〈社労士解説〉パワハラ防止法の施行に向けて、管理職に求められる対策とは
2022年4月、いわゆる「パワハラ防止法」が中小企業も対象となるなど、企業において改めてパワハラ対策への注目が高まっています。
また、昨今ではリモート就業中の「リモハラ」そして、顧客からの「カスハラ」など、パワハラの種類も多様化。
企業が適切な対応をするためのポイントとはどのようなものでしょうか。
パワハラ対策の専門家であるコンサルタントの涌井美和子先生にお話しを伺いました。
パワハラの発生は企業に甚大なダメージをもたらす
先生はハラスメント対策の専門家としてご活躍されていますが、最近ではどのような相談・研修が増えているのでしょうか。
今年(2020年)に入ってからは、いわゆる「パワハラ防止法」もスタートしましたので、企業においてハラスメント対策への関心が高まっていることを感じています。
そして、新型コロナによってわれわれの働き方にも大きな変化が訪れましたよね。
その結果、テレワークにおけるハラスメント対策として「どのように部下と接するべきか」というような相談を受けたり、オンラインによるコミュニケーションをテーマにWEB講演・研修を行うことが増えています。
ハラスメントの発生が企業にもたらす損害はとても大きなものですから、対策に課題を感じている企業も多数あるようです。
パワハラが企業に与えるダメージについて教えていただけますか。
アメリカやオーストラリアでは、ハラスメントに関する経済損失を試算したデータがあり、例えばオーストラリアのいじめ研究の第一人者であるEvelyn Field氏は‟いじめやハラスメントは年間約148億ドルの経済コストをかけている”というAustralian Productivity Commission の試算を紹介しています。
この大きな金額は、ハラスメントは社内だけの問題にとどまらないからなのです。
例えば、従業員の方がパワハラの言動を録音していたり、ハラスメントの様子を動画として録画していたような場合。
そして、その従業員がSNSなどにアップロードすることで、社会問題に発展する場合もありますよね。
こうなってしまった場合には、企業のイメージダウンは避けられませんし、その後の採用活動にも大きな影響を及ぼす可能性もあります。
ですので、この計り知れないダメージを回避するためにも、企業はパワハラ・ハラスメントに十分な対策を行うことが重要になるのです。
企業が「パワハラ防止法」に対応するためのポイントについて教えていただけますか。
「パワハラ防止法」について、私がハラスメント対策研修でお伝えしているポイントは大きくわけて2つあります。
1つ目は「ハラスメント問題を“正か誤か”“白か黒か”というようにマニュアル指向で理解しようとしないこと」そして2つ目は「管理職がマネジメント・スキルを磨くこと」です。
パワハラ防止法の前から、厚生労働省からパワハラの6類型が示されていましたが、上司・管理職として「ここまでやったらアウト」「こんなことを言ったらパワハラ」という境界線のみに注目しすぎないことが大切だと思うのです。
誰が境界線を引くか、によって判断基準は変わってきますし、そもそも線を引く事が目的ではなく、働きやすい環境をつくることが目的のはずです。
明らかに懲罰の対象になるようなハラスメント行為であれば別ですが、グレーゾーンのケースなどは文脈や関係性によってケース・バイ・ケースの判断になります。
「こんな行動・言動はやめましょう」という明確なルールを決めることも大事ですが、マニュアル化ばかり注力して人が見えなくなる、あるいは受け手側の立場になって考えなくなるようであれば根本的な対策・解決にはならないと考えています。
「パワハラ」と「指導」の境界線は、企業の業態や組織の文化によって様々です。
例えば、PCに向き合って仕事をするような一般的なオフィスワークと、小さなミスが命の危険にかかわってくるような業種では、叱責や指導の仕方も違ってくるはずです。
そのような意味でも、グレーゾーンのケースなどは特にケース・バイ・ケースの判断にならざるを得ないのです。
「パワハラ上司」にならないために、管理職が知っておくべきこと
「管理職がマネジメント・スキルを磨く」とは、具体的にどのようなことでしょうか。
