組織の公正性とは何か?不安定な時代にモチベーション高く働く土台に


社員のメンタルヘルスの向上や、職場改善の手がかりとして、「組織の公正性」という考え方が、大きな注目を集めている

産業医として活躍する佐々木規夫氏は「部下の信頼感やモチベーションを高めるためには、管理職が『組織の公正性』をいかに担保するかが大きなポイント」と話す。組織に公正性が求められるようになった背景や、公正性の四つの要素、公正な組織づくりの方法などについて、佐々木氏に聞いた。

佐々木 規夫(ささき・のりお) 



東京中央産業医事務所パートナー医師。

産業医科大学医学部卒業。 
東京警察病院を経て、HOYA株式会社の専属産業医及び健康推進G統括マネジャーとして健康管理に従事。 
現在は、精神科医としても勤務するとともに、上場企業や主要官庁の産業医を兼務する。 
また、北里大学大学院産業精神保健学教室で、職場のコミュニケーション、組織公平性に関する研究や教育を行なっている。 



終身雇用、年功序列の崩壊で注目される「組織の公正性」


―「組織の公正性」が注目される背景には、どのような要因があるのですか。


「組織の公正性」という概念自体はかなり古いもので、欧米では1960年代から組織心理学の分野で研究されてきました。その結果、「上司が公平だ」と感じる部下の方が、抑うつ感が少なく、仕事へのモチベーションが高いことが明らかになり、欧米を中心に職域での研究が積極的に行われてきました。しかし、日本の職場ではあまり応用されてきませんでした。

その理由の一つに、日本の労働者は終身雇用や年功序列に基づいた、家庭的な経営風土の中で守られてきたことが挙げられます。将来のキャリアの安定がある程度保証されていたため、上司に多少の無理を強いられても、安心感をもって仕事に取り組めたわけです。

しかし、終身雇用の廃止や成果主義の導入によって、今までのような雇用の安定が段々失われてきています。これまでは組織へのコミットメントやチームワークの良さが、日本の組織の強みだったのですが、その強みが壊れていっているのが現状です。例えば、「周りがうまくいけばいくほど、自分の評価が下がるのではないかと不安になる」「他のメンバーの功績を素直に喜べない」―といった心の不安定さを抱えながら、仕事をする働き方に変わってきました。


今後も、裁量労働や個別能力評価という方向に進んでいく流れは変わらないでしょう。「組織の公正性」は、そのような不安定になりつつある組織や個人に安心感を与え、モチベーション高く働いてもらうための“ベース”となる考え方になると思います。



―公正な組織とは、具体的にはどのような組織なのですか。


「人間は、どういうときに不公平だと感じるのか」という視点で考えると、わかりやすいかもしれません。人は誰でも、自分が投資した努力(インプット)に見合う報酬や結果(アウトカム)を得たいと願っています。アダムスの衡平理論によると、投入と結果のバランスが取れていると「公平」だと感じ、逆にバランスがずれてしまうと、「不公平」だと感じます。

そして、自分の努力が認められないなら、投入(努力)を減らしたり、「収入を上げてくれ」と会社に要求したりするなどの行動に出ます。それでも認められない場合は、その組織を去るなど、環境を変える行動を取ろうとします。


―公正性を決める要素は何ですか。


「分配」「手続き」「情報」「対人関係」の四つの要素があります。「分配の公正性」とは、いわゆる給与や役割の分配のことですが、給与を全員が納得いくように、公正に分配することは現実的ではありません。金額が平等というよりは、それを決めるに至ったプロセス(手続きの公正性)の方が大事だと言われています。

1980年代以降は、意思決定のプロセスに加え、「情報の公正性」や「対人関係の公正性」も重要な要素だと考えられるようになりました。上司が部下を公正に扱っているか、尊厳をもって接しているか。また、接し方だけではなく、情報についても偏りなく、平等に与えているか、といったことも公正性の重要な要素です。この四つを合わせて組織の公正性と呼んでいます。



「公正性を大事にしている」と部下に伝えることが大事


―なぜ「手続きの公正性」が大事なのですか。


組織の決定や上司の考え方と、本人の意見が食い違うことはよくあります。だからこそ「組織はなぜその決定を下したのか」「決定に至った手続きの説明をしっかりしているか」「評価の方法は一貫しているか」「本人が意見を言える場を作っているか」といったことがとても重要なのです。

例え結果は変わらなかったとしても、評価に至るプロセスを透明化することが肝となります。上司から評価に対するフィードバックがなければ、本人の不公平感が募るのは当然のことです。不満が高まると、仕事に対するコミットメント力も落ち、モチベーションの低下を招き、ひいては組織全体の損失にもつながっていきます。


