産業医×医系技官×研究者に聞く!声かけで終わらせない健康経営のあり方

注目を集める「働き方改革」「健康経営」。増加の一途をたどるメンタル不調者、長時間労働問題、電通事件、それらを背景として生まれたストレスチェックの義務化、健康経営優良法人の認定――。

かつてないほど産業保健への意識は高まり、「働き方改革」「健康経営」が一種の流行り言葉のように日々メディアを賑わせている。しかしながら、その取り組みの実態は企業によりまちまちであるのが実情だ。さらには、産業保健への取り組みが、果たして本当に労働生産性向上への効果があるのか懐疑的な目があるのも事実。産業保健への取り組み、産業医の活用のあり方に戸惑う企業も多いだろう。

そこで、産業医としての勤務経験を持つ厚生労働省医系技官にして、国立保健医療科学院主任研究官でもある吉村健佑医師に、産業保健と労働生産性との関連、産業医のあり方、さらには実効性のある産業保健・健康経営のあり方についてうかがった。


メンタルヘルス対策は外注できない

――労働生産性を下げる要素としては、圧倒的に「メンタルヘルス」が大きいと言われています。「メンタルヘルス」が職場での課題としてここまで大きくなった背景について教えてください。


職場の健康面の課題は、時代とともに推移してきました。1970年代までは、工場や炭鉱での集団作業におけるケガやじん肺への対応など身体疾患が主でしたが、その後経済が発展し生活が豊かになるにつれ、生活習慣病やメタボリックシンドロームが大きな課題となり、特定健診・特定保健指導による早期発見や生活習慣の見直しに重点が置かれました。とはいえ、いずれも産業医の役割は異常が見つかった労働者を医療機関へ橋渡しをし、早期治療を受けられるよう促すことが中心だったのです。

しかし、産業構造の変化により、ストレスや過剰労働が原因となってメンタルのトラブルを抱える労働者が増えると、状況は多少厄介なことになりました。というのも、メンタル不調は個別の職場環境との関連が大きく、これまで同様に異常所見を見つけて適切な医療機関に橋渡しをするだけでは、根本的な解決にはならないためです。

労働時間や人間関係、業務内容などメンタルヘルスに不調をきたした原因となる環境要因を探り、個別の職場環境の改善や労働条件の見直しが求められる。そのためには、産業医も職場のスタッフとしての深い介入が必要となってくるわけです。そういう意味では、メンタルヘルス対策は外注できないといえるでしょう。

近年、産業構造も大きく変化しており、より高度な知的労働の比率が高くなっています。正社員にはますます高付加価値の労働が求められ、必然的にこれまでより労働者が感じるストレスの度合いも大きくなるでしょう。テレワークの進展など、柔軟な働き方を実現する環境が整いつつある一方で、どこでも仕事に繋がれてしまうことがストレスを増加させているとも言えます。そのため、今後もますますメンタルヘルス領域における産業医の介入が大きく期待されるようになると思われます。

圧倒的に不足しているメンタルヘルス対応可能な産業医

しかしながら、現在の日本ではメンタルヘルスに十分に対応できる産業医の数は、大幅に不足しています。

現在、産業医の有資格者は約9万人と言われていますが、おそらく、自信を持ってメンタルヘルスに対応できるのは半数以下ではないでしょうか。精神科医で産業保健に関わる人材が少ないのも課題です。現在、日本には約1.5万人の精神科医がいますが、そのうち産業医として勤務歴のある医師はおおよそ4分の1程度だと思われます。

最近では、若い精神科医が産業保健の分野に関心を持ち、産業医の資格を取得することに積極的になってきました。とはいえ、それでもメンタルヘルスを扱える産業医の数が不足している状態です。こうしたアンバランスを解決することが、日本企業の労働環境を支える上では急務と言えるでしょう。

精神疾患の総患者数も、気分障害(躁うつ病を含む)の患者数も増加し続けている。


エビデンスが示す第一次予防の実効性

――企業がメンタルヘルスに実効的な対策を取れない背景には、実働可能な産業医の少なさに加えて、どのようなことが考えられるのでしょうか。


第三次予防(復職支援、再発予防)の対応が主で、効果的な第一次予防に手を打てていないことがあげられるでしょう。

一般に、企業における産業保健活動は第一次予防から第三次予防まで、段階的に達成する仕組みになっています。まず第一次予防とは、病気になりにくい職場づくりを目的とし、病気や異常の発生予防に努めます。続いて第二次予防とは、病気や異常の早期発見・早期治療を目指し、早期に介入することを行います。そして第三次予防とは、病気から回復した人を対象に、リハビリと再発防止を目的とし、労働者の一人一人に介入します。

この中で、第一次予防は費用対効果もよいのです。これは、科学的なエビデンスも出ており、労働生産性の指標としてHPQ(WHO Health and Work Performance Questionnaire)に基づいて算出した場合も、事業所の得る便益が費用を上回っています(下図参照)。

しかしながら実際、事業所において産業医に期待されている役割はというと、現実では「第三次予防」が中心。つまり、すでに病気の治療を終えた労働者が、復職しても大丈夫かどうか判断し、その時期を決定する役割です。

企業にとって、労働者の復職はとても大きな問題です。中途半端な状態で復職した結果、病気が再発し、再び休職するようなことは、労働者にとっても企業にとっても望ましいことではないので、復職判断はとても慎重に行わなければなりません。実際、私が5年2か月の間、産業医を勤めていたある企業でも復職判断と再発予防が業務の中心でした。第二次予防、第一次予防に対応できたのは産業医として着任後、3年目以降でした。

