〈解説:立道昌幸先生〉企業におけるがん対策、実現のための要点とは

「一億総活躍社会」「人生100年時代」という言葉が話題になって久しいですが、就労年齢が高くなるほど、がんをはじめとした病気にり患するリスクも高くなることが考えられます。

本記事では、がん対策の専門家である東海大学の立道昌幸先生へインタビューを行い、企業におけるがん対策の要点をお聞きしました。


がん対策は、まずは一次予防、次にがん検診です。がん検診はメリットだけでなく、デメリットについて知ることが重要です。

はじめに、先生のプロフィールについてお聞きできますか。

東海大学 教授の立道昌幸と申します。大学を卒業後直ぐに専属産業医の道にはいり、10年産業医の実務について学びました。その中で会社から在職者死亡を減らすことのミッションを頂き、当時もそうですが、現在でも50%以上はがんであるので、職域でのがん対策を専門とするようになりました。最初は化学物質による発がんメカニズムの基礎研究に始まり、現在では職域でのがん対策としての一次、二次、三次予防の政策研究を行っています。

がん対策というと直ぐにがん検診を連想され受診率が低いというのが課題となっています。しかし、がん検診は受ければよいというものではなく、がん検診には受診するメリットとデメリットがあるため、注意する必要があります。


がん検診のメリットとデメリットについて、詳しく教えていただけますか。

最近では血液や尿を使って検査をする方法が話題になっています。これらの検査には手軽に検査を行えるというメリットがありますが、デメリットも存在しますので注意が必要です。

例えば、血液一滴で行える検診で陽性と判定された場合、その次のステップではがんのある臓器や場所を特定する必要があります。

しかし、実際にCT等の画像診断装置を撮ってみてもがんが見つけられないようなケースもあり、その場合を偽陽性と言いますが、その場合には検査を受けた人には、無駄な精密検査や不安だけが残ってしまうことになります。

また、がんの進行速度は、がんの性質によって全く異なります。がんは、数年から数十年単位で速度が異なりますので、例えば、PSAという血液検査で、前立腺がんの有無がわかりますが、その検査で見つかる前立腺がんには増殖速度が遅いものが含まれており、60歳で発見されたとしても、増殖スピードが遅いがんでは、がん自体がその人の命を奪うことはない場合があります。

つまり、検診によって無理やりにがんを見つけることは治療の必要ないものまで見つけてしまうというデメリットがあるのです。これを過剰診断と言います。


がん検診には様々な種類のものがありますが、どれを受診すべきでしょうか。

今お話ししたようながん検診にはメリット・デメリットがあることを理解し、どれもこれもと網羅的な検査を受診するのではなく、自身に合った検診を受けることが大切です。そのメリットがデメリットを上回る検診について、科学的な根拠が証明されているのが国のガイドラインです。

がん検診は、命に関わらないがんを見つける可能性があるので、がんの発見だけが目的ではなく、そのがんで死なないことこそが目的になります。

一方で、がんに罹る原因として、主なものには、胃がんの原因となる、ピロリ菌、肝がんの原因となる肝炎ウイルス、子宮頸がんの原因になるヒトパピローマウイルスなどがあります。これらの感染の有無と、喫煙、アルコール、食生活、運動などの生活習慣が重要な因子となります。私は、がん検診で見つけるということも大事ですが、その前にこれらの予防を通して、罹らないようにするという一次予防が非常に大切だと思っています。

また、がん検診を受診する際も、一人ひとりが「自分にとって何がリスクなのか」ということをしっかり認識してもらった上で、どの検診を受けたらよいか、自らの意思にてがん検診を受診して頂くということが必要と考えています。

例えば、Aさんという方が、大腸がんでお父さんを亡くしていたとします。そうなると、Aさんにとって大腸がんには思い入れがあるわけで、大腸がんの検査には興味を持つと思うのです。

また、60歳あたりの方が「定年後の人生を謳歌したいからがんにはなりたくない」と考え、がん検診の受診に積極的なケースもあります。

つまり、人それぞれの価値観や人生設計、興味といった部分によって健康問題が変わってくるため、シェアード・ディシジョン・メイキングという手法を用いながら、医療職と情報共有を行い、人生プランを検討していくことが重要であると考えています。

これは、ご自身の人生設計や年齢によっても変わりますので、例えていうならば生命保険のプランを選択することに似ているかもしれませんね。


なぜ、この「マイ健診プラン」を開発しようと考えられたのでしょうか。

私は今まで、企業において様々な研修会を行ってきました。

一昔前会社では「50歳研修」や「セカンドキャリア研修」といった名称で、セミナーを開催することが多かったのです。

その中で、ミドル世代に対し“今後の健康についてどう考えていくか”といったテーマを取り上げて、これからどんな検診を受診するのか?というグループデイスカッションをすると、受講者からの反応が良く、とても興味を持っていただけることが分かったのです。

そこで、健診(検診)の正確な意義を知らない方が多く、検診をうけることが健康の第一歩であると考えている方が非常に多いことに驚きました。

こうした経験から、長く健康的に働くためには、その人それぞれが、ご自身にどのようなリスクがあって、そのリスクに見合った検診を受診してもらうことが必要だと感じ、ご自身のリスクから検診を受診するといった行動を助けるツールや教育方法を開発することにしました。

