〈産業医コラム〉令和5年健康経営認定、新たなポイントは?
今や日本の多くの企業が取り組んでいる「健康経営」。業種などにもよりますが、毎年ホワイト/ブライト500を目指してさまざまな施策を行う企業も多くあるのではないでしょうか。そんな中、少し前の7月に2023年度健康経営調査票の素案が示されました。本記事では、今年の調査票の変更点についてまとめておきます。
目次[非表示]
- 1.1.情報開示項目について
- 2.2.女性の健康について
- 3.3.特定健診・特定保健指導の実施率について
- 4.4.その他
- 5.5.まとめ
1.情報開示項目について
まず注目すべきは健康経営銘柄・ホワイト500を目指す場合に必須になった「従業員パフォーマンス指標及び測定方法の開示」。中小規模法人にはあまり影響が大きくないですが、大規模の項目は遅れて中小規模に反映されることも多く、今後中小規模でもブライト500などを狙う場合には注目していかねばならないポイントです。
内容としてはアブセンティーイズム(欠勤や遅刻など)、プレゼンティーイズム(出勤しているがパフォーマンスが低下している状態)、ワーク・エンゲージメント(主体的な仕事への取り組み)のいずれかを指標として計測・開示することが求められています。これまで測定率が5割近いのに対し、開示率は15%以下と低迷していましたが、測定方法と合わせ、今後公開が促進されることが「人的資本経営」でも重要と位置づけられているのが反映されたと考えられます。今後ホワイト500などに限らない必須項目となる可能性もあるでしょう。
またこれに比べれば目立たないですが、ひっそり追加されているのが「労働安全衛生・リスクマネジメント」の項目。労働安全衛生マネジメントシステムの導入や、リスク評価を実施しているか、安全衛生委員会の状況について公開しているかが問われています。またその下部質問では「労働災害、死亡災害に関する指標(件数、度数率、強度率など)」の開示も項目に入っています。ここは産業医がダイレクトに関わる項目でもあり、「プラスを作る」という意味でのパフォーマンス指標と、「マイナスを作らない」という意味での労働安全衛生体制双方についてより問われるようになっています。今一度社内の人事労務体制や、その評価について見直すことが必要になるでしょう。
2.女性の健康について
筆者の専門分野でもある「女性の健康・男性の家庭参加」についてはかなり踏み入った取り組みがされています。
まず重要視されているのが、仕事と育児・介護の両立支援。これまでの調査票では「適切な働き方の実現に向けた取り組み」という項目でしたが、今年は「適切な働き方の実現及び育児・介護との両立支援の取り組み」に変わり、より育児・介護との両立支援が重視されています。「ダブルケアラー」などの言葉も入っており、今後の社会課題として認知されているのがうかがえます。
またこの設問の中には、男性育休に関わる研修の参加率や、男女の育休取得状況の数値開示も求められています。育児休業法の改正に伴う、1000人以上の企業の取得率開示と合わせ、強く注目されていると言えるでしょう。なお女性の育休は「前年度の出産人数と、現時点の継続就労人数」、男性の育休は「本年度の取得人数と、連続1ヶ月以上の取得人数」が問われており、年度が違うので注意しましょう。
また女性特有の健康課題についても、これまで「健康関連課題に関する知識を得るための取り組み」「行動変容を促すための取り組み」のどちらかが回答要件だったものが、双方が回答必要になりました。筆者は産婦人科医として、女性の健康経営に関する講演を多数担っておりますが、今年は依頼も多い印象があります。これまで研修のみで実際の取り組みにつながっていない企業も多くありましたが、今後は実際に効果のある取り組みをすることが求められています。
3.特定健診・特定保健指導の実施率について
なかなか健康経営銘柄企業でも伸び悩んでいるのが特定健診受診率・特定保健指導の活用。ここについても実施率を開示することが求められました。保健指導についても「医師または保健師による」となり、運動レクチャーなどは非該当となっています。本来の意義の特定健診・保健指導を遂行することが求められていると言えるでしょう。内容的に従業員の積極的な参加が得にくい分野ではありますが、企業の取り組みが求められています。
4.その他
その他の興味深いポイントして、「花粉症」「眼精疲労」に対する支援項目が追加されたことがあります。まさにプレゼンティーイズムの低下という意味ではメンタルヘルスや女性の月経・更年期などと並んで非常に重要性が高い項目であり、企業単位での取り組みが求められているといえるでしょう。また評価には影響しないものの、グローバルでの健康経営実施方針に関する設問も追加されました。「健康経営の輸出」についてはアジアを中心にJETROなどが進めていることもあり、今後進んでいく可能性もあります。
5.まとめ
健康経営の評価基準は、認定を取る上で重要ですが、同時に「今後どこに力を入れていくのか」という政策的なメッセージも含みます。今回で言えば育児・介護休業法の改正に合わせ男性育休などが増えていますし、人的資本経営や生産性・プレゼンティーイズムの設問は今後より増えていくでしょう。
健康経営の調査票素案が公開されてから取り組むのは基本的に間に合わないことが多い以上、企業は今後の流れを読んで先手で対策していくことが求められます。
この記事の講師
平野 翔大
産業医・産婦人科医・医療ジャーナリスト
産業保健法務主任者・健康経営エキスパートアドバイザー
産婦人科を経て嘱託産業医として大企業からベンチャー企業まで幅広く担当。また女性の健康経営や働き方改革・医療費適正化などのコンサルティングを企業・健康保険向けに行う。同時にジャーナリストとしても執筆多数。特に男性の育児支援を専門とし、著書に「ポストイクメンの男性育児」(中公新書ラクレ)がある。
文章出典:株式会社イーウェル「健康コラム」より寄稿