〈著者:歌代敦〉経営者・人事担当者必読の書『労働力減少時代の「もっとよくなる健康経営」』を刊行
2023年4月18日、株式会社エムステージ 取締役産業保健事業部長 歌代敦の著書が、ダイヤモンド社より出版されました。
書籍のタイトルは『労働力減少時代の「もっとよくなる健康経営」』。
本書が刊行された背景や人事労務・産業保健にまつわる課題について、著者である歌代敦へ話を聞きました。
著者プロフィール:歌代 敦(うたしろ・あつし)
株式会社エムステージ取締役産業保健事業部長。大手ヘルスケア企業を経て、2020年4月から事業場向け産業保健支援を行う株式会社エムステージ取締役就任。
産業医紹介・業務サポート、産業保健師紹介、ストレスチェック、EAP(従業員支援プログラム)、各種健康経営施策の企画・運用など、総合的なコンサルティングに従事。過去25年で、支援した企業数は1000社以上に上る。
企業の産業保健を総合的に支援し、健康経営の実現と推進に携わっている。
▼書籍概要
『労働力減少時代の「もっとよくなる健康経営」 企業が生き残るために経営者が取り組むべき産業医の活かし方』
著者 :歌代 敦
発売日:2023年4月18日(火)
定価 :1,650円(税込)
判型 :四六版
出版社:株式会社ダイヤモンド社
ISBN10:4478116458
ISBN13:978-4478116456
編集部「はじめに、ご経歴についてお聞かせいただけますか」
歌代「株式会社エムステージ 取締役の歌代敦と申します。およそ四半世紀にわたりヘルスケアサービス業界に身を置き、営業職の立場で中小から大手企業まで1,000社以上の産業保健体制を構築支援してきました」
編集部「書籍のタイトルには『もっとよくなる健康経営』とありますが、産業保健の体制構築を支援していく中で、企業にはどのような課題があると感じたのでしょうか。本書を執筆された背景にも繋がるこの部分についてお聞かせください」
歌代「多くの企業では、産業保健活動にまだまだ課題があることを実感しています。それは中小企業だけではありません。健康経営や人的資本経営を高らかに掲げている大手企業であっても、実態としては法令で定められた産業保健活動すら実施できていないようなケースを目の当たりにしています。あるいは、産業保健活動について、最低限の法定業務をするだけで効果の検証や評価すらしていないケースがあまりにも多いという実態がありました。」
編集部「本書を読むべき方は、企業の経営者や人事担当者ということですね」
歌代「その通りです。こうした現状に警鐘を鳴らすために本書を執筆しました。企業経営者の中には、いまだに中身の伴っていない産業保健の状態を良しとしている場合があります。また、人事担当者も自社の活動状況がグレーな状態であるにもかかわらず、法令を遵守しているつもり、あるいは知っていながら放置しているケースもあるのです。これでは従業員の健康確保は出来ませんし、ましてや生産性・ワークライフバランスの向上など実現不可と言って良いでしょう。」
編集部「企業における産業保健活動には未だに多くの課題があるようですが、本書の要点についてもお聞かせください。また刊行あたってメッセージもお願いします。」
歌代「本書では、こうした問題点を浮き彫りにし、次にその問題をどのような取り組みで解決するのかといった点について、具体的な事例を交えながら紹介しています。また、その活動のキーマンとなるのが他でもなく産業医です。産業医に活躍してもらい、企業のヘルスケアを推進していくためのメソッドが記されていますので、ぜひお手に取ってご覧いただければ幸いです。」
お知らせ
SanpoNaviでは『労働力減少時代の「もっとよくなる健康経営」』を連載形式で掲載していきます。本記事では刊行記念の第0回として、プロローグの内容を以下に公開しています。
はじめに 法令遵守だけの健康経営は必要ない
メンタルヘルス問題を軽視する企業は生き残れない
現在、日本では少子高齢化が先進国の中で最速で進んでいます。その少子高齢化によってもっとも大きな影響を受けるのが15歳から65歳未満の生産年齢人口の減少です。
2021年の推計値では1年間で約59万人も減少しており、2030年には総人口に占める生産年齢人口の比率は57・7%になると予測されています(内閣府「令和4年版高齢社会白書」)。また、パーソル総合研究所と中央大学が行った試算では、2030年にはおよそ644万人の人手不足が発生するという予測結果も出されています(「労働市場の未来推計2030」)。