また、このツールは、前述したようなむやみやたらにがんを見つけるための検診をおすすめするものではありません。

企業では、がん検診を単なる福利厚生やサービスとしてとらえていることが多いのですが、これは大きな間違いなのです。検診というのは、そのヒトにとって受けてよい検診と受けていけない検診があるので、一概にそれがサービスにはならないのです。


企業におけるがん対策の要点を教えていただけますか。

まずは、がんに対する正しい情報を入手し、考える力を養う「リテラシー」を向上させることが大切です。そうでなければがん検診も人間ドックも、受診する意義が薄れてしまうでしょう。ですので、企業においては、従業員に対してがんを含めて健康に関する啓発や教育に取り組まなければなりません。

次に私の一番今取り組んでいるところですが「感染症をベースにしたがん」の予防および対策があります。

前述したように、肝がんや胃がん、子宮頸がんといったがんは感染症を原因として発症するがんの多くは、感染症の治療とワクチンにて予防できるがんといえます。

例えば、肝がんは肝炎ウイルスがベースになって肝がんに進行しますが、その肝炎ウイルスは、現在では経口薬でほぼ100%治すことができます。

また、胃がんはその90%以上がピロリ菌を原因としたがんです。ピロリ菌も同じく、経口薬による2週間程度の治療を行うだけで除菌が可能になりますので、胃がんリスクを低減させることができます。そして、HPVワクチンの接種によって子宮頸がんのリスクも大幅に低減することができるのです。

(ただ、50才以上の方には、50%程度の方がピロリ感染しているので、それを除菌することは抗生物質の乱用や、耐性菌の出現、抗生剤による副作用があり、年齢の因子を考える必要がありますのでデメリットが大きすぎることと解釈されています)

しかし、これらの感染症に関する除菌等については、若い時にすることによって効果が期待されます。従って、入社時や、30才、35才という節目に自分が感染症に罹っていないかを確認していただければと思います。特にピロリも肝炎も一生に一回検査で陰性ということが、わかれば陰性カードを発行し、自分は陰性なんだということで、もうそのがんの心配がなくなります。

子宮頸がんワクチンに関しては先進諸国に比べ我が国HPVワクチン接種率はとても低いのは、日本人のワクチンに対する歴史的な嫌悪アレルギーがあります。同様に、こうしたがん対策に関する正しい情報を知らない人が多いことは、非常に残念だと感じています。


企業におけるがん対策では、どのような活動が必要だとお考えでしょうか。

がんの教育・啓発には様々な方法がありますが、従業員のリテラシーを高めるためには、正しい情報を正しく伝えていくことが大切です。その方法のひとつとして、厚生労働省の「がん対策推進企業アクション」で展開されているコンテンツやEラーニングを活用することが挙げられます。

また、社内でがん対策の知識を広めるためには、衛生委員会の場を活用することが有効的ですが、多くの企業ではこの衛生委員会で実施する健康講話が全社員に活用されていないようにも感じます。

ですので、人事担当者の方は、産業医等の専門スタッフともと連携し、衛生委員会を意義のあるイベントにすることも検討して頂くことも一つです。

そして、産業医も「がんは専門科目ではないから……」などと敬遠せず、積極的に情報収集を行うことも意識して頂くことも重要です。

検診や人間ドックを受けっぱなしで終わりにしてしまう方がとても多いことも、企業は何とかしなければなりません。例えば、人間ドックを受け、便潜血など要精密検査と判定されても、精密検査を受ける人の確率はとても低いのです。この背景には、ご自身がなんの検査を受けているのかを説明なしに受診されているという問題もありますし、精密検査を勧奨するシステムもないのが課題です。がん検診は、まずはリスクのある人を拾い上げて、二次検査でがんと診断するという2段階検診であることを理解することが必要でしょう。


最後に、メッセージをお願いします。

医療技術が進んだ今の時代では、がんと診断されてもおよそ6割は治りますし、早期だったらほぼ100%治ります。

しかし、未だに“不治の病”のように受け止められているのは、がんに対する理解が進んでいないからなのです。

企業の中でがんに関する知識が向上することは、治療中の両立支援にも良い効果を生みますし、副次的な効果としてメンタルヘルスにも好影響を与えるでしょう。

具体的には、手術によりがんを切除した後も、再発防止のために2~3年は抗がん剤を使うようなケースがあるわけですから、そうした場合に両立支援が必要になってきます。

その時に、経営者や管理職が、がんに対する正しい知識を持っていることで、離職や人材の流出を抑えることができます。

また、がんをはじめとした両立支援では、治療に関する休暇の取得等に対し柔軟に対応することが求められるのですが、こうした対応ができる良好な人間関係や体制が構築できている職場では、メンタルヘルスの問題も起こりづらいものと思われます。

人材不足が叫ばれる今の労働市場において、健康的に長く働ける環境を整備することは、企業とって欠かせない活動です。

こうして、職場でがん対策を行うことは、企業にも好影響をもたらすことに期待ができますので、人事労務担当者や産業保健スタッフの方は、がん対策についてぜひとも前向きに取り組んでいただきたいです。

立道昌幸

立道昌幸

1987年産業医大卒業、臨床研修終了後1989年よりソニー(株)専属産業医、1999年東邦大学医学部助手、2001年WHO世界がん研究機構(IARC)2005年昭和大学医学部助教授、2013年より現職

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