〈解説:島津明人先生〉ワーク・エンゲイジメントを活かした職場づくり

ワーク・エンゲイジメントとは

写真はイメージです

心理学では2000年前後から、人間の有する強みやパフォーマンスなどポジティブな要因にも注目する動きが出始めました。

このような動きの中で新しく提唱された概念の1つが、ワーク・エンゲイジメント(Work Engagement:島津, 2022)です。

ワーク・エンゲイジメントとは、活力、熱意、没頭の3つがそろった状態であり、バーンアウト(燃え尽き)の対概念として位置づけられています。

ワーク・エンゲイジメントの高い人は、仕事に誇りややりがいを感じ、主体的に取り組み、活き活きと働いているのに対して、バーンアウトした人は、仕事でエネルギーを使い果たし、疲れ果て、仕事への熱意や自信が低下しています。


ワーク・エンゲイジメントが注目される背景

わが国では、日本再興戦略において健康経営の推進が重点化されるなど、経営戦略の一部として労働者の健康支援に取り組む動きが加速してきました。

また、働き方改革、治療と就労の両立支援、仕事と子育て・介護との両立支援、高齢者や女性の就労促進などの動きが活発化しており、多様な人材が「いきいきと働く」ことができる環境整備が、これまで以上に求められるようになりました。

2022年6月に閣議決定された骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)では、人材を人件費といったコストではなく、新しい価値を生み出す資本と捉え、働く人のエンゲイジメントを高めることを目指した働き方改革を進めることが示されています。

国際的に見ると、国際連合による持続可能な開発目標では、「3.すべての人に健康と福祉を」「8.働きがいも経済成長も」に見られるように、健康、働きがい、経済成長は世界共通の開発目標に位置づけられています。

これらの変化は、職場のメンタルヘルス活動の目的を、精神的不調への対応やその予防にとどめるのではなく、組織や個人の活性化も視野に入れ、広い意味での労働者の「こころの健康」の支援につなげることを示唆しています。


ワーク・エンゲイジメントを高めるには

ワーク・エンゲイジメントは、心身の健康と生産性の両方に関連する概念であり、ワーク・エンゲイジメントを高めることで、健康の維持増進と生産性の向上を同時に図ることができます。

そのため、ワーク・エンゲイジメントは、産業保健と経営とをつなぐ鍵概念として、近年、特に注目されています。

ワーク・エンゲイジメントを高める際の鍵となるのが、「仕事の資源」と「個人の資源」です。

これらは、仕事や個人の持つ強みとも言えます。

たとえば、職場において、コミュニケーションが活発である、チームワークが良い、成長が実感できる、公正で適切な評価・報酬が得られるなどは仕事の資源であり、仕事を行う際の自信の高さ(自己効力感)、失敗してもしなやかに状況に対処することができる粘り強さ(レジリエンス)、困難な状況でも明るい見通しを持つことができる希望や楽観性などは個人の資源です。

つまり、仕事や個人の持つ強みを伸ばすことで、ワーク・エンゲイジメントが高まり、健康や生産性の向上につながるのです。


コロナ禍におけるメンタルヘルスとワーク・エンゲイジメント

コロナ禍によって広がってきたテレワークなどの新しい働き方は、柔軟な働き方を促進しメンタルヘルスやワーク・エンゲイジメントを高めそうですが、そのデメリットも指摘されています。

たとえば、労働時間の延長、ワーク・ライフ・バランスの悪化、孤立や孤独感の悪化、退屈の増加などが挙げられています。実際、日本生産性本部による「第9回働く人の意識調査」(https://www.jpc-net.jp/research/detail/005805.html)では、在宅勤務により効率が上がった人は約60%に留まっており、残りの人は効率が下がっています。

そのため、テレワークを含む新しい働き方については、そのメリットとともにデメリットにも注目し、どんな人によりメリット(デメリット)があるのかを、詳細に検討する必要があります。


健康経営におけるワーク・エンゲイジメント

従業員が、仕事に誇りややりがいを感じ、主体的に取り組み、活き活きと働くことは、従業員個人だけでなく、企業経営にとっても重要です。

なぜなら、ワーク・エンゲイジメントが高い従業員は、各自の役割をきちんと遂行するだけでなく、自己啓発、創造的な行動、利他的な行動が増え、組織全体のパフォーマンスを高めることにつながるからです。

たとえば、大手小売業では、ワーク・エンゲイジメントが高い売り場ほど売上高が高いことが明らかにされていますし(https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/21090004.html)、上場企業では、従業員のワーク・エンゲイジメントが高いほど利益率も高いことが分かっています(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD262JG0W2A420C2000000/)

令和3年度健康経営度調査には、「従業員の生産性や組織の活性度などについて、どのような指標を測定しているか」という設問が設定され、その選択肢として「ワーク・エンゲイジメントを定期的に測定している」が提示されています。

現在、ワーク・エンゲイジメントの測定指標として世界で最も広く使われているのが、ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(UWES)で、その信頼性と妥当性が科学的に確認されています。

UWESについては、研究目的での使用は無料となりますが、商用目的での使用は原著者への問い合わせが必要となっています。

詳細は、筆者のウェブサイト(https://hp3.jp/tool/uwes)を参照下さい。


まとめ

本稿では、ワーク・エンゲイジメントに注目し、その考え方、背景、高め方、コロナ禍における現状、健康経営との関連について述べました。

従来の職場のメンタルヘルスでは、従業員や組織の弱みを支える活動を重視していましたが、ワーク・エンゲイジメントに注目した職場づくりでは、弱みを支えるだけでなく強みを伸ばす活動も重視しています。

ワーク・エンゲイジメント研究は、その概念が提唱された2000年ごろから実証研究が進んできましたが、ワーク・エンゲイジメントの支援方法の開発やその科学的検証は十分とは言えません。

今後、研究者と実務担当者(産業保健職、人事担当者など)とが協力しながら、科学的根拠にもとづくワーク・エンゲイジメントの支援方法を開発し、産業現場に普及・浸透させることが期待されています。

島津明人

島津明人

2000年早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程修了,博士(文学)。公認心理師,臨床心理士。早稲田大学助手,広島大学専任講師,同助教授,オランダ ユトレヒト大学客員研究員,東京大学准教授,北里大学教授を経て2019年4月より,慶應義塾大学総合政策学部・教授(現職)。専門は産業保健心理学,行動科学。主な著書に「新版ワーク・エンゲイジメント:ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を」(労働調査会, 2022)。

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