解説:倉重弁護士「高ストレス社員」を放置する訴訟リスクと企業の対策とは

ある日突然、メンタルヘルス不調の従業員から会社が訴えられてしまったら…?

休みがちな従業員や、ストレスチェックで高ストレス判定が出た従業員を放置することのリスクとその対策について、労働法のエキスパートに話を聞きました(取材編集:サンポナビ編集部)。



どんな企業も高ストレスによるメンタルヘルス関連の訴訟リスクを抱えている

まずはご略歴について教えていただけますか?

倉重・森田・近衞法律事務所の代表弁護士をしております、倉重公太朗と申します。

専門は労働法で、使用者側の労働紛争が専門です。

第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会で副部会長を務めるかたわら、YAHOO!ニュースでは「労働法の正義を考えよう」などの記事を連載し、各界の著名人と「働き方」について対談をしています。


労働紛争で高ストレス、メンタルヘルスに関する問題は増えているのでしょうか?

そうですね。高ストレス、メンタルヘルス疾患に関する問題が増えているように感じています。

メンタルヘルス疾患になってしまった従業員から企業が訴えられてしまったケースや、休職・復職時の就業トラブルに関する相談が多いですね。

紛争・裁判になったときに大切なのはやはり“証拠”ですので、企業はこのようにして証拠を残すべき、という訴訟リスク回避のための準備の部分についてお話ししたいと思います。

メンタルヘルス疾患関連の訴訟は、製造業や建設業の労災といった業種特有のものではなく、すべての企業が直面する可能性がある問題です。



高ストレス者対応として企業がとるべき対策と、訴訟にならないための準備とは

メンタルヘルス関連の訴訟対策として企業が注意すべきことはなんでしょうか?

ひとことで言えば「安全配慮義務を果たす」ことです。これが一番の対策になるのです…が、そんなことは企業の皆さんは十分にわかっているはずですよね。

安全配慮義務とは、従業員が仕事で病気やけがにならないために企業が努力することです。例えば「この機械を使うときは必ずこの手順で」とか「棚の上に置いてある物が落ちないように工夫する」という風に。

しかし、メンタルヘルス疾患の予防は少し違いますよね。求められているのは、従業員の心に対する安全配慮なのですから。

そして、もう一つ注意すべきことは「メンタルヘルス疾患になることが予想できたのに何もしなかった」という問題。これは「予見可能性」というのですが、最悪の事態を予想できたにもかかわらず、企業が何の措置も取らなかった場合にも問題化しやすい部分です。


高ストレス者への対応や、メンタルヘルスの安全配慮義務・予見可能性にどう対応すべきでしょうか?

メンタルヘルス疾患対策の安全配慮義務は難しい領域ですが、具体的な対策としては第一に長時間労働は“ダメ絶対”です。

現在の労災認定基準によれば、時間外労働が月160時間に達していれば明らかにレッドカードですが、160時間未満だからといって良いわけではなく、過度な残業がある場合には注意が必要ですし、パワハラやセクハラといった各種ハラスメントは論外です。

過重労働やハラスメントの実態があった場合には裁判で争点になります。職場がそんな“ブラック企業”のような状態であれば速やかに改革すべきです。

予見可能性については、病気かどうかではなく、顔色が悪い従業員がいないか、欠勤や遅刻・早退が増えていないか、おかしな言動や行動をしていないか、といった従業員の変化にも日頃から気を付け、場合によっては産業医の面談につなげます。

なお、ストレスチェック未受検者がいる場合や、高ストレス判定者にも注意します。

高ストレス判定の従業員を放置することは「予見可能性があった」として、メンタルヘルス疾患の訴訟につながる可能性があるからです。


大切なのは、産業医と連携してメンタルヘルス問題・高ストレス者対応に取組むこと

ストレスチェックを行う上で企業が注意すべきポイントは何でしょうか?

まずはストレスチェックを全員に受けてもらうために受検勧奨をすることです。次に、ストレスチェックをやりっぱなしにせず、受検後もしっかりとフォローすることです。

具体的な方法ですが、行動の履歴を“証拠に残す”ことを心がけてください。証拠に残すことが安全配慮義務を果たすということです。

例えば、ストレスチェックの受検勧奨であれば「全員○月○日までに受検してください」というメッセージを社内一斉送信のメールやイントラネットなどで通知します。

受検後にも同じ方法で「高ストレス判定が出た方は産業医との面談が必要になります」とアナウンスする、という風にして履歴が残るようにします。

なお、高ストレス判定者が出た際の初動としてやってはいけないのが直属上司と1on1ミーティングです。部下を心配する気持ちもわかりますが、まずは必ず産業医との面談につなげてください

メンタルヘルス疾患関連のトラブルでキーパーソンになるのは産業医です。上司や人事部門だけでなんとかしようとせず、産業医からの意見をもらい、適切な対処をするべきです。


企業の産業医が精神科の医師でない場合はどうすればよいでしょうか?

従業員が実際にうつ病などのメンタルヘルス疾患になってしまった場合ですが、企業の選任している産業医の先生が精神科の先生とは限りませんよね。そういった時は、セカンドオピニオン的に精神科専門の産業医にも面談してもらうことが重要です。

やはり精神科の専門産業医による面談を通してから、就業可能かどうかの意見をもらうことは重要ですし、裁判になった際にも有力な証拠になります。

そしてもちろん、医師の診断を受けたことも履歴として残します。

「そこまでやらなきゃならないの?」と思われるかもしれませんが、訴訟に発展した際のコストを考慮すればやっておくべきでしょう。

裁判では「会社はここまで配慮しました(安全配慮義務を果たしています)」という事実が何より重要になってきます。


メンタルヘルスによる復職時・休職時のトラブルを回避するには?

