【産業医が解説】職場の「発達障害」を考える

 

近年、注目を集めている大人の「発達障害」。以前は子ども特有のものだと思われてきたが、発達障害を抱える社員が仕事上のトラブルに突き当たるというケースも広く認知されるようになってきた。その一方、発達障害を持つ人は特定の分野において突出した能力を発揮したり、枠にとらわれない発想をしたりといった長所を兼ね備えていることも多い。

職場はどのように対応すべきなのか、発達障害とはそもそもどのようなものなのか、病気なのか否か、発達障害を持っていることは不利なのか、その個性の活かし方は……。精神科の臨床医として勤務する傍ら、6社で企業の産業医を務めている尾林誉史医師(関連記事)に尋ねた。

 

健康経営上の課題である「大人の発達障害」

 

———最近、職場においてADHDやアスペルガー症候群など大人の発達障害との向き合い方が課題になっているといわれています。知的な問題はあまり目立たないため学齢期には自他ともに気づくことはなく、社会人になって人間関係やタスクが複雑化する中で「発達障害」だとわかるケースも多いと聞きますが、 尾林先生が産業医をされている中ではどのようにお感じでしょうか。

 

発達障害は、最近の産業保健における特徴的な課題の1つだといえますね。

わたし自身、かつては発達障害の社員さんがいれば、なるべく精神科の治療のラインに乗せるように努めていた時期がありました。ところがだんだんと経験を重ねるうちに、それでいいのだろうか?と疑問を抱くようになってきました。

今、「大人の発達障害」は社会的にも話題となっており、ひとまず「病気」だとカテゴライズされてはいますが、よくいえば「個性」なんですよね。例えば、非常にコミュニケーションは下手だけどもプログラミングスキルはずば抜けて高いだとか、協調性は全然ないけれども的確で革新的な意見を出してくるだとか、そういう個性の持ち主がいます。その人達に、一律に「発達障害」というレッテルを張りにいってもよいのだろうか、という課題を感じています。

 

(編集部註:大人の発達障害には、大きく分けて、こだわりが強く他人とのコミュニケーションが苦手な「自閉症スペクトラム(従来のアスペルガー症候群や自閉症)」、そそっかしさや落ち着きのなさが特徴の「ADHD」、読み・書きなど具体的なスキルに困難がある「LD(学習障害)」の3つがある。しかし、どれか1つのみにハッキリとあてはまるわけではなく、複数の特性を併せ持つことが多い。また、診断する医師や、本人の置かれた環境・時期によっても診断名は異なることがある。なお、特性は裏返せば「他人と違う発想」「集中力」「豊富な知識」「細部へのこだわり」「反復、再現性」などの特長につながることが多い)

 

発達障害は「脳の機能の偏り」よく言えば個性である

 

———発達障害の方には、目立った苦手分野がある半面、突出したスキルや能力があることも多いということですね。

 

そうなんですよ。発達障害という呼び名もこの先変わっていくかもしれません。意識ある一部の先生方は「発達症」だと呼んでいます(編集部註:2014年に日本精神神経学会が発表した精神疾患の診断名のガイドラインでは、発達障害について「症表記の追加」がなされている)

いわば「脳の機能の偏り」であって、よくいえば個性なんです。その人の特色みたいなものですから、良さは良さとして認めて、その上でご本人が不得意だとか苦手だとか感じて困っている部分にどう対処できるのか一緒に考えていきましょうね、というアプローチをこの頃ではとるようにしています。

 

本人の自尊感情を高めると周囲にも好影響が

 

———発達障害の方が苦手とする事柄について、どう対応すればよいのでしょうか?

 

例えば、人間関係が不得手な人がいたとしましょう。ご本人が周囲とうまくコミュニケーションを取る気が全然ないのに「こうコミュニケーションとってみましょうよ」と勧めてもしょうがないんですよ。やる気がないとうまくいかない。だけど、やっぱりよくよく話を聴いていくと「本当はもっと人と接したい」「うまく人付き合いがしたい」など、本音ではそういう気持ちを持っているという場合がほとんどです。

その他にも「とんでもない場面で空気の読めない発言をしてしまう」「ものすごく忘れ物が多い」「待ち合わせに絶対遅れる」など、人によって困っていることというのは様々ですけど、例えば遅刻が多いなら、スマートフォンのアラームをふんだんに使って予防するなど、考えられる手段やアイデアを一緒に出していくようにしています。

もともと得意な分野があって、そこに「これまでうまくできなかったことが最近少しずつできるようになってきた」って感覚が加わると、自尊感情が高まるんです。するとうまく回りだすことが多いんですよ。周囲で見ている人たちも「お、最近なんかいいね」「がんばってるね」って認識になってくる。そして、本人と周囲で働く人たちの感覚がシンクロしてくると、社内の雰囲気もよくなってくるんです。

人間関係、忘れ物、遅刻…具体的な対策をともに考える

 

———発達障害だと診断するのは悪いことなのですか?

