〈弁護士に聞いた〉「withコロナ時代」にこそ真価を問われるチーム“人事×産業保健×法務”
人事・産業保健・法務に関わる全てのプロフェッショナルが集う「日本産業保健法学会」
リモートによる取材:サンポナビ編集部 ※写真は2019年セミナー公演時のもの。
最初に、先生ご自身についてと、最近「新型コロナ労務Q&A」を発表して話題になっている「日本産業保健法学会」のことを教えていただけますか。
ではまず、簡単な自己紹介から。
鳥飼総合法律事務所(東京)に所属しております、弁護士の小島健一と申します。
これまで主に、人事労務と産業保健に関わる予防法務と紛争解決に携わってきましたが、近年益々、この2つの領域が重なり合う案件、つまり、いわゆる“大人の発達障害”がうかがわれる従業員の処遇問題を含め、病気や障害を持つ従業員に関する相談や紛争解決の依頼が急増しています。これらをテーマとする講演や執筆の依頼も増えており、これまでになくニーズと関心の高まりを感じています。
微力ながら私もお手伝いをしている「日本産業保健法学会」は、三柴丈典教授(近畿大学法学部)が呼び掛けの中心となり、2020年11月に正式発足する予定です。
この学会には、法学者や弁護士だけではなく、産業医、精神科医を始めとする臨床医、保健師・看護師、公認心理師やカウンセラー、社会保険労務士、労働安全や公衆衛生、人事、教育などの研究者・実務家まで、働くことと安全・健康に関わる様々な分野の専門家が参加します。
さらに今後は、広く労使の当事者やその関係者にも参加を呼び掛けていくことになります。
折しも、新型コロナウイルス感染症の流行拡大を受けて、当学会設立準備委員会では、弁護士と社会保険労務士からなるプロジェクトチームを結成し、三柴教授の監修のもと、新型コロナウイルス感染症の影響によって起きている代表的な労務問題について「新型コロナ労務Q&A」を制作し、5月初旬から学会ホームページで公表して好評をいただいています。
※「新型コロナ労務Q&A」はこちらの日本産業保健法学会のホームページでご覧になれます。
「産業保健法学会」は多様な分野の方々で構成されるのですね。
そこが、本学会の最大の特色です。
ここ20年、労働者の心身の健康問題に何らかの形で関わる労使紛争が増え続けてきました。今や労働事件の過半を占めているというのが実感です。
今年6月から企業に義務づけられたパワハラ防止も、その本質は個人と組織の健康問題と言えます。
人事や法務がこの事態に適応することが社会から要請されていることは明らかですが、それには大きなハードルがあります。
これまで、労働法の研究や実務は、起きてしまった紛争や被害について、責任を分担させ、加害者に制裁を加え、被害者を救済することに重点があり、紛争や被害の発生段階で当事者による解決を誘導し、さらには、紛争や被害の発生自体を効果的に予防することへの取り組みは十分とは言えませんでした。
かたや、産業医のところには、本来は人事や法務が主体的に対処すべき問題が日々持ち込まれています。意欲が高い産業医は、労働法を熱心に勉強し、まるで顧問弁護士のような役割を果たしています。
一方では、自分は労働組合の代わりをしているのではないかと吐露する産業医もいます。このような状況は、企業にも産業医自身にもリスクがあります。
産業保健と人事、法務のいずれもが、それぞれ相手を知り、互いに影響を与え合い、自らの役割を再定義するための「対話」のプラットフォームが求められています。それが、日本産業保健法学会が果たそうとする役割の一つです。
「新型コロナ労務Q&A」も、このような多様な立場の専門家が、活発な議論をしながら制作しています。
「新型コロナ×労務管理」解決への道しるべを示す
「新型コロナ労務Q&A」について詳しく教えてください。
新型コロナウイルス感染症によって激変する環境下で起こっている悩ましい労務問題への考え方について、「Q&A」形式で公開したものになります。
経営者や管理職、人事、健康管理、法務の担当者、産業医を初めとする産業保健職、そして働く人すべてにとって共通ともいえる疑問を抽出していますので、課題解決の助けとなるはずです。
こうした内容のものは、すでに厚生労働省、労働組合や法律事務所などからも発表されていますが、われわれの制作している「Q&A」では、過去の裁判例の深堀りと最新の法理論を踏まえ、産業保健や公衆衛生の研究者・実務家からの医学・科学的知見も取り入れ、さらに踏み込んだ内容を追及しています。
