〈産業医コラム〉現代人に必要な、「ゆるむ」能力

労働衛生コンサルタント
Vocation Support K 代表 竹下 溪

本コラムを読んでくださっている皆さんは、お仕事にて日々気の抜けない情報を扱ってくださり、胃がキリキリする日もあるのではないでしょうか。

現代に生きる皆さんは例えば江戸時代の方が3日で得る情報量を、その日の午前中には見せられるという非常にストレスにさらされた状況なのだそうです。

このように情報やストレスにあふれている中で生活をしていこうとすると、どうしても交感神経が昂ります。奥歯を噛みしめ、肩がぐーっと上がり、手先が冷える、いわゆる緊張状態ですが、働いているとどうしても過緊張の状態になります。フリーアドレス性やテレワークとのハイブリットなど、効率・生産性の面で良いことも沢山ありますが、どうしても不安や緊張が高まる機会も増えます。

新入職や中途入社の方から、環境が変わってただでさえ緊張の中、名前と顔が一致せずどう声をかけていいかわからないといったご相談も増えました。ベテランの方も、ついつい集中しすぎて、適度なタイミングで適度な休みを取ることが難しくなったとお話しされていました。

となると、私たちは副交感神経優位の時間を確保する必要があります。つまりゆっくり、なんならぐったり、とにかくリラックスする時間が要るのです。今日は最近のトピックスを交えながら、みなさんにいくつかの科学的根拠のある「ゆるみ」をお勧めしていきます。


1.睡眠

ゆっくり疲労回復をするならばどうするかと考えた時に、一番に睡眠を想定される方も多いのではないでしょうか。

睡眠トラブルには、

  • 寝つきが悪い
  • 途中で目覚める
  • 早く起きすぎる
  • 眠った感じがしない
  • いつも眠い

という分け方がありますが、今日は「睡眠のリズム」について取り上げます。

(眠れない時の対処法はぜひ2019年5月の竹島先生のコラムをご参照ください)

近年、有名になってきた睡眠関連障害があります。それは「Social Jet Lag(SJL)・ソーシャルジェットラグ・社会的時差ぼけ」というものです。

みなさんが本来もつ体内時計や睡眠欲求に従った睡眠時間帯と、社会が求めるスケジュールに従った睡眠時間帯には、往々にしてずれがあり、これを社会的ジェットラグといいます。日本人全体の睡眠のリズムが徐々に夜型になっており(図1)、これは仕方がないこととも言えそうです1)。日々のお仕事で疲れがたまり、休日に沢山寝ようと思ったことはありませんか。

図 1 )日本人の睡眠時間と夜型化の推移 1960-2020 年の日本人の平日平均睡眠時間 と夜 23 時に起きている者の割合(NHK 国民時間生活調査) 


例えば平日午前0時~6時の睡眠(睡眠の中央値は午前3時)、休日は午前1時~10時の睡眠(睡眠の中央値は午前5.5時)で、平日と休日の睡眠中央値の差(社会的ジェットラグ)は2.5時間となります。

また休日前夜に夜更かしをして午前4時~昼12時までの睡眠(睡眠中央値は午前8時)を取ったとします。

その場合は、社会的ジェットラグはなんと5時間となるのです。毎週末このようなラグに曝されることで、慢性的な疲労が蓄積され、様々な問題を引き起こすことが近年明らかになってきました。

短期的には眠気やパフォーマンス低下を、中期的には 記憶・学習、代謝、免疫などの種々の精神・身体機能障害を、長期的には気分障害や生活習慣病のリスクを増大させてしまうのです。

交代勤務時の心身症状(過眠、循環・代謝異常、発がんリスク)も広義の社会的ジェットラグに含むことがあります。

ただ週末に沢山寝れば「ゆるむ」わけではないことが明らかになってしまいました。ではどのようにすればいいのでしょうか?正解は中央値のずれを最小限に抑えること、です。二度寝後にすっきりした感じがあるのであれば、それは睡眠負債のサインですので、量的に、日々もっと沢山寝た方がいいということになります。