 

そうとは限りません。いまは過渡期だと思います。「発達障害」という病名告知をためらう医師も多いというのは事実ですね。

周囲の理解を得るためにも自分で認めてカミングアウトするほうが楽だという方もいます。「先生に発達障害だって言ってもらってスッキリしました。自分でも長年ずっと引っかかっていたんです。自分の長所と苦手なところとを先生のお墨付きで認めてもらって、周囲に打ち明けて、伸びしろを伸ばしていきたい」とポジティブに話してくれる方もいました。

一方で「そうはっきり発達障害だと言われちゃうと……」「ちょっとショックです」と尻込みされる方もいます。後者の場合には、周囲には打ち明けずにご本人と僕との間の面談で「がんばろうね」って話して、先程挙げたアラームの例のように、いろいろと個別の苦手対策を練るようにしています。

 

———発達障害の社員と一緒に働くメンバーや上司は、どのようなことに気をつけるとよいでしょうか?

 

発達障害の人と一緒に働くことで、ちょっとしたトラブルが起こったり、周囲にストレスがかかるということはあるでしょう。しかし、周りの方も実は「ああ、あの人なりにがんばっているんだな」という納得が欲しいだけなんじゃないかと思うんですよ。

「あいつはワガママだ」「全然改めようとしてないな」と感じているときには、本人のできていない部分を指摘してしまいがちです。それが、本人が何か努力している、仲間に歩み寄っているということさえ感じ取れれば、雰囲気は変わるんです。「受け答えはまだまだ下手だけど、自分から努めて発言するようになってきたな」「チームの和を感じ始めてくれているようだ」と感じられるようになると、その人のマイナス部分にばかり目がいってイライラしてしまうという事態から、長所やスキルにも目が向くという状況に転換できるんですね。大前提としては「脳のクセ」ですから、高圧的に指導して治そうとしたり、自分たちの仕事のやり方を無理強いしたりはしないほうがよいと思います。

 

個性に合った業務へのアサインでめざましい成果が出ることも

 

———発達障害の治療には薬も使うのでしょうか?

 

はい、そういう場合もあります。薬物療法はあるのですが、それが万人にとっていいかどうかはまた別です。先程もお伝えしたように、発達障害というのは個性でもありますから。

ある社員さんのケースでは、ADHDの薬物療法を試したけれどもご自身の意思でやめた、ということがありました。ものすごくバイタリティのある方だけれども、至らない点も多々ある。とにかくケアレスミスが多い。そこで薬物治療にトライしましたが、「欠点は自分でもわかっているけれども、決めた目標に向かっていく自分のこのエネルギーは大事にしたい」と考えて薬で抑えるのをやめたんですね。

その方は、会社の枠には収まりきらず最終的には起業したんですよ。非常に円満な退社でした。発達障害のために職場で今ひとつ力を発揮できず、「会社を辞めて起業したい」と話す本人に対して、何かその会社の中でマッチする業務はないか、面談を重ねてわたしもいろいろと考えたんです。

その会社自体が「将来的に起業家を目指すような個性あふれる人達を新卒で採りたい」という採用方針を持っていたので、「いつか起業したいと思うなら、まずはこの会社で『自分に似たエッジの立った人を見つけて採用する』という人事分野の仕事に取り組んでみたらどう?」って。

そしたら全国を飛び回って優秀な人材をたくさん見つけてきたんですね。会社のほうも「営業をやっていた頃はクライアントから『あれはどうなんだ』ってクレームが入っていたけれども、こんな仕事をさせると、これほどまでの能力を発揮するんですね!」と感心していた。発達障害で一度は困った事態になったけれども、最終的には大きく会社に貢献し、本人と会社との関係は非常に良好なものとなって円満退社に至りました。

今では以前よりポカミスは随分減ったようですよ。やはり「自分はそういうタイプなんだ」「意識しないと抜けちゃうんだ」と気をつけられるようになったのが大きいようですね。

 

———本人の特長に合った仕事であれば、驚異的な能力を発揮することがあるんですね。

 

はい、その通りです。「会社の方針」と「本人の性格」とがマッチするポイントを見つることが重要だと思います。わたしも産業医として、なんとかハマる業務を見つけてあげられないかといつも腐心しているんですよ。

「病気か、病気じゃないか」「治療するか、否か」っていう紋切り型の診断だけじゃないだろうって思うんです。わたし自身、企業で働いていた経験がありますから、マッチしていないポジションでじりじりと頑張らせることは、必ずしも会社にとっても本人にとってもいいとは限らないと考えています。

