工場労働者は業務時間中は文字通り拘束されていますが、チャイムが鳴れば完全にオフです。現在のホワイトカラーはそんな風に頭が切り替わりにくいストレスフルな働き方とも言えます。

いずれにせよ産業医はこういった働き方の変化に敏感でないといけない。



「出社」という物差しが消える。産業保健の課題は

従業員の健康管理に関する変化についてはいかがでしょうか。

リモートワークの増加でなくなったもの。それが「出社」という行為です。

実はこの出社による勤怠の記録が、今まで産業保健で重要視されてきたひとつの「物差し」でした。

これまでは、メンタルヘルスの不調などを勤怠の情報から予見しているケースが多かった。

「出社できるかどうか」「遅刻や欠勤は増えていないか」こうった情報から、従業員の健康状態などを予測していたんです。

けれど、リモートワークでは「出社」という勤怠に関する情報が見えづらくなる。

満員電車に乗るのが辛くても起きてすぐにPCのログインをすること位はできますし。

ここが産業保健の分野で、今後課題になってくるのだと考えます。


つまり、いかにして見えない不調にアプローチできるかということですね。

そうです。

また、出社できるかどうかという視点の他に、従業員の仕事量にも注意しなければならない。

以前、とあるファストフードチェーンでは、従業員の「ワンオペ」が話題になりましたよね。

洗い物が間に合わず、カウンターに食器が溢れかえっている。でも、あれは従業員のキャパシティをオーバーしていることが「見える」状態だからまだマシなんですよ。

リモートワークで問題になることは、従業員のキャパがオーバーしているかどうかが「見えない状態」だということ。

もしかすると仕事量が多すぎて、パソコンではタブやウィンドウが何個も何個も開いてある。

従業員はもうお手上げ……という状態であっても、リモートではますます会社がそれに気付けない可能性がある。

こうしたキャパオーバーに過重労働やストレスなど原因があるため、企業も産業医も、危険信号をしっかり察知して、素早くアプローチすることが大切になっているのです。


今、求められている産業医とはどのような存在か

従業員の健康管理で、今後もポイントとなるのはどのようなことでしょうか。

過重労働の防止に関していえば、上司が部下に対して定期的に1on1のミーティングを行い、業務の棚卸しをしていくことが必要です。

そして、その際には部下の変化にも注意を払います。

他にも、従業員のパフォーマンスやエンゲージメントを計測するツールも適宜利用することも有効でしょう。

コロナ禍では、こうした過重労働の問題以外にも、生活習慣病やアルコール依存症など、数多くの課題が出てくることが考えられます。

課題を乗り越えるためには、企業と産業医が適切に連携し、安全配慮義務を果たすことが必要です。


今、企業から求められている産業医はどういった存在だとお考えですか。

企業の活動を後方支援できる存在ですね。

それも健康面だけでなく少なくともビジネス特性を理解した上でアドバイスができる。こうした役割が求められていると感じます。

ですので、まずは産業医が顧問先企業の事業内容を理解したり、企業のニーズをしっかり汲み上げることが大切です。

ビジネスと言うと急にMBAの経営書を読み出すような産業医志望の医師も多いんです。

それもいいですが、自分はまずは顧問企業が何で収益を上げてどんな社風でどんな人々が働いているのかといった、目の前にある企業活動に興味を持つことの方が大事だと思っています。

また、産業医が自分のやりたいプログラムを押し付けるのではなく、「会社はどんな活動を欲しているんだろう」と、興味を持っていく姿勢も必要です。

その上で、的確なアドバイスを行える産業医が今後は求められていくはずです。




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大室正志

大室正志

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