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<産業医コラム>暑熱順化:夏季の労働環境を安全に保つための戦略

暑熱順化:夏季の労働環境を安全に保つための戦略

暑い日が続いていますね。今年は地球温暖化やエルニーニョ現象の影響によって、昨年に引き続き猛暑が予想されています。
これからの時期、労働者が直面する最大のリスクの一つが熱中症です。
労働災害統計に目を向けても、令和5年における職場での熱中症※1による死傷者(死亡・休業4日以上)は1,045人(前年比218人増)と増えています。
これを月別で見てみると、7月8月の発生が全体の約8割を占めますが、実は4月から発生が始まっています。
体が暑さに慣れていない時期に気温が急上昇すると熱中症のリスクが高まります。
今年はいままでの熱中症対策に加えて、この時期から「暑熱順化」を取り入れていただければと思います。
 
本稿では、暑熱順化の重要性とその実施方法について解説します。
まず、簡単に熱中症のおさらいをしておきます。

※1参考:職場における熱中症による死傷災害の発生状況|厚生労働省

【熱中症のおさらい】

人は運動や仕事などで体を動かすと、体内で熱が作られて体温が上昇します。体温が上がった時は、汗をかくこと(発汗)による気化熱や、心拍数の上昇や皮膚血管拡張によって体の表面から空気中に熱を逃がす熱放散で、体温を調節しています。この体温の調節がうまくできなくなると、体の中に熱がたまって体温が上昇し、熱中症が引き起こされます。
 
では、なぜ「暑熱順化」によって熱中症のリスクが下がるのでしょう? 

暑熱順化とは、簡単にいうと「体が暑さに慣れること」です。
暑熱順化がすすむと、発汗量や皮膚血流量が増加し、発汗による気化熱や体の表面から熱を逃がす熱放散がしやすくなり、体温調節が上手になります。

そのほかにも暑熱順化した体の汗は、暑熱順化する前に比べて含まれるナトリウムイオン濃度が30〜40%低下します。そのため、ナトリウムなどの生命維持に必要なミネラルが汗と一緒に排出される量が減り、痙攣や意識障害などの症状が起こりにくくなります。
このようなことから暑熱順化すると同じ暑さ指数(WBGT)であっても熱中症になりにくくなるのです。
暑熱順化には個人差もありますが、数日から2週間程度かかります。本格的に暑くなる前から余裕をもって暑熱順化のための動きや活動を始め、暑さに備えましょう。

それでは具体的にはどのようにしたらよいのでしょうか。
端的に言うと「汗をかきやすい体づくり」です。
そのための方法の一例を企業の場合と個人の場合とをあげてみたいと思います。

【暑熱順化の方法―企業編―】

1.短時間から開始
初日は比較的涼しい時間帯に短時間(15-30分)から始め、徐々に時間を延長していきます。例えば、最初の週は毎日30分、次の週は1時間と段階的に増やすことが効果的です。
 
2.頻度の調整
暑熱順化は日々続けることが理想ですが、毎日ではなく週に3〜5日の実施でも効果があります。休日を挟むことで体の回復を促し、順化の効果を持続させます。
この場合、数日継続して休んでしまうと暑熱順化効果はなくなってしまいますので注意が必要です。
 
3.活動レベルの増加
暑熱順化の期間中は、初めは軽い活動から始め、徐々に作業の強度を増していくことが重要です。活動レベルを段階的に上げることで、体は暑さに対してより効果的に適応します。
 
4.環境を利用した調整
屋外作業の場合は、日影での作業から始め、少しずつ直射日光の下での作業時間を増やしていくことが望ましいです。

【暑熱順化―個人編―】

無理のない範囲で汗をかくことが大切です。
日常生活の中で、運動や入浴をすることで、汗をかき、体を暑さに慣れさせましょう。
 
1.ウォーキング・ジョギング
帰宅時にひと駅分歩く、外出時にできるだけ階段を使用するなど、意識して少し汗をかくような動きをしましょう。
目安として、ウォーキングの場合の時間は1回30分、ジョギングの場合の時間は1回15分、頻度は週5日程度です。
 
2.サイクリング
通勤や買い物など、日常の中で取り入れやすいのがサイクリングです。
目安として、時間は1回30分、頻度は週3回程度です。
 
3.室内での筋トレ・ストレッチ
室内では筋トレやストレッチで軽く汗をかくことができます。運動時の室内の温度には注意し、暑くなりすぎたり水分や塩分が不足したりしないようにしましょう。
目安として、時間は1回30分、頻度は週5回~毎日程度です。
 
4.入浴
シャワーのみで済ませず、湯船にお湯をはって入浴しましょう。入浴の前後に十分な水分と適度な塩分を補給し、入浴して適度に汗をかくと良いでしょう。湯の温度が高めの場合には時間は短め、湯の温度が低めの場合には少し長めの入浴することがおすすめです。
目安として入浴の頻度は2日に1回程度です。
 
ここでの運動量はあくまで目安であり個人差がありますので、ご自分に合わせて行ってください。
最後に留意点ですが、暑熱順化で熱中症になってしまっては元も子もないので、熱中症対策(状態観察や水分と塩分の補給など)を適切に行うことが重要です。
また、せっかく一度暑熱順化ができても、数日暑さから遠ざかると暑熱順化の効果は低くなってしまいますので、常に暑熱順化について意識しておくことも大切です。
それでは、これから来る夏を上手に乗り切っていきましょう!
 
参考:
・職場における熱中症予防対策マニュアル
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001098920.pdf
・働く人の今すぐ使える熱中症ガイド
https://www.mhlw.go.jp/content/001103539.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001098920.pdf
・熱中症ゼロ 
https://www.netsuzero.jp/

文章出典:​​​​​​​人事・総務向け「ウェルビーイング経営」サポートメディア「ウェルナレ」専門家記事より寄稿

山口  麻紀子

山口  麻紀子

日本医師会認定産業医 日本医師会認定健康スポーツ医

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