【インタビュー】高年齢社員の健康管理・産業保健活動のポイント・亀田高志氏
「人生100年時代」が提唱され、企業で働く高年齢者も増加しており、キャリアとともに培った技術を有する高年齢労働者の活躍に注目が集まっています。
企業が知っておきたい、高年齢者の健康管理・メンタルヘルスといった産業保健活動のポイントについて、亀田高志先生にお話をうかがいました。(取材:サンポナビ編集部)
増える高年齢労働者の現状と課題
少子高齢化の問題は1980年代から指摘されてきた
――まずはご略歴について教えていただけますか?
はじめまして、亀田高志と申します。産業医科大学医学部を卒業後、大手企業専属産業医や産業医科大学講師を経て、2016年まで産業医科大学設立による株式会社産業医大ソリューションズの創業社長と専門コンサルタントを10年ほど務めました。
現在は社会保険労務士がメンタルヘルス対策を学ぶ健康企業推進研究会も主宰し、日本産業衛生学会エイジマネジメント研究会世話人等も務めています。
――高年齢労働者に対する健康管理の行政施策はどのように進められてきたのでしょうか?
まず旧労働省の施策として、55歳から60歳に雇用が延長されることも想定した「シルバーヘルスプラン」が展開されました。
その後、全年齢に対する健康増進対策から「トータルヘルスプロモーションプラン」が展開されましたが、バブル崩壊後から現在に至るまで低調となっています。
少子高齢化の問題等によって、就労年齢が60歳から65歳と徐々に延長し、「働き方改革」でも高年齢者の就業促進が掲げられました。さらには、70歳定年努力義務化が検討され、法改正が見込まれているという状況です。
並行して、厚生労働省では「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」が開催されており、中間報告書が近々公表される予定となっています。
――高年齢従業員を雇用する上で注意したいことはどんなことでしょうか?
高年齢従業員が働く上で課題となるのは、50歳代から増加していく労災事故(死傷災害)です。また、女性の労災発生が増えていることも問題となっています。
その他、就労年齢が高まることで、がん、動脈硬化性疾患あるいは心血管イベント、筋骨格系疾患等を抱えた労働者の増加が問題になります。
さらに労働者の心身の負担が懸念される点には「親等の介護」に向きあうケースが出てきますし、若年性認知症など、これまでは稀であったケースも増加してくるのではないかと想定しています。
高年齢従業員が抱える「病気」「親の介護」への対応
――高年齢従業員と病気に対して、企業はどのような姿勢で向き合うべきでしょうか?
がんは男性で半数強、女性で半数弱が生涯にわたり罹患する可能性がある健康問題ですので、がんについては健康教育の中で啓発し続けることが大切です。
また、がんは一般定期健康診断ではカバーされていないことから、高年齢従業員に対しては別途でがん検診の受診を勧めていくなどの対応が必要だと考えます。
その際、精密検査の受診が日本では他の先進国と比べて低調ですので、一般定期健康診断と同様に、精密検査を推奨し、可能な限り受診の有無までフォローします。
――その他、高年齢従業員に必要なフォローはありますか?
高年齢従業員に対する健康面の対応としては、心身の機能低下に関するフォローも必要になります。
それには下肢筋力やバランス感覚等の維持と改善を保健指導等を通じて定着させていくことになります。
従来から一般定期健康診断とその事後措置は、生活習慣病としての動脈硬化性疾患への対応に偏りすぎていると感じます。これを見直していくことは法令改正等の順守だけでは簡単ではないでしょうが、事業所や企業単位で自律的に考えることは十分に可能であると考えています。
――親の介護をしながら働く従業員に対して、企業は何ができるのでしょうか?
