医師でありマジシャン!平野井啓一先生の波乱に満ちた半生


産業医として働く先生には、実はユニークな方がたくさんいらっしゃいます。今回お話をうかがったのは、その中でも珍しい二足のわらじを履く「医師でありながらマジシャンでもある」平野井啓一先生。

株式会社メディカル・マジック・ジャパンという法人を持ち、メディカル部門では産業医として首都圏を中心に約20社のサポートを、マジック部門では様々な場所でマジックを行っています。

一風変わった肩書をお持ちの平野井先生の半生は、やはり一般的な医師の経歴とは異なるものでした。

平野井 啓一(ひらのい けいいち)

​​​​​​​

株式会社メディカル・マジック・ジャパン代表取締役

日本産業衛生学会専門医/労働衛生コンサルタント(保健衛生)/日本内科学会認定内科医/作業環境測定士(第二種)/衛生工学衛生管理者

医師であり、マジシャン。現在はファーストリテイリング、日本マクドナルド、ホテルニューオータニ等約20社の嘱託産業医を務める。

(取材当日は、たくさんのマジックを見せていただきました!)


1浪でマジックに目覚め、2浪でマジック専門店通い、3浪で医大合格


――どんな経緯で、医師とマジシャンの二足のわらじを履くことになったのですか。ご両親が、医師かマジシャンでいらっしゃるのでしょうか。


いえ、父は建築業でした。

物心ついたときから祖母が難病を患っていたので、母が自宅で介護している姿を長年にわたり間近で見ていました。そのときに芽生えた「病気で困っている人やその家族を助けたいという思いが医師としての素地になっています

そして、マジックにハマったのは実は浪人時代なんです


高校在学中に医師を目指す決意をしたんですが、本当に勉強ができなくて…。当然ながら現役合格はならず、浪人しました。

当時医学部を目指す友達の多くは、仙台の予備校へ行きました。でも、一緒に行ってしまうと遊んでしまうなと思い、自分は秋田に残って自宅浪人することを決めました。それが浪人1年目です。


始めは一生懸命勉強していましたが、3か月くらいで力尽きてきました。勉強するのが辛くなりました。そんなとき通っていた図書館で、たまたま手に取ったのがマジックの本だったんです。そこからは、受験勉強から逃げたい一心でマジックに夢中になりました。来る日も来る日も、10時間近くマジックの練習をしていたんです。さすがに途中から勉強も再開しましたが、残念ながら大学は落ちてしましました。


ひとりで勉強することに限界を感じたので、浪人2年目は仙台の予備校に通うため寮に入りました。

実は、仙台にはマジックの専門店がありまして。地元の秋田にはなかったので、本物のマジックを目の前で見ることができ、とても刺激になりました。また予備校での授業もわかりやすく、学力も順調に伸びていきました。しかしあと一歩力及ばず浪人3年目を迎えます。


――途中で「もう受験を辞めてしまおう」と思ったことはなかったのでしょうか?


高校時代に成績が良かったら、もたなかったと思います。元々の成績が悪かったのが幸いしました。高校時代は本当に成績が悪かったので、浪人を重ねるたびに成績が上がっていったんです。この手応えがあったから、続けられたんでしょう。

家族が応援してくれていたので、今度こそ期待に応えなくては…という気持ちもありました。


大学3年時に実家の会社が倒産!授業料が払えず除籍の危機に!?


――3年の浪人の後、医学部に入学されたのですね。


はい。「医者になれなかったら、マジシャンになろうと覚悟していた3浪目で秋田大学の医学部に合格し、秋田に帰りました。その頃は、卒業したらそのまま秋田で医師になろうと考えていたんです。ところが、大学3年時に父の経営していた会社が倒産し、学費が払えないという窮地に陥ります。銀行口座も差し押さえられ、「明日中に学費を納めないと除籍」というところまで追い詰められました。最終的には、奨学金を現金で受け取って納入に行き、ギリギリ除籍を免れたんですが。


自力で学費を工面しなければならなかったので、奨学金を3つ借りました。そのうちのひとつが宮城厚生協会という医療グループで、奨学金を受給した期間と同じだけ系列の病院で働けば返還免除という条件だったんです。そこで、卒業後は宮城厚生協会の病院に入り、初期研修と内科研修を受けました。


――奨学金返済のために、入学時に考えていらした進路を変更されたのですね?


そうです。秋田からまた宮城に戻ってくることになるとは思いませんでした。でも、3つの奨学金を返済しながら実家の家族を養わなければなりませんから、悠長なことは言っていられません。とにかく医師になって稼ぐことが最優先。ちゃんと稼いで奨学金を返済し家族を路頭に迷わせないこと以外、考える余裕がなかったのが正直なところです。


研修後の進路を考えるにあたって一番気にしたのも、経済的なことです。医局に入るべきか、市中病院に就職すべきか。医局に入ると、年収はだいぶ低くなってしまいます。医局に所属して奨学金を返済し、かつ家族を支えていくのは難しいと判断しました。

「自分の経済的な足かせをはずすには、どうすれば良いんだろう?」と考えていたとき、縁あって「東京で集中して稼いでみては?」と、健診機関と救急当直の非常勤の仕事を紹介されました。