いまから7年後、労働市場にどのような状況が訪れるのか、想像できないという人も少なくないでしょう。恐らく企業は常に人手不足に悩まされ、それが常態化することは容易に予想されます。優れた人材の確保をめぐって他社との競争は激化し、いま以上に多大なコストや時間が費やされることになるでしょう。
しかし、労働力人口不足の時代にあっては、いかに他社よりも優秀な人材を獲得できるかということだけが問題になるのではありません。せっかく、多額の採用コスト・教育コストを掛けて獲得した人材がすぐに辞めてしまっては、企業にとって大きな損失になってしまいます。条件がよければすぐに他社に移ってしまう可能性も高くなると考えられ、離職率がさらに高くなることが予測されます。
もちろん、従業員に継続的・安定的に勤めてもらえるように、現在は官民一体で「働き方改革」や「企業価値の向上」を推進していますが、本当に進めなければいけないのは、従業員が健康で安心して働き続けることができる職場環境を整え、最大限にパフォーマンスを発揮できる組織・体制を提供することです。
いまや従業員のメンタルヘルス問題への対応は喫緊の課題です。
2020年から新型コロナウイルスの感染が拡大し、多くの企業ではリモートワークを導入して感染症対策に注力しました。しかしながら、事前にメンタルヘルス対応を含む健康面の管理方法も考慮した社内規定によるルール化等をきめ細かく整備し、会社側・従業員側がしっかりと理解した上でリモートワークを導入できた企業は少ないのではないでしょうか。にわかづくりの体制で捌さばき切れない仕事量を抱えたまま、リモートワークに移行せざるをえなかった従業員もきっと多かったのではないかと思います。こうした企業の中には、リモートワークの環境がゆえに長時間労働が常態化したケースもありました。また一方で、入社してから半年以上も上司や同僚・同期と直接会話ができず、コミュニケーションに問題が生じ、高いストレスを抱えた新入社員が早々に退職するというようなケースも散見されました。
もともと、従業員のメンタルヘルスの問題は、近年、重要な経営課題のひとつでもありましたが、新型コロナウイルス感染拡大によって不調者が増加しています。このように従業員のメンタルヘルス問題はウィズコロナ時代においてさらに重要さが増しており、この課題に対して企業は直視し対策を実行しない限り、いくら「働き方改革」を推進したところで、結局はうまくいかず、従業員の離職・休職につながってしまうことが少なくないのです。
今後の恒常的な労働力人口減少社会の中で、経営者自らが従業員のメンタルヘルス問題といった自社の現状・課題に向き合い対応策を検討・実行できている企業と、そうでない企業とでは、採用や休職・離職の問題だけではなく、企業の持続的な成長や競争力においても差が生まれてくると想定されます。
さらに近年のSDGs経営やESG投資に見られるように、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への配慮が企業に求められている中で、働く人々を貴重な資本と捉え、心身の健康と働きやすさを重視した「人的資本経営」も世界的に注目を集めています。企業が社会とともに持続可能性のある成長をするために、働く人の健康はこれからますます重要になるのです。
人的資本経営は企業の「ガバナンス」にも含まれ、どれだけ人材への投資をしているのかという指標は、投資家が企業の成長性を評価する際の判断ポイントにもなってきました。
長期的な視点で企業経営を見たときに、人的資本への投資ができていない企業は、早晩、市場から撤退することになることを投資家はよく知っているのです。
このように間違いなく、人的資本への投資の機運は高まっており、従業員の心身の健康
支援に取り組む企業は確実に増えてきています。
中身が伴っていない産業保健は時代遅れになる
メンタルへルスの問題を含め、従業員の労働環境や健康状態を把握し、課題の改善や健康の保持・増進を通じて、労働者の安全と健康に寄与するための活動を「産業保健」といいます。
50人以上の労働者を雇用する事業場には、法律によって産業医・衛生管理者の選任やストレスチェックの実施、衛生委員会の設置・開催といった産業保健活動が義務付けられています。昨今、注目されている「健康経営R」の足元、土台となるのが産業保健活動なのです。
多くの企業では、こうした法律に基づき、産業医や保健師といった医療専門職が中心となり、従業員の健康状態の把握による疾病予防や改善に向けてのアクション、不調者への対応など企業側と連携した対策・体制ができているはずです。「人的資本経営」への関心が集まる中、健康経営を意識する企業はさらに増加してきています。ですが、前述のようにメンタルヘルス不調者は増え続け、効果的な支援につながっていない現状はどうしてなのでしょうか。
