catch-img

<産業医コラム>会社員に必要な、断る力の身に付け方~アサーションの活用~

あなた「今月は仕事の山が重なって大変だ。あれもしないといけない、これもしないといけない。毎日遅くまで残業をしたら、何とか終わらせることができるかな。大変だな。来月は落ち着きそうだし、なんとか頑張るか。」
 そう考えていたあなたのもとに、困った顔をした上司が駆け寄ってきました。
 
 上司「すまん、~さんが担当していたお客様から、急な仕様の変更をお願いされたんだ。かなり基礎の部分からの見直しが必要になるから、今月から頑張っても終わるのはおそらく数ヶ月先になると思う。でも、来月から~さんは育休に入るから、頼むのが難しいんだ。忙しいのは分かるけど、~さんの替わりに何とかやってくれないか?」
 
あなた(どうしよう・・・今月は他の案件でそれどころではないんだけど。でも、~さんは来月には休みに入っちゃうし、自分がやらざるを得ないのかな。)
「・・・わかりました。何とかやってみます。」


 皆さん、このように、断れなかったことで苦労することはありませんか?相手の機嫌が悪くなるのが怖い、失望されるのが嫌、悲しませたくない、無能と思われたくない、、、色んな理由・思いで、他人からのお願いを断るのが苦手な方が多くいます。実際、断ることで、多くの人が不安やストレスを感じているようです。でも、そのせいで自分も苦労するし、やる気も起きないからやっつけ仕事になってしまう。誰も幸せになりませんよね?
 そんなときに役立つのが、アサーションです。今回は、アサーションというスキルを使った、誰も傷つけない断る技術を紹介します。

1.アサーションとは

アサーション(Assertion)とは、相手を尊重しながらも自分の意見や感情を率直に伝えるコミュニケーションスキルのことです。このスキルは、自己主張を一方的に押し通すのではなく、相手との対話を大切にし、双方が納得できる形で意見交換をおこなうことを目指します。そのため、アサーションを使った断り方を身につけることで、相手との関係を壊さずに、自分の意思をしっかりと伝えることができます。

2.あなたの自己表現の特徴は?

アサーションでは、自己表現のスタイルを3つに分類します。これらのスタイルには、アサーティブ(自己主張的)、アグレッシブ(攻撃的)、ノンアサーティブ(非主張的)の3つがあります。それぞれの特徴を理解することで、効果的なコミュニケーション方法を選び、職場や日常生活での人間関係を円滑にすることができます。
あなたはどのタイプですか?以下の説明を参考に、ぜひ考えてみてください。

<アサーティブ(Assertive)>

アサーティブとは、自分の意見や感情を率直に表現しつつ、相手の意見や感情も尊重するコミュニケーションスタイルです。アサーティブな人は、自分の気持ちや考えを明確に伝えながらも、相手の立場や感情に配慮し、対話を通じて双方が納得できる解決策を見つけようとします。このスタイルでは、どちらか一方が優位に立つのではなく、対等な関係性を重視します。アサーティブなコミュニケーションは、職場でのチームワークや問題解決において非常に有効です。たとえば、意見が対立した場合でも、お互いの考え方を尊重し合いながら議論を進めることで、より良い結論に導くことができます。アサーションでは、アサーティブな自己表現ができるようになることを目指します。

<アグレッシブ(Aggressive)>

アグレッシブなコミュニケーションは、自分の意見や要求を強引に押し通すスタイルです。アグレッシブな人は、自分が正しいと信じ込み、相手の意見や感情を無視する傾向があります。このスタイルでは、高圧的な態度や言葉遣いが特徴であり、相手に対して攻撃的になることが多いです。結果として、相手との関係が悪化しやすく、長期的には信頼関係が損なわれるリスクがあります。あなたが断りづらいと思っている要求をしてくる相手は、もしかしたらこのタイプかもしれません。

<ノンアサーティブ(Non-Assertive)>

ノンアサーティブとは、自分の意見や感情を抑え込み、相手に合わせる受け身的なコミュニケーションスタイルです。ノンアサーティブな人は、自分よりも相手を優先し、自分の要求や感情を表現することが苦手です。対立や争いを避けたいという気持ちから、自分の考えをあいまいにし、言い訳が多くなることがあります。この結果として、不満やストレスが溜まりやすく、自己肯定感が低下することもあります。断るのが苦手という方は、もしかしたらこのタイプかもしれません。

3.アサーションによる断り方の基本

アサーションを使った断り方は、単なる「ノー」という言葉だけではなく、相手に対して自分の立場や考えを明確に伝えることが重要です。以下のステップに従うことで、相手との関係性を保ちながらも、効果的に断ることができます。専門的にはDESC法というのですが、ここでは割愛します。
この断り方を身に付けることで、アグレッシブな方でも、ノンアサーティブな方でも、アサーティブな自己表現ができるようになります。

①自分の気持ちや状況を説明する

まずは、自分がなぜその依頼や提案を受け入れられないかという理由を明確にします。ここで大切なのは、自分の感情や状況について率直に伝えることです。相手があなたの立場や状況を理解すれば、無理な要求だと気づく可能性があります。
例:「今週は既に多くのプロジェクトに取り組んでいて、新しい仕事を引き受ける余裕がありません。」

②相手への理解と共感を示す

次に、相手の気持ちや立場にも配慮し、その依頼がどれほど重要か理解していることを示します。これによって、単なる拒絶ではなく、相手への思いやりがあることが伝わります。
例:「あなたがこのプロジェクトに力を入れていることはよくわかりますし、お手伝いしたい気持ちはあります。」

