【カスハラ対応】企業が取り組むべき従業員のメンタルヘルス対策
カスタマーハラスメント(以下カスハラ)とは、顧客や取引先から受ける嫌がらせや迷惑行為です。東京都ではカスハラ防止条例の制定を検討するなど、社会的問題として注目されています。
カスハラによって仕事に対する不安が高まったり、意欲が低下したりする可能性があり、重大な場合は労災を引き起こす恐れがあります。企業として、カスハラから従業員を守る取組を推進していく必要があるでしょう。
本記事では、カスハラ対応について、言動や行動に関する事例や企業ができる対策を解説します。労災認定の基準や相談窓口の適切な体制についても紹介しますので、参考にしてみてください。
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カスハラ(カスタマーハラスメント)とは?
カスハラとは、厚生労働省のマニュアルによると、以下のように定義されています。
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相応なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
引用:カスタマーハラスメント対策企業マニュアル│厚生労働省
顧客や取引先からの「理不尽で常識の範囲を超えた要求」が原因で、従業員が通常通り働けない状態をカスハラと呼びます。
セクハラやパワハラに比べて相談件数が増加
カスハラは、セクハラやパワハラなどの他のハラスメントと比較して、従業員からの相談件数が増加傾向にあります。
令和5年度からの過去3年間でハラスメントに関する相談があったと回答した企業の割合は以下の通りで、カスハラは3位です。パワハラやセクハラに次ぐハラスメントとして相談件数が増加しています。
図1.過去3年間のハラスメントの相談有無(ハラスメントの種類別)
出典:令和5年度 厚生労働省委託事業職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)│厚生労働省
また、以下の図のように過去3年間の相談件数の推移に関して、カスハラは特に「相談件数が増加した」と回答する企業の割合が多く、対応に悩みを抱える従業員の割合も増えつつあることがうかがえます。
図2.過去3年間に相談があった企業における相談件数の推移(ハラスメントの種類別)
出典:令和5年度 厚生労働省委託事業職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)│厚生労働省
カスハラと正当なクレームの違い
カスハラは顧客からの理不尽な要求を指しますが、正当なクレームとの線引きが難しいと感じたこともあるのではないでしょうか。正当なクレームをカスハラとして対応すると、企業イメージを損ねたり、改善点を見いだせなかったりするなどの問題が生じます。
カスハラ対応においては、迷惑行為かどうかの判断が重要となります。判断基準としては、前述のカスハラの定義が参考になりますが、具体的に判断しにくいケースもあるでしょう。
以下の4つはカスハラとして多い行為例です。
顧客からの申出であったとしても、以下のような行為に該当する場合は、カスハラにあたる可能性があります。
迷惑行為 |
具体例 |
長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム |
・1時間を超える長時間の拘束、居座り |
名誉毀損・侮辱・ひどい暴言 |
・大声で執拗にオペレーターを責める |
金品や土下座などの不当な要求 |
・言いがかりや私物の故障への金銭要求 |
脅迫や暴行、傷害行為 |
・殴る、蹴るなどの暴力行為 |
適切なカスハラ対策が企業に求められる3つの理由
1.カスハラによる従業員の不調を予防するため
カスハラへの対応は、従業員に多大なストレスがかかります。業務上のパフォーマンスを低下させるだけでなく、重症化するとメンタルヘルス不調を引き起こす可能性があり、結果として休職や退職につながる恐れもあります。
生産性の維持や人材確保のためにも、カスハラに適切に対処する相談体制の整備が求められます。
2.企業の利益を守るため
カスハラに該当する要求に応じ続けると、利益の損失につながる場合があります。
謝罪対応や長時間の拘束は、従業員の労働時間の浪費になります。また、要求に応じてサービスの値下げをしたり、代替品の準備を行ったりすると金銭的な損失につながるでしょう。さらに、悪評がSNSに拡散され、企業イメージが低下する可能性もあります。
時間や金銭、イメージの面から企業の利益を守るためにも、カスハラには毅然とした対応が求められます。
3.法的リスクに対応するため
過去には企業がカスハラ対策を適切に講じなかったために、従業員から損害賠償請求をされたケースもあります。トラブルへの対応を十分に行っていれば賠償責任が認められなかった事例もあり、適切な対策が必要です。
企業はハラスメント関係指針で定められている3つの取組を推進し、法的リスクに対応できる体制を整える必要があります。詳しくは次章で解説いたします。
- 適切な相談体制の整備
- 被害者配慮のための取組
- 被害防止のための取組
参考:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針│厚生労働省
カスハラは労災認定される?