復職・休職の際に気をつけるべきことはどのようなことでしょうか

休職時と復職時もトラブルが多いタイミングです。

休職に入る時には、先ほど申し上げたセカンドオピニオンを行い、主治医と企業の産業医、精神科の産業医3人の意見をすり合わせてから休職にするといいでしょう。

そして、休職期間中に企業の担当者は従業員とコミュニケーションをとることが大切です。

また、復職の際に問題になるのが復帰した後で働く部署や仕事内容です。

本人の意志を尊重することも大事なのですが、対外折衝や残業を無くすなど、なるべく負担の少ない業務をしてもらうことが無難といえます。

復職時も同様に、産業医との面談をしっかり行ってから復職させること。

最近ではスポット的に産業医を紹介している会社もありますので、メンタルヘルス疾患関連でトラブルになりそうなときは、そういったサービスを部分的に利用することも有効な方法です。

間違っても急に解雇したり、感情的に退職勧奨を迫ったりすることは避けるべきです。


メンタルヘルス疾患のトラブルが増えている背景には何があると思われますか?

働き方改革がひずみを生んでいる可能性もありますね。

「残業せずに生産性を上げて仕事を終わらせる」これはなかなか大変なことで、短時間で成果を求められる働き方が、実は労働者を精神的に追い詰めていることも考えられます。

こうした働き方の問題については先日発刊した『雇用改革のファンファーレ』(刊行:労働調査会)という本の中で詳しく書いていますが、ここ数年で「労働」に大きな変革期が訪れていることは間違いないでしょう。

だからこそ、労働者の心身の健康について今一度考え直すことが求められていると考えています。

※著書『雇用改革のファンファーレ』の詳細はこちらからご覧なれます。

最後に、企業の経営者・人事担当者へメッセージをお願いします

繰り返しになりますが、メンタルヘルス疾患関連のトラブル対策で大切なのは、企業が「ここまで安全に配慮した」という事実と、「産業医からの意見もらった」という事実を証拠として残すことです。

企業の方にはまずここの部分力を入れていただきたいですね。

訴訟対策なんて言うとちょっと冷たい感じもしますが、何もしない企業はもっと冷たいです。


また、ひとことにメンタルヘルス疾患といっても、そこには複雑な問題が絡み合っていることも多くあります。

例えば親族の死亡などといった、従業員のプライベート面で問題が発生してメンタルヘルス疾患になってしまうケースもあるでしょう。

しかし、時間とお金をかけて育てた大切な従業員です。メンタルヘルスの問題について、企業の方たちには危機感を持って準備と対応をお願いしたいと思っています。

上司が従業員に「仕事は大変じゃない?」「忙しそうだけど大丈夫?」と聞くことはとても大切なことです。しかし残念ながら、裁判ではそうした証拠の残らない思いやりはあまり重要視されないことも事実です。

訴訟リスク回避の視点だけでなく「従業員のためにここまでします」という姿勢で臨むことができれば、従業員も安心して働くことができます。

やはり、いちばん大切なのは“病気にさせない”ことと、適切に対応して“裁判にしない”ことですからね。

倉重公太朗(くらしげ・こうたろう)


慶應義塾大学経済学部卒、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経て2018年10月~倉重・近衞・森田法律事務所の代表弁護士に。経営者側労働法専門の弁護士。第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 を務めている。労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉などを得意分野とし、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)、「雇用改革のファンファーレ」(労働調査会)。

▼関連リンク▼

倉重・近衞・森田法律事務所(事務所公式ホームページ)

労働法の正義を考えよう」(YAHOO!ニュース



■よく読まれている関連記事■

  【解説:倉重弁護士】職場クラスターは安全配慮義務違反?適切なコロナ対応と法的リスクとは 「職場クラスター」が発生した場合、企業が法的責任を追及されることがあります。安全配慮義務を果たすために必要な対策について労働法制に詳しい弁護士倉重公太朗先生にお話を伺いました。 エムステージ 産業保健サポート
  大室正志先生に聞いた「リアルな職場」なき今後、産業保健はどうあるべきか 「文藝春秋」「NewsPicks」ラジオにテレビと、産業医として数多くのメディアに登場し、最前線で活躍する大室正志先生にお話を伺いました。今後の「職場」はどう変化し、どのような産業保健活動が求められるのか— エムステージ 産業保健サポート
  〈Q&Aでよくわかる〉リワークとは?施設の探し方・利用法・料金を紹介 2022年1月27日最終更新:本記事では「リワークって何?」といった部分から、リワーク施設の探し方・リワークプログラムの活動内容・利用料金等といったテーマを、Q&A方式で分かりやすく紹介しています。 エムステージ 産業保健サポート

​​​​​​​メンタルヘルス疾患による休職・復職に対応した就業規則の作り方

ストレスチェック後の面接指導の流れは?

ストレスチェックの結果は、誰にどこまで開示する?

産業医を探すにはどんな方法がある?メリット・デメリットを解説します


倉重公太朗

倉重公太朗

慶應義塾大学経済学部卒、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経て2018年10月~倉重・近衞・森田法律事務所の代表弁護士に。経営者側労働法専門の弁護士。第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 を務めている。労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉などを得意分野とし、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)、「雇用改革のファンファーレ」(労働調査会)。

関連記事


\導入数4,600事業場!/エムステージの産業保健サービス