〈専門家に聞く〉治療と仕事の両立支援において企業・産業医に求められる役割

労働人口の減少や高齢化を背景に、治療と仕事の両立支援が大きな注目を浴びている。

「働きながらがんを治す」ため、企業や産業医はどのような支援を行なえば良いか、専門家の升田茉莉子先生にインタビューしました。


治療と仕事の両立支援が求められる背景とは

〈プロフィール〉

升田茉莉子 先生

医学博士 産業医 労働衛生コンサルタント 麻酔科専門医  がん治療と仕事の両立支援、医師の働き方改革を研究テーマとしている。大学卒業後麻酔科としてのキャリアを積みながらNTT東日本で専属産業医としての経験も積む。現在がん研有明病院で臨床医として働きながら産業衛生の現場でも嘱託産業医として働きつつ研究にいそしんでいる。企業規模が小さい企業でも治療と仕事の両立ができる世の中になることが夢。


産業保健の分野では「治療と仕事の両立支援」の重要性をよく耳にしますが、その背景等について教えていただけますか。

治療と仕事の両立支援(以下、「両立支援」という。)が重要視される背景には、定年の延長や労働人口の減少というテーマもありますが、もう一つはがん治療・検査の進歩により、がんは働きながら治すことのできる病気になってきたことがあげられます。

がんの5年生存率はすでに6割を超えています。1)

企業としても、がんの罹患を理由に大切な従業員が離職してしまうことは、大きな損失につながると思います。

国立がん研究センターの調査では、がんの罹患によって働く方の約2割が離職を選んでいます。離職を選ばれた方の半数が治療を開始する前に仕事を辞めおり、こうした実態を背景に、両立支援を進めていくことが大切になっているのです。2)


両立支援について、企業では何から取り組めば良いのでしょうか。

まずは、働く方ががんに対する基礎知識を身につけてほしいと考えます。

両立支援を推進する側として感じるのは、がんの検査や治療について、驚くほど一般に知られていないということです。

このためがんの検診を受けつつも、二次検査を受けない人が多いのです。

例えば便潜血陽性の検査は大腸がんを疑い二次検査に進むべきですが、そもそも大腸がんをねらった検査という認識がないため放置してしまう人がいるのが現状です。

ある調査では便潜血陽性の受診者に積極的に受診勧奨をしないと二次検査を受けた割合が45%と半数を割っているデータもあります。3)

私の勤めるがん研究会有明病院では、がんの基礎知識を広める活動として企業向け研修や講演等を積極的に行っていますが、企業においても、従業員に対して病気としてのがん及びがんに関連する諸制度に関する教育を行う必要性を感じていただきたいと思います。

また、両立支援では産業医の役割も大きいため、産業医が中心人物となって進められることが理想的です。

具体的には、衛生委員会のテーマとしてがんを取り上げることも良い方法だと思いますし、主治医と産業医が直接コミュニケーションをとることも大切です。

大手企業であればがん患者さんの両立支援を行った事例も豊富で、人事・産業保健スタッフの連携で適切に対応できることもありますが、そういった経験がない中小規模の企業では診断書の情報をもとに、人事担当者が就業に関する判断を行うことは難しい場合もあります。

また診断書の内容だけでは就労に関する注意事項が不明瞭であったりその会社では適応できない制度が明言されていたりすることもあるため、医師同士(産業医と主治医)がコンタクトをとることで、スムーズかつ的確な支援が実現できます。


がん検診の重要性を、いかにして啓発するか

新型コロナウイルスの流行によってがん検診の受診率にはどのような変化がありましたか。

当院の現時点(2022年2月)では、検査数も元に戻ってきましたが、感染拡大が問題化していた時、多くの医療機関では健康診断を行っていなかった時期がありました。

健康診断が再開されても検診場での感染を恐れてがん検査を受けない判断をされた方も相当数いたため、今後の数年で進行がんのケースで発見されるがんが増えるのではないかと考えられています。

海外のデータにはなりますが、すでに発見時のがんのステージが進んでいるというデータもでてきております。

やはり、がんは早期発見がとても重要になります。

がんの種類にもよりますが、早期に発見できれば、治療も社会復帰にも時間がかからない傾向があるからです。

特に女性特有のがん(乳がん・子宮頸がん等)は、若い就労世代にも多く見られるため、しっかり検査を受けてもらうことが大切です。

なお、日本の女性のがん検査受診率は4割程度と言われていますが、受けているのは「いつも同じ人」であることが多いのです。

つまり、がんに関する意識が高い人は、定期的に検査を受けているけれども、あとの6割の方はずっと受けていない・受けないという現状があります。

企業としては、ぜひともこうした「がん検査を受けない層の啓発に力を入れもカバーしていただきたいです。


費用の面で二の足を踏んでしまう方も多いと思いますが、企業としてはどのような支援を行うと良いでしょうか。

例えば、がんの検査(子宮頸がん、乳がん、大腸がん)に関しては各自治体から費用の補助や健診の無料券が出ているため、こうした支援を活用することも考えてもらえるように、担当部署からアナウンスしてみてください。

特に検診による効果がみとめられていると厚労層が推奨している5つのがん検査(胃がん、肺がん、子宮頸がん、大腸がん、乳がん)にかかる費用については、可能であれば補助をするなど支援を拡充していただくと良いと考えます。

