〈経験者に聞く〉今、注目が高まる「専属産業医」という働き方のやりがいとキャリア
健康経営への関心が高まると同時に、産業医の資格を持つ医師の中では「専属産業医」という働き方にも注目度が上がっています。
大手製薬会社で専属産業医のご経験を持つ濱田章裕先生に、専属産業医を志したきっかけや、やりがいについてお話を伺いました。
社会に直接関われる医師を志し、産業医という働き方を選んだ
はじめに、先生のご略歴を教えてください。
産業医の濱田章裕と申します。
初期臨床研修修了後は精神科を専攻し、精神科臨床に携わりながら嘱託産業医や専属産業医として、製薬会社や保険会社といった企業で活動してきました。
現在も、専属産業医として業務に取り組む傍ら、精神科医としても活動しています。
もともと、医学の道へ進もうとお考えだったのでしょうか。
私の実家が病院を営んでおり、医師である家族の姿を見て育ちました。
ですので、自然と自分も「将来は医師になるのかもしれない」と想像することもありました。
しかし一方で、企業や社会を動かすビジネスマンへの憧れもあり、自動車のデザイナーになりたいと考えていたこともあったのです(笑)。
そのようにして、実は医師になるか否かで迷っていた時期がありました。
産業医を志したことに、どのようなきっかけがありましたか。
大学時代に公衆衛生学の分野に触れたこと。そして、何よりも、初期臨床研修で専属産業医の業務を体験したことで、産業医が「医療分野だけでなく、様々な分野と密接に関わりがあり、社会に対してよりダイレクトに貢献できる職業だ」と実感し、この仕事に大きな興味が湧きました。
実際に大手の製薬会社で専属産業医として働き始めてみると「ただ単に職場の産業保健活動について知っていれば良い」ということではなく、やはり経営やビジネスの感性も必要だと実感しました。
専属産業医の仕事内容と、心がけていること
「社会に直接関われる医師」を目指したことが、専属産業医という働き方を選んだ理由になったのですね。
そうです。
専属産業医として働いたことで、社会との強いつながりを実感しました。
従業員の健康回復およびパフォーマンスアップ、さらにはそれが部署や企業全体の業績へとつながる様子を垣間見て、自分が産業医として取り組んだ活動の成果が社会にも反映される、これが「社会に直接関われる医師」を目指している自分にはぴったりだと感じました。
やはり、嘱託産業医よりも専属産業医の方が、企業に訪問する頻度が多く、滞在している時間も長いので、より企業側の事情を察知でき改善に貢献できると考えました。それが専属産業医という働き方を選んだ理由になっています。
日頃、産業医として活動する上で心がけていることはありますか。
産業医の仕事は多岐にわたりますが、基本的には「いかに早期発見・介入でグレー(境界域の健康状態)を白(健康な状態)に戻すか」そして「どうやって白をもっと白く(より健康な状態)するか」という部分が根幹になると考えています。
また、これを実現するためには、企業と従業員の両方から信頼を得ておくことが欠かせませんので、信頼関係を構築することは常に心がけています。
例えば、産業医が各種の判断を行う際、従業員に対する安全配慮上の措置を行うのはもちろんなのですが、それが現場や企業全体にとって経営上の損失となる可能性もあるわけですので、双方の事情を注意深く考慮し決定するといった慎重な判断が求められますよね。
その一方で、産業医が企業にとって単に都合の良い存在にならないよう、従業員や人事とも等しくコミュニケーションを取り、中立性を確保することにも注意しています。
企業・従業員との信頼関係を築くために、どのような活動を行っていますか。
まずは「産業医」という存在を職場に知ってもらうことが大切だと考えていますので、社内報やサイネージなどを通じて自分の存在をアピールしています。
他には、新人研修の場も活用して「産業医とは何か」「何をしてくれる存在なのか」というメッセージを発信するようにしてきました。
とにかく産業医を身近に感じてもらい、従業員が相談しやすい環境をつくる。
こうすることで、職場の「黄色信号」に素早く気付くことが可能となり、健康経営につながる活動が可能になります。
専属産業医のやりがいは「個人の健康維持」のみならず、「パフォーマンスの向上」と「部署や会社の業績」へと結果が反映されること
専属産業医のやりがいについて教えてください。
これは、専属産業医に限らず産業医として一般的に言えることですが、産業医として起こしたアクションが、従業員の疾病予防や体調改善につながり、それによって個人のパフォーマンスが向上し、そしてそれが部署や会社の業績に反映された時に、大きなやりがいを感じます。
また、産業医としての仕事のやりがいは、企業側(特に人事労務担当者)の産業保健へのモチベーションとも密接な関係があります。
例えば、産業医がやる気に満ちていても企業側の産業保健活動へのモチベーションが低い場合には、お互いが納得のいく活動にはつながらないでしょう。
ですので、先ほどの信頼関係の話もそうですが、企業側をいかに“その気”にさせる産業保健活動を行っていくことが大切になるのです。
濱田先生は「産業医のキャリア形成」についてどのようにお考えですか。
臨床と並行する形で、産業医の業務を嘱託から始められる方が大多数だと思いますが、実際に産業医として活動をしてきて、その中でキャリアを積んでいくということに難しさも感じています。
しかし、臨床医と産業医を並行しつつキャリア形成をしていくことで、産業医の業務が、一層深みや幅をもつのではないかとも考えます。
キャリアアップには産業医の紹介会社を活用するのもいいかもしれません。
先ほどお話したような、企業と産業医の間で“モチベーションの温度差”があるような場合でも、紹介会社が間に入って双方の性質を見極めてくれた上でうまく調整してくれることがあり、産業保健活動に対する目標(ヴィジョン)のすり合わせが上手くいくケースも多いのではと思います。
今後、企業からはどのような存在の産業医が求められていくとお考えですか。
新型コロナウイルスの対応など、企業が自社の健康について見つめなおすきっかけになっているのは間違いありません。
そのような中では、産業医の存在が単なる企業のセーフティネットとして機能するだけでなく、社員の安全確保はもちろんのこと、さらなるパフォーマンス向上を目指し、会社の業績を向上させていく役割も求められていくと考えます。
先進的な健康経営に取り組む企業の中には、産業医を始めとする医師を役員として登用しているところもあるようです。
それくらい、健康に対し投資することの価値に注目が高まっています。
今後、より一層産業医への期待が高まってくることが考えられますので、常にそのニーズに応えられるような産業医が求められると思います。
<プロフィール>
濱田章裕(はまだ・あきひろ)
精神科医/産業医
慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科にて中規模事業場の産業保健活動についての研究に従事。
精神科臨床に携わる傍ら、複数の中小企業での産業医経験を経て、現在は都内の大手企業にて専属産業医として勤務。
アートや家具と医学の関係性、より社会に開かれた医療、に関心がある。
CYPAR メディカルアドヴァイザー。
『六本木未来大学クリエイティブ・カウンセリングルーム』連載中