二度寝後に余計に疲れた感じがあれば、それは起床のタイミングが睡眠周期と合っていない可能性が高いです。先ほどの例で、平日午前0時~6時の睡眠(睡眠の中央値は午前3時)を取っていた場合、朝に2~3時間長く寝るよりも、午後22時に就寝し、午前8時に起床する方がずっと「ゆるむ」ということになりそうですね。


2.お風呂・シャワー

さて、「ゆるむ」というタイトルでやってまいりました本コラムですが、お風呂は皆さんもすぐに想定されたのではないでしょうか。あったかいお湯につかること、とっても良さそうですよね。しかし現実的には忙しい日々の中で、急いでシャワーだけ浴びる方が非常に多いのではないでしょうか。

ここで注意していただきたいのは、「温度」です。実は39℃以上の熱いお湯の場合、私たちの体は防御反応が起き、交感神経優位となってしまいます。疲労回復・ゆるむという観点からは38℃以下のお湯が望ましいということになります。

また熱いお湯ですとビタミンCが壊れてしまいやすく、せっかくの疲労回復に必要な栄養がないという状況になってしまいます。よく温泉旅館などにはお茶とお茶菓子が置いてありますが、あれは脱水・低血糖を防ぐとともにビタミンCを取るという意味もあります。

ですので、ぜひ今日はゆっくりお風呂につかろうと思う日には、しっかり水分(350ml~550ml)をとって、食事やサプリメント等でビタミンを意識して、38℃以下のお湯につかってみてください。長く入りすぎることも疲労に繋がってしまいますので、3~5分で一度上がる、少し休憩してまた8分、最後に3分など分けて浸かっていただくこともとても良いでしょう。

どうしても浸かる暇がない、という方は洗面器やフットバスに足を浸してみるのはいかがでしょうか。足首を温めることでリラックスと血流をさらに温める効果があります。シャワーの最後に足首にお湯をしっかり当ててみてください。またホットアイマスク、ホットタオルなどで目元をしっかりと温めていただくと交感神経が抑制され心拍数が下がります。さらに光を遮断することでメラトニンの発生を促し、よりよい睡眠へ繋がっていきます。

前項のSGL対策で平日0時に就寝されるかたが、週末22時にお布団に入る場合、過覚醒状態で眠れないとご相談を受けたりもします。その場合にもお風呂はとても有効ですので、浸かって温まっていただき、体温が少し冷めてきた時に、お布団に入るようにしてみてくださいね。


3.食事 薬膳の考え

次に日々の食事について考えてみましょう。じつは食材についても「ゆるむ」という観点を加えることができます。今日は漢方・薬膳の考え方の中から「五性」というものをピックアップしてみたいと思います。食べ物には体の機能を促して温めたり、機能を抑えて冷やしたりする性質があります。

その性質を「熱」「温」「平」「涼」「寒」の5つに分類したものが五性です。旬の食材はその季節にふさわしい性質を持っているものが多いです。例えば暑い夏ならば体の熱を取って冷やしてくれるもの、寒い冬ならば、体を温めるものが多いのです。

人間は寒い場合は、交感神経優位となり、筋肉が固まって、血流も滞ります。これから寒くなっていく季節はとくに温めて「ゆるむ」食材を取り入れていただくと良いでしょう。

また、毎日沢山のものの中から何かを選択するという行為はとても脳を疲れさせる行為でもあります。日々の食事で何を食べようか迷う方も多いですし、ご家族の献立を背負っていらっしゃる方は、それだけ大変だと思います。食材からその日食べるものや献立を逆引きしていくのもストレスの解消につながるかもしれません。


ここからはいくつか食材を紹介していこうと思います。

みょうが・・・みょうがは血行を良くして発汗を促したり、リラックスしたり、胃腸不良改善にとっても良い食材です。五性は「温」とこの時期にもいいですね。風邪や口内炎予防にも良いとされていますので、冬風邪をひきそうな時に細かくして雑炊に入れてみるのもいいでしょう。

