〈腰痛研究の第一人者に聞いた〉テレワークにおける腰痛対策の重要性と体操法

在宅で仕事をする日が増え、腰に痛みを感じていませんか?

新型コロナウイルスの拡大によって大きく変化したわれわれの働き方。

特に、テレワークで時に気を付けたいのが腰痛です。

腰痛研究・対策の第一人者として数多くの著書を出版し、テレビにも多数出演されている東京大学附属病院の松平浩先生にお話を聞きました。


コロナ禍、テレワークの普及によって懸念される腰痛の発生・悪化


最初に、松平先生のプロフィールについてお聞かせいただけますか。

東京大学医学部付属病院 22世紀医療センターの松平浩と申します。

腰痛に関わる研究や、痛みや転倒予防(※)、最近では生活習慣病や口腔機能低下症予防の体操開発も行っています。

そしてビジョンの一つとしてプレゼンティーズムをゼロにすることを掲げ、腰痛の研究だけでなく、仕事と治療の両立支援を含む健康経営に寄与する仕事にも力を入れています。

腰痛体操については、NHKの「きょうの健康」や「あさイチ」など多くの番組で披露したこともあり、ご覧になった方もいるかと思います。

※松平先生の転倒予防に関する研究はこちらの動画でご覧になれます。


新型コロナウイルスの拡大によって、労働者の働き方にも大きな影響がありましたが、腰痛の研究にも変化があったのでしょうか。

そうですね。実は、腰痛は運動量の減少やストレスよって発生・悪化することが少なくないのですが、私たちの研究グループでは、厚生労働省の研究事業の中で、急遽、 新型コロナ禍における身体の痛みや運動量およびストレス状況の変化に関する調査を行いました。

この調査は、全国の20歳~64歳の男女に対して行ったもので「運動量が減った」と答えた人はおよそ半数という結果でした 。

テレワークの普及、外出の自粛によって身体の活動量が減っていることがうかがえるため、今後、働く世代では運動不足および腰痛対策も大きな課題になると考えています。


テレワークの普及によって、腰痛を訴える人は増えたのでしょうか。

テレワークの普及にともなって、座位環境が悪くなった受診者は増えている実感がありますね。

しかし、先ほどの調査による「痛み」の変化に関する回答結果では「不変(変わらなかった)」が75%でしたので、もともと腰痛持ちは多い事こともあり、実際は激増しているわけではないかもしれません。 

腰痛の発生には様々な原因が考えられていますが、ストレスとも深い関わりがあります。

テレワークにより、職場で感じるストレスが低減して腰痛が減った人もいれば、かえってストレスが増えて腰痛が悪化した人もいるかと思います。


テレワーク時、腰痛対策のポイントは「姿勢」と「体操」

©Bipoji Lab、松平氏の提供

在宅で仕事をする際、腰痛にならないために気を付けることは何でしょうか。

在宅で働く方の中には、ちゃぶ台で仕事をしている方もいるようですが、不適切な姿勢が続くと腰 へ大きなダメージを与えまてしまいます。

まずは座位作業環境のセルフ整備が必要です。

椅子に座って足の裏がしっかりと床につき、膝が90度に曲がった姿勢を取れる高さに、必要なら折りたたんだバスタオルやクッションを使って座面の高さを調整します。

作業するキーボードやノートパソコンの高さは、肘が90度よりもやや上くらいが背筋が伸びます。

顎は軽く水平に引くことを意識します。机やテーブルの高さは変えられませんので、これも自前で工夫して高さを微調整する必要があります。

腰のうしろにも時々クッションを入れてサポートするとよいでしょう。

さらに大切なことは、時々仕事を中断(ブレイク) して「適度な体操を取り入れること」これが重要です。


腰痛を予防するための体操についても教えてください。

腰痛を予防するために、私たちの研究チームが提唱しているのは職場での腰痛対策として有用なことのエビデンスも得ている「これだけ体操®」というものです。

この体操は厚生労働省科学研究事業の研究班で策定した「生産性向上と健康増進の両立を可能にする腰痛対策ガイドライン」でも推奨されています。

「これだけ体操®」とは、仕事中に1回あたり3秒程度の簡単な体操なのですが、しっかり取り入れて習慣化できれば、腰痛予防に効果を発揮することが、研究から分かっています。