従業員の親が認知症などの疑いがある場合ですが、まずは産業医などの産業保健スタッフに相談できることを、企業として啓発することが大切です。
そうすることによって、従業員の親をまずは医療機関に受診させ、診断や治療を受けられるように勧めてあげることも、産業医にはできるのです。
並行して、社会保障制度やその資源について、自治体の窓口に紹介してもらうように伝えることや、人事部門と連携し、介護休職等の制度を紹介しながら、就労を継続できるように支援していくことも可能となります。
くれぐれも従業員本人や配偶者だけで介護を行うことは避け、介護保険制度等を最大限活用しながら、自身と配偶者の健康維持を最優先にすることを啓発していくことも大切です。
高年齢従業員のメンタルヘルスをどうフォローしていくか
――高年齢従業員の場合「上司が年下」という問題もありますよね
これについては働く人の意識の変革をしていくことが大切です。
大前提として「年功序列」や「男尊女卑」といった日本にある慣習や文化、考え方がこれからは職場の活性化を妨げるという問題意識が大切です。
そして、今後は「70歳以上まで働き続けることが標準的になる」ということを人事部門とともに産業医や産業保健スタッフから職場に啓発、教育してもらうことも必要です。
これからの時代は「年下の上司」というパターンは珍しくなくなるのであり、その際のコミュニケーションについては、メンタルヘルス対策の一環としての研修を催すことも検討できます。
また、年長の部下に対して悩む「年下の上司」の相談相手としての役割も、産業医や産業保健スタッフには期待が集まるのではないかと思います。
――高年齢従業員への健康管理について、ポイントを教えていただけますか?
高年齢労働者に対する労働安全衛生・健康管理対策には「エイジアクション100」という中央労働災害防止協会による“ツール”を活用することが効果的です。
これは、アクションチェックリストに類似した方式で、事業所の規模や労働衛生管理体制の状況に応じて、柔軟に使用できるようになっています。
また、基本的なインフラとなる労働安全・衛生管理の現状のチェックにも役立ちます。
衛生委員会あるいは安全衛生委員会の場やその関係者でこのチェックリストを定期的に確認し、改善に向けた取組みを行います。その評価と再計画という「PDCAサイクル」を展開しやすいデザインとなっています。
インターネット上には、その元になった委員会の報告書も公開されており、エイジアクション100の中には、実行、改善のために参照できる、中央労働災害防止協会による膨大なパンフレット等も親切に紹介されています。
「エイジアクション100」(中央労働災害防止協会)
――最後に、企業の人事労務担当者や経営者に向けたメッセージをお願いします。
少子化によって近年の出生数は100万人を大きく下回り、直近では86万人(2019年度)まで減少しており、将来的には益々若年層の採用が厳しいものとなってきます。
そうした中で「人生100年時代」が叫ばれる時代に「70歳でも働くこと」は標準的なものとなるでしょう。
産業保健の大切さは高年齢従業員に限った話ではありません。
若年層からの肥満等の傾向が中高年層における動脈硬化性疾患等の早期の合併症につながるとの知見が出されてきています。つまり高年齢労働者の問題だけでなく、全ての年齢層に必要な対策を行う必要性が明らかになりつつあります。
こうした考え方は年齢に関わりなく働くことができることを目指すという「エイジマネジメント」という考え方につながっているのです。
目下の高年齢労働者への労働安全衛生・健康管理対策だけではなく、全ての年齢層に対策を行っていく必要があるということも、これを機会に認識していただければ幸いです。
〈プロフィール〉
亀田高志(かめだ・たかし)
1991年産業医科大学医学部卒。11年間日米の大手企業専属産業医に従事し、産業医科大学講師を経て、2006年10月から産業医科大学設立による(株)産業医大ソリューションズの創業社長を務める。2016年5月に任期満了退任し、現職専従となる。
日本内科学会認定内科医、労働衛生コンサルタント等の資格を持ち、九州を中心とする社会保険労務士が健康管理やメンタルヘルス対策を学ぶ健康企業推進研究会を主宰。
エイジマネジメント研究会世話人のほか、福岡産業保健総合支援センター相談員、国際EAP協会日本支部理事も務める。
一般向けの著書は「課題ごとに解決!健康経営マニュアル」、「社労士がすぐに使える!メンタルヘルス実務対応の知識とスキル」(以上、日本法令)、「65歳定年に向けた人事処遇制度の見直し実務」(分担)、「改訂版 人事担当者のためのメンタルヘルス復職支援」、「管理職のためのメンタルヘルス・マネジメント」、「ゼロから始める ストレスチェック制度導入マニュアル」、「自然災害時の労務管理の実務」(分担)(以上、労務行政研究所)、「健康診断という病」(日経プレミアシリーズ・日経新聞出版社)など
●亀田高志先生が連載中の記事
・「jinjour」(労政時報)「緊急解説:⼈事が取り組む新型コロナウイルス感染症対策」
・「日経BizGate」(日本経済新聞)「経営層のための新型コロナ対策」
●亀田高志先生の近刊書籍(2020年4月刊行)
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