健康経営を「学級委員のかけ声」にしない、個人も企業もハッピーになるヒント


健康経営に積極的に取り組む企業も増えてきている一方で、中小企業の取り組みはまだ鈍い。人事労務担当者がその必要性を訴えても、経営層はその効果に懐疑的だったり、逆に経営層はやる気でも、社員からは「学級委員のかけ声」的な受け止められ方をされたりすることも多いだろう。

そんな、取り組みに消極的な経営陣や社員をどうやったら前向きにさせることができるのか?

そのヒントを経産省で「健康経営銘柄」を創設し、働き方改革に関する施策にもかかわる藤岡雅美氏にうかがった。


藤岡 雅美ふじおか まさみ)経済産業省経済産業政策局産業人材政策室室長補佐、看護師・保健師。

1988年、大阪府生まれ。京都大学医学部人間健康科学科(看護学専攻)を卒業。経済産業省に入省後、同省ヘルスケア産業課、国立行政法人日本医療研究開発機構、「健康経営銘柄」、「Japan Healthcare Business Contest」等を立ち上げる。現在、「働き方改革」、「子育て」や「教育」に関する政策立案を担当。また、「Global Shapers Community(The World Economic Forumが任命する33歳以下の次世代リーダー組織)」のメンバーに選出され、国内外のグローバルリーダーとともに、ソーシャルセクターで活動中。


健康経営のメリットは、直接見えにくい


―― まず、企業が健康経営に取り組むにあたり、気になるのは直接的なメリットだと思います。ずばり、健康経営のメリットを裏づけるデータはあるのでしょうか?


藤岡 メンタルヘルス休職者率が高いほど企業の利益率が低いというデータはあります。また、健康に対する1ドルの投資が3ドルのリターンになるなどの結果もあります。


(経済産業省「健康経営に関する調査・研究成果等の提供のお願い」より)

 

さらに経産省では、プレゼンティズム(出勤しているが、心身に疾患を抱え、充分にパフォーマンスが上がらない状態)やアブセンティズム(欠勤や休職、遅刻早退などで業務に就けない状態)が疾患や、生活習慣、心理的なリスクとどう関わっているのか調査した結果も公表しています。




(経済産業省「健康経営の推進に向けた取組」より)


相関がある顕著な例としては、睡眠休養を十分にとれていないと、出勤していても、日々の生産性が下がっているというものがあります。あるいは、主観的な健康感、生活の満足度がプレゼンティズム、アブセンティズム両方に大きく影響していることがわかります。実際の疾患や生活習慣よりも、心理的リスクがより大きな生産性の損失につながっているようです。


ただ実際のところ健康経営をすることで企業に即どんなメリットがあるかというのは厳密なデータとしては示しにくいのです

最終的には生産性の向上や、従業員のエンゲージメント(=従業員が企業の戦略や目標を適切に理解し、その達成のために自発的に自分の力を発揮すること)につなげられればいいのですが、現時点では厳密な因果関係はわかりませんが、簡単な相関は見えつつあります。


―― では、これから健康経営に取り組む企業は、どういったデータを取っていけばいいのでしょうか?


藤岡 もちろん企業間の比較を行う上で、一定程度は揃えていくことは必要だと思いますが、企業によって個性や特徴はまちまちですから、健康経営の意義やデータの取り方はそれぞれの企業で違っていいと思います


一方で、健康経営を始めた初年度、二年目などでは、無理やり数字をつくるということも戦略的には必要かもしれません。たとえば、健診データなどは、比較的取りやすいデータですし、それらと個人や部署のパフォーマンスとの比較なども有用です。厳密に科学的なデータやエビデンスも重要ですがまずは効果があったと見なせる何らかのデータや受け手が納得できる材料をそろえていくことが重要です

また、健康経営の真の目的は、表面的な数値の改善にとどまらないのですが、目に見える形で成果を出すのもとても意義のあることです。


健康経営をどう導入するか、どんなしくみにするか


―― 大手有名企業では、目に見える形でわかりやすい、健康経営の成功事例がありますね。


藤岡 例えば、ローソンの健診受診率100%というのはすごいことですよね。これが機能したのは、上司も連帯責任にしたことです。個人にペナルティを課すとか個人にインセンティブを与える形だとそこまで行動変容がおきないものなのです。会社という社会性、上司との密なつながりのなかで実施したことによって、達成できたことだと思います。


