【人事向け】休職・復職対応、ここが残念!マニュアル活用のススメ(前編)

最終更新日:2020年5月15日


職場でメンタル疾患を理由に休む人が出たとき、人事担当者はどう対応すればよいだろうか。また明らかにメンタルヘルス不調の人がいるときは?あるいはすでに休んでいる人が復帰したいと言ってきたら?

忙しい人事業務であるがゆえ、どうしても対症療法になりがちな休職・復職対応に明確な指針とtodoを提示したい。そんな思いから、エムステージではこのほど『メンタルヘルスの休職・復職マニュアル』を作成。

これまで分厚い専門書かガイドラインのようなものしかなく、人事担当者は実務にあたって「今、何をすればいいのか」に迷うことが多く、休職や復職の適切なプロセスが分からなかった。

マニュアルの監修にあたった社労士の舘野聡子さんと、産業医 山越志保先生に、企業でよくあるメンタルヘルス不調により休職に至ったケース、こうなる前にこうしておけば大事に至らなかったというケースを例に、メンタルヘルス不調が発生した時人事担当者がまずすべきことはなにか、またマニュアルの勘所についても話してもらった。


▼ 産業医と社労士が監修した休職復職対応マニュアルはこちら

休職・復職の「オリジナル対応」をしている企業が多すぎる


――先生は産業医としてご活躍ですが、休職・復職対応における現場の事例で、課題が大きいと感じるケースはどういったものがありますか?


 

山越 メンタルヘルス不調の早期におけるサインの見逃し初期対応のまずさが多いですね。中には、上司が部下の業務・職場環境を把握しておらず、本人からの訴えもあったのに、見過ごして、メンタル疾患が悪化したという例があります。

山越 志保やまこし しほ)/日本医師会認定産業医/労働衛生コンサルトタント(保健衛生)


都内の病院で内科医として勤務しながら、日本医師会認定産業医・労働衛生コンサルタントを取得し、産業医としての業務を開始。これまで多岐にわたる企業で、産業医業務を担ってきた。現在は、株式会社さくら事務所を設立し、臨床と産業医活動を行っている。

メンタルヘルス疾患が悪化し、休職した事例

休職の状況

あるIT企業で若手の社員がクライアントの会社に「客先常駐」の仕事をしていました。

客先の現場には先輩や上司はおらず、クライアントや他社の派遣社員のみ。自社の上司とは、月1回ミーティングがあるだけ。上司は普段本社にいて部下の実質的な業務体制や業務量などを全く把握できていませんでした

その若手社員は客先にいわば一人で放置され、先輩や上司に業務相談もできない状況のなかで、クライアントからはうるさく納期を急かされるようになり、しばらくすると契約外の業務を指示されるようになりました

※ちなみに、上司は若手社員がクライアントから契約外業務を指示されているという事実を知りませんでした。

なかなか契約外業務を断ることもできず、上司にも相談できず、つらかったといいます。同時期にプライベートでは、地方にいる父親の入院介護も重なりました。


休職に関する誤った初期対応

あるとき、月1回のミーティングでその若手社員は思わず『仕事がつらい』と涙ぐんでしまったのですが、当時、上司はその若手社員の能力不足による甘えのようなものであり、父親の入院介護も重なった一時的なものであろうと軽く考えていました。

上司はその事実を問題視せず職場環境の改善はなされないままでした。1ヶ月後、その人の勤怠が乱れ始めました。

遅刻や有給の不規則な消化が増え、平日出勤しようとすると腹痛、吐き気がとまらなくなり、ついに2週間休職しました。


企業の勝手な判断がメンタルヘルス悪化を招く

休職時にも上司は本人と面談をしましたが『病院に行く』よう促すのではなく「EAP(従業員支援プログラム)を社内制度として導入したので、EAPのカウンセリングをうけてみてはどうか?カウンセリングによって仕事のストレスも軽減する」と言いました。

