〈解説:三柴丈典先生〉産業保健活動における「生きた法知識」の重要性

労働の現場では、その環境や働き方が日々変化し続けています。

そうした中、産業医をはじめとしたスタッフには、メンタルヘルス不調者の休職・復職などの場面で個別事情を踏まえた適切な判断が求められています。

それらの対応には関係法令や判例などの法知識が有用です。それも、実務に生かせる実務的な知識こそが意味を持ちます。

本記事では、産業保健スタッフが「生きた法知識」を会得し、活用するための要点について近畿大学法学部 教授の三柴丈典先生に解説していただきました。

また、三柴丈典先生による講義「産業保健と法」についてもご案内します。


産業医をはじめ、関係者に求められている法知識とその重要性

時代とともに変化してきた安全衛生の政策

日本の労働力人口の減少は急速に進んでおり、行政から公表される政策にも変化が見られます。以前はアスベストにばく露して中皮腫および肺がんにり患する人を減らそうといった政策が中心でしたが、その後、メンタルヘルス不調対策のような、仕事の問題か本人の問題か判別しにくいケースにも対応するようになりました。

また、昨今では、がんにり患してもできる限り働き続けられるような社会づくり、治療と仕事の両立支援の政策にまで展開してきています。

それと足並みを揃えるような形で、裁判所も疾病障害者に対して、ある意味でやさしくなってきている(少なくとも解雇等に際して相当の手続きを求めるようになっている)と感じます。

健康配慮義務といって、持病(正確には素因)のある方が、仕事が原因で発症、増悪してしまわないようにする義務や、私傷病者であっても治療機会の提供、適正配置など解雇を避けるための相当の努力をする義務、障害者の方に対する就労支援の法整備も進んできており、合理的な配慮の義務などが事業者に課されています。

これは、障害者雇用促進法が合理的配慮を定める直前の例ですが、例えば「阪神電鉄・阪神バス事件」では、完全直腸脱という病を持った従業員の運転手がおり、午前中はトイレから出られないような状態。そのせいもあり、当日欠勤あるいは前日連絡の欠勤が積み重なっていました。そこで、同社が会社分割を行う際、その従業員を(実質的には)整理しようとしたところ、裁判所から許されなかったというような判例があるのです。

このように、事業者には病気のある従業員のケア等が求められ、それらを尽くさずに解雇することはとても難しいのです。

特に昨今では、主に精神障害者に対する配慮や丁寧さが求められており、専門医に診てもらうことや、会社内で適切な配置を検討すること、相当の期間様子をみるなどの適切な配慮を行わずに不利益な措置をとることは違法であるという判例が増えてきています。


法律論における「けじめ」

一方で、法律論は社会に秩序をつくるもの/守るものですので、「けじめ」の根拠も提供しています。

例えば、その会社の体力に合った就業規則を作ること、その中で疾病障害者には休職・降格・解雇ができるという内容が記載されており、一定の寛恕(思いやり)が見られれば、概ねそのまま適用を認めます。

例えば、小さい会社であれば、「三か月間の休職で様子を見ます」という書き方でも、裁判所はそれに基づいて裁きを下すでしょう。

また、日本の民法には、「働かざる者食うべからず」を示すような規定もありますし、そもそも解雇は使用者の権利だとも書いています。

ただ、解雇された人は大きなショックを受けますし、自殺のリスクも若干高まるようです。よって、裁判所は解雇に歯止めをかけてきたということです。

公務員については、国家/地方公務員法が適用されますが、その中に「病気で働けない」とか「成績が著しく悪い」という方については、降任・免職・休職などの分限処分をしてよいと定められています。

逆にこれを適正に行使せず、放置していることは、かえってリスクだと示した例もあります。兵庫教育大学事件では、「上司の襟首を捕まえて足下を払う」といった問題行動を繰り返していた文部事務官が、国立大学法人に異動後も含め約14年間塩漬けにされたケースで、一般刑事犯罪行為で免職にされた後、その塩漬けが違法なパワハラだと訴えがあり、国・大学側が敗訴しました。ここで裁判所は、「その人の能力を活用しようとしないことは人格権侵害であると共に、公務員である以上税金の無駄遣いであり、ひいては国民に対する裏切りである」との趣旨を述べています。


産業医等の専門スタッフに委ねられているもの

つまり、法律論というのは、一方で疾病障害者にやさしくせよ、他方では「けじめをつけろ」ということも言っているわけです。

すると、その間の切り分けを図らなければならないのですが、厚生労働省等は事業者が最終判断するに際して、産業医を中心とした産業保健の専門職の判断を尊重するように構想してきました。

