<第3回>ベテラン保健師が解説!健康経営度調査フィードバックを活用した具体的事例
こんにちは!保健師の石倉です。フィードバックシートの活用法について全3回にわたって解説していますが、今回は3回目の最終回です。
前回の第2回では、フィードバックシートから強みと弱みを見つけ、それに対する具体的な取り組み方を詳しく解説しました。
また第1回では、フィードバックシートの構成について解説しました。こちらは、本記事の理解に必要な知識を解説しているので、必要時にご覧ください。
今回は、シリーズ全3回の最終回です。産業保健現場で働く私の経験を踏まえ、フィードバックシートの評価改善に役立つ具体例を7つ紹介します。
フィードバックの評価の改善が見込める具体例7つ
ここで紹介する具体例は次のとおりです。
①健康診断受診率を100%に(Q38) |
カッコ内は、各事例に対応する「令和5年 健康経営度調査票」の設問を記載しています。ぜひ調査票をお手元にご準備のうえ、各事例をご覧ください。
①健康診断受診率を100%に(Q38)
行動経済学のナッジ理論でも使われる社会規範という人の心理を想定し、健康診断受診率100%を達成した企業があります。
ナッジ理論とは、行動を強制せずに小さなきっかけを与え、本人が無意識によい選択をするように誘導することです。社会規範に基づいた行動とは、周囲と同じ行動をとることを指します。
例えば税金滞納者への督促状に「英国では10人に9人が税金を期限内に支払っています。あなたはまだ納税を完了していない極めて少数派の人です」と通知することで、納税率を上げた英国の政策事例があります。これは社会規範に基づいた行動と考えられます。この社会規範を健康診断の受診率改善に役立てた企業は、次の取り組みを実施しました。
- 毎月の安全衛生委員会の場で、各部門の受診率を一覧にして公表
- 公表した一覧を議事録として残し、全社に向けて発信
これにより、受診率の低い部門の長に「受診率を改善してください」と直接注意を与えなくても、部門長は他部門に比べ自部門の受診率が低いことを自覚し、自ら部門内に指示し、受診率の改善策を打ちます。最終的に、定期健康診断に加え二次検査の受診率も100%を達成しました。
受診率の改善のために管理職の業績評価指標に部門や部下の受診率の項目を入れる企業もありますが、この企業の場合は業績評価のしくみ変更などの施策を講じずに受診率を改善させました。
②未把握だった精密検査受診率を9割以上に(Q38)
未把握だった精密検査受診率を保健師が介入することで、9割以上に改善した企業もあります。
この企業は、健診機関から送られた紙の結果を従業員に返却するのみで、精密検査の受診勧奨は実施していませんでした。また健診データも紙でしかなく、精密検査対象者がどれくらいいるかなどの把握ができず、精密検査受診率も把握できていませんでした。
そこで保健師を雇用し、まずは受診率の改善に向けて健診機関との打ち合わせを実施し、紙媒体のみで返却されていた健康診断結果をExcelでも毎月入手できるように取り決めました。Excelデータをもとに精密検査の対象者をピックアップすることで、受診対象者の選定作業を効率化したのです。
精密検査の受診対象者にメールを送り、受診の勧奨と確認のやりとりをExcel上の記録に残し、可視化しました(産業医と保健師のみ閲覧可能)。また、頑なに受診を拒むハイリスク者に関しては、上司と連携し受診時間の配慮などを実施してもらいました。
その結果、精密検査の受診率が未把握の状態から、9割以上を確認できるようになり、現在では健康リスクに対する管理体制が整った上に、上司の安全配慮・ラインケア教育・啓蒙にも繋がっています。
③健康教育12項目(Q43.SQ1)全て実施、うち1回は受講率把握(Q43.SQ2)
Q43.SQ1に示された12項目について、以前は2項目程しか健康経営度調査票の回答欄に「1」が立ちませんでしたが、現在は12項目全ての健康教育を実施した企業の事例を紹介します。この企業では12項目の健康教育を実施したうえで、その中から年に1回は参加必須の講座を設け、その受講率を調べています。
具体的な取り組みとしては、まずは毎月の安全衛生委員会で無料の衛生講話資料について説明をする際に録画や無料の衛生講話ビデオを使い、Q43.SQ1に示された12項目の教育を全て実施しました。健康意識を高めるために、衛生講話の内容を議事録に残し、録画で受講するように全従業員に向け発信しています。
また、12項目のうち1項目は健康経営度調査票で実施率が求められます。年に1度実施するストレスチェック後のメンタルヘルス研修については、全従業員の参加を必須としています。そこでメンタルヘルス研修video視聴後にアンケート(Googleフォームで作成)に回答してもらい、受講率を把握しています。
教育内容については、衛生講話一覧から毎年内容の異なるテーマを選んで、マンネリ化を防止します。Sanponaviの無償(PDF)の衛生講話はどなたにでも利用いただけます。