2023年9月より、「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」が改正され、カスハラ関連の出来事が労災認定の基準として追加されました。カスハラの内容によっては、業務が原因で精神障害が発病した場合、労災に認定される可能性があります。
具体的には、以下の項目9、項目27がカスハラ関連の出来事に該当します。
心理的負荷 |
項目9:顧客や取引先から対応が困難な注文や要求等を受けた |
【強】の例 |
・業績の悪化が明らかであるなど、通常なら拒むような注文を、重要な顧客や取引先からのものであるために受け、事後対応に多大な労力を費やした |
【中】の例 |
・納品物の不備など、指摘の内容は妥当だが対応困難な要求を受けて、事後対応を行った |
【弱】の例 |
・要望が示されたが、達成を強く求めるものではなく、業務内容や業務量に大きな変化はなかった |
心理的負荷 |
項目27:顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた |
【強】の例 |
・治療を要するレベルの暴行や人格や人間性を否定する言動、一般常識から逸脱した迷惑行為を繰り返し受けた |
【中】の例 |
・治療を要さないレベルの暴行を受けた |
【弱】の例 |
・「中」に至らないレベルの言動を受けた |
引用:心理的負荷による精神障害の認定基準について│厚生労働省をもとに作成
心理的負荷の強度が「強」であり、発症した精神障害が業務に起因するものと判断されると、労災と認定されます。カスハラによる心理的負荷の平均的な強度は「Ⅱ(中)」とされており、単独では労災認定基準の「強」になりにくいでしょう。
ただ、「中」の出来事でも、迷惑行為に対して会社が事後対応を取らず改善されなかった場合、「強」と認定される可能性があります。カスハラ事案が生じたときは、心理的負荷の程度を把握し、従業員のケアや事後対応を行いましょう。
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企業が実践するべきカスハラ対策
では、企業は具体的にどのようなカスハラ対策を実践すればよいのでしょうか。事前対策と事後対策にわけて解説します。
カスハラが起きる前の対策
カスハラが起きたときに対応できるよう、企業の方針を定めた上で、相談窓口や対応マニュアルを整備します。また、従業員への教育や研修を実施し、周知を図ります。
1.カスハラに対する企業方針の明確化と周知
企業としてカスハラ対策の方針を明確に示し、従業員に周知しましょう。方針が明確になると、従業員がカスハラに対して発言したり、取組を推進したりしやすくなります。
企業方針には、以下のような内容を含めることが推奨されています。自社の商品やサービス内容に応じてカスハラを定義し、どのような姿勢で対応するかを明記しましょう。
- カスハラに該当する行為の定義
- カスハラは重大な問題であり、放置せず、毅然とした対応をする
- 従業員の人権を尊重し、カスハラから守る
- 常識の範囲を超えた要求や言動を受けたら、相談してほしいこと
2.相談体制の整備
カスハラを受けた従業員が早急に相談できるよう、相談対応者を決めておきましょう。管理監督者を主とした現場レベルの対応と、社内のハラスメント相談窓口やヘルプラインの対応など、2段階での相談体制を構築することがおすすめです。
管理監督者は、ハラスメント事案への一時対応や事実確認、関係部署との連携を行います。当事者への事実確認や関連部署への報告の方法についてマニュアル化し、管理職に周知しておく必要があります。
カスハラによる気分の落ち込みや欠勤、遅刻などが見られる場合、社内の相談窓口や専門家へつなげましょう。産業医や保健師などの専門スタッフが常駐していなかったり、迅速な対応ができなかったりする場合には、外部のオンライン面談サービスを利用するのもおすすめです。
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3.対応マニュアルの策定
カスハラに対しては、一貫した対応が重要です。担当者によって対応にばらつきがあると、迷惑行為がエスカレートする可能性があります。現場対応に関して一元化したマニュアルを策定し、対応を統一しましょう。
マニュアルに関しては、自社の業務内容や人員体制、カスハラの事例を勘案しつつ作成します。行為別の代表的な対応例としては、以下のような対応が挙げられますので、参考にしてみてください。
カスハラ行為 |
対応策 |
時間拘束、リピート |
居座りや繰り返しの電話を止めるよう毅然と対応する |
暴言、脅迫 |
退去を求めるとともに、名誉毀損や侮辱的発言は、後で事実確認ができるよう録音しておく |
暴行 |
警備員との連携を強化し、警察に速やかに連絡するなど、従業員の安全を優先する |
セクシャルハラスメント |
つきまとい行為に関する録音、録画などで証拠を残し、対象者に警告を行う。場合によっては出入り禁止や通報を検討する |
4.従業員への教育と研修
正社員だけでなくアルバイトも含んだ全従業員を対象とし、定期的に教育研修を実施しましょう。対応方法のマニュアルや、顧客への接し方のポイントなど、パターン別に紹介します。
相談対応者を担う管理監督者への教育も重要です。現場の状況や事実関係の把握、上層部への報告、顧客対応、当事者のケアなど多岐にわたる役割を学ぶ研修を行いましょう。
参考:カスタマーハラスメント対策企業マニュアル│厚生労働省
カスハラが起きた後の対策
