産業医の出せる価値と醍醐味~変革の時代に求められるプラスαの役割


国家公務員からベンチャー投資会社の経営を経て医師になったという異色の経歴の産業医・林幹浩氏。

現在は20数社のクライアント企業で産業医・顧問医として活動する一方、ビジネスコンサルティングの会社(株式会社ビスメド)の代表取締役社長という経営者の顔も持つ。

人材不足対策や働き方改革への対応が急務である企業にとって、人材活用は最重要課題の一つ。その打ち手が企業価値にまで影響を及ぼす時代において、産業医はいったい何ができるのか。

林氏は産業医プラスα」の役割を提案する。


林 幹浩(はやし・みきひろ)


東京大学工学部・北海道大学医学部卒。
通商産業省(現経済産業省)で産業振興に携わり、ニューヨーク大学経営大学院(NYU)にてMBA取得。その後ビジネスの世界に転じ、スタートアップ企業への投資、ヘルスケアビジネスの事業開発を手掛ける。医学部に学士入学し医師となってからは、順天堂大学で総合診療の研究・臨床、救急医療に携わった。現在は株式会社ビスメドの代表取締役社長として会社経営を行いつつ、さまざまな業種の企業の産業医・顧問医も務めている。

変化する市場に参画する面白さ


―会社経営を経てから医師になり、現在はヘルスケア分野のビジネスコンサルティングをされている林先生ですが、産業医活動にも積極的に取り組まれていますね。産業医の先生の中には仕事にやりがいを見出せないという方もいらっしゃいます。林先生はどのようにお考えですか?


そう感じる先生方はいらっしゃるようですね。

医師は臨床医として患者さんに接するときは、専門知識についての圧倒的な情報格差や法で規定された権限などのおかげで強い立場ですが、企業の中での産業医はそうではありません。企業の側は「産業医に何をどう期待していいのか」、医師の側は「何をすれば期待に応えられるのか」がわからず、意識のずれが生じて、産業医が「やりがいを感じない」という話になることがあると思います。

私は、産業医という仕事は非常に面白く社会的意義のある魅力的な仕事だと感じており、誇りをもって取り組んでいます。


―産業医活動のどんなところが魅力的なのでしょうか。


日々の活動でそう思える理由のひとつは、今、産業医に関連した領域で、世の中が大きく変わろうとしているということです。ストレスチェックの義務化、働き方改革の進展、インクルージョンと合理的配慮といった、職場をめぐるルールが大きく変更されつつあることもありますが、より本質的には、労働市場の参加者のパラダイムシフトが起こっているということだと私は考えています。こうした変化する市場、いわゆる「メガウェーブ」に参画することの面白さややりがいが大きいと思います。



―市場の変化がポイントだということですか。


ビジネス出身なのでそう言ってしまうのですが(笑)、むろんその前に、本来の産業医業務のひとつである「社員さん一人ひとりへのケア」にやりがいがあるという思いも強くあります。

産業医として行う社員さん個人への対応は、予防医療でありゲートキーパーですね。自分の治療で患者さんを治すという臨床医の高揚感はないかもしれませんが、社員さんの身体面も精神面もひっくるめて関わり、主治医と連携をとりながら、その人にとってとても大事な「職場」という生活環境に直接介入することもできるのは、医療が追及している「全人的医療」に通じるものがあると思います。産業医になった先生の中に、「5分診療で薬を出すだけの日常診療の世界から、その人の人生のストーリーに関われる産業医の世界に入ってとても嬉しい」という感想を言う方がいらっしゃいますが、よくわかる気がします。


―社員一人ひとりに全人的に関われるということですね。


その通りです。例えば健診では、社員さん一人ひとりの結果を全員分拝見します。しかし、せっかく時間とコストをかけたのに、十分に予防に役立てていない方も少なからずいらっしゃる。そうした方々にどうアプローチするのか、行動科学の知見も生かしながら一人ひとりケアしていくのは大きな喜びですね。

ただ、工数をかけ過ぎずに対応する必要があり、それにはITの活用やチームで取り組む仕組みづくりなどが重要になりますが、しっかりできると社員満足度は確実に上がります。それぞれの会社のリソースに合わせて、可能な限りの個別対応ができるような体制づくりをさせていただくのは、とてもやりがいのある仕事です。


安全配慮義務コンサルタントとしての助言も


―個別ケアを丹念にされているということでしょうか。


がんばっているつもりです(笑)。

メンタルヘルス対応も、個別対応のなかで「困難ケース」がままあって面倒に思われる先生がいらっしゃるようですが、むしろそれこそ産業医の期待されるところだと思います。

会社としては、メンタル不調者に対する事業者の「安全配慮義務」について、「何をやっていないとまずいのか」「どこまでやれば良しとしていいか」と悩むことが多々あります。社会の関心が高まっている一方で、専門知識を持つ人材が必ずしも社内にいないケースもありますね。

私は労働衛生コンサルタントのほかに、産保法研(一般社団法人産業保健法学研究会)で学ばせていただき、メンタルヘルス法務主任者の資格を得ましたが、医師として個人のサポートをするとともに、会社に対していわば「安全配慮義務コンサルタント」として、個別ケースに応じて事業者のとるべきアクションについて助言させていただくことが多く、そのことでお役に立てているように感じています。


―それは産業医の仕事を越えることになりませんか?