―その悪循環を断ち切るために、上司が心がけるべきことは何でしょうか。


「組織の公正感を高めることが、組織の力につながる」ということを、上司がしっかり理解して、マネジメントすることだと思います。1万人以上の労働者を対象に組織要因を調べた研究でも、組織公正性は組織へのコミットメントや、社員のメンタルヘルスを高めるための根本要因であることなどが示されています。

「組織の公正感」を高めるためのポイントは明確になっています。上司はそれを学び実行することです。例えば、評価は変わらなくとも、上司が評価に至ったプロセスを偏りなく一貫したやり方で、フィードバックすることは、とても大切です。さらに一方的ではなく、本人が異議や反論を唱えることも許す機会を設けることも必要です。

一方で、日常の業務で部下が失敗をした場合にも、問題と関係のない、過去の失敗も含めて話をしたり、人格まで踏み込むような指導をしたりすることは禁物です。部下へフィードバックするときは「本来あるべき枠を超えて、話をしていないか」を自問するとともに、日ごろから「自分は公正性を大事にしている」と声に出して、部下に伝えることも重要です。



―メッセージをきちんと言葉で伝えることが大事なのですね。


日本人は自分の想いを言葉に出すことが苦手です。「背中を見てわかってくれ」と思っている上司も多いですが、それでは伝わりません。「自分は公正なマネジメントを心がけている」と、日ごろから部下に伝えて、「少なくともうちの上司は、部下を公正に扱おうとしている」といった部下の認知を作っていくことがとても大事です。

また、「公正」や「公平」という言葉を日常的に使っていると、上司自身の行動も自然に変わっていきます。いつも「公正」「公平」と言っている上司が、大声で怒り出したり、部下を不公正に扱っていたりすると、行動の整合性がとれないため、自身の行動にブレーキがかかるようになります。公正性というメッセージを発することで、感情のコントロールや、行動が修正されていくというのは、上司にとってもとても大きな意味があります。

「公正性を大事にする組織だ」とわかれば、部下の「私ばっかり」という不満感は長くは続かず、自分で組織と折り合いをつけようとするようになります。「あの上司のことは好きじゃないけど、公正性は大事にしてくれているんだよな」と、部下から認知されれば、管理職としては、しめたものです。


「何を言っても大丈夫」と思われる組織づくりが重要


―「分配の公正性」については、給料をアップしても、モチベーションはそれほど上がらないのでしょうか。


報酬による効果は一時的なものだと言われています。例えば、これより3年間は月1万円ずつ給料が上がるとします。そのこと自体はうれしいのですが、4年目になって給料が1万円下がると、モチベーションは大きく下がります。給与といった“外的報酬”は、上がった時の効果は一過性であり、むしろ下がった時のインパクトの方が大きいのです。

社員のモチベーションを上げるために大事なことは、給料を上げることよりも、“内的報酬”を感じられるような働き方や目標が効果的です。例えば、単に「売り上げ20%アップ」と数値を目標とするのではなく、その目標を達成するためのプロセスの中に、本人の意見を入れて、主体性や意欲を刺激する仕掛けを取り入れることが大事です。


―成長しているという感覚を部下にもたせることも、内的報酬の一つでしょうか。


そうですね。大切な部分だと思います。例えば、事務職など成長が見えにくい職種もあります。そのような場合、上司が具体的に成長した部分を言葉にして伝え、感じにくい成長感を実感させることが大事だと思います。そのためには、組織の目標のなかにも、個人の目標も取り入れて目標設定をするなど、ちょっとした仕掛けが必要になります。

一般的には、内的報酬が感じられないと、仕事そのものへの興味が低下しがちです。仕事への興味が低下すると、創造的に仕事を考えたり、行動したり、挑戦したりしようとする意欲も下がっていきます。そうなると「チームでいいパフォーマンスを発揮する」という組織のゴールに到達することができません。



―仕掛けをする側の上司には、高いコミュニケーション能力が求められますね。


コミュニケーション能力は必要ですが、私は、決して話し上手である必要はないと思います。上司が心がけるべきなのは、部下からの発言を引き出し、「この組織だったら、思ったことを言っても大丈夫だ」という安心感が大切です。ハーバード・ビジネススクールのエドモンドソン氏が提唱する「心理的な安全性」のあるチームづくりに努めることが大事です。

例えば、自分が発言することで、仲間に「無知だ」「無能だ」と思われるのではないか、反対意見を言ったら「ネガティブな奴だ」「邪魔者だ」と思われるのではないか―といった不安や緊張は、コミュニケーションを妨げる大きな要因になるといわれています。 