しかも、「今回は特に長時間労働もなく、休職2週間後の本人との面接でも大丈夫そうだったので、元の職場に戻した」のです。

後日、産業医との打ち合わせの際に、上司が「大丈夫そう」と判断した根拠について尋ねると、明確な理由はなく、しかも腹部症状の経過、睡眠状況、現在の生活などを確認したわけではなく、上司の見た目で勝手に大丈夫そうと判断しただけなのです

当然、この時点でも、人事担当者にも何も相談がないままでした。それが涙ぐんでから2ヶ月目。


山越 その後また、若手社員は客先に出勤できなくなり、『抑うつ状態』の診断書が提出されました。でも上司は相変わらず一連のメンタルヘルス不調について、本人の仕事のパフォーマンスが低いかもしくは、父親の病気が原因で精神的に不安定になっていたと勝手な自己解釈していました。そして翌月、産業医の訪問日前日にようやく初めて上司から人事担当者に相談があり、そして、人事担当者から産業医に産業医面談の相談があったのです。


舘野 最初の兆候が見えてから、対処せずに放置して、悪化させている、よくあるケースですね。


舘野 聡子(たての さとこ)/特定社会保険労務士/シニア産業カウンセラー/メンタルヘルス法務主任者/株式会社ISOCIA代表取締役

大学で労働法を学び、大手流通系企業に勤務後、社会保険労務士事務所に勤務。ハラスメント問題に関するコンサルティング企業、産業医事務所でのメンタルヘルス対応担当を経て現在に至る。特定社会保険労務士としての知識と経験、シニア産業カウンセラーとしてのカウンセリングスキルとメンタルヘルスの知識を統合した対応を得意とする。


山越 メンタルヘルス不調の人に、場当たり的に「オリジナルな対応」をしていると感じます

休職・復職規定を定めていない会社もまだまだたくさんあります。定めていても、それに則っていないこともあります。あるいはメンタルヘルス不調者を出さないための基本的なしくみが整っていないところが多いですね。


 

舘野 このケースの問題点をいくつか挙げましょう。

企業側で「ラインケア」ができていない

一番重大なのは、上司が部下の勤務状況を知らず、上司に問題が上がってこない点です。

上司など管理監督者が行う“ラインケア”ができていません。

客先常駐のため、より慎重なケアが求められるところ、コミュニケーションが希薄だったことも影響しているでしょう。


メンタルヘルス不調の兆候が見過ごされた

そして、上司が面談している最中に、当人が泣き出すのは明らかに様子がおかしいわけですが、人事担当者に相談していない。

産業医や人事担当者には連絡されていませんでした。つまり、兆候が出ているのに問題ないと見過ごされてその後も同じ現場で同じく仕事をさせて悪化させているのです。


上司の認識不足

それから、休職しはじめても家族の病気がメンタルヘルス不調の原因と考えていて、会社は仕事が原因だという事実から目をそらしていました。

上司による本質的な職場環境の改善がなかったからメンタルが悪化したのに、EAPを入れれば対処できると思っているのではないでしょうか。

もちろんカウンセリングの効果も期待はできますが、それ以前に上司は部下のメンタル状態を把握しケアすることが職務だと認識していない


山越 管理職研修ではメンタルヘルス教育がなされていないようですね。衛生管理者資格を持つ人事担当者も、この問題をうつの診断書が出るまで把握していませんでした。衛生管理者なら4つのケアについて学習していて、知識としては知っているはずです。


4つのケアとは

1. セルフケア
自分自身で行うケア。労働者が自らのストレスに気付き、予防対処し、また事業者はそれを支援すること。

2. ラインケア
上司など管理監督者が行うケア。日常的な職場環境の把握と改善、部下の相談対応を行うことです。今回できていなかったのが特にここ。

3. 事業場内産業保健スタッフ等によるケア
企業の産業医、保健師や人事労務管理スタッフが行うケア。労働者や管理監督者等の支援や、具体的なメンタルヘルス対策の企画立案を行うこと。