ですが、この切り分けは単純な医学的な診断ではなく、手続きを踏む中で自ずと答えが出てくるように誘う働きかけという性格を持っています。

具体的には、職場に不調者が現れたら、プライバシーに配慮しつつも絶対視せず、「どういった病にかかっているのか」「治る可能性があるのか」「どういう条件なら働けるのか」といった事柄を主治医に確認していく作業が必要になります。

それとともに、その病(*病でないこともあります)が職場でどのような問題を引き起こしているのかを調べます。これを事例性と呼び、その両方を確認していくわけです。

その際に本人をはじめ誰か一人だけにヒアリングを行うと情報が偏るので、関係者に多角的に情報を探ることが重要です。

この調査に基づいて、少しでも仕事や職場に適応できるよう支援することが求められているのです。

法的にいえば、産業保健専門職は事業者にとって手足の存在になります。よって、その手足がやったことは頭(事業者)がやったこととなり、事業者は救済の努力を行ったことになります。

これらの活動をやれるだけやって、それでもだめだったら、前述したように、人事労務部門等に受け渡して、けじめをつけていくという手順を踏むことになるのです。


関係者から信頼される産業医になるためには

産業医の資格を持つ方は増えていますが、本当に労使双方から信頼される産業医はまだ少ない状況だと思います。

そこで、どのような産業医であれば労使から信頼され、本人も誇りを持てるかを考えてみます。

産業医の実務を行ってらっしゃると、結局、医療の知識だけでは足りないことをつとにお感じかと思います。そこで重要になるのが社会的コミュニケーションを支える「生きた法知識」なのです。

法律家は恨まれる機会が多い仕事ですが、「産業」医も、もめごと、軋轢や判断に関わるほど同じことが言えると思います。

産業医にとって重要なのは「事例性の管理」です。極論、どのような疾病になっていても従業員本人が働ければ問題がないわけですが、そうなると、対本人との関係だけでは完結せず、職場との関係等を調整していく必要があります。

人間関係や利害を調整する必要性も出てくるため、恨まれる場面も出てくる。

他方、トラブルになりそうな際に、ただリスクから逃れてしてしまうと、「頼りにならない」と判断されてしまう。安心してリスクテイクするためにも、「生きた法知識」の裏づけを持つことが重要なのです。


産業医のミスは事業者の責任とされることもある

産業医自身が訴えられるケースは少ないのですが、それでも最近では増えてきている印象です。また、ここで強調したいのは、産業医がミスを起こすと、訴えられるのは概ね事業者になるということです。

つまり、産業医は、自分のせいで他人・会社が訴えられるということを意識しなければならない。それはそれでしんどいことで、産業医自身が訴えられていないから「法的リスクは高くないだろう」と考えるのは間違いだと思います。

例えば、専門業者が提供する判例のデータベースで「産業医」というキーワードで検索すると、今や600件近くがヒットします。2010年では200件程度だったことを考えると隔世の感が有り、昨今産業医が関連する事件が増えていることは明らかです。

特に訴えられやすい傾向にあるのが、メンタルヘルス不調による休職者が復職する場面です。

ここで、産業医に求められる役割について改めて考えてみます。私は産業医のあるべきイメージを「与党内野党」と呼んでいますけれども、これは、所属先に愛着を持つからこそ、事業者の「耳に痛いこと」も言う役割が求められているという意味です。

所属先の事情や人間関係、経営者の悩み等をよく知りつつ、単に迎合しない姿勢をとっていくことでこそ存在意義が高まることは、数多の事件や解決の好事例を見ていても感じます。


産業医の存在意義と法知識の重要性について

なぜ、昨今産業医の存在意義が高まってきたかというと、一つの理由は裁判例です。

中でも最初の「電通事件」は有名です。その最高裁判決は社会的にも大きなインパクトを与えました。

電通事件をきっかけに、メンタルヘルス不調の未然防止と共に、不調者に対するケアを適切に実施すべきという潮流ができました。そして、ストレスチェック制度等が整備され、その重要な担い手としての産業医の存在感が高まったのです。

ですから産業医としては、その原典である「生きた法知識」を身に着けておくことが重要になるのですが、単に法律条文を丸暗記することや判例を入手するだけではなく、ルールを作った人とルールを使う人の想いを知るということがもっとも大事です。

