中小企業の健康経営を考える ー 株式会社じげん【後編】


産業医に火をつけるのは経営者。大企業でなくても可能な健康経営のかたちとは?

国が「働き方改革」に本腰を入れて久しいが、メディアで報道される事例は大企業のものがほとんどというのが実情だ。中小企業にとって「働き方改革」「健康経営」のハードルが高いのは事実だが、多大なコストはかけずに効果を上げている会社も中には存在する。そこで今回はITベンチャー・株式会社じげん(東京都港区虎ノ門)の人事担当者・石渡氏を取材し、当社が取り組んできた健康経営の事例について尋ねた。

後編では、中小規模の企業にとっての健康経営の重要性、またその実現には予算よりも仕組み化や工夫、社員の巻き込みこそが重要であることを語って頂いた。

(前編はこちらから→中小企業の健康経営を考える・株式会社じげん【前編】

中小規模の企業でも実行可能な健康経営を発信していきたい


——御社の産業衛生における今後の展望を教えて下さい。


わたし自身、これまでインターネットビジネス領域においてさまざまな企業規模での人事に携わってきました。それこそ10名程度のスタートアップから、従業員数が1万人近い大企業までです。その経験からいうと、50名未満で組織がコンパクトな段階や、数千人規模と大きくなった段階ではなく、人員が急拡大するタイミングでこそ人事・労務面での課題が生じやすいのではないかと感じています。当社はまさにそのフェイズにあります。


これからは、産業医の尾林先生に頼むところと、人事側で自律的にやっていくところを弁別していく必要があるでしょう。産業保健というよりはより積極的な意味合いの「健康経営」に向き合っていきたいという思いが経営陣にはあり、そのための専門的アドバイザーとして産業医がいるのだと考えています。

具体的には、当社らしい健康経営の枠組みとして社内で「心・技・体」を掲げています。

  • 「心」は健康づくりのための従業員主体の仕組みです。好きなスポーツを仲間と楽しむクラブ活動や委員会制度などがあります。
  • 「技」は健康につながる技術・知識を向上させる体制です。経営・人事・医療それぞれの専門家のアドバイスをもらいながら健康経営施策を議論していくしくみをつくっています。まさに前編でお話ししてきた尾林先生にご活躍いただいている部分です。
  • 「体」は体力づくりのためのアクティビティ環境です。お昼休みを1時間延長して勤務時間中にスポーツに励むことができる「F-Hour」制度や、体重増加を気にかける社員たちが参加する「ダイエット同盟」などがあります。


——「心・技・体」というキーワードはおもしろいですね。


はい。特に「心」、つまり社員が望んでないことを無理強いしない、ということに気をつけています。本人が決断してやりだしてくれないと変わっていかないので、あくまでも「従業員参加型」の制度や部活動なのです。ですからいわゆる全員参加の運動会はやっていません。人によっては全員参加というのはプレッシャーになってしまうかもしれませんので。

こういった取り組みが評価されて、2016年3月には東京都の「スポーツ推進モデル企業」に認定されました。

健康経営という言葉は普及しているもののまだまだ「大企業のものだ」というイメージが強いと思います。しかし当社のような中規模のベンチャーでも、費用をかけずに工夫や仕組みで変えていけることはたくさんあります。そのこと自体を今後はもっと発信していきたいですね。



また、当社よりも従業員規模の小さな企業さんであれば、「費用」だけでなく「工数」という視点も重要なのではないでしょうか。

当社では新制度をつくる際には、労務の負担を最小限に、いかに従業員だけで回せるかを考えています。そうしないとよい制度であってもすぐにすたれて形骸化してしまうからです。例えば就業時間中の20分間の昼寝を認める「お昼寝制度」導入の際は、お昼寝時間を生産性を向上させるためのものとみなして「労働時間」としてカウントすることにしました。もし「休憩時間」とみなすと就業規則の改訂が必要になり、労務面の対応を要します。それを避ける意味合いもあってのことです。

「対応できる人がいないからできない」と決めつけずに「コストや運用の手間を省けば制度を実現できるのでは」と考えれば、中小企業であってもできる施策がたくさん見つかるのではないでしょうか。


メンタル不調は必ず出るもの。それをどう察知してケアするかが重要


——石渡さんはこれまで様々なインターネット企業で人事をご担当されてきたとのことですが、株式会社じげんの産業衛生体制にはどのような特徴を感じていますか?