この事例では、株式会社エムステージの保健師や産業医サービスを利用されている企業でしたのでパワーポイント(無料)コンテンツを利用できました。パワーポイントはPDFと違い、自社のロゴを入れたり、スライド挿入も可能なので少しの手間で「自社向け」の内容にカスタマイズすることが可能です。
例えばメンタルヘルスの衛生講話資料を使った研修では、講話の内容の前に、1〜2枚のスライドを追加し、自社のストレスチェックの集団分析結果を示しました。これは、研修の導入の部分で従業員に自分ごととして関心をもってもらい、その後の講話内容を集中して聴いてもらうための工夫です。
今後は研修内容に対する理解やストレスケアへの意欲と取り組みをアンケートでモニタリングし、メンタルヘルスケアの改善に活かす予定です。
※無償の衛生講話スライドやビデオは以下をご覧ください。
④特定保健指導実施率の向上に繋がるコラボヘルスの促進(Q51.SQ1)
特定保健指導の実施率向上に繋がった、コラボヘルスに関する事例を2つ紹介します。
【事例1】
ある単一健康保険組合では、外注先(プロバイダー)を利用し被保険者とその家族に特定保健指導を提供していました。費用圧縮目的もあり内製を検討した結果、健康保険組合に保健師を配置し、内部に特定保健指導の仕組みを構築しました。
単一健康保険組合で事業所の特性や業務の実態をより把握できるため、従業員のニーズを捉えた内製の特定保健指導導入により、実施率が向上しました。
その結果、特定保健指導の費用を圧縮し、従業員の体重減量平均値はプロバイダーの保健指導を受けた場合よりも、内製保健指導の方が大きくすることができました。
【事例2】
特定保健指導に無関心な対象者は、健康保険組合からの連絡だけではなかなか実施に結び付きません。そのため、事業所担当保健師が健康保険組合と連携し、特定保健指導を勧奨し、実施率を10%上げた事例です。
具体的な方法は「真心メール」と呼ばれるメールの送信です。どの対象者にも同じ定型文ではなく、各対象者の健康診断の数値や生活(生活習慣の問診内容)を考慮した内容で関心を喚起します。
例えば、「問診結果から健診時はよく眠れていないようでしたが、その後いかがでしょうか。睡眠の質と体重や血糖値、血圧など関係していることも多くあります」など、対象者が生活上困っていることに働きかけ、解決のために特定保健指導を活用してもらうようにしました。
⑤メンタルヘルス不調の予防や不調者への復職支援、就業と治療の両立支援強化(Q60)
再発や組織の生産性低下を予防するために、メンタルヘルス不調から回復した復職希望者に対して復職前の職場復帰訓練をルール化したり、リワークを推奨したりする方法があります。「令和5年度健康経営度調査票」で関連するのは以下Q60の設問項目です。
- 「5.不調者に対して外部EAP(従業員支援プログラム)機関などと連携した復職サポート体制を構築している」
- 「6.不調者に対してリワークプログラム(認知行動療法等)の(社外での)提供を行っている」
以上の設問については方法論に不慣れなためハードルが高いと感じる企業担当者も多いようです。しかし、既存の施策をルール化することで、ハードルをクリアできる可能性があります。
ある企業では、復職前に従業員が自ら図書館などに通い行う復職前訓練のやり方を産業保健スタッフが説明し、休職者が復職する前に実施してもらっていました。しかし、自分だけの訓練では限界があるのか休復職を複数回繰り返す従業員も一定数おり、引き続き再発防止策が課題でした。
そのため、都道府県単位で設置されている無料の公的リワーク(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)の活用を健康管理室から推奨していました。しかし、申込者も多いためか混雑していて直ぐに開始できそうになかったり、物理的に遠すぎたりして利用できないことも多いことが課題でした。
そこで、障害者総合支援法に基づき、障害福祉サービス事業会社の利用を検討しました。この事業会社は国の補助を受けて利用できるうえに、メンタルヘルス不調の回復に役立つ認知療法なども提供されています。再発予防の重要性を休職者へしっかりと説明し、3か月以上の休職者にはリワークを推奨することを、会社としてルール化・明文化しリワークを行う体制を整えました。
リワークの費用は国の補助と復職者の自己負担で賄われているため、この企業はリワークへの参加をルール化しただけで、予算は特にかかりませんでした。
この企業は全国に拠点があるため、今後は全国の従業員が参加できるオンラインリワークも開始する予定です。
以下に障害福祉サービス事業会社の具体例を示します。専門的かつ実践的な100ものプログラムを提供しているので、参考にしてください。
このように、すでに何らかの復帰支援を実施している場合は、その内容をルール化・明文化し従業員へ周知し、体制を整備することを考えてみるとよいと思います。現在実施中の施策を整理して体系化するだけでも、健康経営フィードバックシートの評価改善に繋がることがあります。
これから復職支援のルール化を検討する場合など、上記リウェルでコンサルティングサービスも提供しています。
⑥社外情報開示項目として「労働安全衛生・リスクマネジメント」が追加になったがどうすればいいか(Q19.SQ1e.)
