ゲームがメンタル不調者をサポート!常識を覆すヒカリラボの挑戦
メンタルヘルス対策における一次予防と二次予防は、人事労務担当者の頭を悩ませる課題のひとつではないでしょうか。
ストレスチェックは実施しているものの、その結果を一次予防や二次予防に活かしている企業は少ないかもしれません。「一次予防と二次予防が大切なのはわかっているけれど、復職支援に追われて三次予防だけで手いっぱい」という声も聞こえてきそうです。
そこで今回は、悩める人事労務担当者の強力なサポートツールとなる、認知行動療法に基づいたゲームアプリ「SPARX(スパークス)」に注目してみました。
詳しく説明してくださったのは、「SPARX」の日本語版をリリースした株式会社HIKARI Lab(ヒカリラボ)代表の清水氏。彼女の前向きなパワーに、お話をうかがったスタッフ一同も元気をもらった取材でした。
清水 あやこ/株式会社HIKARI Lab代表
上智大学国際教養学部卒業後、外資系証券会社に勤務したものの「簡単に心理ケアを受けられる社会にしたい」という想いを捨てきれず、退職。東京大学大学院臨床心理学コース修士課程修了。在学中にHIKARI Labを起業。
簡単に心理ケアを受けられる社会にしたい
ーー勤めた会社を退職して大学院進学を決めたそうですが、なぜですか。
昔から心理学に興味があり、高校生のときから「プロのカウンセラーがいるのに、日本ではほとんど利用されないのはなぜだろう」と不思議に思っていました。いろいろ考えるなかで自分なりに出した答えは、「専門家が既存のやり方にこだわるあまりに利用者側の視点が抜け落ちてしまっているのではないか。」というもの。
「カウンセリングでは利用者を“クライエント(お客様)”と呼ぶが、ちゃんと文字通りお客様の視点を大切にして、カウンセリングサービスの使いづらさを解消し、印象を良くすればもっと幅広く利用されるんじゃないか」という思いに至りました。
証券会社に就職後も、「もっと簡単に心理ケアを受けられる社会にしたい」という想いは募るばかり。そこで、起業を念頭に貯金し、臨床心理学を深く学ぶために大学院へ進学しました。
ーー起業したのは在学中ですね。
在学中に友人が教えてくれた「SPARX」というゲームが、現在の弊社の主力事業です。
本家「SPARX」は、10代の自殺率の高さを憂慮したニュージーランドが、国家プロジェクトの一環としてオークランド大学で開発した本格的な3DRPGゲーム。「認知行動療法」の考え方を気軽に学べる、問題解決に特化してつくられたゲームです。
「認知行動療法」とは、自分の物事の捉え方や考え方の癖を意識することで、気持ちを楽にする心理療法のひとつ。日本では、保険診療が適用されます。
ーー具体的には、どのようなゲームなのでしょうか。
例えば、ネガティブな考え方を代表するキャラクターが登場し、ネガティブなものの種類とその対処法を学びます。プレイの推奨頻度は、1~2週間に1回。プレイする度に、呼吸法や話し方、問題整理の方法など実生活に応用できる課題が出されます。現実世界での実践とゲームのプレイを並行して進めるスタイルなので、無理なく自分の考え方や行動を変化させていくことができるのです。
初めてこのゲームを知ったとき、「カウンセリング文化のない日本でも、これなら興味を持ってくれるのでは?」と考え、「できるだけ早く日本語版をリリースしたい!」と気持ちがはやりました。
(SPARXの一場面)
時間の制約があってもこだわった日本向けカスタマイズ
ーー「SPARX」日本版リリースにあたって、苦労した点はどこですか。
2015年12月にゲームの仕様を受け取り、2016年5月に日本語版をリリースしたんですが、ちょうど大学院の卒業を控えて修士論文を書いている時期だったので、時間が足りず苦労しました。
でも、「卒業してすぐにリリースしたい」という想いが強かったので、リリース時期は死守したんです。バグ(プログラムの誤り)を見つけては修正してもらい、並行して日本語訳も進めていきました。
ーー日本版をつくるときに、気をつけたポイントはどこですか。
日本のユーザーがプレイに集中できるように、「居心地が悪くならない、違和感が少ないもの」を目指しました。元々のキャラクターはゴツゴツとしていたので、少し丸みを帯びたデザインにしたり、案内役として筋肉隆々の男性の代わりに女性のキャラクターを新しく設定したり。
プレイヤーの心情に寄り添うように、ゲームが進むにしたがって空の色を明るくするなど、細かな色みも調整しています。
(SPARXの一場面)
ゲームで認知行動療法を学ぶメリットとは?
