〈産業医コラム〉浜口伝博先生「-2022 謹賀新年-」

産業医科大学 産業衛生教授
浜口 伝博

「新年、おめでとうございます!」と、互いに挨拶を交わすたびにその場に新春の清々しい空気が流れ込みます。

相手の「おめでとうございます!」を聞けば、今年一年への前向きな姿勢や強い意思、心の輝きが伝わってきます。

対するこちらからの「おめでとうございます!」には、自分自身を「スタート気分に」させるところがあって、新年に向けて意欲を啓発させる効果があります。

そういう意味で新年の挨拶は大切ですし貴重ですね。


挨拶だけで気分が変わるのですから、挨拶以上に交わされる人の会話はそれ以上に影響力をもっていて、人から受ける言葉も自分から発した言葉も、自身を様々に変化させていることに気づかされます。

心理療法やカウンセリングでは、カウンセラーの適切な相づちや承認、同情、励ましなどによって、人は安心して自分の思いや考えを開示しますが、カウンセラーとの会話を繰り返していくなかで、自分はどんな言葉を頻回に使い、どんな言い回しのクセがあるのか、どんな概念に縛られているのか、などにも気づいていきます。

この自分への気づきこそがカウンセリングのゴールです。

自分の認知や概念の偏向、対人態度の基本などがどのように構成されているのかをつまびらかにすることで、同時に、歪んだ思い込みや不必要な不安を取り除くことにつながるからです。

というのは、その認知や概念、心の偏向は自分が使っている言葉によって構成されていて、私たちがもつ、希望や願い、あるいは不安や絶望も言葉でできあがっているからです。


小林秀雄の名言に、“美しい「花」がある、「花」の美しさという様なものはない。”があります。

この文章の意図するところは評論家間で異なりますが、言わんとするところは、「そこに、花が美しいという事実があるのではなく、花に「美しい」という言葉を当てはめることで、観察側の認知を安定化させている」ということだと思います。

確かに昆虫にとっては、花は「美しい」という概念のものではありません。


どの現象にどの言葉を当てはめるかはその人の感性や体験によるところが大きいのでしょうが、不適切な言葉を自分の現状や周囲の環境、そしてこれから出会うであろう未来に対して当てはめてしまうとしたら、それは脳内処理による不適切な認知につながりかねませんので気をつけなければいけません。

新しい一年が始まろうとしているのに、「今年は去年よりダメかもしれない」「うまくいかなかったらどうしよう」など、来てもいない未来に対して不要な言葉を当てはめる必要などありません。認知は言葉に引きずられてしまうので言葉を換えることが大切です。

そう、言葉を換えて認知を変えていくのです。


さてさて、そうはいうものの、わき起こる感情や認知を簡単に変えることはできません。

とくに怒りや不安、心配といった感情にはどうしても振り回されてしまうものです。

ちなみにこういうネガティブな感情はどんな時に多いかを考えてみると、ストレスや悩みをかかえていたり、寝不足だったり、カゼを引いて体調が悪かったり、といったときに多い気がします。

ここでおもしろいデータを紹介しましょう。敵意の感情(怒りを持って相手を攻撃する感情)を起こしやすい人たちには生活習慣上に共通点のあることが医学的にわかっています。

4つあります。

1)喫煙率が高い集団ほど敵意性が高い

2)1日の飲酒量が多い集団ほど敵意性が高い

3)1日の摂取エネルギーが高い集団ほど敵意性が高い

4)肉の摂取頻度が多い集団ほど敵意性が高い

というものです(Ohira T,et al.Am J Epidemiol,2008)。


まとめると、喫煙すればするほど、飲酒をすればするほど、大食漢である人ほど、肉食をする人ほど、どうも敵意性が高いらしいのです。

怒りの中枢は解剖学的に脳の真ん中辺りの扁桃体周辺にありますが、これら4項目は直接的あるいは間接的に扁桃体を刺激するらしいので、この周辺が刺激されると、同時に不安や抑うつ、心配、恐怖、イライラ、悲観という不穏な感情も併発してくることになります。

どうもこの4項目は人の気分安定には良くない影響を及ぼすようです。

この研究は横断研究なので、この4項目の生活習慣とネガティブ感情との間に因果関係が存在しているという結論にはなりません。

つまり、喫煙・飲酒・過食・肉食だから敵意性が高いとは言えず、敵意性 (怒りっぽい,イライラ、不安、恐怖等) が高いから、喫煙・飲酒・過食・肉食になっている、とも言えるわけです。


でも、職場でいつもカリカリしている人や、いつも人を攻撃的に扱う人を見ていると、どうも喫煙者で、飲酒者で、早食いで、肉大好き、という気もしますので以外と研究結果は合っている気もします(笑)。

実際、飲酒をすればケンカも増えるでしょうし、他の医学レポートによれば、飲酒することでうつ病は悪化するし、魚類や海産物をたくさん摂取する集団にはうつ病発生が低いことが知られています。


今年を始めるにあたり、節煙、節酒、節食、節肉、はいかがでしょうか?

イライラカリカリという敵意性も減少するでしょうし、喫煙や飲酒による睡眠障害も低減します。知らないうちに自分が使っている言葉も穏やかになって、肯定的で快適な、人に喜ばれるような言葉を自然と発しているかもしれません。

他人を大切にする言葉、人生を前向きにする言葉、自分を励ます言葉を、意図的に発することで自分の認知も変えていきましょう。言葉が換わると人も本人も変わるので、私たちの世界もまた変わってきます。

是非今年も素敵な一年に。

文章出典:株式会社イーウェル「健康コラム」より寄稿

浜口伝博

浜口伝博

(はまぐち・つたひろ) 産業医科大学医学部卒業。病院勤務後、(株)東芝(1986~1995)および日本IBM(株)(1996~2005)にて専属産業医として勤務。その後、Firm & Brain(有) を設立し開業型の産業医として独立。大手企業を顧客企業としてもち、統括産業医、労働衛生コンサルタントとして活躍するかたわら政府委員や医師会、関係学会の役員を務めながら、産業医科大学をはじめ、慶應義塾大学医学部講師 (非常勤)、愛媛大学医学部講師(非常勤)を兼任。

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