また、現場課題に解決の道筋をつけ、労使が「対話」するための“羅針盤”として活用していただくため、できる限り客観的であるように留意し、実務的な情報と法的な考え方を提供するように心がけています。
困難に直面している労使の当事者や実務家が、本質を見極め、自信をもって歩み出すことにお役に立てる内容に、より近づけているのではないかと思います。
特に注目されているQ&Aの内容はどのようなものでしょうか。
第1弾として公表されたQ&Aの中で特にアクセスが多かったのが、「Q2 在宅勤務と復職 ― 新型コロナウイルス流行に伴い会社が『従業員は原則在宅勤務』を決定したところ、メンタルヘルス不調により長らく休職していた従業員が在宅勤務での復職を希望した場合、会社は当該従業員の復職を許可すべきでしょうか?」という設問です。
第2弾として追加されたQ&Aにおいても、感染リスクを理由とする休職期間延長要求や出社拒否への対応(Q6)、基礎疾患のある従業員に就業させて感染し重症化した場合の会社や産業医の責任(Q7)、種々の感染防止対策を強制して従わない場合に懲戒処分することの是非(Q14)といった、感染症リスクのコントロールとテレワークへの適応に迫られた企業が直面する前例のない課題について、とりわけ注目が集まっているのではないかと思います。
「新型コロナ労務Q&A」は随時更新されており、今後もQ&Aが追加されていきますので、定期的にチェックしていただくことをおすすめします。
企業は従業員の「脆弱性」と「全体性」に対処せよ
新型コロナウイルスと共生してゆかざるをえない「withコロナ時代」の企業の課題について、どのように考えておられますか。
「withコロナ時代」における企業の最大の課題は、従業員の「脆弱性(weakness)」と「全体性(wholeness)」に対処することだと考えています。
まず、企業は、新型コロナウイルスの感染リスクと重症化リスクをマネジメントすること、感染への恐怖や働き方の劇的な変化によるメンタルヘルスの危機をケアすることといった、生身の人間である従業員の「脆弱性」を前提とした事業運営を構築する必要があります。
さらに、テレワーク・在宅勤務によって私生活と仕事のボーダーレス化が進み、学校が休校中の子どもの面倒、重症化リスクのある高年齢や基礎疾患のある家族を感染から守ることを含め、家事・育児・介護などの制約のある従業員が一般化することによって、企業は、私生活や家族を含む従業員の「全体性」を無視できなくなります。
健康や家族に懸念のない従業員がオフィスで長時間の仕事に没頭してくれることを所与の前提とする従来型の労務管理では、労働問題が頻発し、労使紛争の発生は避けられないでしょう。
最後に、今後、企業が力を入れるべき点について教えてください。
新型コロナウイルスへの対応は、企業によって大きな格差が生まれる結果となりました。
例えば、業務における感染リスクに配慮し、速やかにテレワークを導入した企業もあれば、ほとんど平時と変わらない活動をしていた企業もあるでしょう。今後の労働市場では、「テレワーク制度をどれだけ本気で導入しているか」が、求職者・新卒学生の仕事選びの基準になることが大いに考えられます。
新型コロナウイルスによって、わが国の「働き方改革」はようやく100年に1度の大変革期を迎えたといっても過言ではありません。この危機を生き抜くために、さらに、超高齢化する労働者や女性、外国人、障害者などの多様な労働者も活用する“総力戦”に企業が臨むためには、社内外をまたぐ“人事×産業保健×法務”のチーム力が問われることになります。
この「ウィズコロナ時代」のスタンダードに、企業がどこまで対応できるかが、企業の生き残りの鍵になるでしょう。
プロフィール:小島健一(こじま・けんいち)
鳥飼総合法律事務所(東京)パートナー弁護士。
http://www.torikai.gr.jp/author/ke-kojima
人事労務を専門とし、問題社員の処遇から組織・風土の改革、産業保健、障害者雇用まで、先手必勝の企業経営に貢献する紛争予防・迅速解決のコンサルティングを提供
メンタルヘルス不調やハラスメントが関わる深刻な案件も、早い段階から依頼者に寄り添い、解決まで支援
「メンタルヘルス/産業保健法務主任者」資格講座運営・認定委員など人事労務と産業保健を架橋する諸活動の他、「働き方改革」「健康経営」「精神/発達障害の就労支援」「治療と仕事の両立支援」等での著作・講演も多数