「こころの耳」運営事務局長に聞く。2020年のストレスチェックで企業が注意すべき点
コロナ禍において、急激に大きな変化を迫られたわれわれの働き方。
今後、企業ではどのようなメンタルヘルスの課題が想定されるのか。そして、どのような対策が求められるのか。
約10年にわたり厚生労働省委託事業「こころの耳」の運営責任者を務めている、事務局長の石見忠士先生にお話を伺いました。
※この取材内容は、「こころの耳」事業とは一切関係ありません。
「こころの耳」の運営を通じて、働く人々のメンタルヘルスの現状を見つめ続けてきた
最初に、先生のご経歴について教えていただけますか。
2008年に東京地区のメンタルヘルス対策支援センター(現「東京産業保健総合支援センター」)の事業立ち上げに関わり、初代「メンタルヘルス対策促進員」として、直接、企業に出向いて、メンタルヘルス研修や職場復帰支援プログラムの作成支援などを行ってきました。
その後、2011年からは「こころの耳」の運営事務局長を務めています。
並行して、この12年間にストレスチェック制度や職場のメンタルヘルス対策について支援や取材、調査研究のほか、各種講演も多く行ってきました。
またストレスチェック制度に関する実務書は、評判も良かったようで、多くの方々にご愛読いただきました。
「こころの耳」の活動内容についてお聞かせください。
「こころの耳」は、厚生労働省が管轄する働く人のメンタルヘルス・ポータルサイトです。
ただ、“働く方”だけが対象という訳ではなく、その“ご家族の方”や、社長や経営者といった“事業者の方”、管理職などの“部下を持つ方”、そして総務担当者や社内外の産業保健スタッフといった働く人を“支援する方”など幅広い方々に向けて、メンタルヘルスに関する情報を発信しています。
サイトのコンテンツとしては、Eラーニングや動画、企業の取組み事例や労働者個人のこころの病克服体験記、Q&A、各種冊子パンフレットや研修の紹介など、「利用者視点」を意識して制作しています。
また、ストレスチェック制度の導入や実施に役立つポイント、その後の職場環境改善活動に役立つツールについて一通りまとめたサイトなど、職場で今必要とされているものを、分かりやすくかつ最新の情報を提供しています。
「こころの耳」にはメンタルヘルス関連の外部相談機関という役割もあるのですよね。
そうですね。サイトからの一方的な情報発信だけでなく、個別相談にも対応すべく電話やメール、そしてSNSによる相談窓口も設置しています。
「こころの耳」全体で、メンタルヘルス対策やストレスチェック制度について、サイト上で“知る・調べる”ことができ、個別事案については3つの窓口を通じて“相談する”ことができ、自ら“学ぶ・実践する”ことができるように、構成しています。
特にメンタルヘルス対策関連の企業の取組み事例は、私が実際に全国各地の企業を訪問した上で、じっくり話を聴きとってまとめあげたものです。これまでに約90社の取材を行ってきました。
10年前と比較すると「こころの耳」の年間利用者数は25倍以上に増え、昨年度(2019年度)は年間1,103万件ものアクセスがありました。
アクセス数の増加と要因を分析すると、一般的な労働者個人だけでなく、企業や社会全体としても職場のメンタルヘルス分野に注目が高まっていることを実感しています。
激動の2020年、どのようにしてストレスチェックをメンタルヘルス対策に活かすべきか
今年(2020年)は新型コロナウイルスの流行が大きなトピックになりましたが、今後、働く人のメンタルヘルス対策について、企業はどのような点に注意が必要だとお考えですか。
昨年(2019年)、「働き方改革関連法」が施行されましたが、ある意味、今年(2020年)が、真の“働き方改革元年”だと言えるのはないでしょうか。
働き方そのものが、“コロナ感染症対策”と言う名の下で、半ば強制的に大きな変化を強いられることになりました。
今年2月下旬の学校一斉休校から、事務作業を中心とする一部の業種で「在宅勤務」や「時差出勤」などが徐々に行われつつも、4月には政府による「緊急事態宣言」によって、様々な業種で「出社禁止!」と言わんばかりに、なし崩し的に「在宅勤務」が開始されました。
その後、宣言解除と共に5月下旬以降は、徐々に出社が再開され、7月頃には多くの企業で通常勤務に戻っていった現状があります。
この間、ちょっとした工夫や対策で、自分たちの職種や業種でも在宅勤務可能であることが分かり、身支度や化粧などの出勤前の準備や、通勤時間そのものがなくなると共に、職場での電話対応や紙書面での業務など雑務が減ったことで、在宅勤務(テレワーク)のメリットを実感した方も多いと思います。