私はこれまで25年にわたりヘルスケアサービス業界に身を置き、中小企業から大企業まで、1000社以上の企業の健康経営や産業保健体制の構築を支援してきました。
その中で見てきたのは、「コンプライアンス(法令遵守)だ」「健康経営だ」と声を上げる企業ですら、産業保健においては法令で求められている業務でさえ実施できていない、または最低限の法定業務をするだけで効果の検証や評価すらしていないケースがあまりにも多いという実態でした。産業保健は企業経営に直接影響を与えないものと考えて、中身が伴っていない状態をよしとする経営者や、法律的にグレーな状態であるにもかかわらず法令を遵守しているつもりの人事担当者・経営者が非常に多いことに大きな違和感を覚えたのです。さらに驚くことに、人事担当者が「産業医が名義貸し状態である」「職場巡視や衛生委員会に産業医の参加ができていない」「そもそも産業医を選任していない」と認識しているにもかかわらず、担当としての責任意識が欠如しているケースも少なからず存在していました。
国が法律を定めて一定のルールを設けているのに、労働基準法や労働安全衛生法、労働契約法といった労働関連法令に関する違反企業の数は減少することはなく、メンタルヘルス不調者や休職者が増加する一方であることに、私は強い懸念を抱いています。法定業務が履行できておらず、産業保健活動を実施しないことから起こる事故も後を絶ちません。そのような企業がある限り、過重労働やハラスメント問題、精神障害による労災件数が減ることはありません。
つまり、産業保健の実態が伴っておらず、企業としての最低限の責任が実行されていない企業がまだまだ多いのです。どこの企業も人手不足に悩まされていますが、従業員の健康や安全を守るという「産業保健」の重要性に対する認識は十分ではありません。実情を見ると、毎日どこかで安全配慮義務違反や労災事故などが起き、事故によるけがやハラスメント問題、その他のメンタルヘルス関連のニュースを目にします。また、過重労働による過労死や、業務上や人間関係のストレスなどから精神を病み、絶望の中で自ら命を絶つ選択をする人もいます。従業員を大事にしていない会社がなんと多いことでしょうか。
このようなニュースが日々メディアで報道され、多くの企業の人事担当者からの相談も増加している状況に対して、私は「異常である」と物申したいのです。ルールというのは、何かを守るために、問題を起こさないために、あるいは被害を最小限に抑えるために設けられたものです。ルールを守っていたとしても、現在では従業員の健康問題をゼロにすることは困難です。それなのにどうして最低限の法令などルールが守られていないのでしょうか。私自身この状況に強く憤りを感じており、今後、各企業において「産業保健」が企業と従業員の双方にとって「当たり前」となり、広く社会に貢献できるよう微力ながら啓発に精進したいと考えております。
ソーシャルネットワークが一般化し、誰もが容易に情報収集や発信ができるようになった現代にあっては、株式上場をしている企業はもとより、中小規模の企業であっても、常にステークホルダーから見られていることが当然になっています。
各企業の方針や動向など、その情報が多くの人に受け取られ、それが様々な形で評価される時代です。企業活動が社会の流れに合致していれば、それが利益にもつながり、より多くのステークホルダーを獲得しながら、事業を拡大し成長・発展することも可能でしょう。しかし、企業活動や発信される情報が社会の流れと逆行するものであれば、その実態はすぐに広まり、事業は縮小を余儀なくされ、経営の危機につながる可能性もあります。
したがって、実態が伴っていない「形ばかりの産業保健」では、従業員の健康を守れず、企業成長を持続させていくことができず、経営全般に対して大きくマイナスの影響を与えることにもなるのです。また、健康に関する問題・トラブルがSNSで拡散されたり、メディアの報道や訴訟等により企業名がオープンになった場合、レピュテーションリスク(会社に関するネガティブな情報が広まり、信用やブランドが毀損されるリスク)が発生し、多大なダメージを負うこととなります。
身近な産業医を活用して産業保健に取り組むメリット
「健康経営」や「産業保健」に取り組みたいと思いながら、どのように始めてよいかわからないという企業もあるでしょう。ですが、多くの企業にはすでに、意義ある健康経営を推進するためのパートナーが存在しているはずです。そのパートナーが産業医です。
