〈感染症の専門医に聞く〉緊急事態宣言後、事業継続に必要な産業医の活動
新型コロナウイルス感染症が拡大し、緊急事態宣言が発令されたことで、われわれの仕事にも大きな影響が発生しています。
「新型コロナウイルスはいつ収束するのか」「企業はどのように産業医と連携するべきか」というテーマについて、渡航医学、感染症の専門医であり、産業医業務も行う古賀才博先生にお話を伺いました。
(リモートによる取材:2020年4月8日)
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渡航医学会の専門家が考える「緊急事態宣言」の効果と収束予想
古賀才博(こが・としひろ)
産業医科大学卒業後、企業において海外医療対策に10年間携わり、海外勤務健康管理センター(JOHAC)にも勤務。その後、トラベルクリニック新横浜を開院し、院長としての医療活動をするかたわら、2017年までは東京医科大学病院・渡航者医療センター兼任講師や、日本渡航医学会では理事を務める。専門は、内科、渡航医学、産業医学。
――最初に、古賀才博先生のご経歴について教えていただけますでしょうか。
トラベルクリニック新横浜の古賀才博と申します。
企業での海外医療対策に10年間携わり、海外勤務健康管理センター(JOHAC)にも8年間勤務していました。
海外渡航に関する予防接種や健康診断などのキャリアを積み、その後「トラベルクリニック新横浜」を開院。院長として医療活動を行うかたわら、2017年までは東京医科大学 渡航医療者医療センターの兼任講師や、日本渡航医学会の理事も務め「海外派遣企業での新型インフルエンザ対策ガイドライン」の制作にも携わっていました。
また、嘱託産業医としても活動しており、現在は4か所の企業で業務を行っています。
――緊急事態宣言が出されましたが、新型コロナウイルス感染症の収束の見込みはいつ頃になると予想されますか。
緊急事態宣言によって、ヒトとヒトとの接触を減らすことができれば、感染拡大の防止に効果が期待できます。
しかし、その対策が不十分であれば今後も感染者数は増えていくと私は予想しています。現時点では、新型コロナウイルス感染症に対して確立された治療法やワクチンもありませんので、収束までにはもうしばらくかかると考えられるでしょう。
――新型コロナウイルスのワクチンが完成するのはいつ頃になるのでしょうか。
現在、国内外でワクチンの開発が急がれていますね。
報道ではワクチンの臨床試験が始まり、早くて来年の早い時期に完成の見通しがついたと発表した会社もあります。しかし、ワクチンが出来た後にも、効果と安全性の確認が必要になります。また新型インフルエンザ等特別対策措置法の特定接種では、まずはファーストラインで診療に携わる医療関係者へ接種することになっていますので、一般の方が接種できるようになるのは来年の後半あたりだろうと予想しています。
――緊急事態宣言はどの程度の効果があるとお考えですか。
ヒトとヒトとの接触を減らすことは、感染症の対策として歴史的にも“検疫”や“隔離”のように古くから用いられた手法ですが、移動の自由や経済活動の制限など“痛み”を伴う対策でもあります。
英国のエリザベス女王がロックダウンの際に声明を出しましたが、同様に日本の感染拡大抑止の成否には、“忍耐と団結”が求められていると思います。
また、感染症対策に大切なのは感染拡大を防ぐだけでなく、医療機関の機能維持が求められます。
そのために感染者数の増加のピークを緩やかにすることが緊急事態宣言の目的の一つです。医療資源には限りがあり、爆発的な感染者の増加は医療体制の崩壊を招くため可能な限り避けなければなりません。
――イタリアやフランスなどではもっと厳しい外出制限になっていますが、日本の緊急事態宣言はゆるやかなイメージですがいかがでしょうか。
私も各国の対応と感染者数などの推移を注視しています。
例えばタイのバンコクでは、3月下旬に都市封鎖(ロックダウン)を行っているのですが、イタリアやフランスと比べると、比較的緩い規制を行っています。
ロックダウンの効果は、発令のタイミングと規制の内容によるといわれています。バンコクは夜間外出禁止措置をとり、日本の緊急事態宣言より厳しい印象を受けますが、屋台やレストランは持ち帰りやデリバリーで営業は続けられています。
今後も経過を注視する必要がありますが感染者数は減少に転じており、感染拡大をコントロールができているようですので、わが国の緊急事態宣言にも期待をしています。