―― 確かにすばらしい試みだと思うのですが、全ての企業がローソンのようにはできませんよね。


藤岡 そこで、より大きな視点を使うと有効なのではないか、大きな働きかけができるのではという観点で作ったのが「健康経営銘柄」です。資本市場の目があると企業の意識も変わります。外部からのプレッシャーは、投資家の目のみならず、社会の目、これからその企業を志望するかもしれない就活生の目ということでもあります。

健康経営銘柄とは

経済産業省と東京証券取引所が共同で、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、 戦略的に取り組む上場企業を選定するもの。2015年度から始まった。毎年企業にアンケートを実施し、その回答や財務データなど、客観的な指標を勘案して原則1業種1社、2018年は26業種26社を選定し公表。


藤岡 健康経営を意識しているとみなせるデータを選定の評価対象にしています。検診受診率、メンタルヘルス対策や、生活習慣改善プログラムの実施などがあります。

課題は指標やデータをどう取るか、どのような指標だと健康経営をしているといえるのか、ということで、指標を追求しすぎても趣旨がずれるので塩梅が難しいですね。

また、先ほど申し上げたように、企業によって課題は異なります。企業が抱える課題PDCAを回すために取っている指標取組が三位一体となって意味のある取組ができると考えます


―― 藤岡さんが健康経営銘柄を作られた当時の状況はどういうものだったのでしょうか。


藤岡 もともと、予防、健康増進を進めるためには、どのような政策が必要なのかを考えていました。そのときに実感したのは、「人はそんなにバカではないがそんなに強くもない」ということです。


―― といいますと。


藤岡 たとえば人は、メタボが身体に悪いということは分かっているし、なんとかしなければならないという意識もある=バカではないけれど、さまざまな誘惑や面倒臭さに負けてしまう=そんなに強くもない、というほどの意味です(笑)。

行動変容を促す、誘導するための仕掛けが必要ですが、健康になることの意義や行動を勧めるだけではなかなか変わらないのが現実です

個々人へのアプローチだけでなく、しくみなどを使ってうまくできないか、幅広く働きかけられないかとずっと考えていました。


健康経営をしている企業は、株価が上がる?


藤岡 健康経営銘柄に関しては、興味深いデータがあります。

財務諸表上では、伸びるファクターがないにもかかわらず、健康経営銘柄は株価が伸びているのです。つまり、投資の世界で重要視される利益率や売上などのデータが明らかに向上している訳ではないにもかかわらず、株価が伸びている。

これは人的資本などの無形資産や、健康経営をしているということが市場に評価されているなど、財務諸表上では見えてこない部分が大きく寄与している可能性が推察されます。

今後企業の成長を図るうえで、「従業員の健康重要な指標になってくる時代も来るかもしれません


(経済産業省「健康経営の推進に向けた取組​​​​​​​」より)

 

―― 健康経営をしている、ということが社会的に好印象と受け止められるなら、企業も取り組みやすくなりますね。


藤岡 ただ、やみくもに、健康に関わるイベントを実施すればそれでいいのかというとそうではありません。

運動会をやっているとか、ラジオ体操をしているという見た目にわかりやすいことだけではなく、それを実施することによって、健診を受けさせるプロモーションとして効果があるなど、社員の意識を高められるかどうかが、外せないポイントです。

そして、そういう体制を作るためにはトップの判断とコミットメントが欠かせません


健康経営の真の目的とは


―― そもそもの質問になりますが、「健康経営が目指すもの」とは何なのでしょうか


藤岡 健康経営が目指すものは、健診率100%とか、メンタルの離職ゼロということだけではありません。その先に従業員エンゲージメントをいかに上げるかそして個人のパフォーマンスをいかに最大化できるかということがあります

これからの時代、企業活動において生産性を上げることは必須の課題です。その場合、イノベーションを起こすか、新しい従業員を雇うか、既存の従業員の業務を効率化するかしかありません。