③具体的な代替案や提案を提示する

もし可能であれば、自分ができる範囲で代替案や他の解決策を提案します。これによって、単なる「ノー」ではなく、前向きな姿勢で問題解決に協力しようとしていることが伝わります。
例:「今週は難しいですが、来週であれば時間がありますので、その時にお手伝いできると思います。」

④明確かつ丁寧に断る

最終的には、自分の意思を明確に伝えます。「ノー」と言うこと自体は悪いことではありませんが、それが曖昧だと相手に誤解される可能性があります。丁寧な言葉遣いでありながらも、はっきりと断ることで、自分の立場や限界を示すことができます。
例:「今回は本当に申し訳ないですが、お引き受けすることができません。」

⑤どうしても断れない場合は、許せる範囲での妥協で選択肢を示す

どうしても断れないときは、自分の許容できる範囲で妥協することも考えましょう。かたくなに無理だと自己主張するのではなく、自分ができることを提案して、お互いがWin-Winになれる方法を一緒に考えていくことも重要です。
例:「どうしても今週ということであれば、今日の午後だけで終わる内容であれば引き受ける余地があります。それで終わらないようであれば、申し訳ないですが、お断りさせてください。」

4.アサーションによる断り方のポイント

アサーションスキルを使って断る際には、いくつか重要なポイントがあります。これらを意識することで、より効果的なコミュニケーションが可能になります。

・自己主張と尊重のバランス

アサーションは自己主張だけでなく、相手への尊重も大切です。自分の意見や感情だけでなく、相手の立場にも配慮することで、お互いに納得できる形でコミュニケーションが進みます。

・感情的にならない

断る際には冷静さが求められます。感情的になってしまうと、相手との対話が難しくなり、不必要なトラブルにつながる可能性があります。自分の気持ちや理由は率直に伝えつつも、冷静で落ち着いた態度を保ちましょう。

・自己開示をする

感情的になるのはNGですが、自己の感情を表現することはとても大切です。私たちは、「うれしい」「悲しい」「腹立たしい」等の感情を直接伝えず、自分の中に抑え込むことが多いです。それを抑えたまま問題を解決しようとすると、コミュニケーションに齟齬が生まれることがあります。

・曖昧な表現は避ける

「できれば」「考えてみます」といった曖昧な表現は避けましょう。このような表現では相手に誤解されやすく、本当に断ったかどうかが不明確になります。自分の意思ははっきりと伝えることが重要です。

・罪悪感を抱かない

断ること自体には罪悪感を抱く必要はありません。誰しも限界がありますし、全ての依頼や提案に応じる必要はありません。アサーションスキルは、その限界を適切に表現するためのツールです。

5.アサーションによる断り方の具体例

実際のビジネスシーンや日常シーンで使える具体的なアサーティブな断り方の例をご紹介します。

・上司から追加業務を頼まれた場合

「この案件についてお力になりたい気持ちはあります。ただ、現在進行中のプロジェクトもあり、それらにも集中したいと思っています。そのため、この仕事については他のメンバーと協力して進めていただければと思います。」

・同僚から仕事後のお誘い

「お誘いいただいてありがとうございます。~さんとはずっとご飯に行きたいと思っていたので嬉しいです。ただ今日は家族との予定がありますので、ご一緒できません。また別の日にぜひお願いします。」

・友人から急なお金の貸し借り依頼

「あなたが困っている状況は理解しているし、とても心配。ただ、お金については慎重になりたいから、貸すことはできないよ。他にも助けられる方法があれば、ぜひ協力したいと思う。」

・知人からイベント参加へのお誘い

「イベントへのお誘いありがとうございます。ただ、その日は既に予定がありますので参加できません。一緒に行きたいという気持ちでいっぱいなので、また別の日程でお会いできれば嬉しいです。」

・パートナーからの自分勝手なお願い

「そんな風に言われると、適当に扱われているようで悲しいよ。私にやってほしいと思う気持ちもわかるし、やってあげたいとも思うよ。だから、言い方を変えてくれたら、お願いに答えられると思う。今回は答えてあげられなくて、ごめんね。」

6.まとめ

アサーションによって、「ノー」と言うことへの不安やストレスから解放され、自信を持って自分の意思を伝えることができます。ビジネスでもプライベートでも、このスキルを活用することで、人間関係を良好に保ちながらも、自分自身の時間やエネルギーを大切にすることが可能です。ぜひ、このアサーティブなコミュニケーション方法を取り入れて、自分らしく快適な対話術を身につけてください。
アサーションは、職場において良好な人間関係を築くための有効な手段であり、特にハラスメント防止や生産性向上・離職防止、従業員満足度とエンゲージメントの向上に寄与するものとして注目されています。そのため、私も産業医として、従業員のセルフケア教育、新入社員研修等でアサーションを取り入れたトレーニングやワークショップを実施することが良くあります。アサーションを通して、上司やお客様との関わり方、自身のストレスのコントロールの仕方、自己の感情の表現の仕方等を学んでいきます。アサーションを始めとした、従業員のセルフケア教育、コミュニケーション研修等のご依頼・ご相談等ございましたら、いつでもお声掛けください。

文章出典:人事・総務向け「ウェルビーイング経営」サポートメディア「ウェルナレ」専門家記事より寄稿

​​​​​​
寺道 紘毅

寺道 紘毅

産業医、労働衛生コンサルタント、社会医学系専門医・産業衛生専門医、産業衛生学修士 製造業を中心に、建設業・情報サービス業・物流業・金融業・小売業・飲食業等の多くの業種で産業保健活動をおこなっている。 大学非常勤助教・大学院生として産業精神保健の研究にも取り組んでいる。 得意分野はメンタルヘルス対策、健康経営施策・エンゲージメント向上施策、研修・ワークショップ運営、コーチング等。

関連記事


\導入数4,600事業場!/エムステージの産業保健サービス