病院での医療ミスなどもそうです。医師のオーダーがおかしいと、ほかのスタッフが気づいた際に、気軽にその疑問を確認できるかどうかは重要になります。「以前指摘したら、すごく怒られたから、今回は言わずにいよう」といったコミュニケーションの障壁が高いと、医療ミスを生みやすくなる要因になることは指摘されています。エドモンドソン氏の研究にもありますが、心理的な安全性が高い組織の方が、医療ミスも少ないという研究結果が出ています。


―心理的な安全性が担保されていれば、部下も意見が出しやすいですね。


そういう意味では、会議などで意見が活発に出てこない職場は不安があります。実際、上司が怖くて自由にものが言えず、会議が決定事項の報告会になっている組織はまだ結構ありますよね。しかし異なる意見が出た方が、視点の幅が広がり、新しく物事を進める際には、リスクを広く想定できるため、失敗の回避にもつながります。多くの企業を見てきた産業医の立場からは、部下の発言を促し、それを柔軟に取り入れる上司がいるチームの方が、生産性は高いと肌感覚で感じますね。

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“組織の課題”掘り起こしに産業医の活用を


―産業医から見てモチベーションが低いと感じる組織には、どのようなアドバイスをされるのですか。

 

二つありますが、一つは、チームでの目標なり方針を決定した際には、上司に部下と一緒に上手くいく方法を考える機会を持つようにアドバイスします。つまり、「上司に勝手に決められた」のではなく、プロセスに関与することで、同じ目標に向かう“当事者感”を、部下にいかに持たせるかが大切です。目標をただ単にこなすのでは、部下のやらされ感は非常に高まります。上司には、部下が目標に到達するためのプロセスに関わることで、コミットしやすくなるような配慮を、心がけていただきたいですね

もう一つ、部下がコミットメントできない、モチベーションが上がらない理由は、「自分は何をしなければならないのか」「何を期待されているのか」「どのような役割を任せられているのか」がわからないことも多いのです。そのため上司には、部下に何を期待しているかを機を見てメッセージを発するようにお伝えします。以前に、この2点をある中小企業でトップダウンで試みてもらったところ、1年ほどで、社員が自分の仕事の役割を明確に意識するようになり、意欲も高まったという例もありました。



―企業側は産業医の先生にそこまで相談していいのか、という迷いもあると思うのですが。


産業医にもよると思いますが、僕はウェルカムです(笑)。産業医の仕事は、個人の健康リスクを管理することだけではありません。当然ながら、個人の健康と組織の健康は密接にリンクしています。われわれ産業医は医療者として、また、組織心理やメンタルヘルス領域の経験や知見に基づき、健康管理の専門家としてアドバイスをします。産業医が企業側とは異なる、新しい視点を提供できる可能性はあるのではないでしょうか。


もちろん、相談されるのを待つだけでなく、見えない潜在ニーズを掘り起こしていくことも産業医の大事な仕事です。経営陣の方と話をすると、「わが社の社員にはこうなってもらいたい」という想いを持っています。その想いを聞く中で、企業が抱える課題や問題が掘り起こされることがあります。


―経営者自身もメッセージを出すことが大事でしょうか。


とても大事です。社員は「自分の会社が何を大事にしている会社なのか」ということに対して、とても敏感です。組織や社員、顧客、ステークホルダーも含めて、フェアな人間関係を大事にしているなら、経営理念を経営者自らが語るべきです。いまの時代、転職は非常に簡単ですが、企業の文化や理念に共感して、「ずっとこの会社で働きたい」と思えれば、社員のモチベーションや安心感は高まるはずです。

また、「この会社っておもしろい」「成長できる機会を与えてくれる」と思える組織を作ることもとても重要です。そのためにはトップダウンのメッセージが何より大事ですし、その想いを実行していく管理職の役割も欠かせません。


―最後に、人事・労務担当者に向けて、産業医の上手な活用法についてアドバイスをお願いします。


「産業医を雇わなくていいなら、雇いたくない」という企業はまだまだ多いと思います(笑)。しかし、産業医の仕事は、組織の健康リスクの軽減であり、そこには組織心理やメンタルヘルス領域など医療の領域が含まれてきます。“組織の健康”をみることは、産業医の得意とするところですので、うまく活用してもらいたいです。


また、産業医はさまざまな企業と関わっていることが多く、組織の風土について敏感です。もし、産業医への相談が難しいと感じていらっしゃる場合は、「産業医の視点から見たら、うちの会社はどうですか?」「忌憚のない意見を聞かせてほしい」と投げかけてみるといいのではないでしょうか。客観的な立場で、組織を眺めることができる産業医に、会社への率直な意見を聞いてもらえるだけでも、新たな発見があるかもしれません。産業医は社員の本音を聞ける立場にもあり、人事担当者が、産業医と話す中で組織の課題を見つけることもあると思います。ぜひ、産業医の意見を職場の改善に生かしてもらいたいですね。


文/ 岩田千加  編集/サンポナビ編集部


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