ーー日本版「SPARX」はどのような人に使われているのでしょうか?
ニュージーランドでは10代向けに開発されたゲームですが、日本版は英単語が出てくることもあり、20歳以上の社会人を対象としています。そして、現状はユーザーの約80%が30代~50代の男性です。
うつ病の罹患率は女性が男性の2倍高いと言われているにもかかわらず、自殺者数を見ると男性が女性の約2倍。ここには、男性の「メンタル不調に陥っても、誰にも告げない」傾向が表れているように思います。
日本版「SPARX」はスマートフォン用ゲームなので、そうした「誰かに相談せずにひとりで解決したい、誰にも知られたくない」と考える男性ユーザーのニーズに合っているのかもしれません。
同じレベルを何度も繰り返している人がいるデータを見ると、「苦手なところを復習しているのかな」と想像します。「相手のいないアプリケーションだからこそ、気楽に何度でもやり直せる」という、ゲームならではのメリットにあらためて気づかされました。
ーーどういう人に使って欲しいですか?
幅広い方に気軽に使っていただきたいですね。「まだ大丈夫」と頑張り続けて体調が悪くなるまで待つ、ということはしないで欲しいと思います。認知行動療法は問題解決に役立つので、そうした知識を仕入れておきたい方にもおすすめです。
ゲーム内で出される質問の回答内容によっては、「専門的な医療機関を受診してください」と案内が表示されますので、なんとなくもやもやした段階ですぐに使って欲しいです。
新入社員研修に「SPARX」を使う企業も!
ーー個人ではなく、企業として「SPARX」を利用する例があると聞きました。
某大手企業の新入社員研修でご利用いただきました。約100名にのぼる新入社員の方々を対象とした研修で、精神科医によるストレスに関する講演と、3ヶ月間の「SPARX」の利用がセットになったサービスです。
新卒入社の社員の方々は、ゴールデンウィークや夏休みなどの長期休暇明けに気分が落ち込むことが多いということで、お盆をはさんだ7月~9月にご利用いただきました。
ーー新入社員研修を受けた人の感想は、どのようなものでしたか?
「講義だけで終わらず、ゲーミフィケーションを利用したものだったので面白かった」「認知行動療法の存在を初めて知ったが、自分の考え方の癖や対処法を知ることができて良かった」など、いろいろな感想が寄せられました。
特に、認知行動療法の手法を社会に出たばかりの方に伝えられたことは、一次予防という観点から非常に有効だったと思います。その方々が今後メンタル不調に陥った場合に、自分の考え方の癖を思い出したり、専門家に助けを求めたり、といった選択肢が増えるので。自分で不調に気づけること、アラートを出せることは大切です。
ゲームと遠隔カウンセリングが組み合わされた新しいプログラム
「ascure(アスキュア) SPARXメンタルヘルスプログラム」
ーー他社と提携した企業向けの新サービスが始まるそうですね。
医学的エビデンスに基づいた治療アプリを開発している株式会社キュア・アップとの提携が決まりました。
キュア・アップでは、既に「ascure(アスキュア)禁煙プログラム」という法人向けサービスを展開しているのですが、今回はその「法人向けmHealth(モバイルヘルス)プログラム」の第2弾となります。
ヒカリラボの「SPARX」とキュア・アップの遠隔カウンセリングサービスを組み合わせたプログラムです。
アプリでは、従来の「SPARX」に認知行動療法の核の一つとなる認知再構成法と呼ばれる「コラム法」を初心者でも取り組みやすいように設計した「日記機能」を追加しました。
コラム法とは、日々の出来事や状況に対する自分の捉え方や考え方(=認知)、感情の動きを記録・見える化し、冷静に振り返ることで、現実的に出来事を捉えて対処できる心のスキルを身につける手法です。
日記から把握できる個々人の認知の特徴に応じて、月に2回・6ヶ月間、認知行動療法のカリキュラムに則ってカウンセリングを進めていきます。
