AIが表情から感情を判定―カウンセラーの職人技は代替されてしまうのか?


喜ぶ。悲しむ。怒る。驚く……人が行動する際、感情は大きく影響している。しかしながら、これまでその感情を定量化することはむずかしく、プロフェッショナルであるカウンセラーにとってすら、表情の読み取りは職人技の世界だった。そこに、脅威の精度93%で表情から感情の計測を可能にしたのが動画の感情認識AI「エモリーダー」だ。

感情を定量化することでどんなことが可能になるのか、そしてその効果は――?

「エモリーダー」を開発した株式会社エモスタの小川修平氏にお話をうかがった。

小川 修平(おがわ しゅうへい)株式会社エモスタ代表取締役

​​​​​​​

2008年インディアナ大学卒業後、三菱UFJモルガンスタンレー証券はじめ投資銀行にてM&A関連部署に勤務。2015年海外インターン事業、海外IT人材関連事業を友人と創業。2017年3月株式会社エモスタ創業。


カウンセリングの課題から生まれた感情認識AI


――感情認識AI「エモリーダー」とはどういうものなのでしょうか


簡単に言うと、人間の表情から感情を読み取るソフトウェアです

これまで集めた約10万人以上の表情データをもとに、ディープラーニングでその人の感情を判定します。感情の種類は、米国の心理学者ポール・エクマンが提唱した7つの基礎感情、「喜び・悲しみ・驚き・怒り・軽蔑・嫌悪・恐れ」+「無表情」で、それらがどの程度現れているかを時系列のパーセンテージグラフで表示するものになります。

それにより、感情の変化を追ったり、カウンセリングの場における信頼関係構築の様子を把握するなど、より精度の高いカウンセリングを実現することが可能となります


(エモリーダーの仕組み)



(当日はデモ画面を見せていただきました。左に映っているのが小川氏)



――表情による感情認識技術は他社にもありますが、それらと比較して「エモリーダー」の特徴は何になりますか?


カウンセリングにおける適用についていえば、特徴は3つあると思います。

1つ目は、現役カウンセラーである共同創業者のザンダーが感じた課題をテクノロジーを適用していること。

2つ目は、点ではなく変化を見ていること。

そして3つ目は、ACTという心理療法の考え方に基づきクライアントと情報を共有する使いかたを推奨していることです。


――1つ目の「現役カウンセラーが感じた課題」という点から聞かせてください。


エモスタの開発は、共同創業者で義弟でもあるAlexander Krieg(ザンダー)の経験が原点です。現在、ハワイ大学臨床心理学博士課程に在学中(2018年卒業予定)で、彼自身もカウンセリングを行っています。

カウンセリングではクライアントの感情が現れるポイントが重要なのですが人が見ているだけでは見逃してしまうこともありますし、印象論になりがちです。彼も、約50分のカウンセリングを一日に複数回行うと、集中力が切れ、「クライアントのサインのうち半分ほどは見逃しているのではないか」と問題意識を抱いていました。

そこでテクノロジーがサポートすれば人間の集中力に頼らずに客観的に感情を読み取ることができると考え、エモリーダーを開発したのです。


――2つ目の特徴は「点ではなく変化を見ていく」ことですが、具体的にどういうことでしょうか。


感情はスナップショットではなくどう変化していったかを見ていくものです。文脈もふまえて見ないと、正確に判断することはできません。

時系列で表された感情グラフからは、「自然・幸福・悲しみ・嫌悪・驚き・軽蔑・怒り・恐怖」がどの程度現れているのかが一目で把握できます。そして、それらがどのように変化しているのか、客観的に評価できるのです。さらにレポート画面では、感情が起伏しているなど気になるところから音声を再生できるので、どのような文脈でその感情が現れたのかを深堀りできます。

(エモリーダーの結果解析イメージ)



正確な感情の分析をするためには、文脈を踏まえることが欠かせません。例えば、悲しい話をしているときに笑顔が現れたクライアントがいました。これは受け入れられていない事象に対する強いストレスにより、防衛反応で本来の感情とは逆の表情が表出したと検証できたのです。こういった解析結果をクライアントと共有します


――それが3つめの特徴ですね。カウンセラーが把握するだけではなく、クライアントと共有するのはなぜですか?


