地震・台風・洪水などの災害時、企業に求められる「防災」とは?
日本では近年、地球温暖化の影響もあり、大型台風、そして集中豪雨に見舞われる頻度が増え、その被害も甚大化しています。
さらに、これまで日本は多くの地震に見舞われており、2011年に東日本大震災、そして2016年には熊本地震が発生し、それぞれ大きな被害が発生しています。
かつて「災害は忘れたころにやってくる」と言われていましたが、今では「災害は忘れる前にやってくる」という状況です。
しかしその一方で、企業の防災に対する準備はまだ十分に整備されているとは言えない現実があります。
そこで、防災活動を始めなければならないと考えている企業の方に向け「これだけは絶対に知っておいてもらいたい防災の基本」について、リスクマネジメントのコンサルティングを行っているミネルヴァベリタス株式会社の顧問 本田茂樹さんにお話を伺いました。
これだけ災害が起こっていても、防災活動に踏み出せない企業が多い
最初に、ご略歴についてお聞かせいただけますか?
ミネルヴァベリタス株式会社の本田茂樹と申します。
三井住友海上火災保険株式会社に入社後、リスクマネジメント会社の勤務を経て、現在に至ります。
主な活動内容は、災害対策・リスクマネジメントおよび危機管理に関するコンサルティングや執筆活動を続けるかたわら、全国で講演活動も行っています。
また、これまでに早稲田大学、東京医科歯科大学大学院などで教鞭を執り、日本経済団体連合会・社会基盤強化委員会企画部会委員を務めてきました。
―近年、大規模な災害が頻繁に起こっていますが、企業の防災対策の現状はどのようなものでしょうか
企業での防災に関する整備は「まだまだこれから」というのが現状です。
地震や水害などの自然災害に見舞われることが増え、さらにその被害が激甚化しているにもかかわらず、実際には防災活動に着手していない企業が多くあります(図1)。
東京商工会議所の調査によれば、例えば東京都において防災計画を策定していない企業は28.0%、防災計画を策定中または検討中という企業は15.3%ですが、これを従業員規模が50名未満の企業に限ると、防災計画を策定していない企業は4割を超えており、取り組みも道半ばという状況です。
(注)BCP:Business Continuity Plan(事業継続計画)
出典:東京商工会議所「会員企業の防災対策に関するアンケート」より
―企業の防災活動は、まず何から着手すべきでしょうか?
防災計画の策定率が低いことの理由には「防災計画を何か特別に難しいことと考え着手できない」「ノウハウがない」「担当者が忙しく時間がない」などさまざまな理由が考えられます。
しかし「業務が一段落したら」あるいは「要員が見つかったら」と先延ばしにしていると、防災計画が出来上がる前に災害に見舞われ、大きな被害が発生することもあり得ます。
初めから完璧な防災計画を策定する必要はありませんので、例えば、職場の入っているビルの耐震チェック、水や食料などの防災備蓄から始めるなど、できるところから手をつけましょう。
そして、それらを少しずつ改善することによって、自社の防災の能力を高めていくことを目指せばよいのです。
企業で取り組む防災活動の目的は「経営資源を守ること」
企業活動ではどのようなことを行うにしても、その目的がはっきりしていないと、的確な準備はできません。防災への取り組みを継続するにあたっても、その途中でブレが出ないようその目的を明らかにしておくことが重要です。
―防災活動をはじめるきっかけづくりとして有効な手段はありますか?
