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【解説:小島健一弁護士】発達障害の可能性がある従業員との職場における適切なコミュニケーション方法

小島健一先生


鳥飼総合法律事務所 パートナー弁護士
日本産業保健法学会 理事、さんぽ会 幹事
人事労務を基軸に、問題社員の処遇から組織・風土改革、産業保健、障害者雇用まで、紛争予防・迅速解決の助言・支援をおこなう。メンタルヘルス不調やハラスメントが関わる深刻な案件も、早い段階から依頼者に寄り添い、解決まで支援している。

「いつも業務の指示を正しく理解してくれない」
「遅刻や物忘れが多すぎる」
部下や同僚が何度もミスを繰り返す場合、本人のやる気や能力の問題だけではなく、「もしかして発達障害の可能性があるのではないか」と疑った経験があるのではないでしょうか。

今回は、発達障害の可能性がある従業員との適切なコミュニケーション方法や、会社に求められる対応について、鳥飼総合法律事務所の小島健一弁護士にお伺いしました。

職場でのコミュニケーション方法にお悩みの方や、人事労務・産業保健に関わる方はぜひ参考にしてみてください。

職場において病気や障害の知識は「持って持たず」

「発達障害」と企業が直面している課題について教えてください

たいていの職場において、発達障害について知らない、または正しく理解をしていない方が多くいます。

部下が上司にとって理解できない行動を取ったり、通常であれば伝わるはずの指示が正しく実行されなかったりすることで、やる気がないのではと誤解されて「問題社員」と認識されることがよくあります。最近は、精神疾患について関心を持ち勉強している産業保健職や人事の方が、実は発達障害ではないかと気付くことがあります。

企業の対応の仕方によっては、大きな問題に発展するケースも、具体的な判例として発生していますので、企業は正しい知識と対応方法を認識することが重要です。

職場に発達障害の可能性がある部下がいた時、どのような接し方が求められますか

コミュニケーションをうまく取るために重要なことは、発達障害について正しく理解をするべきですが、中途半端に知っていることはかえってアブナイということです。

私はよく「職場において病気や障害に対する理解や知識は、持って持たず」の姿勢が重要だと発信しています。理解をしなければいけないけれど、周囲の人が病気や障害に捉われたり振り回されたりしないようにするべきです。

有名なシャープNECディスプレイソリューションズ事件では、強いこだわりを持ち、上司の指示を聞かない部下の行動に会社が困り果てていた状況で、産業保健職の方が大人の発達障害ではないかと気付きました。しかし、本人に医療機関の受診を促し発達障害の診断を受けさせようとした結果、事態をひどく悪化させて訴訟にまで発展しました。発達障害の診断を望まない本人に受け入れさせようとしたことが、裏目に出てしまったのです。

適応障害の診断であれば、「環境の方が悪い」「環境を変えれば治る」と解釈ができるので、受け入れやすい方が比較的多くいます。ところが発達障害となると、「生まれつきのものなので治らない」「薬は効かない」と考え、受け入れられないことがあるのです。また、障害者雇用になるのではないかという心配が発生し、特に親御さんが「自分達の子供が発達障害なはずがない」と拒絶反応を示すケースもあります。

発達障害だと他人が決めつけて、診断させることが本人にとって救いになるのかを、よく考えるべきです。

もちろん自覚があり自ら診断を受けた方の中には、今まで性格が悪いと批判されたり変わり者だと揶揄されたりしていたのは、発達障害による元来の特性だったことが分かり、救われたという方も大勢います。

しかし会社から、特に上司から発達障害ではないかと決めつけてしまうことは非常に危険です。

「この人は発達障害ではないか」とやっきになって押しつけてしまうことこそが、実はこちら側の発達障害特性が引き出されている状態とも考えられます。自分と他人の境界線をうまく引けない、また距離感をうまく保てずに、感じたことをそのまま相手に伝えてしまうことが、発達障害特性の強い方が陥りがちな心理状態や行動パターンなのですから。

お互いに偏りのある意見でぶつかりあってしまったら、うまくいかなくなるのも当然です。
発達障害についての知識は相手を理解するために重要であると同時に、対峙する自身の状態を把握するためにも必要であると考えます。

言語コミュニケーションのレベルを上げて、「当たり前」を言葉で説明する

本人は発達障害と思われる特性の自覚がなく、業務における困りごとも感じていない場合、周囲が気付かせる方法はありますか?