 

発達障害ゆえの失敗の多さから「うつ」などの二次障害も

 

———最近、一部の企業では採用にあたって発達障害かどうかのスクリーニングを行っているという話もありますが。

 

入社試験でスクリーニングしてしまうのか、その人の得意なところ、苦手なところを把握した上で適切な部署配置に活かすのか、どちらの方針を取るかで全然違いますよね。例えばアメリカのMicrosoft社では発達障害の人をエキスパートとして積極的に採用して成果を上げています。そんなふうに突出した能力が仕事に役立てられるようになればいいですよね(編集部註:米Microsoftは自閉症スペクトラムの患者を2年間で29名採用し、プログラムの最終検査の仕事にアサインしている。細部へのこだわりの強さが活かされる人材配置例である)

ただ、スクリーニングという意味合いではなしに、発達障害かどうかというのはメンタル不調者の面談では第一に診断しないといけない軸だと考えています。というのは、発達障害を抱えている方は失敗が多いために、周囲から「こんなこともできないのか」と言われ続け、不安、不眠などが重なった結果として「うつ」などの二次障害を発症してしまうケースが非常に多いんです。

だから抑うつ状態に見えるときに、その背後に発達障害があるのかどうかを早い段階で見極めることが大事です。もし発達障害があるのなら、得意なことは得意、苦手なことは苦手、その個性を認めるところからスタートしますから。

 

突出した能力があっても業務量のコントロールは必須

 

———会社として、発達障害の社員に対する仕事の割り振りにおいてはどんなことに気をつけるべきでしょうか。

 

先程申し上げたように、まずは本人の得意なことと会社の方針とがマッチする仕事を見つけるということが重要です。あとは量のマネジメントですね。

知っている事例でお話しすると、ものすごく優秀なプロデューサーがいる。非常にクオリティの高い仕事を量産するんだけれども、案件数をどんどん増やしていって、ある飽和点を超えるとバタンとダウンしてしまうサイクルを繰り返している。倒れる前に本人が気がついてセーブできればいいのですが、キャパシティを超えているという自覚を持ちにくいという特徴があります。何度かそういうことがあって、わたしが「どう?わかった?」って言うと本人も「そうですね、よくわかりました(苦笑)」って。

会社としても本人の能力に対する期待が高いとつい負荷を増やしてしまいますよね。だけど、限界を超えて急にダウンすると、周囲のメンバーも、会社も、もちろん本人も困るじゃないですか。だから2、3ヵ月に一度、定期的にわたしが面談に入って「最近、調子どう?業務量は多すぎない?」って話をして、行き過ぎているときには歯止めをかけるようにしていますし、会社にも本人にも気をつけるようにしてもらっています。

 

———15人に1人は発達障害だとも言われていますが、今後、どのような対応が求められていくでしょうか?

 

例えば東大生の3人に1人は発達障害だとか、医師の何人かに一人は発達障害だ……なんて話も聞きますよね。でも、そういう人たちっていうのは、東大生であるとか医師であるとか、社会的にある程度認められたバリューを獲得しているんですよね。だから発達障害によって何か苦手なこと、困ったことがあったとしても、自尊心を保ちやすいのかもしれません。周囲から多少変だと思われようと、研究で成果を出せばいいとか、天才的な領域を切り拓いていけばいいとか、自己肯定感を保つ材料がある。

そうではなくて、目に見えやすい肩書きやバリューがない状態で発達障害を抱えていると、自尊感情が損なわれていることが多いんです。つらいですよね。そんな環境下でご本人の自尊心をいかに伸ばしていくかがとても大事です。目に見えるわかりやすい能力がなくても、周囲と認め合いながらやっていける、そういう世の中になっていくといいですね。日本人はつい減点法で考えがちですが、発達障害のことに限らず、加点法で物事を捉える視点が重要だと思いますよ。

 

 

医師プロフィール: 尾林 誉史(医療法人厚生会 道ノ尾病院)

東京大学理学部を卒業後、企業で5年間勤務。産業医を志し、2007年に弘前大学医学部に学士編入。2011~13年、東京都立松沢病院にて臨床初期研修。2013年、東京大学医学部附属病院精神神経科に入局。同時期に、精神科の後期研修を岡崎祐士先生(前・東京都立松沢病院院長)のもとで行うべく、長崎市の道ノ尾病院に赴任。現在、主に東京に本社を置く企業6社での産業医も務める(2017年9月現在)

▼尾林先生のキャリアについてのインタビュー記事
サラリーマンを経て産業医に――企業にフルコミットする、独自のスタイルを構築する尾林 誉史先生


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