緊急事態宣言発令後、企業はどのようにして事業継続するべきか
――緊急事態宣言の発令中でも「通勤は可能」ということですが、公共交通機関で通勤することのリスクはどの程度と考えればよいでしょうか。
これについては電車やバスなどの込み具合によると思いますが、職場より危険な状態であることは確かでしょう。
私は今日(4月8日)も電車を使いましたが、混んでいましたね。
込み具合によっては「3密」状態になっているケースもあるため、乗車の際はマスクをすることや、乗車後に手指消毒や手洗いをすることを徹底することで、リスクは低減できると思います。
――緊急事態宣言、企業ではどのように対応すべきでしょうか。
人の接触を少なくすることは、企業活動でも必要です。
感染拡大を防ぐための「柔軟な働き方」の選択が求められています。既に導入されている企業もあるでしょうが、通勤時の混雑を避けるための時差出勤や、在宅勤務を採り入れることが有効と思います。
在宅勤務を採用することで、職場の人口密度を下げることができます。それによって、職場でも「密集」状態による感染リスクを低減させることにつながるのです。
製造業や接客業といった、業種によってはなかなか難しい部分もありますが、従業員全員が在宅勤務をできないとしても、まずは、社内に在宅勤務が可能な従業員がいないか確認してみることが大切です。
不安を抱える企業が増加。今後の事業継続には産業医との連携が重要になる
――先生は産業医というお肩書でもご活躍されていますが、糖尿病や心臓病といった基礎疾患のある従業員に対して、企業はどのような対応すべきでしょうか。
基礎疾患のある方が新型コロナウイルスに感染すると命の危険に繋がるケースが報告されています。
今回の緊急事態宣言の際に私が嘱託産業医をしている企業で抗癌剤治療を行っている従業員の就業に関する相談を受けたことがあります。
このような基礎疾患のある従業員は健康上の配慮が必要になりますが、企業が健康情報をもとに従業員の就業上の配慮を判断することは困難なことが多いと思われます。
また、個人の健康情報は、健康診断結果や従業員からの報告がない限り企業が把握できない情報です。そのためプライバシーに配慮した上で健康情報の収集を行い、必要ならば在宅勤務などの措置を提案することもあります。
まずは社内に相談窓口を設置し「健康上不安のある方は相談してください」と従業員へアナウンスすることが効果的と考えます。
企業の健康管理体制にもよりますが、保健師や看護師、衛生管理者などの産業保健スタッフが担当窓口となり従業員からの相談内容を産業医に伝えることで、的確な判断につなげてください。
――新型コロナウイルス感染症の対策について、企業ではどのような産業医活動をされていますか。
基本的には通常通りの産業医業務を行っていますが、最近は新型コロナウイルスに関する情報提供を行う機会が増えました。
現在、多くの企業が「どのように事業継続してゆくべきか」と日々不安を抱えていると思いますが、産業医は平時から企業の実情を把握しており、それぞれの企業に即した対策を考える上で良い提案が出来ると思います。
パンデミックそして爆発的な感染拡大の危機という未曽有の事態だからこそ、産業医として新型コロナウイルス感染症の正確な情報を企業に提供することや、対策に関するアドバイスを行うこと、そして悩みの相談先になることが大切だと考えています。
企業と話し合いは大切ですが、対面での安全衛生委員会の開催が難しい場合には、web会議等ICTを活用した委員会に切り替えるなど、臨機応変に対応するケースもあります。
特に、安全衛生委員会は企業と産業医が情報交換をするための大切な場ですので、何らかの形で開催し、この事態を乗り越えるために連携することが大切だと考えます。
産業医は企業における医療や衛生の専門家ですので、判断に迷うような場合には心強い相談役になってもらえるはずです。
ぜひ、事業主の方は産業医と協力して“緊急事態”を乗り越えていきましょう。
古賀才博(こが・としひろ)
産業医科大学卒業後、企業において海外医療対策に10年間携わり、海外勤務健康管理センター(JOHAC)にも勤務。その後、トラベルクリニック新横浜を開院し、院長としての医療活動をするかたわら、2017年までは東京医科大学病院・渡航者医療センター兼任講師や、日本渡航医学会では理事を務める。専門は、内科、渡航医学、産業医学。