体操についてはYoutubeに動画を掲載していますので、映像として見ていただくと分かりやすいと思います。

©Bipoji Lab、松平氏の提供


「これだけ体操®」はどの程度の頻度で行えば、腰痛予防に効果的でしょうか。

予防としてなら、例えば仕事を始める前に1回、お昼休み後に1回、そして午後トイレに行った後に1回という風に、生活の一部と紐づけて取り組んでみてください。

腰に負担をかけてしまって腰痛を感じている時は、5~10回程度、徐々に両手での押し込みを強くしていく要領で行うとよいでしょう。

また、座位作業(座りっぱなし)が長時間になればなるほど、糖尿病や死亡するリスクが高まるというエビデンスがあります。

ですので、適度に座位作業を中断(ブレイク)し「これだけ体操®」を習慣化すれば、腰痛のみならず糖尿病や死亡リスクを低減させることにも役立つ可能性があります。


「年間3兆円」ともいわれる腰痛の経済損失。企業としてはどのように対策するべきか

腰痛はプレゼンティーズムによる経済損失も大きいそうですね。

はい。欠勤(アブセンティーズム)による損失のみならず、メンタル不調、首の不調・肩こりとともに、腰痛は年間約3兆円ものプレゼンティーズムによる経済損失があるとする試算を、最近の日本人、約1万人の全国調査から報告しています。

ですので、メンタルヘルス対策と並行して腰痛・肩こり対策を講じることが健康経営の視点でも今後重要性を増すと考えています。

腰痛対策として安静やコルセットはエビデンスがありませんが、適度な運動は腰痛の予防としても治療としても有用であり各種ガイドラインで推奨されています。

一方、新型コロナウイルスの拡大によって、外出自粛や通勤が減ったことから、身体活動量が減少した人は増えていますので、全般的な健康維持という観点からも心配です。

さらに、外出しないことによって日光を浴びる機会が減ると、ビタミンD不足にも陥りやすく、腰痛および筋肉と骨へ悪影響を与えるだけでなくメンタルヘルスにも影響することが懸念されます。


ビタミンDと体調・メンタルヘルスの関係について詳しく聞かせていただけますか。

ビタミンDは、骨の質を良くし、かつ筋肉の合成を高める重要な栄養素でありホルモンです。

魚、特にサケに多く含まれますが、太陽光を浴びることによって活性化されるので、顔など要所には日焼け止めを塗ってで構いませんから、1日15分程度でよいので、屋外でのウォーキングを推奨します。

このビタミンD不足が、がん死亡率やうつ、女性であれば出産前うつ・産後のうつに関連があると報告されています。

そして、特に40代の日本人女性では、このビタミンDが不足している方が多いことも報告されています。

今年の7月は日照時間が短かったですし、8月は猛暑と自粛ムードの中で出かける方も少なかったと思われますので、特に、シフト労働や屋内労働の方々へのビタミンDリテラシーを高めることも喫緊の課題の一つであると考えています。


企業として、今後は腰痛問題に対してどのように取り組むべきでしょうか。

テレワークが進んだ企業では、従業員の方は職場から離れて働いていますので、企業として個々人の働き方は見えづらいものになっていますよね。

今までお話したように、テレワークには健康被害のリスクも少なくないため、今後はリモートによる保健指導が重要になってくると考えます。

産業医としては、衛生委員会などを通じて、本日お話させていただいた情報も積極的に職場に提供し、かつ「これだけ体操®」や身体活動維持・増進の習慣化を促す施策を打っていただければと思います。

私どもは「美ポジ®ラボ」(※)という組織を立ち上げ、産業医の方々を含むオンラインの講座も開始しました。

腰痛・肩こり対策だけでなく包括的な健康対策の情報収集に有益であると考えておりますですので、ご興味のある方はぜひご覧になってください。

※「美ポジ®ラボ」の詳細はこちらからご覧になれます。


腰痛は企業にとって大きな損失につながりますので、経営者や人事は健康経営の観点から、そして衛生担当者は安全配慮義務の観点からこの課題に取り組んでいくことが重要です。

また、私が班長をした厚労関連の研究班で、企業側目線での仕事と治療の両立支援チェックサイトを最近開設しましたので、併せてご活用いただけるなら幸いです。


解説:松平浩先生(まつだいら・こう)

東京大学医学部附属病院22 世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座 特任教授/医学博士、整形外科専門医、社会医学系指導医

●略歴

1992 年順天堂大学医学部卒業、同年東京大学整形外科入局、腰痛診療グループのチーフを長年務める。東京大学医学系研究科論文博士取得後、英国Southampton 大学MRC Epidemiology Resource Center シニアリサーチフェロー、関東労災病院勤労者筋・骨格系疾患研究センター⾧を経て、2016 年より現職。腰痛対策、運動・姿勢指導の第一人者。国際マッケンジー協会認定療法士でもある。NHK スペシャル「腰痛・治療革命」に出演、監修にも関わる。2019 年もNHK「きょうの健康」や「あさイチ」等多くのNHK 番組に出演。「腰痛は「動かして」治しなさい」(講談社+α 新書)、「3 秒から始める腰痛体操&肩こり体操」(NHK 出版)など著書多数。英語原著論文は、110 論文以上を数える。日本産業衛生学会代議員、日本職業災害医学会評議員も務める。

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