常時50人以上の労働者を使用する事業場には、労働安全衛生法によって産業医を選任することが義務付けられています。ある程度の規模の事業場であれば、産業医が嘱託や専属という形で会社にいるはずです。
しかし、現在、産業医活動が「名ばかり」になっている企業では、そもそも毎月1回以上(条件によっては2カ月に1回以上)法令で義務付けられているにもかかわらず、職場の衛生面や安全面を含め環境全般のチェックと改善に向けた産業医によるアドバイスを行う職場巡視が実施されていなかったり、従業員の心身の健康を保持するための衛生委員会を開催していても産業医が参加していないケースも多いのです。
このように、企業は自社の産業医に対して決して安くはない費用を毎月支払い、専門家と契約しているのに、産業医が従業員の健康維持にほとんど関わっていないという事態が多くの企業で常態化しています。
なぜ、このような問題が起きているのかについては本編で詳しくお伝えすることにしますが、労働安全衛生法による産業医制度がスタートして半世紀が経過し、当然ですが、その過程において職場環境や景気変動などの経済状況、インターネットの普及を含めた社会全体が大きく変化してきた歴史があります。
労働力人口が減少する社会の中、いまや多様な人が多様な働き方をするようになった日本では、従業員の心身の健康を守りながら、生産性の向上を図り、企業の収益向上にも寄与するためには、企業内における産業保健のあり方だけでなく、経営者のさらなる意識改革が必要になってきます。
そして、身近な専門家である産業医を有効に活用し、従業員の健康管理を戦略的に行っていく健康経営は、本格的な人口減少社会を迎えるこれからの事業経営においては必要不可欠でもあるのです。
私の会社では、現在、大手企業から中小企業まで1,100社以上の企業に対して、産業医の導入支援と業務サポートを中心とした産業保健サービスを提供しています。産業医の助言による産業保健活動に取り組んでいる企業からは「経営トップが従業員の健康に関心を持つようになった」「企業として実施すべきことが明確になった」「従業員の健康状態が改善した」「従業員のヘルスリテラシーが向上した」「職場の雰囲気がよくなり明るくなった」といった実感の声があります。
医療専門職の立場から、企業の中において、会社と従業員の双方とコミュニケーションを取り、中立性・独立性の観点で、従業員に対しては健康の保持・増進や予防施策等を、企業に対しては健康支援策全般の報告や課題に対する提言、職場環境改善やリスクマネジメント面での助言を行うのが産業医です。そして、企業が健康経営や人的資本経営を形ばかりではない意義あるものとして推進していく上で、産業医は重要なパートナーとなる立場にあります。産業医と経営者・人事担当者・従業員とがうまく連携し(コミュニケーションを取り)、産業保健活動を行い健康支援施策全般を強化することによって、企業経営の様々な面で価値向上に大きく貢献することができるのです。
本書では、まだまだ企業の利益に貢献できる存在でありながら、その実力を十分に発揮できていない産業医と協力しながら、企業が主体となって健康経営を展開し、従業員という重要な資産を健康面でサポートすることにより人的資本の価値を高め、企業価値を最大化していくポイントをまとめました。また、表面的な取り組みだけで実態が伴わない健康経営の問題や、産業保健が十分に機能していない中小企業の課題と改善すべき点についても解説しています。
25年間、産業保健業界で経営者・人事部門に対してコンサルティングをしてきた視点から、現在、多くの企業で何が問題になっているのか、それをどう解決するのかを、具体的な事例を交えて紹介します。企業も、従業員も、すべての人が健康で幸せになってほしいとの思いから本書を執筆しました。そして、健康経営施策に関して、それぞれの企業が積極的に議論し、運用の強化や再構築のきっかけになっていただければ、著者としては望外の幸せです。
前述したとおり、企業に意義ある産業保健体制が整っていなければ、人的資本経営も砂上の楼閣です。だからこそ、多くの企業がすでに選任しているはずの労働衛生の専門家である産業医を活用していただきたいのです。これからの時代、すべての企業が避けては通れない従業員の「健康」という課題にいかに取り組み、その成果を業績や企業価値の向上にいかに結びつけていくかが本書の目指すところです。多くの企業にとって少しでも役に立ち、参考になることを願っています。