法律論は科学ではないので、人の想いがあって作られ・使われています。その想いを知ることによって、現場での応用が効く使い方ができるようになるはずですし、事業者や人事労務担当者への訴求力も高まります。


産業医からも注目が集まる法知識

われわれは「産業保健法学研究会」を土台として「産業保健法学会」を設立し、厚生労働省の協力を得て、全国10カ所以上の産業保健総合支援センターで1カ所に付き標準5回にわたる連続講座を行ってきました。

2022年も延べ2,000名程度が受講しましたが、「有益な内容だった」という回答が9割を超えました。

この背景には、医師の方が一般的に防衛のための法律知識に関心をお持ちということもあるでしょうが、それだけではないと思います。

講座の内容として、まさに前述した「ルールを作った人の想いと、使う人の想いを汲む」ことにフォーカスし、実務に活用できるよう工夫したことが、そうした評価につながったと感じています。

しかし、医療関係者の中には、裁判例にある種のアレルギー反応がある方も多い。特に医療過誤に関する裁判例などには、「こんなことを医師に要求されても無理だ」とお感じになる判断があるのも事実でしょう。

ただ、産業保健関係でいえば、誠実な活動をされている産業医の方にとって、裁判例はかなり味方だと言って良いと思います。


諸外国における産業医の活動状況

イギリスは安全衛生に熱心な国ですが、日本の労働安全衛生法第13条のような、産業医の選任を法的に定めるルールはありません。

にもかかわらず産業医を選任している/産業保健サービスを利用している企業が割と多いのです。その理由について、HSEという専門的な行政機関のホームページにアップされた報告書が明示していまして、ひとつは、イギリスという国は、事業者の安全衛生上の責任が非常に重い。

ですから、法的なリスク管理・回避のために産業医が必要になっているのです。もうひとつの理由は、従業員の労働生産性を向上させるために産業医が有用だと認識されていることです。

また、ここは日本でも共通ですが、事業者の良識として、従業員が病気にかかったりけがをしたりというのは良心が痛むということなのだそうです。良識として、働く人をしっかりケアして、みんなが納得いくように働いてほしいという思いがあるということです。


休職・復職に関するトラブル①

コロナ禍となり、テレワークが普及しました。そのような中、産業医への相談が増えた例として、精神障害者を含むメンタルヘルス不調者から「テレワークで復職したい」という要求にどう対応すべきかがありました。

この課題こそ、「生きた法知識」を必要としていると感じています。

特に「対面でないと働きづらいポストの方」ほど、復職時や後にトラブルになりやすいため、注意が必要です。

ここでは先ず、「裁判所が疾病障害者一般について、復職させるべき」という基準をどう示してきたかについて、要点を述べます。

1つは、総合職にせよ一般職にせよ、ジェネラリストであればいろいろなポストに就く可能性があります。そういう人については、病気休職前に就いていた仕事をちゃんと果たせるようになっているのであれば、そこに戻すべきという判例の考え方は確立しています。まあ、当然といえば当然です。

しかし、休職の期間が長期化すると、また仕事に慣れるまでには時間がかかりますので、少し軽めの仕事で慣らすことも必要になります。具体的には2~3か月して、元の仕事のレベルに戻すことが可能であれば、復職させるべきとした例が結構あり、これが2つ目の復職判定基準と言えます。


休職・復職に関するトラブル②

3つ目の基準を明快に述べたのが、「片山組事件」という、バセドウ病の労働者の復職が争われた事案に関する最高裁の判例です。

この判決は、「もともと休む前に就いていた職種以外であっても、本人が申し出た職場について、なんとか会社が調整できるなら、そこに戻すこと」を示唆しました。

もちろん、雇用契約というのは、会社の指示に労働者を従わせて、その対価として給与を支払うという契約なので、労働者の都合で会社が合理的な指示を制限されるのは、本来の趣旨に反します。

ただ、人は物ではありません。よって「使い勝手が悪いから直ちに見切りをつけて良い」とはならないということが、裁判所の雇用に関する考え方であります。特に昨今では、障害者雇用を後押しする法整備も進んでいるので、こういった判決が出易くなっています。

一方で、「この人は病気だから職種が限定される」という状況が続く場合には、給料を下げても構わないと示唆した例もあります。

いずれにせよ、こういった基準が裁判所から示されている中で、前述した「テレワークで復職したい」というメンタルヘルス不調者らの要求をどう考えるかということです。

休職・復職について、医療的には「病気がどのような状態か」が主な論点になりますが、そもそもそこが不明確なことも多いですし、もとより社会的・法的にはそれとは別の考慮が必要になります。


