<産業医コラム>武田信玄に学ぶ健康経営の極意
ようやく9月になりましたが、今年の夏も暑かったですね。私はこの夏は山梨へ出かけました。みなさま甲府駅を訪れたことはありますか?駅前にはとても見事な武田信玄像が鎮座していて、軍配を片手に甲府の街を見つめるその迫力と風格はほれぼれとするほどで一見の価値がありました。
武田信玄と言えば、1988年大河ドラマ「武田信玄」は平均視聴率39.2%、大河ドラマにおける平均視聴率ランキング第2位になるほどの人気ぶり。生涯で勝ち戦は70戦以上、負け戦は数戦ほどだったそうですからその人気も納得です。織田信長と対決する前に病で没し、病さえなければ天下統一に最も近かったとも言われるほどの名将は、実は優れた領地経営者でもありました。実際父親の信虎から継いだ25万石は30年で約5倍の130万石へと拡大させています。
現代では、経産省が2021年に健康経営銘柄と認定された企業の平均株価が過去10年にわたってTOPIXを上回っていたと報告していますが、戦国最強とも言われた武田信玄の領地経営がどのようなものであったか、健康経営という視点で考えてみたいと思います。
信玄の遺したとされる言葉に「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」というものがあります(諸説あります)。
人材は石垣や堀のように城を守るもの、そして城そのものである、また、情けをかければ味方となり、恨みを持たれれば敵となる、という意味で、人材こそが城に匹敵するほどの重要な資源であり、それを活性化することが領地経営に必要という考え、これはまさに現代の「健康経営」の考え方そのものに思えます。そんな信玄の治める職場は部下にとってどんなものだったのでしょうか。
活力をもっていきいきと働ける活性化した職場に必要なものは「理念やビジョンの共有」「モチベーション」「コミュニケーション」の3つと言われます。
信玄が家督を継ぐ前、父の信虎の時代に、その政策や度重なる戦で家臣らは疲弊し、幼少の頃から神童と評されるほど学問にも武術にも優れていた信玄に期待していました。そのため、その期待に応えて信玄が蜂起した時には、甲斐を立て直すというビジョンの共有、そしてやらされるのではなく能動的に行動するというモチベーションが揃った状態でした。
ただし、クーデターを成功させた後の信玄は若き君主として家臣たちの掌握に苦労したようです。そこで信玄がとったのが当時には珍しい合議制でした。御前会議などの合議により家臣たちの意見に耳を傾け、またそれは単なる会議ではなく、部下からの諫言も快く受け止める心理的安全性の高いもので、部下たちとのコミュニケーションも密だったと言えます。
また金山経営で軍資金を作り、甲州金という貨幣制度を用いるとともに戦場で手柄を立てたものには即座に報酬を与え、領土拡大により部下たちの所得を増やし保証することで、仕事にやりがいを感じ熱意をもって取り組める土台を作りました。
それとともに、部下1人1人の個性や能力を尊重したうえで仕事を与えました。岩間という合戦に行くとなると体が震え馬から落ちるほどの臆病者には、「臆病というのはただ小心というだけではなく、気持ちが細やかなということだ」と合戦の同行ではなく拠点の守りと家中の監査役を命じました。
慎重さや警戒心の強さは守りにおいては必須であり、その細やかさは領内の人やものの動きに目を配る監査には重要な資質です。このように、闘いの場では短所となる臆病さを、適所に配置することで長所として活用したのです。ちなみにこの部下は自分のような臆病者でも信玄の役に立てる、とこれまでと打って変わって目覚ましい働きを見せたそうです。このように信玄は部下たちがそれぞれの適性を伸ばせる仕事で没頭して取り組めるように采配を行いました。
城の土台である石垣も、昔の技術では1つとして同じものを作るのは難しく、それぞれの石の個性に合わせて配置を決めて積んでいくものでしたので、冒頭の「人は石垣…」には、人材としての貴重さだけでなく、個性を伸ばした人材配置の重要性も込められていたのかもしれません。
「活力」(仕事から活力を得ていきいきしている)、「熱意」(仕事に誇りややりがいを感じている)、「没頭」(仕事に熱心に取り組んでいる)、これら全てが揃った状態をワーク・エンゲイジメントといい、健康増進と生産性向上につながるものとして健康経営では重要視されています。
ほかにも、戦で負傷した兵士が優先して入れる湯治場(信玄の隠し湯)作り、つまり従業員の健康のための投資など、こうしてみると、信玄の領地経営は見事に健康経営を実践していたように思われてなりません。
今からおよそ500年も前にこれらを行っていた信玄の慧眼に目を見張るばかりです。
暑い日差しの下、力強く甲斐の街を見守る信玄公を見上げながら、そんなことを考えた山梨旅行でした。みなさまも甲府を訪れた際はぜひ、信玄公とその治政について思いを馳せて見られてはいかがでしょうか。
それでは皆様、今宵はここまでにしとうございます。
文章出典:人事・総務向け「ウェルビーイング経営」サポートメディア「ウェルナレ」専門家記事より寄稿