行動が価値観から乖離すると、人間はストレスがたまると言われています。ですから、行動と価値観の差が生まれている理由を見つけていくことが、カウンセリングの肝になります。

その理論的なバックボーンにあるのが、「第三世代の認知行動療法」と呼ばれる心理療法のひとつ、「ACT(Acceptance&Commitment Therapy)」です。ACTでは、自分の感情を客観視できる状態にあることが重要な要素になります。

感情はコントロールできないので、感情を抑え込むことなく、あるものとして認めるのです。クライアントがカウンセラーと一緒に感情グラフを振り返ることでクライアントは自分の感情そのものから距離を置くことができます

そして、自分の置かれた状況を冷静に受け入れ、価値観とのズレに気づくことができます。さらにその価値観を言語化し、価値観に沿った行動に結びつけていけば精神の安定を取り戻すことができるというわけです。



――投資銀行出身の小川さんがこうした分野に興味を持った、ということが不思議な気がしますが、どういった経緯だったのでしょうか。


私は以前から、「人間って何?」と中2病をこじらせたような問いを持っていました(笑)。

人間の行動原理が理解できないことに、一種恐怖心さえあったのです。なぜその人はそういうことをするのか、理解したいと。私には留学経験がありますが、特に海外では行動原理を分解し、再構成しないとうまく適応できなかったのです。その過程では分解できない行動原理もあって、そこに面白さを感じました。その人の行動原理を規定している価値観を理解することで、行動原理を説明できるんじゃないかという期待があります。


AIは、カウンセリングの精度向上にも貢献


――カウンセラーにとっては、エモリーダーを活用するとどういうメリットがあるのでしょうか。


これまで、カウンセリングを行うときはチームで相談しつつ方針を決めていたので印象論になりがちでした。エモリーダーを使えば、クライアントの感情がどう変化していくか客観的に評価できるようになります。カウンセリング効果が可視化され、情報共有が可能になったのです。


またカウンセラー自身がカウンセリングを振り返ることで、質の改善にもつながります。これまでカウンセラー自身のトレーニングには限界がありましたが、「なぜそこでクライアントが心を開いてくれなかったのか」「カウンセラーが効果的な受け答えができていたのか」などを検証できるので、カウンセリングの精度向上にも貢献するでしょう。

エモリーダーはカウンセラーの仕事を奪うものでは決してなくパフォーマンスを上げるものだと考えてほしいですね


――オンラインカウンセリングサービスのヒカリラボ社も導入されていますね。


昨年11月からエモリーダーを試験導入していただいています。カウンセリングの質の向上のため、カウンセラーをサポートする指標として導入いただいており、これからその効果が実証されていくことと期待しています。我々としても、ヒカリラボ社とエモリーダーの効果的な使い方をさらに追求していきたいと考えています。


――エモリーダーを使えば、カウンセラーでなくてもカウンセリングはできるのでしょうか。


カウンセラーとしての経験やテクニックは必要です。しかし、エモリーダーを使うことでカウンセリングの考え方は理解できますし、トレーニングもできるでしょう。


広がる、これからの活用の可能性


――現在、ヒカリラボ社のほかにどのような活用事例があるのでしょうか。


エモリーダーは10人程度の感情を同時に解析できるため、会議などで場の空気や感情を可視化するコンサルティングサービスにつなげたり、営業職と顧客の感情の動きを定量化しての営業改善に利用したりと、カウンセリングに限らず幅広い業種の企業に採用いただいています

先ごろ、学習効果の定量化についての共同研究も発表したところで、学習コンテンツの評価や設計、ファシリテーション補助などにおけるアプリケーションへの発展が期待されています。またロボットへの搭載も研究中です。


――人事担当者がエモリーダー使うとしたら、どういう使い方がありますか。


「1on1ミーティング」(※上司が部下の育成をするために行う個人面談)などの際に、上司が部下に寄り添うためのツールとして使えると思います。特に男性上司が女性社員に寄り添うのはむずかしいと聞きますが、上司が部下の気持ちを汲み取って話すためには有効なのではないでしょうか。

採用面接でも可能でしょう。たとえば、採用・不採用を判断する際、第一印象がどれだけその決定に影響を及ぼしているか、スコア化して自覚するという使い方はできるでしょう。定量化することで自分たちのやり方を考え直す機会にもなり、面接精度の向上につながるのではないかと思います。

あるいは産業医面談による復職判断の際、客観的な判断材料がない場合には、心理学的な見地から感情量を検討することによって復職可能と判断できることもあるかもしれません。


――人事労務分野でもこれまで職人技でやってきた部分が、AIによってサポートされる可溶性が広がりますね。本日はどうもありがとうございました。


​​​​​​​

文/坂口鈴香

▼関連記事▼

〈株式会社JINS取材記事〉オフィスが「集中力」を低下させている!Think Labが研究するオフィスワーカーの新しい働き方

ゲームがメンタル不調者をサポート!常識を覆すヒカリラボの挑戦

【産業医が解説】メンタル休職からの復職プロセスを考える

全国店舗で強固な産業保健体制をつくる。TOHOシネマズが挑戦する健康経営の「改革」

〈セルソース株式会社取材記事〉再生医療ベンチャーが、従業員50人未満で産業医を選任した理由は?

関連記事


\導入数4,600事業場!/エムステージの産業保健サービス