これまで働いてきた会社では、社員の健康ケアといえば年に一度の定期健康診断と高ストレス者への産業医面談の2本柱、というのが大半でした。当社のように従業員規模が小さい段階から社員の健康推進を目的に様々な制度を整備しているのは珍しいのではないでしょうか。

ネット業界は変化が激しいですから、ミッションが大きくて社員が精神的にきつい状態に置かれるということは必ず起こり得ます。以前大手で働いていたときには、それで倒れていく社員を大勢見てきましたが、当社にはそこを救い上げる仕組みがあると感じます。普通は倒れても「この程度の負荷で……」と本人の問題だとみなしがちですが、当社ではなるべく早くケアにあたれるよう努めています。


具体例としては、尾林先生に積極的にご参画頂いているおかげもあり、産業医による職場のぶらぶら巡視と声かけ、全員面談、マネジメント層向けのセミナーの定期開催などを行っています。そのことにより、負荷がかかって調子の悪そうなメンバーがいたら、同僚や直上のリーダーが「大丈夫?」と声かけをしたり、そのことを他メンバーと共有したりといった雰囲気も醸成されてきました。

(詳細は→中小企業の健康経営を考える・株式会社じげん【前編】


また、メンタル不調で休職に至ってもそのまま退職させてしまうのではなく、必要な休みを取った後に職務の調整などを行って職場復帰を果たす事例も複数出ています。

尾林先生から教えて頂いたことですが、「100人いたら統計的に2、3人のメンタル不調者は出ます。それを防ぐことはできない」と。それに対していかに早く察知し、どう問題解決していくかが重要なのだ、といわれました。これはあらゆる経営課題に通じる姿勢ではないでしょうか。


オフィス移転を機に、より健康経営を意識した社内レイアウトへ


——今年1月に新オフィスに移転したとのことですが、健康経営を意識したレイアウトや設備があれば教えて下さい。


気軽にフィットネスに取り組める場所として屋上を開放しています。フラフープや縄跳びを用意していて自由に利用できます。ちょっとした休憩時にスポーツに取り組める環境づくりの1つです。

また、4階をオープンスペースにしていて、気分を変えたい、いつもと違う場所で集中したいという場合には、そこで仕事することもできます。執務フロアには靴を脱いで上がれる「ちゃぶ台会議室」を設けました。



執務エリアは2階、3階ですが、その間は階段で行き来することになっています。エレベーターはあえて原則的には使用禁止にしています。階段でコミュニケーションが生まれるようにしようと、踊り場にもホワイトボードを置いています。階段からは執務フロアも見渡せますし、誰がどこで何をしているのか、お互いのやっていることになんとなく関心が持てるようになっています。

女性専用パウダースペースもつくりました。このビルにはトイレのスペースが十分ではなかったので、それを補完するためです。


産業医に火をつけるのは経営者。中小企業もあきらめず取り組んでほしい


——他の企業の人事担当者にメッセージはありますか?


まだまだわたし達も健康経営に関して発展途上です。もしかすると他企業の方には、「たまたま尾林先生というすごい産業医がいるからいろんなアクションができているのでは」と思われるかもしれませんね。でも、かならずしもそうではないと思っています。


これは尾林先生の言葉なのですが「つまるところ、トップが従業員をどれだけ思っているかが大事なんです」「その思いに打たれているからこそ、じげんに対して積極的にいろいろやろうと思えるんです」と。

ですから、「いい産業医の先生と出会えない」と嘆くのではなく、まずは会社の経営陣があきらめないことが大事なのではないでしょうか。来て頂く先生の資質やタイプも重要なファクターですが、産業医に火をつけるのは経営者に他ならないと思います。


——他の中小企業に対して、健康経営に取り組むなら何から始めるのがよいかなど、アドバイスはありますか?


何をするのがよいのかは企業によって異なるでしょう。産業医面談だけが健康になるための方法ではありません。

「健康経営」というのは会社の抱える他の経営課題にもリンクしていることが多い、優先度の高いテーマだとわたしは考えています。健康経営において社員をうまく巻き込めたら、会社へのロイヤリティや業績貢献への思いも高まるのではないでしょうか。社員の意見を大切にしていること、健康経営に取り組んでいることが社外にも認知されれば、採用力も高まると考えています。


当社ではアントレプレナーシップを採用基準の1つとしているため、問題を自ら解決していく当事者意識の高い人材を集めようと心がけています。ですから社員から意見の出やすい企業風土があります。ですが、企業によっては社員から要望が出にくい場合もあるでしょう。その場合には、当社とはまた違ったやり方で経営側が社員のニーズを察知するところから始める必要があるのではないでしょうか。


プロフィール:石渡 一寛(いしわた かずひろ) 


株式会社じげん
経営推進部 ゼネラルマネージャー 

大規模ECサイトを運用するメガベンチャーの人事企画担当を経て、 レコチョクの人事・総務の責任者、ユー・エス・ジェイでのクルー採用戦略プロジェクト責任者、 人材系スタートアップ企業のCHOと、様々な企業規模の人事責任者を歴任し、現職。 人事・広報・総務・労務を担う経営推進部のゼネラルマネージャーを務め、 特に事業・組織の拡大を支える人事戦略の策定から実行までを主導する。 

文/松田ひろみ



あわせて読みたい

▼株式会社じげんの産業医、尾林先生へのインタビューはこちら。

【産業医が解説】「新型うつ」と「うつ」はどう違う?​​​​​​​


関連記事


\導入数4,600事業場!/エムステージの産業保健サービス