言葉で説明をする、フィードバックをすることです。

発達障害を疑ったところで上述したように話をややこしくするだけですので、相手の強いこだわりや苦手なことは、基本的には誰にでもあるものと認識して受け入れることが重要です。

相手が何を言いたいのか、何を感じて何に困っているのかなど、相手の状態を描写して言語化してあげることで、本人が気付いていない困りごとや感情を把握する手助けをします。また同時に、相手の行動に対して周囲の人がどう受け止めているのか、どう迷惑を受けているのかを教えてあげることが求められます。

指摘されてはじめて「自身の行動に対して周りがこのような風に困っていたのか、こうすれば良かったのか」と理解できることもあるので、言葉にせず一方的にイライラするのが一番望ましくない状態です。

「あなたは今こう感じているのですか?あなたの言いたいことは、このようなことですか?」と仮説として提示して自己理解を導いてあげるとともに、こちら側がどのようにしてほしいのかを正確に伝えることが、お互いのコミュニケーションを円滑にするポイントです。

上司が発達障害の可能性がある場合、部下はどのような接し方が求められるのかを教えてください

「上司はこうあるべき」「上司だからこうしてくれるはず」という理想の上司像を持たずに、コミュニケーションの質を上げていくことが求められます。

一般的には、相手の言語コミュニケーションの足りない部分を、表情や声色、身振り手振りなどの非言語コミュニケーションを汲み取ってフォローしています。しかし発達障害の方は非言語コミュニケーションが苦手で、また「相手の言いたいことがよく分からない」という不安に耐えて、一旦保留にしておくことが難しいのです。

そのため「当たり前」のことも全て言葉にして説明することが重要です。相手に行間を読ませたり、分かってくれるだろうと過信したりせずに、足りないコミュニケーションを言語で埋めてあげる必要があります。

一概には言えませんが、発達障害の方は素直で率直、正直者な傾向があります。言いたいことや困っていることがあれば、相手が上司だとしてもはっきりと伝えた方が良いと思います。伝えればすぐに解決することもありますし、かえって逆上してしまうようなことがあれば、「今はタイミングが悪いのだな」と距離を置いて切り替えるのがおすすめです。

コミュニケーションがうまくいかない状態に捉われてしまうのもまた、自身の発達障害特性が引き出されている状態といえます。相手に固執しすぎたり求めすぎたりせず、パッと気持ちを切り替えることで、周囲の空気が悪くなることを防げます。

時間を置いて改めて話しかける時は、あまり心配しすぎずフラットに接することで、うまくいくことがあります。その時の気分次第ということもありますから。

相手が部下であっても上司であっても、根本的には同じです。こちらが一枚上手になってコミュニケーションを取ることが大切です。

感覚過敏の症状や、職場環境への配慮について教えてください

発達障害の特性の一つである感覚過敏は、聴覚・触覚・視覚・嗅覚などの感覚が過敏になる症状です。

たとえば聴覚過敏は、電車の音や人混みの騒音などを苦痛に感じる方がいます。
イヤーマフなどで物理的に音をシャットアウトする必要がありますが、職場では事情を知らない同僚や社外の方からの理解が求められます。イヤホンをして音楽を聞いたり耳栓をしたりするなど、仕事への支障も周りからの配慮も最小限で折り合いがつく、バランスが良い方法を見つけることが大切です。

触覚過敏は、洋服のタグが不快に感じたり、タートルネックを着ると体調を崩してしまったりすることがあります。

また反対に感覚鈍麻という症状もあります。たとえば熱いものを触った時に、感覚が鈍いため熱さを感じずに火傷をしてしまうケースなどがあります。自身が危険な状態であることに気付くことができないので、職場での事故やケガが発生しやすくなります。

しかし「苦手だからこの作業はできない」という要望を会社側がそのまま受け入れ、なんでも配慮することは望ましくありません。

なぜ苦痛に感じるのか原因を探るために本人と一緒に観察をして、どうすれば症状が緩和させられるのかを繰り返し実験してみることが大切です。

感覚過敏・鈍麻の難しい点は、自身にとっては生まれつきずっとその状態と付き合ってきているので、他の人とは感じ方が違うことに気付いていない場合が多くあります。調子が悪いなと感じても、何が原因なのかを把握できていないのです。

発達障害の診断を受けている方に限らず、自身にとって合うものと合わないものは、程度の差はあったとしても誰にでも存在するものです。自身にも起きる可能性がある問題として、一緒に解決策を考える姿勢が求められます。