リモートワーク形式の復職①

リモートワーク形式の復職については、病気の状態(疾病性)も踏まえつつ、それが引き起こしている具体的な問題(事例性)と会社(職場)の事情との相性を見て、適応可能性を総合判断することが必要になります。

このように、さまざまな事情、立場を踏まえて総合的に判断するというのは、法の得意とするところです。つまり、法というのは、サイエンスで明確に根拠を示せない課題(特に対立構図)で合意を形成していく分野であり、正解のないところに合意を形成していく、あるいはそのライン取りをすることを主な役割として来ました(これからはもっと開発的な役割の比重が増えると思っていますが)。

そこでは、先ず、対立軸を明確化する必要があります。会社というのは休職者を復職させることに慎重になりがちですが、その背景として、事態が変化して通常勤務が標準に戻る可能性があること、そもそも雇用契約は、会社の合理的な指示に従わせるものであり、そうした例を1つ認めると、他にも波及して、会社の指示が制限されてしまう恐れがあること、また、リモート勤務では、復職後も行動観察や面談がしにくく、健康管理をしづらいという問題もあります。会社の制度がそれに対応していないこともあるでしょう。

他方で、雇用契約というのは人間が相手です。なので、常に期待通りのパフォーマンスを求められないとしても想定内だと述べた裁判例があります。労働安全衛生法にも、そうした趣旨の規定があります。また、障害者雇用が進み、法的な整備も進んでいます。

ちなみに、北欧の国の中には、疾病障害者を雇用主が受け容れられない場合、リハビリに専門性を持つ第三者機関で働いてもらい、その間は雇用主が給料を払い続けるという制度を持つ国もあります。

日本の裁判所も、疾病障害者として、使用者が人事権を制限されたり、一定の配慮をしながら雇用を続ける場合、賃金を下げる・格付けを下げることはやむを得ないと考え(てい)るでしょうが、結果的に障害者の雇用を奪うような措置には。慎重になるはずです。つまり、使用者側での調整が可能であって、テレワークなら働ける条件なら、それへの復職も認めよとされる可能性は十分あると思います。


リモートワーク形式の復職②

私どもが設立した産業保健法学会の第1回大会では、この論点について多職種の専門家でディスカッションしました。そこでは、「在社勤務とリモート勤務のハイブリッド形式を活用し、その中で仕事を続けられそうか否かを判断することが有効ではないか」という見解で、概ね合意されたように思います。

また、リモートワークであっても、ストレスチェックをうまく活用することで、就業可能性を測ることができるのではないかという見解もありました。

結局、会社の体力に合った形で、なおかつ労働者への配慮もしっかり行った形で復職規定を作成することが、トラブルを回避する上でも重要になってきます。ハイブリッド勤務を許容するにせよ、その基準や手順をルール化しておくことで、スムーズな復職判定ができるのではないかと考えます。

また、「コロナ禍のような一時期の条件で復職させてしまうことのリスク」が心配という場合には、正社員として働いている人を臨時雇用(アルバイト)として二重に雇用し、様子を見るというのも一つの方法です。

本来の雇用とアルバイトとしての重複雇用とは別物だとけじめを付ける必要はありますが、就業規則の設計として、重複雇用期間中は本来雇用での休職期間の進み方が少し遅くなるようにしておけば、裁判所からも、「労働者を人間的に扱っている」と判断してもらえる可能性はあると思います。とくに健康関連の労働事件では、裁判所にも判断の黄金律はなく、労使双方、特に使用者側のとった措置の合理性、そこに見える良識を重視することが多いためです。


産業保健活動の要点

今後の産業保健活動では、労使など就労に関係する者の「納得感づくり」がとても重要になってくると考えます。「不調者のキャリア形成支援」とも呼べるでしょう。

特に産業医は、「会社と労働者が、復職時にどのようなことを心配しているのか」について適格に把握し、それぞれの心配事を最大限に解消するためのライン取りを行う。その際、人事担当者等と協力しながら、それをルール化していくことが重要になります。ここでいうルールには、個別の問題での約束から職場全体に適用するルールまであり得ます。

ただし、ルールを厳格に決めすぎると融通が利かなくなってしまうため、会社内のガイドラインのような形で、一つの道筋を示すという風に持っていく方が良い場合も多いと思います。