「令和5年 健康経営度調査票」より、社外開示項目として労働安全衛生・リスクマネジメントが追加されました。
それを受け、「労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)」をしっかり運用できていないと感じ、対策を検討された企業もあります。
既に、労働安全衛生を推進する中で以下の取り組みを実施している場合は、実施していること自体が、労働安全衛生マネジメントシステムを回していることにつながるため、ご安心ください。
- 健康診断
- ストレスチェック
- 職場巡視
- 時間外労働
- 労災発生時の予防策の周知
労働安全衛生法に基づいて実施したり、安全衛生委員会で話し合われる内容は、健康診断、ストレスチェック、職場巡視、時間外労働、労災事例等かと思います。改めてこれらリスクをアセスメントし、改善目標と取り組みを系統だてて整理します。それを安全衛生計画としてまとめ、手順を示し、安全衛生委員の構成や安全衛生委員会などの推進体制と合わせて明文化し、トップから社内へ発信・共有します。
これまでしてきた安全衛生委員会でのディスカッションは、安全衛生計画に基づいて行います。ディスカッションで計画の実施を評価し、計画を修正した内容を記録し、議事録として社内へ共有し、従業員の意見も取り入れ、労使一体となって取り組めるようにします。それが労働安全マネジメントシステムのPDCAサイクルを回していることになります。
リスクアセスメントの詳細はこちらをご覧ください。
また、安全衛生計画については、こちらで詳細が解説されいます。
⑦安全衛生委員会、職場巡視を開始し法令遵守
健康経営の土台は安全衛生であり、健康経営度調査は、労働安全衛生法を遵守していることを前提に実施されます。
ある会社から「50人以上になった拠点でストレスチェックは開始したが、オフィス業務中心で工場と違い危険作業が少ない為、労災も殆どなく、職場巡視や衛生委員会はしていないがしないといけないか」と相談をうけたことがあります。
50人以上の事業所で、安全衛生委員会や職場巡視を行うことは法令順守であり健康経営の土台です。つまり、フィードバックシートを活用することを考える以前に必要な実施事項です。「⑥社外情報開示項目として「労働安全衛生・リスクマネジメント」が追加になったがどうすればいいか」も参考に取り組んで頂ければと思います。
安全衛生委員会や職場巡視に関してもっと詳しく知りたい方は、以下の記事で解説しています。
健康経営度調査フィードバックシートを企業業績の向上に役立てよう
健康経営度調査フィードバックシートの活用方法について、産業保健師としての実務経験を踏まえてご紹介しました。
健康経営度調査票とフィードバックシートを照らし合わせながら改善策を考えることで、次年度の改善が期待できます。フィードバックシートの評価が改善することは、担当者にとっても嬉しいことです。
しかし、そればかりが目的ではないはずです。
本来の目的は、従業員一人一人の健康とQOL(生活の質)の向上を目指し、企業の生産性や創造性、業績向上に繋げることだと思います。
仮に健康経営優良法人認定を取れない場合も、前年より少しでもフィードバックシートの評価を改善できれば、本来の目的に近づくのではないでしょうか。健康経営に、特効薬はないと思います。
ぜひ、自社のセルフチェックのために健康経営度調査に参加し、その結果をフィードバックシートで確認し、健康経営推進にお役立てください。実践した企業は確実に前進することを現場保健師として実感しています。
健康経営を自社の長期的な成長に繋げるためにも、フィードバックシートで高い偏差値をとることを第1の目的にするのではなく、本来の意味での健康経営を推進されることを心より応援いたします。
どのような優先度で何に取り組むか、施策立案や実施についてお悩みの場合には、ぜひエムステージまでお気軽にご相談ください。