一方で、家族がいることで自宅での業務が難しい方、就労時間管理があいまいなため夜中に上司から連絡が来るなどがあり、1日の生活リズムが不規則になってしまった方、パソコン画面を通じたオンラインでの会議や打ち合わせが中心のため、コミュニケーション不足に不安を感じる方など、在宅勤務のデメリットを感じた方もいると思います。
そして、思いのほか、在宅勤務期間が長かった影響で、久しぶりに出社を再開することに、通勤電車などでのコロナ感染の不安と共に、抵抗感が強く出てしまった方なども見られるようです。
しかしながら、今後、「在宅勤務」や「時差出勤」といった多様な働き方は、一般的になっていくと同時に、従業員自身がライフキャリアの中で、働き方を選択できる会社が、採用等で優秀な人材を集め、生き残っていくと思います。
働き方の変化に伴う新たなこれらの課題に対して、企業や総務担当者などは、システム的な体制変更のみならず、従業員個々人のメンタルヘルス対策も必要になってきています。
在宅勤務に関するメンタルヘルスの注意点について、具体的に教えてください。
メンタルヘルス面において特に注意しなければならない点は、“生活リズムの乱れ”と“コミュニケーション不足”です。
“生活リズムの乱れ”に関しては、メンタルヘルス不調の要因と関連が深い“睡眠”と“食欲”に影響が出てきます。
夜中や休日などに上司や顧客などから電話やメールの連絡がくることで、通常勤務時よりも精神的に緊張状態となる仕事モードが続き、結果的に長時間労働となってしまい、睡眠時間が短くなってしまうこともあるでしょう。
また、自宅での作業が続くことで運動不足となり、程よい身体的疲れが無いために、深い眠りにつけず、睡眠の質が悪くなってしまうといったこともあるでしょう。
食欲に関しても運動不足のため、お腹が空かず栄養不足になってしまうこともあれば、逆に消費エネルギー以上に食べ過ぎてしまい、体重が増えてしまうといったこともあるでしょう。
なお、1日3食の時間と量が乱れることは、身体面での不調や睡眠時間の影響にもつながります。
その他、これまで禁煙していた方が、自宅であればいつでも吸えると喫煙を再開するケースや、自宅でそのまま寝られるので、飲酒の頻度や度数、量が増えたケースも見られます。
特に注意したいのが、飲酒量の増加の結果としてのアルコール依存症です。
仕事を量で判断するといった場合、在宅勤務で早く仕事を終えたことで、周囲の目がないこともあり、昼間から飲酒することが習慣化してしまったというような話も耳にします。
そこから自然とアルコール依存症へ踏み込んでしまうことに怖さを感じてしまいます。
その後、「悩みや不安はお酒を飲むことですべて解決できる」と思うようになると、メンタルヘルス不調に陥ったり、最悪の場合は酔った勢いで酩酊状態での自殺へとつながったりする可能性もあります。
これらを予防する観点からも企業は、日々の勤務状況を確認すると共に、健康診断やストレスチェックなどの心身の健康情報結果を通じて、従業員の変化を細やかに拾い上げ、早期対応を行うことが大切になります。
そして、“コミュニケーション不足”に関しては、日々のやりとりがメールやチャットを中心としたオンラインでは、これまでの対面で直接話をすることよりも、相手との情報量の交換が少ないことを常に意識しておく必要があります。
その点では、メンタルヘルス対策における4つのケアの“ラインのケア”を重視して、いつも以上に、部下のことを気にかけ、こまめに状況確認をすることが大切です。
業務の指示や確認は事柄だけならば、メールやチャットで端的に行うだけで良いのですが、業務の指導やダメだしなど感情を伴う場合は、メールやチャットではどうしてもキツい印象を与えてしまいます。
そのことで、部下や相手が怒られているのだと、過度に感じてしまうと、不安や悩みとなってしまいます。
感情を伴う内容を伝える場合は、電話やオンライン、できれば対面などで自身と相手の声の調子や表情が分かる状況で行うと安心感につながります。
どうしても急いでメールやチャットで伝える必要があるのか、今一度確認して行うことが大切です。
コロナ禍におけるストレスチェック活用のポイントについてお聞かせください。
ストレスチェックは、本人の同意なく会社側が個人結果を知ることができないルールになっています。
そのため、「従業員個人に結果を通知して終わり」といったように、やりっぱなしにしている企業がいまだにいることを残念に思います。
実施者を通じてしっかりと結果を分析した上で、従業員個人への支援や職場の環境改善に活用することが大切です。
特に、今年(2020年)のストレスチェックの集団分析では、働き方や勤務形態が大きく変わった部署や、在宅勤務を導入した部署などについて、昨年までの結果と比較し、どのようなストレスの変化があったかという点に着目することが一つのポイントになります。