復職に向けてゴールの共通認識を持つ

発達障害の二次障害によって従業員が休職する際や、復職の判断をする際に会社が気を付ける点を教えてください

発達障害の二次障害として、適応障害やうつ病などの精神疾患、また浪費行動や依存症などの行動障害があります。

休職をして二次障害の症状が緩和したからといって、すぐに復職をさせるのではなく、復職後に再発することなく職場や業務に適応できる状態を目指さなければいけません。

裁判で使用者側が負けた神奈川SR 経営労務センター事件のように、休職事由である二次障害の症状が寛解したので職場に復帰したいという段階になってから、実は発達障害特性があるので周りとトラブルが発生する可能性が高く復職させられないと判断をすることは、認められにくいでしょう。

休職に入るタイミングで、何をもって復職するために必要なゴールとするのか、本人と上司、産業保健職と人事の全員が共通認識を持って目指していく必要があります。ゴールをはっきり決めておかないと、症状が治っているのに会社が嫌がらせで職場に戻らせないようにしていると誤解させてしまうのです。

復職するためのゴールを本人が認識したうえで、自身の特性に向き合う努力をしたり、周囲に対する適応能力を引き上げる必要があります。

職場の何がストレスとなっているのかを休職中に振り返り、ストレスへの対処や、ストレスへの耐性をつける訓練をしてみることで、復職後の再発を防ぎ仕事に適応できるようになります。

そのためにも復職プログラムを作成して、休職中にやるべきことや、できるようになっておくことを産業医や主治医、人事と全員で共有しておくことが重要です。

復職するためのゴールを明確にしておくことで、自身の状態を客観的に把握して、「主治医からはこのように言われている」「このような形で復職したい」など言語化して説明ができるようになります。会社からも「会社はこういうルールになっている」「復職後、この部分は問題がなさそうか」と認識を揃えるためのやりとりが発生し、このやりとり自体が復職に向けた訓練になるのです。

休職中にリワークに参加することも大切です。

たとえば業務効率が悪く長時間労働をしてしまいがちな方は、強いこだわりを持ち、ひとつのことに固執をする傾向があります。また、曖昧な指示をうまく処理できなかったり、全てきちんと正確に対応しないと気が済まなかったり、自身の特性を把握していないことでどんどん苦しむことになります。

しかしリワークに参加することで、発達障害かどうかに関わらず、集団認知行動療法を学ぶことができます。物事は0か100かで考えるのではなく、中間やグレーゾーンを大事にしたり、あるいはグレーゾーンに耐えて判断を保留するスキルが必要です。

認知行動療法によって自身の思考の癖をグループワークで共有することで、同じように苦労をしている人が他にもいることを知るとともに、 物事の捉え方を少しずつ変えていくことができるのです。

産業保健職と人事労務担当者のそれぞれが気を付けなければいけないことはありますか?

発達障害においては、事例性と疾病性で切り分けて考えることはあまり当てはまらないと思います。切り分けにくいからこそ、産業保健職と人事がタッグを組みやすいはずなのです。

たとえば、がんの両立支援や職場復帰も同じように、事例性と疾病性で切り分けられない問題です。

放射線治療などを受けて経過観察になったとしても、倦怠感や疲れやすさが長期にわたり慢性的に続く、がん関連疲労という症状があります。疾病性という面ではがん自体は治っているけれども、倦怠感や疲れやすさによる仕事への支障が大きいため、事例性という面で業務を行うことが難しくなります。このように、会社には出社しているけれども万全な状態で業務ができないことをプレゼンティーズムと言いますね。

何よりも本人がどういう時に不調を感じやすいか、または何に苦痛を感じるのか、自身のことをよく観察することが大切です。どうすれば症状を緩和できるのか、悪化させないようにはどう対処すればいいのか、生活の仕方を変えたり、自身にブレーキをかけることも必要です。「この仕事の進め方や環境だと、どうしても不調が起きてしまうので、このような方法であれば問題なく仕事をすることができる」と、自身をよく理解したうえで会社に合理的配慮を求める必要があります。

​​​​​​​会社のルールとしてどこまで配慮できる内容なのか、人事労務担当者と連携を取りながら交通整理をしてあげることが産業保健職の役割だと思います。

サンポナビ編集部

サンポナビ編集部

企業の産業保健を応援する『サンポナビ』編集部です。産業医サポートサービスを提供している株式会社エムステージが運営しています。 産業医をお探しの企業様、ストレスチェック後の高ストレス者面接でお困りの企業様は、ぜひお問い合わせボタンからご相談ください。

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