【前編】西野精治先生に聞く。ビジネスパーソンが知っておきたい、「睡眠」の大切さ

日本人の平均睡眠時間は、OECD(経済協力開発機構)の調査によると2018年は7時間22分と世界でワースト1の短さでしたが、株式会社ブレインスリープが独自で調査したところ、2020年では6時間27分とさらに55分も短くなりました*。

睡眠時間が足りないと簡単に解決しない深刻なマイナス要因が積み重なっていってしまうことから、睡眠不足のことを眠りの研究者たちは「睡眠負債(すいみんふさい)」と呼ぶそうです。

今回は、働くうえで改めて知っておきたい「睡眠」の大切さについて、アメリカ・スタンフォード大学で30年近く睡眠の研究を行ってきた、『スタンフォード式 最高の睡眠』の著者でもある西野精治先生にお話を伺いました。

*株式会社ブレインスリープ『睡眠偏差値 調査結果発表 2020』


睡眠負債が引き起こす、さまざまな弊害とは

解説:西野精治(にしの せいじ)

スタンフォード大学医学部精神科教授/同大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長/医師/医学博士/株式会社ブレインスリープ 創業者兼最高研究顧問

認定資格 精神保健指定医、日本睡眠学会専門医、産業医

2017(平成29)年に出版した啓蒙本『スタンフォード式 最高の睡眠』が30万部を超えるベストセラーとなり、書籍で取り上げた「睡眠負債」が流行語大賞トップ10に選出される。


睡眠を十分取れず睡眠負債が積もってしまうと、どのような影響があるのでしょうか?

・身体の修復(メンテナンス)ができなくなる

深い眠りには、眠っている間に成長ホルモンの分泌を促し身体を修復してくれ、新陳代謝(しんちんたいしゃ)を高めてくれる効果があります。睡眠が不足すると、骨の強度や肌の保水量が下がってしまうことが研究により分かっています。


・脳の老廃物を除去できず、認知症リスクが高まる

頭蓋骨(ずがいこつ)の中には脳のまわりを脳脊髄液(のうせきずいえき)という液体が包んでおり、その脳脊髄液が1日数回新しいものに入れ替わるときに脳の老廃物も一緒に除去されています。

深い睡眠中は日中よりその老廃物を効率良く流してくれることから、睡眠が不足すると老廃物の一種でありアルツハイマー病の原因にもなるアミロイドβ(ベータ)が脳内に溜まってしまい、認知症の発生リスクが高まってしまうのです。


・免疫力が下がり、全ての病気リスクが高まる

適切な睡眠を取らないと、短期間では感染症、長期間に及ぶと認知症などの変性疾患(へんせいしっかん)と、さまざまな病気のリスクが高まります。

若い時は睡眠不足が続くことが平気であっても、仕事でストレスが溜まりやすい40代になってくると、これまでの睡眠負債の蓄積により疾患リスクも高まってしまいます。高血圧や糖尿病、がんなどの生活習慣病だけでなく、ほぼすべての疾患リスクが高くなるというのが研究データの結果で分かってきています。


・仕事のパフォーマンスが低下してしまう

睡眠負債は徐々に積み重なって弊害が出ます。たとえば、睡眠負債のせいで実際には本来の自分の実力100%のうち7~6割しか発揮できていない状態でも、自分のパフォーマンスはここまでなのだととらえてしまったりします。

アブセンティーズムと呼ばれる遅刻や欠勤などの目に見えるような不調だけでなく、社員が本来のパフォーマンスが発揮できていない方が業績などに与える影響がはるかに高いため、企業は社員の睡眠にも注意しなければなりません。


良い睡眠パターンで、効率的に睡眠効果を得よう

どのような睡眠が“良い睡眠”なのでしょうか?

・良い睡眠パターン

健康な睡眠パターンは、入眠するとその後すぐに1番深いノンレム睡眠がくるパターン。

眠りが深いノンレム睡眠の後は短いレム睡眠が来て、これを明け方までに4~5回繰り返します。明け方に近づくほどレム睡眠が多くなり、身体も自然と起きやすい状態になります。

睡眠で得られる効果の多くがあるのはこの眠ったすぐ後の1番深いノンレム睡眠なので、この眠りを確保することが1番大切なのです。


・悪い睡眠パターン

不健康な睡眠では、就寝時間が後ろにズレて体温のリズムも崩れてしまい、起きる前に体温が下がります。すると、朝の寝起きもすっきりせず、起きた後も眠くて頭が働かずにぼうっとしてしまいます。

睡眠負債や生活リズムのズレだけでなく、睡眠時無呼吸症候群のような重度の睡眠障害の場合でも、しっかり睡眠をとれていないため朝方になっていても身体が深い睡眠を取ろうとしてうまく起きられないなど、不健康な睡眠パターンになってしまいます。


睡眠の質を上げて、快眠を得るための方法

「仕事のことを考えて熟睡できない」「睡眠時間を確保できない」…睡眠の質を向上させるポイントはありますか?

・生活にメリハリをつけて

良い睡眠のためには、1日のリズムが重要になります。朝起きたら太陽の光を浴びてしっかり朝食を摂り、身体に「朝だ」と知らせるようにしましょう。

一方、夕食後の遅い時間には仕事や激しい運動をしたりしないでだんだん活動量を下げていきリラックスするといった、生活リズムにメリハリをつけることがとても重要です。

就寝前に仕事のメールを見たりすると、何か気になることが書いてあり、なかなか眠れなくなってしまうこともあります。朝早く起きて返信するようにした方が睡眠のためには良いでしょう。


・少量ならお酒も効果的

過度な飲酒は眠りを浅くしたり、利尿作用により睡眠の質を下げたりしますが、お酒には興奮状態の脳をリラックスさせるという効果もあります。眠りを妨げないためには、アルコール度数の弱いお酒を大量に飲むよりも、強い度数のお酒を眠る直前に少量飲む方がおすすめです**。

実際に、あるオペラ歌手から、夜遅い時間のステージでの緊張や興奮が強く残っている眠れないときに、ウォッカを1口あおってリラックスさせてから眠るという話を聞きました。

**株式会社ブレインスリープ『睡眠偏差値 調査結果報告 2020、睡眠とお酒』


・環境管理が快眠のコツ

良い眠りには環境も重要な要素で、寝室の室温や湿度が高すぎても低すぎてもうまく眠れません。

また、人間は、身体の中心の体温が下がってくると眠りやすくなります。寝ている時は身体の中の熱を皮膚から放出しているため、それを妨げないような寝具を選ぶようにしましょう。

ほかにも、日本人が大好きな入浴も利用できます。お風呂に入ると身体の中の温度が上がります。たとえば、40度のお湯に15分浸かると深部体温が0.5℃程度上がりますが、それが冷めるまでには90分もかかり、その間は暑くて眠ることができません。

体温が上がるというのは身体にとって危険なことなので冷やそうという機能が働き、一定の時間が経つと元の温度よりも下がることが分かっています。そういうタイミングで寝ると、寝つきが良くなると言えるでしょう。

後編の記事はこちら

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西野精治

西野精治

(にしの・せいじ) スタンフォード大学医学部精神科教授/同大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長/医師/医学博士/株式会社ブレインスリープ 創業者兼最高研究顧問 認定資格 精神保健指定医、日本睡眠学会専門医、産業医 2017(平成29)年に出版した啓蒙本『スタンフォード式 最高の睡眠』が30万部を超えるベストセラーとなり、書籍で取り上げた「睡眠負債」が流行語大賞トップ10に選出される。

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