さらに、「在宅勤務を導入しなかった部署ではどうか」、「事情により在宅勤務にできなかった雇用形態の従業員はどうか」といったように、在宅勤務の導入状況や、職種や雇用形態でより細かく分類し、集団分析結果を比較することによって、社内のストレス状況をより具体的に把握することができます。
これらは“仕事のストレス判定図”にて抽出している“仕事の量”や“仕事のコントロール度”といった尺度で違いをみることができます。
特に、“上司の支援”の尺度は、働き方が大きく変わったことに対して、どれだけ上司が頼りになるか、支えてくれているかを従業員自身の実感として知ることができます。
昨年(2019年)よりも低下している場合は、上司から部下への支援の方法を、新しい働き方に合わせて検討することが大事です。
企業に求められるのは「今後を見据えた」ストレス対策・産業保健活動
企業と産業医の連携について、今後はどのようなことを意識することが望ましいでしょうか。
基本的には、従業員が産業医を身近に相談できる専門家だと認識してもらえるように、産業医から従業員に対して距離を縮めていくように心がけることが大切です。
その点では、毎年実施するセルフケアなどのメンタルヘルス研修を通じて、産業医自身が研修講師を行ったり、難しい場合は、研修の中で産業医を顔写真や簡単なメッセージ動画で、「仕事の中で心身の不安や悩みを抱えていれば相談できる専門家」として紹介したりして、産業医の存在を身近に感じてもらうといった方法も効果的です。
コロナ禍において、今年(2020年)は、集合研修の実施が難しい企業も多いのが実状ではありますが、それを逆手にとって、オンライン研修や、PowerPointのスライドショー内に講師動画と音声を組み込んで、イントラネット内で閲覧するEラーニング式の研修などとして行うことも可能でしょう。
産業医自ら契約先企業に決まった時間と場所に行かなくても、遠隔で行うことができますし、従業員にとっては、オンラインでも自然に感じられるようになってきたと思います。
その他にも、定期的に産業医がコラムを執筆し、社内報や社内イントラネットで掲載することも、産業医と従業員の距離を近づけることにつながります。
産業医は、企業にとって産業保健活動のキーパーソンです。
しかしながら、従業員が、産業医の名前や顔、日頃考えていることなどをよく知らないと、いざという時に、相談を控えてしまいますし、早期発見・早期対応の観点からも望ましくありません。
産業保健活動の今後を見据えた上でも、これらの周知活動などを通じて、社内の産業保健機能・体制を強化しておくことが大切です。
メンタルヘルス対策では、産業医と企業との間でも、日頃からの関係づくりが大切ということですね。
そうですね。
働き方の変化に伴い、企業は今後、仕事を「時間」ではなく、より「成果」で見る時代になると予想しています。
「成果」で見ることで、いつ(時間)・どこ(場所)で仕事をしているかは重要でなくなってきますが、その分、従業員自身が無理をしてしまうことになると、仕事の「時間」だけがかかってしまい、長時間労働の温床にもなりかねません。
こうした変化の中で、従業員への仕事の管理と合わせて、変化に即した新たなメンタルヘルス対策もより重要になってきます。
その際の視点で重要なのは、一次予防を意識した、先回りの対策をできる限り行っていくことです。
まずは、健康診断やストレスチェックなどの基本的な活動をしっかり行う。
その結果の分析から、まだ健在化していないメンタルヘルス対策の課題をキャッチすることにもつながります。
そして、産業医などの内部資源を有効活用した上で社内活動に難しさを感じた場合には、各都道府県に設置されている“産業保健総合支援センター”や“外部EAP機関”など、外部資源を活用することも有効でしょう。
「こころの耳」も、そのようなメンタルヘルス対策に積極的な企業の支援になるよう、さらにアップデートしていきますので、大いに活用してください。
解説:石見忠士(いわみ・ただし)
こころの耳運営事務局 事務局長
横浜国立大学経営学部卒業後、大手電機メーカー入社、マーケティング並びに営業職を務める。その後、人材系企業でのマネージャー職や起業などを経て、2008年よりメンタルヘルス対策支援センター(現「東京産業保健総合支援センター」)のメンタルヘルス対策促進員として活動。当時300社以上を支援し、メンタルヘルス研修や職場復帰支援プログラムの作成支援などを行う。
2011年より現職。厚生労働省委託事業「こころの耳」サイト事業の運営責任者としてメンタルヘルスに関する法・制度の最新動向はもちろん、全国の先進・良好事例を自ら取材し、働く人・家族・組織に役立つ情報を提供している。
主な著書に「日本で一番やさしい職場のストレスチェック制度の参考書」(労働調査会)などがある。
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