効率化といっても、既存の従業員の仕事をマニュアル化して、業務が標準化するだけだと、各人に与えられた役割は代替可能なものになり、個人にとって仕事はつまらないものになります。その結果エンゲージメントは下がる。

そうではなくて、個人が企業に積極的に関わりながら、自らの創意工夫や個性を活かす形で業務を効率化していくことが重要です。そのためには企業が従業員ときちんと向き合う必要があるでしょう。


健康経営を突き詰めれば企業がひとりひとりの従業員の個性を把握しその価値を認めその力を活かせるような環境を整えることになる。つまり、健康経営ができている会社は従業員エンゲージメントが高くなるはずです。

そして、同時に、個人は、めまぐるしく変わる事業環境や時代状況に応じて、働きながら学び続けたり、あるいは一旦働くのを休んで新たに学び、学んだことをまた働くことに活かすといった、リカレント教育を続けて、自分の能力をアップデートし続け、パフォーマンスの向上に努める必要があります。

その土台となるものこそが健康な身体です。健康という資本がないとパフォーマンスは上がりません。つまり、生産性を上げるためには健康状態を良好に維持することが大前提になるのです


個人が健康になるインセンティブとして、別の価値に置き換える


―― 健康経営にあまり前向きではない個人に対しては、どのように働きかければいいのでしょうか。


藤岡 「タバコは健康に悪いからやめましょう」ではなく「臭いとモテませんよ」と言うとか、「虫歯を予防するために歯を磨きましょう」ではなく、「口臭は営業成績に障りますよ」といったように、健康になるためのインセンティブをほかの価値に代替して行動変容を促すことが重要です

また、誰もが心の底では健康になりたいと思っているのだと思いますが、行動が続かない。これは、ダイエットを成功させるフィットネスクラブの手法など、行動変容を促し、理想の姿に近づくために励まし、個人の特性に合わせて介入していくようなモデルも出てきていますが、非常に参考になると思います。


―― 「自分にとって“今” すぐメリットと思えるもの」と結びつけるのですね。


藤岡 キャリアアップでも、格好よさでもなんでもいいのですが、「しなければならないではなく、「そうしたいと思えることに価値転換して説明できればいいですね

健康の概念は昔とは大きく変わってきています。

以前は疾病というと、感染症が多く、外的な菌やウイルスなどの要因があり、それを薬で除去して治すことができました。しかし、現代の疾病はがんのように自分の身体そのものと切り離せなくなっています。自分の生活習慣そのものが治療、予防の対象になるのです。行動変容が薬であり健康リテラシーの有無がものを言う時代です

医師は、病気になってから会いに行く人という印象が根深いですが、もっと普段から身近に感じられる存在になればいいなと思います。特に、産業医などは、職場に所属しているので、より接しやすい存在ではないでしょうか。メンタルヘルスになった時、体を壊した時に相談する存在ではなく、普段の勤務の中で気軽に相談できるような存在になって欲しいと考えています。このように医師との距離や、医師自身のあり方が変われば、健康増進の方法や効果も変わるでしょう。


最終的には健康/健康経営で個人も企業もハッピーに


―― ここまでお話をうかがってくると、健康になるように気をつけましょう、といったレベルではなく、健康経営は企業と個人、いずれにとってもその価値を最大化するために必須という気がします。


藤岡 これからの時代に生産性が上がらなければ企業は立ち行かないし、働き方改革で、長時間労働が是正されると、個人はその仕事の質を問われることになり、より状況は厳しくなっています。企業も個人も変革し続けなくては生きていけないのですそしてその資本がほかでもない健康です

健康経営で従業員が健康になる、同時に企業が従業員に向き合うことで従業員エンゲージメントが上がる、そして、個人は個人で長い人生をできるだけ健康のうちに過ごして、より充実した働き方ができる。

「健康経営」は別に教条主義でもお題目でもありません。企業も個人もハッピーになるために必ず通る道が健康だというのはしごく納得のいく話ではないでしょうか。

文/奥田由意 編集/サンポナビ編集部


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