カスハラが発生した後の従業員への対応として、現場での事実確認やケア、再発防止のための対策が求められます。
1.事実確認と適切な対応
現場対応では、顧客に対して誠意ある対応をしつつも、正しい事実確認が必要です。事実確認が取れていない段階で企業の落ち度を認めて謝罪してしまうと、迷惑行為をエスカレートさせる可能性があります。限定的な謝罪にとどめるとよいでしょう。
また、暴力行為やつきまとい行為は管理監督者へ引き継ぐなど、行為のレベルに応じて速やかに対応しましょう。特に、警察や弁護士など法的機関との連携を想定して、録音や録画などの証拠を残しておくことが重要です。
そして、管理監督者やハラスメント対応部署と情報を共有し、企業として一貫した対応ができる体制を整えましょう。
2.従業員の安全確保とメンタルヘルスケア
現場対応では、従業員の身の安全を最優先しましょう。顧客から距離を取る、必要に応じて警察への通報を行うなど、従業員の安全を確保するよう努めます。
カスハラ被害による精神面の影響への配慮も必要です。ハラスメントの影響に関する調査では、心身の影響として「怒りや不満、不安などを感じた」「仕事に対する意欲が減退した」とネガティブな気分を感じるケースが多いとされています。
心身の影響は、慢性化するとメンタルヘルス不調に陥る可能性もあります。定期的にストレスチェックを行い、メンタルヘルス不調の兆候が見られる場合は専門家に相談対応を依頼するとよいでしょう。
また、明確な不調でなくても意欲が低下し、生産性が下がる可能性もあります。ストレスチェック結果の集団分析を行うことによって、部署やグループごとのストレス状態や課題が明らかになり、カスハラによるメンタルヘルス不調の予防や改善につなげることができます。
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3.再発防止
カスハラによる悪影響を少なくするため、再発防止のための対策も必要です。カスハラへの適切な対応方法について研修を通じて伝えます。特に、どのような事例がトラブルに発展しやすいかを共有し、定期的にケース対応を協議する取組を行いましょう。
参考:カスタマーハラスメント対策企業マニュアル│厚生労働省
参考:令和5年度 厚生労働省委託事業職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)│厚生労働省
カスハラに対する企業の方針事例
カスハラに対して、企業はどのような方針を示せばよいのでしょうか。企業方針の例を3社紹介します。
JR東日本
従業員の能力を最大限に発揮できる安全な職場環境を確保することが、顧客サービスの質につながるとし、カスハラ方針を明示しています。その上で、カスハラへの対応姿勢として、以下の方針を明記しています。
グループで働く社員一人ひとりを守るため、カスタマーハラスメントが行われた場合には、お客さまへの対応をいたしません。
引用:カスタマーハラスメントに対する方針│JR東日本
「カスハラには対応しない」と明記するのは、顧客第一を掲げるサービス業にとっては覚悟が必要な宣言だといえます。しかし、カスハラから従業員を守る姿勢が社内外に伝わり、従業員は安心して業務を行えるでしょう。
任天堂株式会社
任天堂株式会社では、2022年にカスハラに関する規定を制定しました。カスハラに該当する迷惑行為を定義し、悪質と判断した場合は警察や弁護士などへ連絡することを明示しています。具体的には以下の項目をカスハラ行為としています。
侮辱、人格を否定する発言
保証の範囲を超えた無償修理の要求など、社会通念上過剰なサービス提供の要求
SNSやインターネット上での誹謗中傷
引用:カスタマーハラスメントについて│任天堂サポートより一部抜粋
一般的なカスハラ行為以外にも、修理要求やSNSでの誹謗中傷など、同社サービスに合わせた行為例を記載している点が特徴です。
フリー株式会社
会計クラウドシステムを展開するフリー株式会社は、2023年2月にプレスリリースとしてカスハラに関する方針を発表しました。社内対応として、カスハラ被害者へのケアが明記されている点が特徴です。
社内対応
・カスタマーハラスメント専門チームの立ち上げ
・専門窓口の設置及び、連携フローの周知
・カスタマーハラスメント被害者のケア
・適切な対応に向けた外部専門機関への相談引用:カスタマーハラスメントに対するfreeeの考え方│フリー株式会社
一次対応者がメンタリングを受けられる環境設定や事実確認は管理監督者に行うなど、二次的被害を防ぐ取組を推進しています。メンタルヘルスケアを丁寧に行うことで、従業員の安心感につながっています。
参考:カスタマーハラスメントへの取組により従業員の安心感を獲得!|あかるい職場応援団
従業員が安心して相談できる体制づくりが必要
従業員の心身の安全を守るだけでなく、企業イメージの保持や法的リスクの回避など、企業の存続のためには適切なカスハラへの対策が求められます。カスハラ事案が発生したときの現場対応や相談報告フローを明確に定め、企業一丸となって対策に取り組んでいきましょう。
また、カスハラが及ぼす精神的な影響にも配慮する必要があります。従業員自身が心身の不調を自覚し、相談できる体制を整備することが求められますが、中には「社内で相談すると評価に影響するのではないか」と心配して、困っていても相談をしないケースもあるでしょう。従業員が気軽に相談できるように、社外の相談窓口を設置するのもおすすめです。
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