ーー「ascure(アスキュア) SPARXメンタルヘルスプログラム」は、どのような方を対象としたプログラムなのでしょうか。
ストレスチェックで高ストレスと判定されても、医師の面接指導を申し出る方は非常に限定的なのが現状です。そうした方にも「取り組んでみたい」と思ってもらい、継続してもらえることを大切に設計しています。
また、全国に支店があるにもかかわらず本社にしか産業医がいない大手企業の場合、支店の従業員のケアは大きな課題です。アプリだと遠隔でも十分にサポートが提供できる利点があるので、そうした企業様にも使っていただきたいです。
認知行動療法は、続ければ効果があることがエビデンスとして示されていますが、非常に難しく、継続をあきらめる方も少なくありません。遠隔でカウンセリングを受けられる利点や、ゲームやアプリならではの親しみやすさで、取り組みやすく・続けやすい配慮を随所に凝らしています。
今回追加された「日記機能」には、単にコメントを書くのではなく、その日の気分や認知の傾向をスライドボタンで選ぶなど簡単に入力できて定量的にデータを把握する工夫がされているので、ユーザーの気持ちや認知の変化を明示的に把握できます。
カウンセラーはカウンセリングの前にこうしたデータを把握して、傾向に応じたカウンセリングの方針を立てて、実際のカウンセリングに望むことができます。カウンセリング当日にお話をしてその場で判断をするよりも、事前準備ができるのでよりその方を適切に見立て、個々人の認知の歪みや課題にあったカウンセリングを行うことができます。
カウンセラーはこうした事前情報をもとにオンラインカウンセリングを行うのですが、このときカウンセラーのスキルによって差が出ないよう、カウンセラー全員に独自のカリキュラムのほか、欧米の認知行動療法の専門機関が提供するオンラインコース、加えて臨床心理士の実践指導を組み合わせたトレーニングを課しています。
オンラインではありますが、「6ヶ月間、二人三脚で頑張りましょう」と、しっかり対象者に寄り添う個別サポートプログラムです。これまで、ストレスチェックを実施したものの、その後の対策に悩んでいた企業様に、ぜひお使いいただきたいと思っています。
ーー最後に、企業としてメンタルヘルス対策を行うポイントがあれば、教えてください。
メンタル不調者が出ると人事労務担当としては慌てるかもしれませんが、メンタル不調は特別なものではありません。誰でもなる可能性があり、必ずしもその企業が悪いわけでもありません。
しかし、メンタル不調がもたらすアブセンティズム(従業員の常習的な遅刻や欠勤、無断欠勤など)は、企業にとって大きな損失です。
また、最近ではアブセンティズムよりもプレゼンティズム(出勤はしているものの健康上の問題があり、本来の力を発揮できない状態)による損失の方が大きいと言われており、メンタル不調者の状態が悪化していくことは企業のパフォーマンスをさらに下げることになります。
予防も大切ですが、何より大切なのはその後の対応です。一人ひとりに向き合って適切な配慮をすることで、「大変なときに助けてくれた会社だ」という想いが生まれ、会社に対するロイヤリティも上がります。
反対にメンタル不調者のケアを怠って放置し、そのことが発覚した場合、企業のイメージダウンは避けられません。従業員を大切にしない様子を見ていた他の従業員のエンゲージメントも下がるでしょう。
エンゲージメントと売上は相関があるとも言われているので長期的には売上や収益にも響く可能性があります。
プレゼンティズムという観点からも、従業員のロイヤリティ向上という観点からも、メンタルヘルス対策はなるべく早い段階で対応することがポイントです。そのひとつの選択肢として、「SPARX」を選んでいただけると嬉しく思います。
文/松山あれい
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