4. 事業場外資源によるケア
会社以外の専門的な機関や専門家を活用し、 その支援を受けること。


でも字面で覚えているだけで、なかなか、実際に企業内で起こっている事例と、現場の状況と結びつけて考えられていないんですね。

先ほどのケースでも人事担当者は衛生管理者資格を取得する際の講習の中で『4つのケア』を勉強して、知識として知っていたのですが、今回の若手社員の事例でどのように行動したらいいかに結び付けて考えられていませんでした。

そこで、改めて、このケースでの4つのケアは何だったのか解説すると『そういうことだったんですか?!』と言われて、産業医である私のほうが驚きました。


▼ 山越先生、舘野先生が監修した休職復職対応マニュアルはこちら


企業の休職・復職対応「NGあるある」


――そのほかにもお二人が見聞きされただめな対応や、まずい対処の典型例があれば教えて下さい。


山越 いくつかお伝えできます。


ケース①:人事労務担当者から、復職者への継続フォローがない

メンタルヘルス不調で面談をした人のその後についての経過報告がないということがよくあります。たとえ症状がよくなっていてもしばらくは継続的に把握してフォローすべきなのにしていないのです。そして、産業医としても、その後の経過は非常に気になりますし、把握しておくべきことですよね。

メンタルヘルスについては、平成16年に厚生労働省から『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』というものが発表されております。

職場復帰支援の流れ

第一のステップ:病気休業開始及び休業中のケア

第二のステップ:主治医による職場復帰可能の判断

第三のステップ:職場復帰の可否の判断及び職場復帰支援プラン作成

第四のステップ:最終的な職場復帰の決定

(職場復帰)

第五のステップ:職場復帰後のフォローアップ


メンタルヘルス不調での休職・復職した社員については、職場復帰後のフォローアップまでを職場復帰支援のステップとしているのに、最後の大切なステップができていない企業もあります。


ケース②:メンタルヘルス不調者に対応する専門家が社内にいない

特に若手社員に対して、メンター制度を導入して満足しているという例もありました。メンターはライン外で法的な責任範囲になく、業務の把握や管理はできません。しかもメンター役の社員自身にカウンセリングなどのテクニックがないと務まらないことがほとんどです。このため、実際に、メンターが若手社員と世間話をするだけで終了となっている事例もあるようです。


ケース③:企業のメンタルヘルス休職に関する知識不足

それから、うつが単なる気質とか気分の問題と思われているのも問題です。明らかに職場に問題があるために起こっていることなのに、それを認めず、本人の性格・特性、もしくは家庭の問題が原因とするのですね。これは、上司や同僚だけでなく、時には人事担当者ですらそう捉えるケースもあるようです。


ケース④:メンタルヘルス不調者の放置

メンタルヘルス不調で休んでもケアせず放置している会社も散見されます。しかも休んだらやめる(退職する)ので面談をしたことがないと言い放たれたこともありました。休職が多いが戻ってきた(復職した)ことがなく、戻ってこられないようなしくみになってさえいる。

舘野 復職を望んでいるのになかなか復職のプロセスに乗らない、という例も時々あって、会社の体制の不備を感じる時がありますね。

あとは山越先生も指摘されたように、就業規則にそもそもきちんとした休職や復職の規定がない。あるいはあっても手続きが周知されていない、手続きに則っていないということも多いです。

試用期間中の社員は休職制度の除外となっているのに休職させてしまったということもありました。就業規則に規定がない事柄を独自に判断しているケースは多いです

また、就業規則は運用の際に簡単に例外をつくるべきではないと考えています。ケースごとに違う対応をしてしまうと、規定を作った意味がなくなってしまいますし、どういう対応をすべきなのか、その都度悩むことになってしまいます。


最悪なケース、面倒なケース「安全配慮義務」を踏まえた対応がなされていない!