もともと産業医には事業者への勧告権があり、就業制限措置などについての意見は本来業務なのですが、ケースマネジメント全体へのコンサルティングとなると確かに労働安全衛生法上の産業医の業務を越えるかもしれませんね。ですから、産業医の立場でそのようなことをしようとする場合は、会社の人事部局などとの信頼関係があることが前提になると思います。


会社から見た産業医が、医療の知識があるだけでなく、安全配慮義務とは何かを熟知する専門家でもあるとみなしていただけると、仕事が有機的で充実したものになると思います。


―そうした産業医プラスαの働き方をするということは、その分、産業医が訴訟に巻き込まれるリスクも増えるのではないでしょうか。


おお、訴訟の問題ですね。怖がられる先生も多いです。ストレスチェックの高ストレス者面談すらも、そうした理由でされない先生もいらっしゃいますね。

一般的には、産業医が訴えられるリスクは「あの産業医のせいで私のメンタルが悪化した」「あの産業医は私をやめさせようとしている」といった文脈が多いように思います。面談そのものはあくまで個人をサポートする立場で行いますから、例えかなり厳しい状況でも、ご本人の今の状況の中から何を見いだせるかを模索する姿勢が必要になるのは確かです。法律的な知見を踏まえながら、現場では心理療法やキャリアコンサルティングの手法を活用することもよくあります。近年そうしたスキルの重要性はますます増しているように感じており、自分自身もスキルアップのためのトレーニングを続けています。


―そうしたご本人へのケアと安全配慮義務のコンサルティングは両立すると。


もちろんです。むしろご本人のケアをそうした形で行うことが義務の履行であるという認識が重要かと思います。

産業保健は、そもそも目的が「仕事を人に、人を仕事に適合させること」にあります(ILO/WHO(国際労働機関/世界保健機関)合同委員会、1995年)。つまりフィッティングなのですね。その会社の仕事を理解し、またその人を内面から理解して適合の道を模索するのが本来のあり方ということです。逆に言えば、その模索を続けていた事実が大切ともいえます。いわゆる「手続的理性」ですね。

会社全体の訴訟対策にも言えることですが、結果責任ではなく行為責任であり、これを履行していたのだとしっかりと言えることが、そのまま対策にもなるということです。



―産業医の先生のなかには、メンタル面談が多いことがつらいと思われる方もいます。


自らを「面談マシン」と自嘲される方もいますね。笑いごとではないのですが、面談の数をさばくという感覚でやっている方がリスクは高いと思います。

また、そこに産業医の仕事の限界のようなものを感じる先生もいらっしゃいます。例えば、問題を抱えた社員さんへの個別対応に終始していて、要するに「もぐらたたき」をしているだけのような思いを持たれる方もいるのではないでしょうか。私はここにもプラスαの仕事があると感じています。

個別ケースに丹念に対応していくと、根本的な問題が組織の方向性やリーダーシップのあり方、企業風土・文化といった、経営の根幹につながっていると感じられることが結構あります。そのとき、産業医はどうするか?「関係ない」と言ってしまうことは容易なのですが、もし経営者とともにそうしたものに取り組めるとしたら?

もちろんこれも、会社との信頼関係があることが大前提になりますが、ワクワクする仕事になると思いませんか。


産業衛生は、経営と医療にまたがる分野


―その考え方には、先生のバックグラウンドも影響しているのでしょうか。


あるかもしれません。私はビジネスの世界から医師になり、現在はヘルスケアを中心にビジネスコンサルティングをしていますが、産業衛生の世界は経営と医療の両方にまたがる分野の一つとして非常に重要だと認識しています。

産業医は、その役割を果たすなかで経営に意味のある情報を発信できる立ち位置に確実にいると思います。健康経営が注目され、健康経営銘柄やホワイト500などを目指す企業が増えており、これはとても良いことですが、現在のそうした枠組み以上に、企業経営のなかでより深い意味でのかかわり方がありうるのではないかと考えています。

産業医も、事業者側も、そのことに気づいていないケースが多いかもしれませんが、双方にその認識が生じると、産業医は企業にとって非常に心強い存在になる可能性があると感じます。


―そのような役割が産業医にあると考えない人も多いのでは?


今申し上げたようなことは、あまり教科書的ではないかもしれません。そうならないと産業医になれないというわけでもありませんし、そんなことをするつもりで産業医になったわけではないという先生方もいらっしゃると思います。

ただ、時代が変化して、企業はその人材戦略についてかなり抜本的な変革を迫られている。ヒト・モノ・カネ・知恵は経営の基礎ですが、ヒトについて企業のやるべきことはまさにパラダイムシフトしつつあると思います。そんななかで、深くヒトの問題に関与できる産業医が役に立たないはずがない。活躍の余地は大きいと思います。

実際当社も、産業医先の企業さんから労働安全衛生規則第13条の項目以外の仕事を依頼されるケースが増えています。


―どんな仕事で、どんなふうに対応されるのですか。


具体的に申し上げることはできないのですが、例えば「時代変化に対応できる強い組織・しなやかな組織を作りたい」というものなどがあります。内容が法務、ITなど多岐にわたることもあり、プロジェクトごとに仲間とアライアンスを組んで対応しています。

産業医が皆こうした仕事をすべきだとは思いませんが、こうした活動に加わってくれる仲間を増やしたいのも事実です。


―楽しみですね。


可能性は広がっていると思います。


文/ 岩田千加  編集/サンポナビ編集部


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