生理痛や生理不順にも良いですので、より作用を期待してたまご閉じなどはいかがでしょうか。体内の塩分を排出するカリウムを多く含むため高血圧予防にもなりますので、お味噌汁の具材としてもオススメです。胃腸の調子を整えたい方には消化酵素アミラーゼを豊富に含む大根とのコンビネーションがお勧めですが、大根は体を冷やす「涼」の食べ物でもあります。

そういった体を冷やす作用もみょうがのもつ「温」の作用が抑えてくれますので、わたしは大根とみょうがの浅漬けを作り置きにしています。

柑橘類・・・レモン・かぼす・すだちは「平」「涼」の五性を持つ食材で、いずれもストレスを改善する効果を持ちます。今回のコラムの方針にぴったりの柑橘です。逆にグレープフルーツは「寒」の食材で、解毒作用がありアルコールの分解を促進するので二日酔いにはもってこいです。

旬は4~5月なので、体に熱が溜まっている時に食べると良いでしょう。みかんの旬は11~3月でずばり「温」です。こたつにみかんが思い浮かびますが、のぼせ気味の方や血圧が高い方は、量は控えめにしてください。

・・・栗のスイーツが市場に出回って秋を感じています。栗は「温」の食材で脾臓、腎臓を助けてくれる作用があり、体力回復、アンチエイジングの効果があります。

体力回復でいうとお米との相乗効果が期待できますので栗ご飯などもいいですね。老化防止の観点からは豚肉と栗を食べ合わせていただくのがよいでしょう。ただ、栗は消化しにくい食べ物ですので、1日に10個程度にとどめておきましょう。

ゆりね・・・今日のコラムに一番ぴったりなお野菜かもしれません。精神疲労からくるイライラ感や不安や不眠に効能があるとされる食材です。心を落ち着かせる、心の熱を鎮める作用があると言われています。また肌にうるおいを与えてくれますので、乾燥肌が気になる秋冬にはとっても良いですね。

ただ「寒」の食材ですので、これからの季節のおすすめは<ゆりねのカレー>です。ターメリック(うこん)やクミンは「温」の代表的なスパイスですのでカレー粉に混ぜて、滋味深いカレー創作にチャレンジしてみて下さい。


まとめ

ここまでお付き合いくださりありがとうございます。今日は「睡眠」「お風呂」「食事」の面からゆるむということを見てきました。そのほかにもお散歩やアクティビティー、アロマや瞑想など様々なリラックス方法、ゆるみ体験があると思います。ぜひ皆さんのゆるみ体験を教えていただきたいです。

安全衛生委員会や工場の巡視などではよく「ご安全に!」と最後声を掛けあいます。会社で就業時や帰宅時にかけあう言葉はお疲れさまが多いと思います。それらに変わるお声掛けの言葉はなんだろうと考え、思いつきました。

「ぜひごゆるりと!」

引用文献・参考文献

1) NHK 放送文化研究所: 国民生活時間調査.

2) Wittmann M, Dinich J, Merrow M, et al. Social jetlag: misalignment of biological and social time. Chronobiol Int. 2006; 23(1-2):497-509.

3)温泉ソムリエテキスト 温泉ソムリエ協会

4)増補新版薬膳・漢方食材&食べ合わせ手帳 喩静/植木もも子 監修

文章出典:株式会社イーウェル「健康コラム」より寄稿



竹下溪

竹下溪

・外科系救急で研修を積み、その後病理学で研究を行う ・大企業の工場・研究所内での診療経験から予防医学・職域産業衛生の道へ ・働くすべての人が調和ある楽しい人生を主体的に送れるよう、労働衛生コンサルタントとして、2018年にVocation Support Kを立げる ・現在は、化学物質・有機溶剤などのリスクマネジメントから女性のライフスタイルに合わせた職域における支援など、研修や講演など積極的に行っている

関連記事


\導入数4,600事業場!/エムステージの産業保健サービス