―ーそのような例が重なると、メンタルヘルス不調が増える、離職が増えるだけにとどまらないのではと思いますが、考えうる最悪なケースや、面倒なケースというのはどんなものですか。


舘野 電通の過労死自殺が社会問題になったのは、確実に企業経営者を震撼させたと思います。しかし、自殺ではなくても会社が対応を誤ったと訴えられることは十分ありうるのです。

それは「安全配慮義務※」がなされていないということです。最初の例などがそうですね。

上司が部下の業務状況を把握できず、事態を改善する努力を怠っていた。メンタルヘルス不調は気づきにくいのでとくに注意が必要です。

冒頭の例のように、業務量、労働時間を正確に把握していない、「働くことが大変」といい、体調不良になっているのにヒアリングしていない、泣いているのに放置して、かつ体調を悪化させているというのは、会社が社員の健康に十分な安全配慮義務を尽くしていないといわれかねないリスクがあります

長時間労働、パワハラ、セクハラがないかどうかを把握する、体調不良が見られたら産業医につないで悪化しないように対応するなど、上司の適切な管理がないのは企業にとって大きなリスクだと認識してほしいです

※「安全配慮義務」とは、企業側が労働者に対して安全に働くことができるよう準備や配慮をする義務のこと

―ー冒頭の例は離職した人が訴訟を起こしていませんが、訴訟される可能性もあったということですね。


舘野 職場で労働時間を把握せず長時間労働が常態化し、体調管理もしないまま、メンタルヘルス疾患の人がどんどん出ているようだと、裁判で会社の安全配慮義務違反を問いたいという人も出てくる可能性があります。

潜在的にメンタルヘルス不調の人がたくさんいるのに何もしていないということは会社にとってとても大きなリスクなんです

これまで何もなかったと思っているなら、「たまたま訴えられなくてラッキーだっただけです

それだけではありません。就業規則や休職復職に関する対応のプロセスを定めていないと、労働者からの強硬な要求に対応できなくなってしまいます。

たとえば、メンタルヘルス疾患が職場に原因があるといって、労災申請を会社に強く要求する人。弁護士に相談していると言われると、会社の担当者は対応に慣れていないのもあって、慌ててしまい対応が後手に回る、一貫性のない対応になってしまっていることがとても多い。

もちろん、本人が労災認定をしたいと申し出があれば、会社には協力する義務があります。

問題は休職復職に関連して発生しうるリスクを認識しておらず、会社として何をどこまですればいいかを規則規程やプロセスに落として運用していないことです


最近は病気療養中の本人に代わって家族(配偶者)が会社に交渉に出てくる例もあります。

親御さんに対して「弊社ではこのようなルールに従ってきちんとやってますと言えますか?そのためには休職・復職規定を定め、機能する体制づくりをすることしかないのです。

第一、やめる人が増えると今後の採用にも差し障るのは必至です。

また、職場でメンタルヘルスヘルス不調が出ると、まわりのパフォーマンスも落ちますし、さらにやめていく人を誘発する悪循環につながりかねません。働き方改革の長時間労働是正の観点から産業医選任に焦点があたっている今こそしくみづくりをする好機だと思います


>>では、メンタルヘルス不調が出たときまず人事がすべき対応は?(後編へ)

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舘野聡子

舘野聡子

たての・さとこ 株式会社ISOCIA 代表取締役/特定社会保険労務士/シニア産業カウンセラー/キャリアコンサルタント/メンタルヘルス法務主任者 民間企業に勤務後、社労士事務所に勤務。その後「ハラスメント対策」中心のコンサル会社にて電話相談および問題解決のためのコンサルティング、研修業務に従事。産業医業務を行う企業で、予防のためのメンタルヘルス対策とメンタル疾患の人へのカウンセリングに従事。2015年に社労士として独立開業、株式会社エムステージでは産業医紹介事業の立ち上げにかかわる。

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