管理職がアンガー・マネジメント力を身に付け、適切なコミュニケーションに努め、部下の性格や特性を理解し柔軟な指導力を身に付けることだと思います。
その前提として部下ときちんと向き合い、一人の人間として理解するよう努めることが大切だと考えます。
そして、そのような地道な努力がハラスメント問題防止につながると考えています。
テレワークにおけるパワハラが話題になりましたが、管理職や人事が知っておきたい対策についても教えていただけますか。
就業時間中に常時オンライン会議ツールに接続を強要するような「監視型マネジメント」などの例もありますが、これは部下に与えるストレスが大きくNGといえるでしょう。
また、テレワーク中のコミュニケーションで気を付けたいのが、テキストでのやりとりです。
テレワークでは必然的にメールやチャットでコミュニケーションをとる機会が増えると思いますが、口頭であれば“なんてことないひと言”であっても、文章ではそのニュアンスや感情が伝わりづらいことも多く、誤解が生じて信頼関係を損ねる可能性もありますので、人事の方はその点への理解を深めることも必要になるでしょう。
対策の1つとして、ハラスメント研修の中にメール対応のポイントなどの内容を盛り込んでみるのもよいでしょう。
あるいは、文字だけのコミュニケーションにならないよう、短時間でも良いので定期的に部下の方とオンラインミーティングを行い、悩みや課題に感じていることを部下からヒアリングする方法もあるでしょう。
人事・産業医は、パワハラが発生しやすい部署などにも注意する
パワハラ対策として、産業医などの産業保健スタッフにはどのような活動を期待しますか。
産業医の先生方には、職場の状況をよく知ってもらい、なるべく早い段階でパワハラ対策に協力してもらう必要があるでしょう。
ストレスチェックの結果も参考資料の1つになるかもしれませんが、むしろ普段から相談しやすい環境づくりに取り組むことが大切といえます。
厚労省のホームページで公開されている職場のパワハラチェックリストが、発生リスクを知るヒントになると思いますので、よろしければご利用ください。
一方で、意識してもらいたいのが、「産業医の存在の大きさ」です。
産業医の先生方に知っていただきたいのは「医師の発言にはパワーがある」ということです。
客観的事実は別にして、従業員本人は行為者の言動をパワハラだと感じ、追い詰められた気持ちでいるようなとき、医師というプロフェッショナル中のプロフェッショナルの方の何気ない言葉が、その人の自尊心をさらに傷つけてしまう可能性があるのです。
例えば、従業員の方との面談の際「色々話を聞いたけど、部長も悪気があって言ったわけじゃないみたいだし」など、つい会社や行為者の肩を持ってしまうような発言は控えていただけたらと思います。
最後に、先生がこれまでに見てきた事例の中から、特にパワハラが発生しやすい職種や部署、そして注意点について教えていただけますか。
やはり、組織の外部からハラスメントを受けるリスクが高い職場において、ハラスメントが発生しやすい傾向にあるようです。
例えば、コールセンターや営業部門といった部署がその一例です。
昨今ではカスハラ(カスタマーハラスメント。顧客からの悪質なクレーム対応など)も問題化してきており、担当者に与えるストレスも大きくなってきています。
カスハラによって外部からもたらされたストレスのはけ口が、パワハラという形で同僚や部下にぶつけられるなど、より弱い相手に伝染する可能性が否定できません。
ですので、人事部門や産業保健スタッフの方は、部署の業務内容やストレス要因などに着目し、適宜サポートしていく必要があります。
解説:涌井美和子(わくい・みわこ)
オフィスプリズム・シンガポール代表。合同会社オフィスプリズムFounder。
1級キャリア・コンサルティング技能士。公認心理師。臨床心理士。CQコンサルタント🄬
日本で初めて臨床心理士と社会保険労務士の両視点からメンタルヘルス対策を提案・実践。
IAWBH(職場のいじめ&ハラスメント国際学会)セラピストグループ創設メンバー。
IAWBH日本人会員第一号。「職場のいじめとパワハラ防止のヒント」他著書多数。
リンク:合同会社オフィスプリズム公式HP
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