防災活動の主たる目的は、企業の経営資源である従業員や建物・設備を守ることです。
つまり、被災した場合の損害を具体的にシミュレーションし、職場内で危機感を共有することから始めてみることが効果的な手段だと考えます。
特に、従業員やその家族の命を守ることは最優先で取り組むべきことです。
昔から「命あっての物種」と言われていますが、従業員が生き残ってこそ、その後の復旧活動や、その先にある事業継続を進めることが可能となります。
また、従業員が無事であっても、職場が地震によって全壊・半壊ではそこに入ることもできず、また設備・機器類が浸水で使えなければ、業務を行うことも困難であることを忘れてはなりません。
実際に災害が起こってしまった後にできることは限られていますので、防災に関する事前準備は、自社の経営資源を守るための投資であると理解して、平常時から着実に進めることが極めて重要です。
そして、従業員の命を守るために講じる方策は地震と水害で異なることにも注意が必要です。
―地震に備えて、職場での被災を防ぐために心がけておくべきことは何でしょうか
地震の大きな揺れから従業員の命を守るためには、まず、建物の耐震性の確保が重要です。
そして書棚などの転倒防止、落下物を防ぐため、キャビネットの上に物を置かないなどの対応も必要となります。
また、落下物の散乱で足場が悪くなると避難の際にも逃げ遅れや転倒の原因にもなります。
そのような「危険の芽」を摘むためには、労災防止の観点も重要になってきますので、産業医による職場巡視をしっかり行い、防災担当者と連携して対策を行うことが効果的です。
さらに、地震の後に起こり得る火災から身を守るための初期消火や、火災現場から逃げ遅れないためには適切な避難行動をとることも大切です。
―水害の被災を最小限にするためにはどうすればいいでしょうか?
「水は低きに流れる」の言葉通り、浸水被害は土地の低い場所で起こります。
自社拠点の場所をハザードマップで確認し、浸水危険地域に該当している場合は、気象情報と避難情報に基づき、十分な余裕をもって避難します。そのためには、それらの情報を適切に入手し、それを社内で共有する体制づくりも求められます。
防災の準備には優先順位をつけて取り組む
防災活動のポイントは、文字通り、企業にとっての災い(わざわい)を防ぐ事前の準備です。
ただ、これらの活動には時間とともに、費用がかかります。
例えば、地震の場合であれば、建物の耐震チェックやその結果を踏まえた耐震強化工事、また設備・機器類の固定などがこれに該当します。
これらの対策は災害が発生した後には実施できませんから、従業員の命や建物・設備を守るという観点から優先順位をつけて計画的に進めることが大切です。
―低下しがちな防災意識を維持するポイントはありますか?
防災活動に取り組む企業の中には、防災計画を策定してその段階で力が尽きているところがあるのではないでしょうか。
また、せっかく作った防災計画も、やはり災害から時間が経過することで、防災意識が低下してしまうおそれがあります。
防災計画は、あくまで「計画」ですから、災害が発生したときにその計画を発動させて、運用できてこそ意味があります。
策定した防災計画に基づいて、本部の立ち上げ訓練や避難訓練・安否確認訓練などを実施することで、策定した防災計画の足りない点を見つけ出し、さらなる修正・見直しを行って、バージョンアップさせていくことが重要で、防災意識の低下を防ぐ方法にもなります。
今後の連載では、防災の準備や災害時の適切な行動についてじっくりご紹介していきます。
▼連載第2回の記事はこちら▼
会社の場所は大丈夫?ハザードマップで地震・台風・洪水の被害を予測する
〈プロフィール〉
本田茂樹(ほんだ・しげき)
三井住友海上火災保険株式会社に入社後、リスクマネジメント会社の勤務を経て、現在はミネルヴァベリタス株式会社の顧問であり信州大学にて特任教授も務める。リスクマネジメントおよび危機管理に関するコンサルティング、執筆活動を続ける一方で、全国での講演活動も行っている。
これまで、早稲田大学、東京医科歯科大学大学院などで教鞭を執るとともに、日本経済団体連合会・社会基盤強化委員会企画部会委員を務めてきた。
近著に「中小企業の防災マニュアル」(労働調査会)、「健康長寿のまちづくり-超高齢社会への挑戦」【セミナー情報】
2020年10月29日:今、医療機関に求められるBCP(事業継続計画)(防犯防災総合展2020)
2020年10月30日:SDGsにおける防災と事業継続〜2030年に向けた取り組み〜(防犯防災総合展2020)
2020年11月12日:新型コロナウイルス感染症流行下の防災とBCP ~想定外を作らない
2020年11月13日:地震、台風、感染症に備える、最新『BCP(事業継続計画)』の策定と見直し
▼関連リンク▼
近著「中小医療機関のための BCP策定マニュアル」(社会保険研究所)
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