また、検査の費用に関する課題だけでなく「実際にがんと診断されたら……」と、診断後の働き方について心配をしている方もたくさんいるはず。

がんの治療には入院あるいは通院が必要になりますので、時間単位や半日単位など、治療に関する休暇取得制度の構築についても検討が必要です。

こうした休暇制度を整備することは「治療をしながらでも働き続けられる」というメッセージの発信にもなり、両立支援の風土を形成することが出来ますし、従業員の安心につながります。


企業と産業医、双方に求められているリテラシー

中小企業における両立支援の要点について教えてください。

中小企業の場合ですと、人事等の担当者が両立支援に慣れていないケースも考えられます。

社員からがんと報告があったその際に準備が足りていないと慌ててしまうこともあるかもしれません。

よって、まずはがんと両立支援に関する適切な情報を入手することからはじめてみてください。

こうした情報は、全国に400以上あるがん相談支援センターや産業保健総合支援センター等の活用で知ることが可能です。

また、「人員的な課題もあるので、大企業のような体制・制度を整備するのは難しい」と考えずに、中小企業ならではの強みを生かすことで、両立支援を進めてみてください。

経営者や担当部署にとって「従業員の顔が見える」ということは大きな強みです。「あの人のために何かできないか?」といった視点で、中小企業なりの取組みを進めていくことにより、良い両立支援に繋がっている例も数多くあります。

厚労省の両立支援ポータルサイトに企業規模別の取り組み事例がのっていますので自社で取り組み可能な例を探してみてもよいかもしれません。

規則にしばられがちな大企業よりも柔軟な対応が取れる可能性もあるわけです。

そして、両立支援を行うことは、がんに罹患した従業員だけでなく、そのほかの社員にも支えてくれる会社という安心感を与え全社的に良い影響を与えてくれます。

両立支援を起点として、企業への帰属意識も向上する等、良い効果を生むでしょう。

東京都では難病・がん患者さんの両立支援を行っている企業に対して補助金も用意しています。4)担当者の方はこちらも利用していただければと思います。

なかなか知られていない制度なのですが私も担当中小企業さんが初めてがんと仕事の両立支援を行い、制度を整えた際には担当人事にこの制度の説明をして申請していただきました。

金銭補助があるというのも一つのモチベーションに繋がるかもしれませんね。


産業医としてはどのように両立支援に携わるべきでしょうか。

大手企業であれば、専属産業医として両立支援携わる場面があり、経験を積むことができます。

しかし、嘱託の産業医では、がんの専門医でもない限り、両立支援の知識や経験が足りていないことも想定されます。

よって、企業の経営者・人事等の担当者と同様に、産業医もがんや両立支援に関する基礎知識を得ることが欠かせません。

もう一つは、従業員のがんについて、主治医に問い合わせることをためらわないでほしいということです。

化学療法、手術、放射線治療といった、がん治療の内容やそれらに伴う副作用について分からないことがある状態では、産業医として就業に関する適切な判断を行うことは難しいでしょう。

また、がんの治療が多様化している現在、産業医がそれらすべてを把握するのは難しいです。

わからないことは主治医に問い合わせたり、社員さんから主治医に聞いてきてもらうなどわからないまま両立支援を進めないようにしていただきたいです。

企業としては今後の見込みが知りたいと思うところは当然のことではありますが、治療の状況によりその辺りは変化していくものでもありますので状況に合わせて、主治医・産業医がコミュニケーションをとり、実現可能な両立支援の道筋を立てていくことが肝心なのです。


最後に、メッセージをお願いします。

がんと診断されると、およそ1割の方が治療開始前に退職を選んでしまう現状があります。

しかし、会社のサポート体制があれば従業員は安心しますし、両立支援に対する姿勢を感じるだけでも、こうした事態を防ぐことができると考えます。

がんの診断を機に退職してしまった方へ行ったアンケートでは「会社に迷惑がかかってしまうから」という回答が最も多く、まじめな人ほど仕事を辞めてしまう傾向にあり、企業にとっても損失は大きい。

また、両立支援の推進は、多様な働き方を実現している会社というメッセージの発信でもあります。

ダイバーシティの観点から優秀な人材の獲得等にも効果があるなど、様々な好影響を生むと考えられますので、ぜひ前向きにできるところから進めていただければと思います。


1) 治療の進歩による予後の改善 癌の5年生存率は62.1%(2006-2008 国立がんセンター)

2)がんと診断を受けて退職・廃業した人は就労者の19.8%、そのうち、初回治療までに退職・廃業した人は56.8%

厚生労働省委託事業「平成30年度患者体験調査報告書」(国立がん研究センターがん対策情報センター)

3) 高橋有香 泉並木 検診二次検査受診率向上のための取り組み 人間ドック 2018;33:586-594

4)東京都難病・がん患者就業支援奨励金


升田茉莉子

升田茉莉子

医学博士 産業医 労働衛生コンサルタント 麻酔科専門医  がん治療と仕事の両立支援、医師の働き方改革を研究テーマとしている。大学卒業後麻酔科としてのキャリアを積みながらNTT東日本で専属産業医としての経験も積む。現在がん研有明病院で臨床医として働きながら産業衛生の現場でも嘱託産業医として働きつつ研究にいそしんでいる。企業規模が小さい企業でも治療と仕事の両立ができる世の中になることが夢。

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