<産業医コラム>長時間労働をすることの何が問題なのか。理由を説明できますか?
皆様、普段から従業員や自分自身の残業時間の管理をされているかと思います。
長時間残業している従業員に対して、残業時間を減らすように指導したり(されたり)、産業医や保健師の面談を設定しているのではないかと思います。
しかし、長時間労働は「どういう理由で」問題なのでしょうか?「過労死」をしないように法律で決められている、36協定で決まっている、のは知っているけど、その医学的根拠はご存じでしょうか。
今回は、長時間労働がなぜここまで管理されているのか、その医学的な理由を整理してみます。
月45時間を超える時間外労働は、長ければ長いほど脳・心臓疾患の発症・死亡リスクを上げる
これまでの多くの研究から、長時間労働によって、身体的なストレスが原因で脳疾患(脳出血・脳梗塞)・心臓疾患(心筋梗塞など)を発症と死亡するリスクが上がることが知られています。その理由として、以下の2つの要素が知られています。
- ストレスで直接体に起こる変化(生体反応):長時間労働によってストレスホルモンが分泌され、高血圧や不整脈(心房細動)を起こしたり、免疫系や自律神経系への影響が起こったりする
- ストレスによって起こる行動変化:ストレスによって、喫煙量増加、飲酒量増加、身体活動量の低下(運動量の低下)、不健康な食事の増加、睡眠障害が起こる
このような変化の影響は労働時間が長くなるほど顕著になり、週の労働時間が55時間以上(=時間外労働時間に置き換えると、月60時間以上)で脳・心臓疾患発症リスクが上がることが知られています。
その一方で、多くの研究で睡眠時間が6時間未満になると、脳・心臓疾患の発症・死亡のリスクが上がることが知られています。
これを踏まえて、国民の生活調査から、生活に必要な時間などを考慮して6時間睡眠が確保できる、ギリギリの時間外労働時間が月80時間と概算されています。
<計算の詳細>
基本労働時間+昼休み(9時間)+ 通勤1時間 + 生活に必要な時間(食事、入浴、余暇など)4時間→合計14時間→残り10時間
残り10時間のうち、
残業が1日に4時間あると(残業 4×20日=80時間/月)睡眠時間が6時間になる
残業が1日に5時間あると(残業 5×20日=100時間/月)睡眠時間が5時間になる
こうした理由で、
時間外労働が80時間を超える→睡眠時間が6時間未満になるに可能性が高い、という考えの下、残業時間80時間、100時間で労災認定されたり、産業医面談が検討される基準となっている、医学的な根拠となっています。
同様の計算から、残業が1日に2時間程度(≒月45時間)以下であれば、睡眠時間は7.5時間程度確保可能であるため、疲労は蓄積しない可能性が高い、と考えられています。実際、これまで脳・心臓疾患に関わる労災支給は、時間外労働時間45時間未満の場合に支給されたケースはありません。
では、労働時間に関しては、時間だけ注意していれは、リスクはないのでしょうか?
答えはもちろんNOです。
労働時間以外の負荷要因として様々な要素があるため、面談などで総合的に判断する
労働時間以外に負荷がかかる要因として、
- 不規則な勤務(スケジュール変更の頻度など)
- 拘束時間の長さ
- 移動の頻度(出張、時差など)
- 交代制・深夜勤務(勤務間インターバル)
- 作業環境(熱い・寒い、騒音、時差)
- 心理的負荷を伴う業務
などの要素が知られています。
この中でも、注目すべきは心理的負荷を伴う業務です。仕事の要求度が高く、コントロールが低く(裁量が少ない)、周囲からの支援が少ない、という場合に、心理的負荷が高くなり、脳・心臓疾患のリスクが高くなることが知られています。
これらの要素を総合的に判断することが必要なため、産業医や保健師による面談によって、負荷の程度や本人の状況を見ておく必要があるわけです。
長時間労働になっても、産業医面談さえやっておけばいいんでしょ?→だめです
ただし、ここで注意したいこととして、「長時間労働になってしまったけど、産業医面談を行っていれば大丈夫!」というのは大きな誤りです。
例え産業医面談をやっていたとしても、長時間労働をしていた事実は変わらず、もちろん面談をしたからといって、その時点での脳・心臓疾患の発症リスクが下がるわけではありません。したがって、従業員が倒れた場合には、会社側は責任を問われることになります。面談は、あくまで従業員の今後のリスクを下げる、職場の労働環境を改善するために行う、と思っていただくのがいいかと思います。
ここまで、脳・心臓疾患との関連があることはわかりました。では、長時間労働と精神障害の発症リスクの関連はあるのでしょうか?
長時間労働は、精神障害の発症リスクを上げるとは言えないが、睡眠不足になるとリスクが上がる可能性がある
イメージとしては、長時間労働が続くと、うつ病などの精神障害の発症リスクもあがるような気がするかもしれません。しかし、心理的ストレスが精神障害の原因になることは明らかになっている一方で、実は労働時間と精神的負担の関連性があるという見解は得られていません。
むしろ、長時間労働であっても、睡眠時間が6時間以上保たれていればリスクは上がらないが、6時間未満になると、うつ状態の発症リスクが上がる、という報告もあります(Nakata A,2011)。また、精神障害に関しては、労働時間の長さに関わらず、労働に関連した質的負荷(ストレスの強さ)が影響する、とも言われています。したがって、長時間労働ではないからといって、精神障害の発症リスクが低いわけではありませんが、極端な長時間労働は当然それだけで睡眠時間への影響やストレスも増えますし、ほかにも多くの要素があるため、注意が必要です。
以上、長時間労働に関する医学的な知見を紹介しました。これらの情報を把握したうえで、労災認定基準などを確認すると、理解が深まるかと思います。
<参考文献>
- 脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(2021)
- Global, regional, and national burdens of ischemic heart disease and stroke attributable to exposure to long working hours for 194 countries, 2000–2016: A systematic analysis from the WHO/ILO Joint Estimates of the Work-related Burden of Disease and Injury
文章出典:人事・総務向け「ウェルビーイング経営」サポートメディア「ウェルナレ」専門家記事より寄稿