事例から見る産業医の権限強化のポイント

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労働安全衛生法が改正され、事業者は2019年4月から、産業医に対して労働時間に関する情報や、産業医が労働者の健康管理を適切に行うために必要な情報を提供しなければならないとされました。株式会社エムステージは2018年12月、企業の人事労務担当者向けのセミナー「働き方改革と産業医の機能強化」(ティーペック株式会社協賛)を主催。産業医の山越志保氏(株式会社さくら事務所)が講演し、実際に産業医として経験した事例とともに、産業医への情報開示のポイントを話しました。その一部を紹介します。


山越 志保(やまこし・しほ)


医師/医学博士/日本産業衛生学会専攻医/社会学系専門医/労働衛生コンサルトタント/日本医師会認定産業医

福島県立医科大学卒業。都内クリニック内科医として勤務しながら、日本医師会認定産業医・労働衛生コンサルタントを取得し、産業医としての業務を開始。これまでさまざまな企業で、産業医業務を担ってきた。現在は、株式会社さくら事務所を設立し、臨床と産業医活動を行う。


私は内科医として都内クリニックで勤務をしながら、会社を設立し、さまざまな企業で産業医活動をしています。本日は私が産業医として就任した企業の事例から、企業の人事労務の方が産業医に情報を開示する上でのポイントをお伝えします。


アニメ関連企業で嘱託産業医に就任



産業医歴7年くらいの時の事例です。成人男性向けにアニメゲームを開発する会社に、嘱託産業医として就任しました。その会社は200人規模で、当時トップデザイナーは月残業時間だけで200時間をざらに超えている状態。メンタルヘルス不調者は続出しており、休職者も数人いました。

当時から人事担当者には産業保健の知識もあり、本気で「長時間労働を減らしたい」「しっかりと社員の健康管理をしたい」と考えていました。しかし、問題が山積みで、何から手をつけていいかがわからない、という様子でした。近くで開業をしていた医師が産業医として選任されていましたが、面談をしても社員が休職、退職していく流れが止められず、休職者を復帰させることも難しかったようです。会社はその産業医から「プロの産業医にお願いしてはどうでしょうか」と言われ、産業医を交代することになりました。 


そんな状況で、私が新しい産業医として就任したのです。最初は完全にアウェイな感じでした。特に前任の産業医に慣れていた社員たちからはブーイングの嵐!

長時間労働からメンタルヘルス不調になり、休職から退職になるという社員が多い中、社員たちは前任の産業医時代の流れから、産業医面談を受けること=「会社員人生の墓場に行く」と考えていたようです

長時間労働者はそもそも産業医面談を希望しませんし、人事担当者が健康相談のための産業医面談を設定しても、社員は決して乗り気ではありませんでした。


どのように対応するべきか悩みましたが、まずは衛生委員会開催、職場巡視、定期健診の事後措置、産業医面談など基本的な産業医活動を丁寧に続けました。少しずつ信頼を積み重ねたことで、産業医面談を受けてくれる社員がぽつぽつと出てくるようになりました。人事担当者以外の社員の声が聞けるようになると、会社の風土や仕組み、体制、人間関係がわかってきます。人事担当者が必ずしも、自分の会社の課題をすべてわかっているわけではありませんから、現場からの生の声はとても大切です。この期間を通して、私は、この会社の社員は「仕事=趣味」の人が多く、食事、睡眠など生活が乱れていることを知りました。


全社員に対話型グループ健康研修を実施



その会社の産業医に就任して2年目。私は人事担当者に、全社員を対象にした4~5人単位の対話型グループ健康研修をすることを提案しました。社員への健康知識の共有や普及、産業医の存在のアピール、産業医に相談しやすい環境づくりが目的です。テーマに、糖尿病と食事、VDT症候群とストレッチ体操、メンタルヘルスケアなどを取り上げました。

※VDT症候群 

パソコンやスマホなどのディスプレイを長時間見続けながら作業することによって起こる目、身体、心に生じる不調

この研修の結果、社員に産業医の存在や役割がよく知られるようになりました。


研修で重視したのは、参加社員の事前情報


なおかつ、この研修で私が重視したのは、参加社員の事前情報です。主に業務に関わる次の六つの健康情報を、人事担当者に依頼し、産業医である私に開示してもらいました。

①現在、どの部署でどんな業務をしているか

②欠勤や遅刻、労働時間など勤怠の様子

③仕事の責任の範囲、仕事のパフォーマンス

④職場の人間関係、上司との関係

⑤(必要があれば)プライベートで離婚や妊娠・出産、死別など重大なことは起きていないか

⑥これまでの定期健診の結果

六つの事前情報を踏まえることができたので、研修中はそれぞれの社員に合った対応ができたのではないかと思います。そして、研修の時には社員一人一人に名札を付けてもらい、極力、社員の名前と顔を覚えるように努力しました。これによって信頼関係が構築でき、気軽に産業医面談に来られる雰囲気が生まれました。たくさんの面談を通じて、現場の声と聞くことで、会社に寄り添ったアドバイスができるようになったのではないかと考えています。



人事担当者の長年の悩みであった長時間労働や、社員の健康問題は、どう変わったでしょうか。


① メンタルヘルス不調者が休職に至る前に、早期に問題に介入、対応ができるようになりました。このため、メンタルヘルス不調についても、こじらせる前に解決できる事例が増えました。


② メンタルヘルス不調から休職した中で、復職できる社員が増えました。これは、現場の声を職場環境づくりや体制づくりに反映した結果です。休職していた社員が復職するときに、上司に指示を出し、段階的に業務量や業務レベルを上げていくなどの対応策を導入しました。


③ 管理職を含めた全社員の中で、働き方に対する意識が変わり、残業時間が減りました。


産業医への信頼と情報開示、積極的な協力が鍵


最後に改めて、この会社の事例のポイントをお伝えします。

・会社が早い段階から、産業医を信頼して、社員の業務や健康に関する情報を詳細に産業医に開示したこと。産業医の提案に対して積極的に協力したこと


・そのため、比較的短い期間で、産業医が会社の状況を把握することができ、会社に寄り添った助言ができたこと

です。


みなさんの会社はいかがでしょうか。

産業医に依頼する業務を型通りなものだけで終わらせていませんか。
現在の産業医との信頼関係はいかがですか。

自社にどんな課題があるか産業医に伝え、積極的に相談していますか。そして、産業医が求める情報を開示していますか。

ぜひこれをきっかけに、それぞれの会社の状況をもう一度見つめ直していただけると幸いです。




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