しかし、本当に労働者の健康を築くには、第一次予防から積極的に労働者へ介入する必要があることは明らかです。「問題が起こってから対処する」よりも、むしろ、「問題が起きないように予防する」ことの方が、優先順位は高くあるべきです。企業が第一次予防の対策に力を注ぐことは、労働者の心身の健康を守るだけでなく、企業の生産性向上にも繋がるわけですから。

しかし、心の健康対策に取り組んでいる事業所の比率は非常に低く、2012年の厚生労働省・労働者健康状況調査では全体のうち約47%に過ぎません。また、職場環境の改善、個人向けストレスマネジメント教育、上司の教育研修に取り組む企業はいずれも約1割程度しか存在しません。


こうした状況を踏まえ、今後、ますます労働者のメンタルヘルス問題が増大するだろうという危惧から始まったのが、「ストレスチェック制度」です。2015年12月1日から従業員50名以上の全事業場に対し、ストレスチェックの実施が義務付けられました。ストレスチェック制度には、「メンタルヘルス不調の未然予防」と、「高ストレス者の早期発見と適切な対応」という二つの働きが期待されています。


しかし産業保健活動同様、こちらも「メンタルヘルス不調の未然予防」として機能させることが難しく、現在では「高ストレス者の早期発見」をすることが実態となっています。また、どのレベルを「高ストレス」と判断するかはガイドラインはあるものの、各事業所に任されており、さらに、「高ストレス」と判断された人が実際に産業医と面接し、改善策を探っているケースはわずかしかありません。

今後、ストレスチェック制度をもっと効果的に機能させていくためには、現在は努力義務にとどまっている集団分析の活用などで、第一次予防に生かしていくことがキーになっていくだろうと思います。

産業保健版チーム医療、遠隔診療を活用した体制づくりを

――今後、企業のメンタルヘルス対策や産業保健活動に実効性を持たせるにはどのようにしていけばいいのでしょうか。


まず、企業全体としてメンタルヘルス対策や産業保健活動を推進するという気運を高めるために、産業医から経営者への働きかけが大切になってきます。

現在は「健康経営」の時代です。すなわち、企業が労働者の健康に配慮することが、経営面においても大きな成果が期待できるという立場に立ち、労働者の健康管理を経営的視点から考え、戦略的に取り組むことが求められています。

こうした健康経営は企業の生産性をあげ、企業における労働環境の改善にも繋がっていきます。そのため、経営者が「キックオフ宣言」を行い、「当社では社をあげてメンタルヘルス対策を行います」と、全社員へ向けて宣言することで、企業風土を一新し、全社あげてメンタルヘルス対策とそれに伴う生産性の向上に取り組むことができるのです。新浪剛史さん(サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長、元株式会社ローソン取締役社長)などもメンタルヘルス対策の重要性を語っているのを拝見いたしました。人事労務担当者や産業医は積極的に企業経営者へ働きかけ、キックオフ宣言を促す必要があるのではないかと思います。


また、全国的に産業医が不足している現在では保健師や臨床心理士、それから、今後、国家資格となる公認心理師など、コメディカルも巻き込んで、チームでメンタルヘルス対策や産業保険健活動に取り組める体制を整えることが必要になってくるのではないでしょうか。

場合によっては衛生管理者や社会保険労務士などとの協力も必要になってくるかもしれません。現在、産業医は企業全体に対して指導監督を行うほか、労働者に対する産業医面談や高ストレス者への面接指導など個別対応も求められ、業務負荷が集中している状況です。そこで、面談などの個別対応は保健師など他のスタッフに任せることができれば、産業医は最も効果の高い第一次予防に関する取り組みや、職場環境改善の体制づくりなど、もっと高次で戦略的な働きに集中することができるでしょう。

産業医のように、専門性の高いスタッフが企業の仕組みづくりに関わることで、より、効率的なメンタルヘルス対策や産業保健活動を推進できるようになるはずです。また、それぞれの役割を明確にすることで、責任の所在が明らかになり、互いの協業により、効率的な活動が可能になると思われます。


さらに、産業医不足を補うものとして、ICT技術を活用した遠隔診療の活用も積極的に考慮するべきと考えます。産業医面談も全国各地、時には海外にまで散らばった対象者のもとを訪ね歩いていては業務負荷の面でも効率性の面でも非現実的です。実際に行っているスタディとして、海外在留邦人に対する遠隔サポートというものがありますが、これによればICTによる遠隔診療でも対面診療に勝るとも劣らない、十分な効果をあげることがわかってきています。現在は、さらに詳細に対面との効果の差異があるものなのか検証を行っているところです。また、遠隔診療システムを使えば、メンタル不調者の面談だけでなく、個人に対するストレスマネジメント教育といった第一次予防を行うという方法も考えられるでしょう。

「経営者によるキックオフ宣言」「産業保健版チーム医療」、そして「遠隔診療の効果的な活用」、この3つが産業保健を進化させていくことを意識して、各企業の制度・体制づくりを行っていただければと思います。


吉村健佑氏 プロフィール

国立保健医療科学院 医療・福祉サービス研究部 主任研究官
厚生労働省 医政局研究開発振興課 医療技術情報推進室 室長補佐(併任)

2000年東京大学教養学部中退、2007年千葉大学医学部医学科卒業、2012年東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻修了(MPH:公衆衛生学修士)。精神科医、産業医として勤務後、2015年厚生労働省に入省。2017年より国立保健医療科学院にて研究職としての活動も本格化。

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