がん治療中の従業員が業績アップ。経営者であり保健師、そしてがん経験者として企業を支える
政府の推進する「人生100年時代」を、企業はどのように支援することができるのか。
従業員の高年齢化に伴って対応していかなければならないことのひとつに「治療と仕事の両立支援」があるでしょう。
企業の経営者でありながら保健師、そしてご自身もがんサバイバーでもある根岸茂登美さんに「健康」と「経営」についてお話を伺いました(取材:サンポナビ編集部)。
がん経験者だからこそ、従業員の「健康」に気を付けたい
――まずはご経歴について教えていただけますか?
看護師として病院勤務を経験した後、看護専門学校の教員も務めておりました。
2001年から家業の「藤沢タクシー株式会社」3代目の代表取締役として経営に携わっております。
他にも、日本産業衛生学会や日本公衆衛生学会、日本産業看護学会などの会員でもありますので、業務で得た経験と、保健師として行った活動の内容・成果について学会や研究会で発表しています。
そのほとんどが「治療と仕事の両立支援」をテーマにしています。
――経営者になって保健師の経験を活かそうというお考えだったのでしょうか
実は、家業を継いだ時に「これからは経営者として頑張っていこう」という気持ちでしたので、もう看護師や保健師として活動することはないだろうと考えていました。
しかし、実際に職場を見渡してみると、従業員の平均年齢が60代ということもあって「健康診断の有所見率の高さ」「喫煙率の高さ」といった、解決すべき健康の課題がたくさんあったのです。
また、高齢の従業員が多いことから、がんに対する両立支援も必要だったのです。
かく言う私も30代の時にがんを経験しておりましたので、経営者になってからは「保健師」としてだけでなく「がんサバイバー」としての経験も、経営や両立支援の中で活かしていきたいと考えるようになりました。
がん治療中の従業員の業績がアップ「経営」としての両立支援
――これまでにどのような「治療と仕事の両立支援」をされてきたのでしょうか
保健師の立場では、衛生委員会に参加するだけではなく、従業員に対して生活習慣の指導・支援などをしています。
がんを告知された従業員に対してはメンタルヘルスのケアが必要になります。
入院や治療のプログラムについて相談に乗ることはもちろん、がん経験者としてアドバイスもしています。
具体的には「がん告知後の人生」をどのようにしていくか、ということについて「対話」をしていきます。
その対話を通じて、従業員の就業に関する意志を聴き、メンタルヘルスのケアも行うようにしています。
そして「がんになったから」といって、そこで仕事を辞める必要はないことを伝えます。
このようにして、従業員にとって最良となる働き方やライフプランを一緒に考えています。
――「治療と仕事の両立支援」は会社の業績にどう影響しますか
やはり、経営者の方は気にされますよね。それは従業員も同じ考えがあると思います。
「がん治療をしながら働く従業員の成績はどうか?」「治療をしながら働くことで迷惑をかけていないか?」という風に。
治療と仕事の両立支援が始まれば、がん治療が最優先となり、手術や入院による休暇は必要です。そのために安心して治療に専念できる制度や環境を整えます。
また、仕事を休んでいる間には業務ができませんから、その分の業績は下がってしまいますね。
しかし、当社のケースで興味深いデータがあります。それは、がんの告知をされた従業員の成績が、がん告知の前と比べて約1.5倍になっているということです。
その従業員は、現在でも治療を続けながら働いており、復帰後に昇格させ、新人や後輩の指導という役割も担っています。
がんの告知や治療という経験は、「生きること」を考える機会となり、仕事への向き合い方にも少なからず影響があるものだと実感しています。
つまり、治療をしながら働くことで、企業にとってプラスになることもある、そのことを知ってもらいたいです。
がんは「珍しくない」、がんになっても「辞めない」それを社内で共有する
――治療と仕事の両立を支援するために、企業はまず何をすべきだとお考えですか
がんに対する社内のリテラシーを向上させることです。
つまり「がんは珍しい病気ではない」「がんについてみんなで知ろう」ということです。そして、「がんでも仕事を続けられる」ことが“共通認識”の会社にしていく。
さらに、がん健診を勧めることが重要な取組みだと考えます。
働く世代には「がんが見つかってしまったらどうしよう」「会社を辞めさせられてしまうかもしれない」といった気持ちから、 がん検診を受けたがらない方もいると思います。
しかし、早期発見ができればほとんどのがんは治すことが出来るのです。がん検診の大切さについて、産業医の先生に衛生講話をお願いするなどして、社内で広めていければいいでしょう。
また、がん検診が「どこで」「いくらで」受診できるのかという情報が不足している場合もあり、市区町村が行っているがん検診を案内するなど、検診に対するハードルを下げていく取組みも必要です。
――一般的な企業ではそこまでの支援をしていくことは難しいと思うのですが…
確かに、私は「経営者でありながら保健師」という、ある意味特殊な立場かもしれません。
しかし、企業で取組める両立支援はたくさんあるのです。
まず経営者や人事担当者等ががんや両立支援について情報を集めることです。
例えば、国が推進している「がん対策推進企業アクション」という活動があります。
このホームページには、大小さまざまな企業の「治療と仕事の両立支援」事例がたくさん掲載されているので「他の会社はどんな制度をつくっているのか」「どのような取組みが求められているのか」といったモデルを見ることができ、とても参考になります。
――産業保健スタッフにはどのような役割を果たしてもらうことが望ましいでしょうか?
産業保健スタッフの方たちには、がんの理解はもちろんですが、企業内で従業員をしっかりバックアップする役目を果たしてほしいですね。
従業員本人の意志を尊重しつつ、がん告知後の人生をコーディネートする役割として、産業保健スタッフが健康経営に携わっていくことが出来れば、企業のイメージアップにもつながるでしょう。
これからやってくる「人生100年時代」、その人生を豊かなものにしていくためには、本人の気持ちを支援できる会社であることが大切だと考えています。
〈プロフィール〉
根岸茂登美(ねぎし・もとみ)
神奈川県藤沢市生まれ。藤沢タクシー株式会社代表取締役。保健師・衛生管理者、がん経験者。東海大学健康科学部卒業。看護師として病院勤務等を経験し現職。日本産業衛生学会をはじめ数々の学会に所属し、研究成果を発表している。
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