関東に来て出会った「マジックの師匠」はお蕎麦屋さん


――ここでも、意外な進路が拓けたのですね。


そうですね。卒業後も秋田にいるつもりだったのが、奨学金を借りることになり研修医時代は宮城へ。そして今度は生計を支えるために関東へ。

まさか東京で働くことになるとは、医学部に入学した当初は予想もしなかったことです。


土地勘が全くなかったので、仲介してくださった方に、「健診機関は東京と神奈川に多いから、どちらへ行くにも便利な川崎が良い」と言われるがまま川崎に部屋を借りました。

月曜日から土曜日までは健診機関で、その他に月に数日当直を行う、がむしゃらに働く生活のスタートです。。


健診機関での仕事は毎日違う場所に出向かなければなりませんが、到着してしまえば仕事そのものは難しくありません。一言で言えば楽な仕事ですが、医師としてのスキルアップはあまり望めません。漠然とした違和感を感じながら仕事をしていました。

そんなとき、マジック関連の知り合いから横浜に日本有数のマジシャンがいると教えてもらったのがマジックの師匠との出会いでした


――そのマジックの師匠というのは、どういった方だったのですか?


私は、「本業が医師で副業がマジシャン」ですが、師匠は、「本業がマジシャンで副業はお蕎麦屋さん」でした。趣味の蕎麦打ちが高じて蕎麦屋を始めたという方なんです。


最初はどのくらい凄いマジシャンかもわからず半信半疑で会いに行ったんですが、私が10年練習していてもできなかったことをいとも簡単にやってしまう姿を見て感銘を受けると同時に、自分の独学の限界を思い知りました。

そこで、「マジックを教えてあげるよという師匠の好意に甘えて弟子入りすることに。それからは、仕事が終わると蕎麦屋に直行しました。その頃は、毎日のように蕎麦を食べていましたね。

(取材中も、次々に披露される先生のマジック)


「産業医の師匠」との出会いが人生の転機に


――マジックの師匠に出会って、まずは“マジシャンとしてのスキルアップ”が叶ったのですね。そうなると、“医師としてのスキルアップ”についても、気になります。


独学ではなくなり、マジックの腕は磨かれました。しかし、健診業務を繰り返す毎日では、内科医としてのスキルは落ちていく一方。「医師は生活のための手段、自分はマジシャンと割り切れれば楽だったのかもしれませんが自分の本業はやはり医師。これは変えられません。


関東での生活が2年目に入ったあたりから、奨学金の返済が進み一段落してきたこともあり、「一生このままで良いのだろうか」と真剣に悩み始めました。友達は医局に所属して専門医資格を取得するという医師の王道を歩いている人ばかり。とはいえ、当時30代だった自分が今から医局に入ったらどんな扱いになるのだろうという不安もありました。


そこでまず、「取れる資格は取っておこう」と頭を切り替え、認定内科医と医師会の認定産業医の資格を取得することにしたんです。


――そのときは、産業医になるおつもりではなかったのですね。どのようなきっかけで、産業医になろうと思われたのでしょうか。


認定産業医の資格を取るためには、通算7日に及ぶ講習会を受けなくてはなりません。ただ、試験はないので、「とりあえず資格が欲しいから、行って座って話を聞く」という受け身の受講者が大勢います。私もその一人だったんです。


しかし、最初に登壇した浜口伝博先生の話を聞いて、目が醒めました。浜口先生は、産業医としてしっかり取り組んでいる人なら、知らない人はいないくらい有名な産業医です。産業医科大学を卒業後、まだ産業医のポジションが今ほど確立されていない時代から、それまで受動的だった産業医の仕事をアグレッシブに変えていった先駆者でもあります。


その講義の中で聞いた「病気になった人を治すのも医者の仕事なら、働いている人が仕事で病気にならないようにするのも医者の仕事という言葉が私の人生を変えました

マイナスを減らしてあげるのも医者の仕事だけど、マイナスにならないように、そして少しでもプラスを増やしてあげるのも医者の仕事。

働いている人が病気にならないよう、さらに元気になるように、幸せな方向に持って行ける産業医という仕事は何て素晴らしいのだろうと思いました。

臨床医の仕事は好きでしたが、患者さんと笑って話すのが好きな自分にとって産業医はぴったりなんじゃないかと思ったんです。それが、後に産業医の師匠となる浜口先生との出会いでした。


医師としての基軸がなく、悶々と「この後、自分はどうしたら良いんだろう」と一人さまよっているときに「これだ!」というものに出会えたんです。ここが、これまでの人生で一番の転機だったと思います。


講習会を終えて認定産業医の資格を取得したときは、「これで産業医の仕事を引き受けられる!」と大きな一歩を踏み出したことを実感しました。


――予想外の関東行きは、マジシャンの師匠と産業医の師匠、2つの出会いをもたらしたのですね。次回は2つのキャリアを掛け合わせた「マジシャン産業医」としてのお仕事ぶりについて聞かせてください

>>後編へ続く


文/ 松山あれい  編集/サンポナビ編集部


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