この際、改めて強調したいのは、こういった課題への対応を医療知識だけで行うことは難しいということです。

産業医には医療や保健の知識と良識に加え、法知識などを踏まえた利害調整の能力が求められるわけです。


産業医に求められている役割

産業医の独立性はある程度必要だと思います。例えば、徳川時代の大久保彦左衛門のようなイメージです。所属している組織を愛しているけれども、事業者にとって時に耳の痛いことも言うポジションです。

そういった助言を行えるだけの知識や情報、そして何よりその企業(労使双方)への愛情を持っていることが前提になります。

産業医として労使双方の悩み事、課題をよく掘り下げて聞き知ることで、軋轢で生じる健康問題にも、解決策が見えてくるはずです。

裁判所も、疾病障害者の処遇に絶対の正解を持ってはいないので、産業医のように、間に入った人がどれだけ関係者の信頼を勝ち得たか、不調者にはどれだけサポーティブに接し、また企業の立場も考えて解決を導こうとしたかという努力を見ているのです。

それがしっかり見えるケースで、事業者や産業医が不利な判断を受けた例を見たことはありません。こうした対応に注力せず、ただどちらかの味方になってしまうような浅慮が見えると、あまり結果は良くありません。

そうした場合、たとえ従業員本人にパーソナリティの偏りが見えても、裁判所から事業者や産業医の対応の落ち度を指摘され、過失責任等を認められるリスクが高まります。


訴訟によるさまざまリスクと法知識を得ることの重要性

こうした問題が顕在化し易いのが、復職拒否の事案です。

むろん、安易な復職認定も、問題の先送りになるので、後の紛争リスクを高めます。

民事裁判といえども多くの会社(特にブランドのある大手企業)にとってはリスクです。新聞やネットニュースに掲載されたり、SNSで話題になるリスクもあります。産業医の怠慢やハンドリングのミスを原因に会社がそのような目に遭ったとなれば、産業医本人にとっても大きなダメージになるでしょう。

産業医や関係する医療者の世界も広くはないでしょうから、評判が出回ってしまうこともあるでしょう。産業医の業務は、信頼の基盤がないと殆ど無理だろうと思います。

組織力学を的確に察知して、関係者と上手に対話し、目的を達するような嗅覚豊かな人物はいざしらず、そうでない方にとって、裁判例などは、けっこう良い失敗学の材料になると思います。

その読解の方法は、法律のプロから学ぶことが最良ですが、たまにはご自身でも原文に当たってみることが重要と思います。プロから耳で聞いた情報と目で見た情報を照合することが、理解にとっては一番良いはずです。

昨今、労働関連の裁判のうち、かなりの割合がこういった健康関係のものです。労働関係の判例が載っている「労働判例」「労務事情」「労政時報」といった雑誌を購読しておくことは、有効な学びになると思います。


法知識を会得できる講義「産業保健と法」について

もっとも、法情報マニアになることをお勧めしているわけではありません。法情報の捉え方、使い方を習得して頂きたいのです。誤解されがちですが、法知識は、ただ丸暗記するだけでは意味がありません。ルールも、杓子定規に捉えるのではなく、それを作った人と使う人の想いを汲むことが最も重要なのです。

さらには、ご自身でも簡単なルールくらいはつくれるようになるか、つくれる人とタイアップすることが、産業医としてとても大切だと思います。

これが叶えば、自然に関係者から信頼されるようになると思います。そして、患者ではなく企業(労使)という、臨床の場面では得られない領域の信頼を得ることになると思います。それらを基盤として、健康問題の一次予防を達成する体験は、医療者の方々にとっても大きな悦びにつながるように思います。

最後に、今回、私が開催する講義に参加して頂きたい方は、産業医だけでなく、保健師、看護職、心理職、人事労務担当、社労士、弁護士など産業保健に携わる方・関心のある方全てです。

この講義が、現場で活用できる生きた法知識の獲得だけでなく、先生方の関係者からの信頼の獲得に少しでも繋がれば、これ以上の幸いはありません。


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三柴丈典

三柴丈典

1971年生まれ。1999年に一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。2000年に近畿大学法学部奉職、2012年より教授。専門は、労働法、産業保健法。2011年4月から2021年3月まで厚生労働省労働政策審議会安全衛生分科会公益代表委員。2014年7月衆議院厚生労働委員会参考人。産業保健・安全衛生法に関する著作を多数執筆。2020年8月にUKのラウトレッジで研究書を発刊。2020年11月に日本産業保健法学会を設立し、現在副代表理事。

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